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始まらないピンチ再び
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招かれたはいいけど帰れないって、なんだそりゃ? 俺は混乱しすぎてしばらく人間の言葉を忘れた。
「お、お、お、お……」
「まあ落ち着け。茶でも飲め」
言われるがままに少しぬるくなった何とかというお茶を飲む。乾いた喉に、素朴な甘さととろみが心地良い。
「……じゃなくて! お茶のレビューとかどうでもよくて!」
「口に合ったみたいだな」
「はい! でもなくて!」
俺は行き場を失った両手をとりあえずテーブルの上に置いた。
「帰れないって、どーいうことスか」
「だから俺は詳しくないって言ったろ。こういうのはイブが得意なんだが」
「イブは? どこ行ったんスか?」
「『寄り人』――お前さんのことな。寄り人を連れて帰ったって報告をしに行ってる。しかし、ちょっと遅いな」
ブルーノはそう言ってちょっと窓の外を見た。そこに、ドアのベルがチリンチリンと鳴る音がした。
「イブ?」
「やあ違うな。お帰り、レオ」
「ただいまー……。誰? そいつ」
入ってきたのは、背の高い男だった。たぶん、俺より年上っぽい。
「イブが確保した寄り人だよ」
「淳です」
「ふーん。俺はレオ、ま、よろしく」
そいつは俺にはさほど興味を持たなかったらしく、挨拶もどこか上の空だった。何だよ、感じ悪いの。
「レオ、イブを見なかったか?」
「イブなら大通りで会って、そいつの報告頼まれたから俺が代わりに行ってきたぜ」
「そうなのか?」
ブルーノが目を見開く。うん? どういうことだ?
「あいつが自分の仕事、途中で任せるなんて珍しいと思ったけど……何かあったのか?」
「レオ。イブから何か聞いてないか? どこかに行くとか」
「さあ? あ、でも確か……」
レオという男は、少し間をおいてからやっと思い出したというように言った。
「急いで戻らないといけない、とか」
「戻る?」
「ああ。だから、てっきりここに戻ってると思ったんだけどな」
それを聞いた瞬間、ブルーノが振り返った。そして、俺の両肩をでかい手でがっしりと掴んだ。
「なな、何スか!?」
「坊主、いやアツシ、詳しく聞かせてくれ」
「へ? 何を?」
「お前の友達と、お前がはぐれた場所だ」
今度は俺が目を見開く番だった。
「え、ごめん、訳わかんな……」
「これは勘だ。勘なんだけどな、多分」
よくよく見ると、ブルーノも動揺しているみたいだった。あの優しそうだった顔の眉間に、深いしわが寄っている。
「イブは、お前の友達を助けに行ったんだ」
「はあ!?」
バカみたいに口を開いた俺はさぞ間抜けに見えただろうと思う。
でも、考えてみてほしい。あんなに冷たく俺を突き放したイブが、まさか樹を助けに戻るとか思わないだろ?
「な、何で……?」
「分からん。こんな事は初めてだ。だから正直俺も戸惑ってる」
ブルーノは改めて俺をしっかりと見つめてきた。
「なんでもいいから教えてくれ。さっきも言っただろ? イブは普通の女の子なんだ。一人で無茶できる実力ははっきり言って無い」
「あ、ああ……」
「助けに行ってやらなきゃならん」
「助けに……俺が?」
「怖いならここにいたっていい。だが、どこに行けばいいのだけは教えてくれ」
俺は唾を飲みこんだ。俺と樹がはぐれた場所――山道の中腹の場所を教えるだけだ。それは簡単だ。でも、俺が迷っているのはそこじゃなかった。
「お、俺は……」
「何だ?」
「行くべき、なんだよな」
イブに悪いことをした。樹を見捨てたなんて責めて、俺自身でもそうだと信じこんでいた。そのイブが、樹を助けに行った。まるで非の打ち所がないじゃないか。でも、イブは完璧じゃない。早く合流しないと危険な目に遭っているかもしれない。
俺がやるべきことはひとつしかなかった。……でも。
「……怖いのか」
ブルーノが核心を突いた。俺は悩み、ゆっくりとうなずいた。
あの時、俺と樹を取り囲んだ鬼――イブは確か緑肌種と呼んでいた。あいつらのことを思い出すだけで背筋がうすら寒くなる。それは、俺が初めて出会ったこの世界の異形だった。
この世界で生きてるイブですら、あいつらを追い払ったりできない。ただ煙幕を張って、その隙に逃げるだけだった。ここに来て数時間も経ってない俺に何ができるんだ?
