吉祥やおよろず

あおうま

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本編のおはなし

<第零万(よろず)。‐始まりの神様‐>

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八百万やおよろずの神】

 この世に存在する、森羅万象全てのモノに神様が宿っている

 物や自然、音楽や武道、財や商いなど、とにかくたくさんの神様が日本には存在している。

◆◆◆

「世の中の男共、全員滅びないかなぁ」

 ポツリと零れた呟きは、頬杖を突きながら見上げた青空に溶けて消えていった。
 願わくば、雲の上にいるであろう神様の誰がしかに届いてくれないかな。

(どんな神様であっても叶えてくれませんよ?そんな下らないお願い)

 そんな益体やくたいもねえお言葉を下さったのは、ボクんの神様である『吉祥天きっしょうてん』ちゃん。
 神様本人のご公認ということもあり、ボクの切なる……ごめん嘘吐いた。ボクの適当な願いが叶えられることはないだろう。
 いや、実際叶えられても困るんだけど。

「教室の片隅でなに物騒なこと呟いてんだよ、お前は……」

 そんなツッコミと共に登場なさったのは、となりの鞍馬くらま……いや、妙に流行っている名前入りのマンガタイトル風に呼んでみたけど、『鞍馬君』とか気持ち悪いからいつも通りに鞍馬でいいか。
 武道系幼馴染の毘沙門鞍馬びしゃもんくらまである。

 しょっちゅう思うが、鞍馬お前いっぺん転生するかTSして美少女に生まれ変われ。
 ボクと一番付き合いの長い幼馴染のくせして、なんでそんな男らしいんじゃ。
 幼馴染ガチャもう一回引かせてくれ。

(なんて贅沢なことを……伊呂波いろはちゃんにとって、これ以上ない程の幼馴染でしょうが)

 我が儘なこと思っていたら、おばあちゃんに叱られてしまった。
 しっぱいしっぱい。

(……ちょっと伊呂波ちゃん?誰のことを『おばあちゃん』ですって?)

 うわ、こっわ。
 静かにキレるのやめて?マジで罰当たりそうだし。

「そんなに荒れてるってことは、さっきの呼び出しでまたぞろ何かあったんだろ?」

 流石の幼馴染である。
 察しの良さがダンチ過ぎて、名探偵かと疑うレベル。

「はぁ……やれやれ。そこまで乞うならお話しましょう。なぜボクが世の男共を抹殺したくなったのか。その経緯いきさつを……」

「いや全く乞うてないが。しかもさっきは『滅びろ』だったのに『抹殺したい』って……殺意の波動が漏れでてんぞ」

 誰が抹殺の使徒か。
 そんなカッコイイ呼び方すんな。

(誰もそんな遊戯王カードみたいな呼び方してませんし……)

 呆れたような吉祥ちゃんの声も一先ず置いておき、直近ホヤホヤのボクの身に起こった悲しい身の上話を、ボクは鞍馬に話し始めてやったのだった。

「そう……あれはついさっき。お昼休みが始まったばかりのころ――」

◇◇◇

 仰ぎ見た青空は、ボクの億劫な気分に反するように雲一つない快晴。
 それも周りに視界をさえぎる建物がないせいで、はるか遠くまでその青色は広がっていた。

 きっと八百万の神様をずらっと並べたとして、到底覆い隠すことができないほど。
 そんな広く高い四月の空から目を逸らして、ボクが今置かれている現実へと目を向ける。

「俺じゃ、ダメかな?」

 はぁ……。

 現実から目を逸らしたくもなるよ。
 なにが悲しくて男子からの告白イベントに、限りある貴重な青春時間を費やさないといけないのだろうか。
 
 しかし、自分の容姿についてこういった表現を使うのは非常に遺憾で不愉快ではあるのだけれど、現実でも『男の。』というものに需要があるとか……。
 本当にとち狂った人間が多いのはどうにかなってほしいものである。

 ……ボクが『男の娘。』とかいう不気味な存在だって認めたわけでは決してないよ?
 
 校舎につながる階段棟に目を向けると、さっきまで座ってイチャイチャしていた一組のカップルは空気を読んで退散していた。
 おい置いてくな。ボクも連れていけ。
 いつも周りの空気も読まずイチャイチャしくさってるくせに、こんな時だけ空気読んでんなってのっ!

