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本編のおはなし
<第八万。‐不穏の神様‐> ⑤
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ボクが鹿屋野先輩にゴミ拾いを手伝ってもらったことへの御礼を言うと、先にその言葉に反応したのは御礼と受けた鹿屋野先輩ではなく、唖然としたような顔をした大国先輩だった。
「……おい吉祥。今のってまさか、昨日のゴミ拾いのことじゃないよな?」
「え?いやその通りですけど」
そもそも大国先輩は一々ボクに聞き返さなくても、恵比寿先輩から聞いてるはずじゃないの?
そんな疑問から怪訝そうな眼差しを大国先輩に向けると、大国先輩は今まで見た中でも最も険しい表情をしていた。
「おまえ!ふっざけんなよ!!!」
「っ!」
ボクはただ鹿屋野先輩へとお礼を伝えただけなのに、大国先輩は険しい表情のまま外まで届きそうなほど激高した怒鳴り声をあげた。
大国先輩とは数日前に接点を持っただけ。そんな短い付き合いの中でも感情を荒げていた姿は何度も見たことがあったけど、今回は違う。
ボクを睨むその瞳からは忌々しさや軽蔑、侮蔑といったネガティブな強い感情が込められているように感じさせられた。
「お前なんかにかまっている余裕のない鹿屋野さんに手伝わせた挙句、俺らにくだらねぇ嘘まで吐きやがって!」
「は、はぁ!?なんでそんないきなり怒られなきゃいけないんですか!それに嘘なんて」
突然に本気で怒りだした大国先輩に数舜言葉を失ってはいたが、嘘などという身に覚えのない糾弾された理由に対して何とか言葉を返そうとしたけれど。
「昨日お前は福也に一人で頑張っただとか報告したんだろうが!手伝ってもらった挙句鹿屋野さんに迷惑をかけた上にその事実すらも隠しやがって!」
大国先輩はまるでボクに殴りかかってしまうのを堪えるように強く拳を握っている。
感情を無理して抑えていなければならないほどの、それほどまでに強い憤りを感じているようだった。
「そんな嘘なんてついてない!ボクはちゃんと鹿屋野先輩に手伝ってもらったって言ったし!」
「だったら福が嘘を吐いたってのか!?そんなことしてなんの意味がある!」
ボクは確かに恵比寿先輩に伝えたし、それも問題ないと言ってもらっている。
そもそもボクだってゴミ拾いは一生懸命頑張ったつもりだし、他の人にゴミ拾いを手伝ってもらったってだけでここまで怒鳴られる筋合いなんてないはずだ。
「そんなんボクだって知らないし!」
あのとき恵比寿先輩だって納得してくれていた筈だし、伝え忘れていただけであればそれはただの恵比寿先輩のミスだったで済む。それなのに恵比寿先輩は事実とは異なることを大国先輩に伝えた。
簡単な用件を伝え間違うだなんて正直考えられないし、もしあえて誤った情報を伝えたのであれば、そこには確かにボクが与り知らぬ理由があるはずだ。
「そもそも素行不良で散々困らされてきたテメェなんかより付き合いも長くずっと共に生徒会業務をしてきた福の言葉の方が信頼できるに決まってんだろうが!」
「っ……!」
そりゃそうだ。ボクだって鞍馬と大国先輩だったら鞍馬の言う事を信じてしまうだろう。
今の言葉を聞く限り、大国先輩に事の真意を確かめる気など一切ないのだろう。この人の中ではボクはペナルティとなる作業で楽した挙句、全て自分の手柄にしようとしたクズ野郎だと認識されちゃったらしい。
「待ってください!私がっ、私の方から吉祥君にお手伝いを申し出たんです!だから吉祥君が悪いんじゃないんです!」
急に入って来た挙句に目の前で激しい口争いを始めたボクたちを見て、されども鹿屋野先輩は文句を言うでもなく、ボクを庇うために割って入ってくれた。
「私だって誰かの為に何かしたいと!あの時大国君たちに」
「鹿屋野さんっ!!!」
それなのに大国先輩はボクに向けたような強い口調で鹿屋野先輩の言葉を遮り、鹿屋野先輩も驚いて身を竦ませ、口を噤んでしまった。
嫌な沈黙が園芸クラブの部室内に広がった。
鹿屋野先輩は言いたいことはまだあるのか口を開け、やはり言えないために口を閉じるといったようにもどかしそうにしている。
大声を出して今の沈黙を生み出した大国先輩は、後悔するかのように苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いていた。
「……はぁ。怒鳴ってすまない。だけど鹿屋野さんもこんなやつを手伝っている場合じゃないだろう?まだ園芸クラブを存続させるための解決案は見つかってないんだから」
勢いにまかせて鹿屋野先輩を怒鳴ってしまったことを悔やんだのか、溜息を一つ吐いた大国先輩は先程までとは打って変わって憤りを滲ませているが少しは落ち着きを取り戻した様子で、鹿屋野先輩を諭すように言葉を吐き出す。
「それは……そう、ですが……」
確かに昨日、鹿屋野先輩は最悪廃部になってしまうだとか言っていた。
でもそれは鹿屋野先輩が一人であることが原因で、廃部を脱するための対応策としてあの花壇を確保したはずだ。
「ちょっと待って下さい。鹿屋野先輩の園芸クラブは新しい花壇を見つけたからもう大丈夫なんじゃ……」
園芸クラブを存続させるために新入部員の確保は叶わなかったから、その代わりの実績づくりとして新しい花壇を見つけて活動範囲を増やした。
ボクは昨日鹿屋野先輩から話を聞いて、それで済んだのだと、鹿屋野先輩の大切に思っている園芸クラブはこれからも続けていけるのだとそう楽観的にも思い込んでしまっていた。
だけど、事実はその真逆だった。
「それだけで済む問題じゃねぇんだよ!来週末に配布する各団体報告の取りまとめで他の団体の連中、特に部室を欲しがっているサークルのやつらを納得させられるだけの実績が必要なんだ!」
だからその実績ってのが新しい活動場所ってことなんじゃないの?