「勘違いするな。お前はちっとも悪くない」
ブルーノの優しい言葉に、俺はうつむいていた顔を上げた。
「何の訓練も受けてないお前にいきなり助けに行けなんてそりゃ酷だ。臆病なのは悪いことじゃない。生き残って事を成すのは臆病な奴だって昔から決まってんだ」
「……でも」
「あーあ、面倒くせえな。とっとと心当たりの場所だけ言やいいんだよ」
「おい、レオ」
俺とブルーノが話してる間、イライラと床を靴で打っていたレオが口を挟んできた。
「ブルーノも何を面倒なガキに付き合ってんだ。イブを追いかけるのが先だろ? おい、お前。早く言えよ」
レオはこちらを覗きこむように顔を近づけてきた。俺は、それを睨んでやることもできない。悔しかった。
「お前にできることは何もねえの。俺とブルーノに任せて役立たずは留守番してな」
そうだ。俺は役立たずのお荷物だ。俺の友達を、何の関係もない女の子が助けに行ってくれてるってのに、それを追いかけるだけの勇気もない。
俺には樹もイブも助けられない。でも、それでも!
「……イブがどこに行ったのか、教える」
「ああ。早く」
「だから、俺も連れていってくれ」
「何だって?」
レオが忌々しそうに俺を見る。でも俺は、今度こそレオを睨み返すことができた。
「俺が道案内する」
それが俺にできるすべてのことだった。
「お、お、お、お……」
「まあ落ち着け。茶でも飲め」
言われるがままに少しぬるくなった何とかというお茶を飲む。乾いた喉に、素朴な甘さととろみが心地良い。
「……じゃなくて! お茶のレビューとかどうでもよくて!」
「口に合ったみたいだな」
「はい! でもなくて!」
俺は行き場を失った両手をとりあえずテーブルの上に置いた。
「帰れないって、どーいうことスか」
「だから俺は詳しくないって言ったろ。こういうのはイブが得意なんだが」
「イブは? どこ行ったんスか?」
「『寄り人』――お前さんのことな。寄り人を連れて帰ったって報告をしに行ってる。しかし、ちょっと遅いな」
ブルーノはそう言ってちょっと窓の外を見た。そこに、ドアのベルがチリンチリンと鳴る音がした。
「イブ?」
「やあ違うな。お帰り、レオ」
「ただいまー……。誰? そいつ」
入ってきたのは、背の高い男だった。たぶん、俺より年上っぽい。
「イブが確保した寄り人だよ」
「淳です」
「ふーん。俺はレオ、ま、よろしく」
そいつは俺にはさほど興味を持たなかったらしく、挨拶もどこか上の空だった。何だよ、感じ悪いの。
「レオ、イブを見なかったか?」
「イブなら大通りで会って、そいつの報告頼まれたから俺が代わりに行ってきたぜ」
「そうなのか?」
ブルーノが目を見開く。うん? どういうことだ?