 つまり、今この屋上にはボクと目の前の男子学生のみが向かい合い、クソほど嬉しくもない告白イベントが繰り広げられているわけである。
 本来ならば、輝かしい青春の素敵イベント『告白なう。』なわけであるけど。

「やっぱり……毘沙門と付き合ってるのか?」

(あらら~)

 ボクと一緒に聞いていた吉祥ちゃんも、最近何度も聞いたその質問に苦笑いである。

 どちくしょう!やっぱりこの世の中おかしいことだらけだ!

 ホントに勘弁してほしい。
 どこで広まったのか知らんけど、クソくらえな噂を鵜呑みにしてくだらない与太話に振り回された、疑うってことを知らない思考停止クソ野郎共に、何度この質問を問いかけられたことか。

「はぁぁ……」

 自然と零れるため息を隠そうともせずに吐き出して、助けを求めるように見渡した視界の先。
 ボクが生活する『八百万学園やおよろずがくえん』の広大な敷地といくつもの校舎が、まるで助けなんて来ないことを主張しているかのように。
 無常に、無慈悲に、広がっていた。

◇◇◇

 『国立八百万学園やおよろずがくえん
 
 一学年に約800人、全校生徒2400人程が在籍するこの学園には、入学するために必要なある一つの入学資格が存在する。
 唯一必須の入学資格。 

 それは『八百万の神様から、加護や寵愛を受ける家系の者』。

 この国には、八百万の神に見初められ、その加護や寵愛を受けた家系が存在する。
 商売の神様からの加護を受けていれば手がけた商いがことごとく成功し、長寿の神様から加護を受ければ一般的な人間の寿命とは比べられない程の長寿を得る。
 音楽の神様から加護を受ければ音楽の才能が花を咲かせ、武の神様からの加護を受けたのならば武道において優れた才能に恵まれる。

 この八百万学園は、神様の加護を受け恵まれた才能を持った学園生を、この国の発展に貢献できるような人材へと育成することを目的に設立されたらしい。
 多彩な才能を持つ者たちの育成のため、多様な専門的な授業や設備を有している。

 さらにさらにそれだけでなく、学園生の自主的な成長・自立を促すための学生自治活動として、部活や委員会だけでなく奇妙奇天烈な同好会に研究会などの団体も数多く存在している。
 過去の偉人、つまり非凡な人間には変わり者が多かったらしいが、この八百万学園でも例に漏れず、才能のあふれる奇人変人変わり者が、百鬼夜行する魑魅魍魎の如く跳梁跋扈している。

 学園内ではいつも、東へ向かえば騒ぎに出くわし、西を向いてもお祭り騒ぎ。
 脳みそハッピーセットなパーリーピーポーが、賑やかな青春を自由気ままに謳歌する。
 退屈や平凡なんて言葉とは無縁な日常が繰り広げられている。
 
 八百万学園とは、そんな学園なのである。

◇◇◇

「――ということがあったんだけど?ふざけんなっ!鞍馬くたばれっ!」

「……えっ?待て待て、なんで俺が罵倒されてんの?」

(ちょいちょいちょい。事あるごとに鞍馬君に当たり散らすの良くないですよ?)

 当たってないやい!
 鞍馬が美少女じゃないのが悪いんだい!

(なんちゅう理不尽な……)

 最近の吉祥ちゃんはボクに対していっつも呆れてない?

(悲しいことにそうですね……)

 ……まぁいいか。

 それよりもっ!

「まだ4月だよ?それなのに入学してから今までで、鞍馬とホモホモしい関係なのかって何度も聞かれてるんだよ?聞かれるたびにイライラで脳みそ爆発しちゃうよぅ……」

「いや知らんがな。いや、知らんがな……」

 呆れたような顔を向けてくる隣の席の男子こと『毘沙門鞍馬びしゃもんくらま』は、七福神は毘沙門天の加護を受ける毘沙門家の長男だ。
 ボクが寵愛を受ける吉祥天の旦那様であることによるえにしの影響か、家族ぐるみで古くからの付き合いのある幼馴染でもある。

 でもボクの理想の幼馴染は、登校前に起こしに来てくれたり、親がいないときにご飯を作りに来てくれる。
 そんな美少女ちゃんなんだけど……?