(……大国先輩の様子を見るに、それだけで済むような問題じゃなさそうですね。存続させるための解決案と、先ほど大国先輩もおっしゃってましたし)
でも、そんな、それじゃどうすんのさ。
このままじゃ廃部になっちゃうかもしれないし、それに来週末なんてもう目と鼻の先の猶予しかない。
「来週末ってもうすぐじゃん……それって生徒会でなんとかならないんですか!?」
鹿屋野先輩の人柄から、多分きっと真面目に活動もしていたはずだ。先輩の母親が在籍していた頃から、今に至るまで活動してきた実績や歴史だってある。
それにそんな大変な状況であるにも関わらず、ボクの手伝いまでしてくれた。
恵比寿先輩の嘘の件よりも、今はなにより園芸クラブの存続の可否が気になり大国先輩へと尋ねてみたけれど。
「生徒会が一団体だけを優遇することなんてできるはずねぇだろうが……!過干渉や肩入れしたって事実が発覚した時点で、学園生達に少なからず生徒会自体に対する不信感が芽生えるだろう。それだけならまだいいが」
どこか悔し気に大国先輩は鹿屋野先輩へと視線を向けた。
「不満や反発の矛先はきっと俺らだけじゃなく、当事者である鹿屋野さんと園芸クラブにも向けられる」
そこまで言うや、口を噤み言葉を選んでいる様子の大国先輩を見てボクも理解することが出来た。
もし園芸クラブが無理矢理にでも存続できたとしてもきっと鹿屋野先輩が耐えることが出来ないだろう。
ただでさえ独りで批判的な意見や視線を受けることになるのに、当の鹿屋野先輩はと言えば昨日今日の付き合いであるボクですらわかるほどに、他人に優しく自分の苦を厭わないような人なんだから。
だからきっと他者の意見を意に介さず、無視し続けることなんて出来ないだろう。
「だからこそ正攻法で他人からつべこべ言われないような方法で存続する必要がある……」
「そういうこった。何か案を考えるにしてもそれを実行するにしてもただでさえ時間がないってのに!そんなときにテメェは!」
もう一度大国先輩に睨まれたけれど、今度は反論となる言葉もそもそもそんな気力すら湧いてこなかった。だって知っているとか知らなかっただなんて、そんなこと全然関係ない。
ボクの因果応報なペナルティを鹿屋野先輩に手伝ってもらったせいで、彼女の貴重な残り時間を使ってしまったことは確かなのだから。
黙っているボクに対して、苛立ったような大国先輩が再度口を開こうとしたその矢先。
「だから違うんです!気負ってほしくなくて、心配してほしくなくて!吉祥君に今の状況をあえてボカして伝えたのは私の判断なんです!吉祥君は私の置かれている事情を知らなかったし、本当に私の方から勝手にお手伝いしただけなんです!」
穏やかさと落ち着きの塊のような普段の鹿屋野先輩からは考えられないような、強く大きい叫びが園芸クラブの部室内に響き渡った。
ボクと大国先輩が驚き目を向けると、鹿屋野先輩は目に涙を浮かべて肩で息をして、それでもまだボクのことを庇うために言葉を紡ごうとしてくれる。
慣れない大声を出したためか、それでもなお無理をしようとしてくれているのか。
苦し気に。
絞り出すように。
「ぜんぶ私のわがままなんです!わたしのせいなんです!吉祥君のゴミ拾いを手伝ったのも!私だけしかいない園芸クラブを存続させたいのも!だから……わたしのせいなのに、誰かを責めるのはやめてください!おねがいします!」
自分を責めるような言葉を重ね見ていて悲しくなるほどの悲痛さすらも感じさせるように、ボクらに対して頭を深く下げる鹿屋野先輩を見て。
手放しでもいい。
無責任でもいい。
ボクはきっとまだロクに事情もしらないけれど、それでもそんなことないよって否定してあげたかった。
誰かのために誰かの役に立ちたいと思う彼女の善意を、大切な場所や思い出を守りたいというささやかな願いを、『わがまま』だなんて自責を抱えて否定しないで欲しかった。
「……吉祥。今お前がここに居続けても邪魔なだけだ。鹿屋野さんの時間を浪費してこれ以上の迷惑をかけるつもりか?」
何か言いたいのに、相応しい慰めや否定のどんな言葉も伝えることのできなかった情けないボクに向けて。
大国先輩は再三訴えて来た言葉で、先ほどまでは知らなかった刺々しい事実を含ませた上で改めてボクの心を殴りつけてくる。
けれどさっきまでのただ威勢がいいだけの無知なボクのように言い返すことなどできるはずもなく。
ボクは鹿屋野先輩に深く一礼し、黙って園芸クラブの部室を後にしたのだった。
◇◇◇
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