上 下
2 / 6
第一章 始まりの村

第二話 アリス

しおりを挟む
 部屋に戻りもう一度眠ると、次に起きた時には窓から朝日が差し込んでいた。
 重たいまぶたをゆっくり開くと、何やらお腹の方に違和感が。
 少しだけ顔を起こしてみると、そこには髪の長い綺麗な女性が……

「ル、ルミカさん?!」

 椅子に座って船を漕いでいたはずなのに、いつの間にか俺の腹の方に顔をうずめて眠っていた。
 やばいやばいやばい!!
 この状況は本当にまずい!
 ルミカさんの寝息が耳へと届き、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。女の子ってこんなに甘い匂いがするのか……
 あんなことをした後なのに、嫌な感情が昂ぶってくる。
 ヤバいと思ったが、気持ちを抑えることはできなかった。
 知らず知らずのうちに俺の手はルミカさんの頭に向かっていて、優しく触れていた。頭を撫でる。
 少しだけ身じろぎしたのが可愛くて、さらに撫でる。

「んんっ……?」

 サッと手を戻す。
 緊張からか、心臓が痛いほど跳ねていた。
 同時に俺は最低野郎だということを深く心に刻みつける。

 ルミカさんが顔を上げた。
 そして、すぐに心臓の鼓動がおさまった。

「ルミカさん、どうして泣いてるんですか……?」
「えっ……?」

 顔を上げたルミカさんの瞳からは、一筋の涙が滴り落ちていた。
 泣いている理由を自分でも理解していないのか、目を丸める。

「ごめんなさい……あれ、なんで泣いてるんだろ。あはは、ちょっとおかしいですよね……!」

 涙は止まらずに溢れ続ける。
 も、もしかして俺が触ったから泣いてしまったのか?!
 それだとだいぶ傷つくんだけど。

 あたふたしていると、また部屋のドアが開いた。
 今度は髪色がピンクベージュの女の子。
 肩の辺りまで髪が伸びていて、気の強そうな顔立ちしている。
 身長は160cmぐらいで割と小柄。黒を基調とした服の上に、白色の小さなポンチョのようなものを着こなしていて、それは大変その少女に似合っていた。

 だけど、俺と泣いているルミカさんとを交互に見て、固まった。
 あれ、これってちょっとまずくない?
 予想は的中して、彼女の表情に怒りの色が差してきたかと思えば、肩がプルプルと震えだした。
 こちらへと詰め寄ってくる。

「あ、あの、これは誤解で!」
「あんたなんでルミルミを泣かせてるのよ!!」

 甲高い音が響き渡ったと思えば、俺の左頬が途端に熱を帯び始めた。つまるところ、開口一番にビンタされたということだ。
 一発だけで収まると思ったら、今度は手をグーに握りしめて振り上げてきた。

「ちょ、ちょっと待って?! 誤解だから! 俺何もしてないから!!」
「アリス、本当にユウトさんは何もしてないから! 私が勝手に泣いちゃっただけなの!」

 ようやくルミカさんが仲裁してくれた。
 握りしめていた手は行き場を無くし、力なく落ちていく。
 だけど、表情はさっきと同じく変わらないまま。

「あんた本当に何もしてないんでしょうね?」
「ハイ、ナニモシテナイデスヨ……」

 頭を撫でたこと以外は本当に何もしてないです……
 理解してくれたのか、一つため息を吐いた後に素の表情へと戻った。
 いや、ため息を吐きたいのはこっちだよ。
 なんで開口一番叩かれなきゃいけないんだ。

「ごめん、ちょっと誤解してたかも。謝るわ」

 そう言って、素直に頭を下げてくれた。
 漫画とかでよくある暴力を振るう系のヒロインかと思ったけど、そうでもなさそうだ。
 案外と言ったら失礼かもしれないけど、礼儀正しい子らしい。
 変なギャップを見てしまったせいで言葉が詰まる。

「私からも本当にすいません。誤解を招くようなことをしてしまって……」
「あ、いえ。ルミカさんは関係ないですよ」

 むしろ悪いのは俺かもしれないという言葉はすんでのところで飲み込んだ。
 何やら気まずい雰囲気が流れて、耐えきれなくなった俺は会話を振ることにした。
 仕切り直しだ。

「あの、アリスさんが俺のこと助けてくれたんですよね?ほんとありがとうございます」
「助けたってほどじゃないわよ。村の入り口で倒れてるのをたまたま見つけたから、ルミルミが運んでくれたの。だからお礼ならルミルミに言ってあげて」

 最後にアリスは、敬語なんて使わなくていいという言葉を添えた。
 この二人は似た者同士だ。
 二人にもう一度お礼を言う。
 それから、ルミカさんに話した説明と同じことをアリスにも話した。
 気付いたらここに倒れていたこと。自分はもっと遠い場所に住んでいたこと。
 突拍子もない話を真剣に聞いてくれて、話し終わった後にアリスとルミカさんは一度目を合わせていた。
 二人は通じ合っているのか、目だけで会話をした後にこちらへと向き直る。

「ユウトだっけ?行くアテが無いならこれからどうするの?」

 これからどうするか。
 そんなことはまだ決まっていない。そもそもこの世界のことは何も知らないのだから。
 返答に窮していると、ルミカさんが口を開いてくれた。

「行くアテが無いなら私の家にしばらく泊まっていいですよ。この部屋ずっと空き部屋だったんです」
「ちょっとルミルミ無警戒すぎだから!得体の知れない男の人泊めるなんてどうかしてるよ!」

 どうやらアリスに対しての俺の評価は相当低いらしい。
 いや、女の子なんだから当然の反応だ。
 さすがに何もかも助けてもらうというのも気が引けるし、とりあえずは出て行ったほうがよさそうだ。
 ここが異世界ならギルドとかあるだろうし、生活の方はなんとかやってけるだろう。

「やっぱり俺出てくよ。さすがに何もかもお世話になるのは申し訳ない」

 そう言って立ち上がった。

「ちょっと待ってよ。だから行くアテないんでしょ?」
「そうだけど、多分街に行けばギルドとかあるんだろ?そこでなんとかやってくよ」

 それに、これが異世界召喚なら何かしらのチート能力を与えられているはずだ。
 それで無双すれば小銭ぐらいは稼げるだろう。
 もう一度、アリスとルミカを見やる。
 何やら困惑した表情を浮かべていた。

「は? ギルド? なにそれ?」

 おいおいちょっと待てよ、この世界にギルドはないのか?

「ユウトさんは随分と遠方からいらしたのですね。私たちは村から出たことがないので、ギルドという単語は初めて聞きました」

 ただの田舎ものだった!
 ということは、まだギルドが存在しないと決まったわけじゃないな、よかったよかった。

「ギルド?に行くとしても、そんな格好じゃ道中のスライムに瞬殺されかねないわよ。せっかくルミルミが助けたのに、簡単に死んじゃったら骨折り損じゃない」
「そうかやっぱり魔物とかいるのか……」

 魔物がいるなら、剣か何かを装備しないといけない。
 異世界召喚されたのにいきなり死ぬのはゴメンだからな。
 そんなことを考えていたら、アリスが一つため息をついた。

「小さな小屋程度だけど作ってあげるわよ。しばらくゆっくりしていきなさい」
「小屋を作るって、アリスはもしかして大工なのか?」

 そんな疑問を口にすると、ルミカさんはまた不思議そうな顔をした。

「ダイク、とは何でしょうか?何やら強そうな響きのように感じますが」

 この人たちと会話をするのは少しだけ骨が折れそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...