 まずコイツ美少女じゃないし。グラップラー刃牙に出てきそうな正真正銘の武道系男子だし。
 それ以外の部分では理想通りなんだけど。
 非常に惜しい幼馴染である。

「うっさい。労われ。可哀そうなボクを慰めろ」

「お前とホモホモな関係って疑われてる俺も被害者だろうが。だったら俺も慰めろよ」

「ホモホモうっさい。お前はガチでホモだから問題ないじゃん」

「やめてね?本当にホモじゃないからね?ガチでホモじゃないからね?教室でそういうこと言うのガチでやめろマジでおい」

 ホモホモ言い合っていると、今まで以上にボクもそういう目で見られそうという恐怖を感じた。
 てか教室の遠い場所で推定腐女子の陰キャ系女子たちが、ボクらを見ながらヒソヒソ話してるし。クソみたいな噂話の発生元、まさか君たちじゃないよね?

「めんごメンゴ。ホモじゃなかったね?ロリコンだったね?」

「やめろ!最近俺がロリコンだって噂されてるらしいじゃねぇか!やっぱりお前のせいかコラァ!」

 ちなみにボクも発生元だった。

 ちょっと前によう知らん女子から鞍馬の好みのタイプを聞かれたときに、面倒だからと適当に答えたのが広まってしまったらしい。
 正直悪かったとは思っている。すまん鞍馬。
 すげぇ眠かったんだよ。ゲームのイベント周回後だもん。

「だって眠かったし!何度も告白されてるのに袖にしてるから!もったいないからぁ!痛い痛いっ!」

「言い訳にもなってねぇよ!開き直ってんじゃねぇ!」

 ぐぎぃ!両耳を引っ張られながら叱責された!いやもうこれ折檻せっかんだろ!耳もげるってぇっ!

「それに伊呂波と違って袖にはしてねえよっ!ちゃんと丁重にお断りしてるってのっ!」

「してない!袖になんて!女子の一人だって袖にしたことないっ!」

「男子の話だよっ!」

「クソがっ!くたばれぇっ!」

 ボクも負けじと鞍馬の両耳を引っ張った。
 千切れろ鞍馬の耳たぶっ!

 ワイワイギャーギャーと、教室の後ろの席で騒いでいると。

「ちょっと!吉祥君!毘沙門君!」

 教室の前方の席から、苛立ったような強い語調の声が飛んできた。

 なに!?穏やかじゃないわね!
 
 苛立ちを隠そうともせず、クラス委員の弁財べんざいさんはわざわざボクらの席までスタスタと歩いてきて、ボク達を睨むように見下ろした。

「いっつも教室で騒がないでって言ってますよね!迷惑ですっ!」

「……はい」

「……はい」

 ひぇっ!こわっ!

「『はい』じゃないですよ!毎日のように騒いで怒られて!懲りない人たちですねっ!」

「「はい」」

「だからっ!んもう!」

 『んもう!』だって。
 やっぱり可愛いなこの人。

「とにかく静かにしてくださいよねっ!」

「「すいません……」」

「まったく!」

 委員長はプリプリと怒りながらも、そう吐き捨てるや再び自らの席へと戻っていった。

 委員長こと『弁財狭依べんざいさより』さん。
 七福神が一柱、弁財天べんざいてん様の加護を受ける弁財家の一人娘である。

 成績優秀でなおかつ眉目秀麗な優等生で、ピアノのコンクールでは幾度となく賞を取るなどの、華麗な成績を修めている多才な女の子。
 きわめて真面目な性格をしており、素行の悪い学園生を相手にしても物怖じすることなく注意することができる、とても肝の据わった人なのだ。
 