「あいつが自分の仕事、途中で任せるなんて珍しいと思ったけど……何かあったのか?」
「レオ。イブから何か聞いてないか? どこかに行くとか」
「さあ? あ、でも確か……」
レオという男は、少し間をおいてからやっと思い出したというように言った。
「急いで戻らないといけない、とか」
「戻る?」
「ああ。だから、てっきりここに戻ってると思ったんだけどな」
それを聞いた瞬間、ブルーノが振り返った。そして、俺の両肩をでかい手でがっしりと掴んだ。
「なな、何スか!?」
「坊主、いやアツシ、詳しく聞かせてくれ」
「へ? 何を?」
「お前の友達と、お前がはぐれた場所だ」
今度は俺が目を見開く番だった。
「え、ごめん、訳わかんな……」
「これは勘だ。勘なんだけどな、多分」
よくよく見ると、ブルーノも動揺しているみたいだった。あの優しそうだった顔の眉間に、深いしわが寄っている。
「イブは、お前の友達を助けに行ったんだ」
「はあ!?」
バカみたいに口を開いた俺はさぞ間抜けに見えただろうと思う。
でも、考えてみてほしい。あんなに冷たく俺を突き放したイブが、まさか樹を助けに戻るとか思わないだろ?
「な、何で……?」
「分からん。こんな事は初めてだ。だから正直俺も戸惑ってる」
ブルーノは改めて俺をしっかりと見つめてきた。
「なんでもいいから教えてくれ。さっきも言っただろ? イブは普通の女の子なんだ。一人で無茶できる実力ははっきり言って無い」
「あ、ああ……」
「助けに行ってやらなきゃならん」
「助けに……俺が?」
「怖いならここにいたっていい。だが、どこに行けばいいのだけは教えてくれ」
俺は唾を飲みこんだ。俺と樹がはぐれた場所――山道の中腹の場所を教えるだけだ。それは簡単だ。でも、俺が迷っているのはそこじゃなかった。
「お、俺は……」
「何だ?」
「行くべき、なんだよな」
イブに悪いことをした。樹を見捨てたなんて責めて、俺自身でもそうだと信じこんでいた。そのイブが、樹を助けに行った。まるで非の打ち所がないじゃないか。でも、イブは完璧じゃない。早く合流しないと危険な目に遭っているかもしれない。
俺がやるべきことはひとつしかなかった。……でも。
「……怖いのか」
ブルーノが核心を突いた。俺は悩み、ゆっくりとうなずいた。
あの時、俺と樹を取り囲んだ鬼――イブは確か緑肌種と呼んでいた。あいつらのことを思い出すだけで背筋がうすら寒くなる。それは、俺が初めて出会ったこの世界の異形だった。
この世界で生きてるイブですら、あいつらを追い払ったりできない。ただ煙幕を張って、その隙に逃げるだけだった。ここに来て数時間も経ってない俺に何ができるんだ?
「勘違いするな。お前はちっとも悪くない」
ブルーノの優しい言葉に、俺はうつむいていた顔を上げた。
「何の訓練も受けてないお前にいきなり助けに行けなんてそりゃ酷だ。臆病なのは悪いことじゃない。生き残って事を成すのは臆病な奴だって昔から決まってんだ」
「……でも」
「あーあ、面倒くせえな。とっとと心当たりの場所だけ言やいいんだよ」
「おい、レオ」
俺とブルーノが話してる間、イライラと床を靴で打っていたレオが口を挟んできた。
「ブルーノも何を面倒なガキに付き合ってんだ。イブを追いかけるのが先だろ? おい、お前。早く言えよ」
レオはこちらを覗きこむように顔を近づけてきた。俺は、それを睨んでやることもできない。悔しかった。
「お前にできることは何もねえの。俺とブルーノに任せて役立たずは留守番してな」
そうだ。俺は役立たずのお荷物だ。俺の友達を、何の関係もない女の子が助けに行ってくれてるってのに、それを追いかけるだけの勇気もない。
俺には樹もイブも助けられない。でも、それでも!
「……イブがどこに行ったのか、教える」
「ああ。早く」
「だから、俺も連れていってくれ」
「何だって?」
レオが忌々しそうに俺を見る。でも俺は、今度こそレオを睨み返すことができた。
「俺が道案内する」
それが俺にできるすべてのことだった。
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