 ちなみに最も目を付けられている、もとい目を掛けられているのはボクだろう。
 何故だかしょっちゅう怒られてる。
 さすが愛され系男子ボク。まったく嬉しくない。

「あぁもういやだ……弁財さんにも怒られるしぃ……帰って寝たい」

「あと2コマも授業あるんだ。我慢しろ」

「そんな得にも損にもならない情報いらないよぉ」

 もう疲れたよ、パトラッシュ。穏やかで充実した時間を送りたい。
 はやくリア充になりたーい。

 へとへとのボクなんか意にかけず、世の中のリア充どもはオスメスつがい同士でキャッキャウフフと乳繰り合っているのか。
 くたばってしまえばいいのに。

「あ、そうだ。鞍馬お前」

「なんだよ?」

 閃いてしまった。
 我慢したくなければ、しなくても良い状況を作り出せばよいのだ。
 天才かボクは。発想が神ってる。

「学園爆破してくんない?リア充もろとも」

「……アホなの?」

 ボクの天啓的なひらめきも凡夫には理解し難かったようです。
 可哀そうに……。

「お前なぁ、あんま問題おこすなよ?過激な発言すらも控えてほしいんだけどな……ただでさえ大国先輩に目を付けられてるってのに」

「そんな大層な名前の先輩知らんし。どちら様だし」

 微かに聞き覚えがある名前だったけど、男の先輩だと聞いて即座に興味を失った記憶がある。
 巨乳で美人な先輩だったなら興味ビンビン丸だったのだけどね。残念。

「本当に他人に興味がないやつだなお前は……あの大国家の三人兄弟の末っ子で生徒会の副会長だぞ?普通に学園生活を送ってればどんな人かくらいは知ってるはずだろ……」

「なるほどね。つまりボクは普通じゃないから、大国先輩とやらを知らなくてもおかしくないわけだ」

「いやその理屈はおかしい。確かにお前は『普通』ではないが……」

 毘沙門鞍馬という普通と評するには難しい奴からして、普通ではないと言わしめる。
 それが『ボク』こと『吉祥伊呂波きっしょういろは』。

 時折七福神にも数えられる『吉祥天』という美の神様から加護を受ける吉祥家の一人息子で、ほんの少し前に八百万学園への入学を果たしたピカピカの一年生である。

 たしかにボクの容姿に限って言えば、普通や平凡とは程遠いものであることは理解している。
 それも自惚れではなく、幾度となく受けた周囲からの評価と経験、そして遺伝子と神様からの寵愛の力に基づくもので、容姿的な面において絶対的な勝ち組なのだ。
 週刊少年ジャンプのヒーローと比べても、遜色ないほどの血筋の生まれである。

 可愛すぎる自分の遺伝子が恐ろしい!ひぇぇっ!
 
 絶世の美女と評され世界的に有名な女優である『吉祥宝きっしょうたから』を母に持ち、その遺伝子を継いでいることからも、揺るぎない約束されたスペックとさえ言えるだろう!

「あぁ~自分の恵まれた容姿が恐ろしい!可愛すぎるボク!マジで自分が怖すぎるっ!目立ちすぎる宿命に抗いたいよぉ!」

「ウザすぎ成敗」

 ヅゥゲシッ!

「ぐぼえっ!」

 鞍馬に椅子ごと蹴り飛ばされた!
 なんでっ!?

「痛ったいよ!なんで!?なんで蹴ったしっ!DVだっ!DV反対っ!」

「お前のウザさが我慢の限界を超越した上での当然の報いだっ!」

(確かに今のは蹴り飛ばされても仕方のないウザさでしたねぇ)

 ボクん家の神様にまでウザい子認定されてしまった。
 いと悲し。

「ふざけんなっ!この荒廃した世界を動物園に例えたらボクはパンダだぞ!唯一無二のナンバーワンの人気者だぞ!お前かわいい人気者のパンダ蹴るのか!このクズッ!動物愛護団体にチクってやるからなっ!動物虐待反対!」

「見た目はパンダでもウザさは野グソするチンパンジーレベルだぞっ!蹴らずにいられるか!ウザさで発狂するわっ!」

「~~~っだからぁっ!静かにしてくださいってぇ!」

 委員長様の悲痛な叫びが、教室内に響き渡った。

◇◇◇

 『国立八百万学園』

 普通じゃない人間が集まる普通じゃない学び舎で。

 ボクの学園生活は大体いつもこんな感じで、普通に過ぎて行っているのである。

◆◆◆
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