Relight

椛茶

文字の大きさ
上 下
9 / 10
本編 〜ロイ視点〜

転生?

しおりを挟む
「理央ー、ご飯できたよー」
「今降りるから!!」

 あれから。ロイはレイに会った後、遺書をその場に残し、家で首を切って自殺した。そして気がつくと地球の日本という国に生まれ変わっていた。もちろんロイだったという記憶付きで。今はすすき理央りおとして生きている。

 けれど。たまに思い出してしまう。レイと過ごした時間や鬱憤の捌け口にされていたあの日常を。あの頃の日常に比べたら、少しのんびり屋だけど料理上手な父や、たまにしか部屋から出てこないけどさっぱりした性格の明るく男前な母がいる今の方が断然幸せだと言えるけれど、それでもやはり、ここにレイはいないのだとふとした瞬間に思い出され、レイと過ごしたあのほんの少しの時間が、小さな、けれど確かなしこりとして心に降り積もっていた。

「今日のご飯は何?」
「んふふ~、今日はね、パパ特製とろとろオムライスなんだよ!!会心の出来だよー」

 父に差し出された皿には、確かにふわふわとろとろした卵に包まれたオムライスが乗せられている。

「母さんは?」
「相変わらず仕事だってー。書斎に籠もってるよ。もう少し僕に構ってくれたっていいのにねー」

 そう頬を膨らませる父は、顔が整っていることもあって大変可愛らしく見える。



 のんびりしてて料理上手だけど頭も運動神経も良く、いざというとき頼りになる父。
 引きこもりの明るい性格で男前だけど、何故か女子力がやたら高い母。
 どちらもなかなか我が強い両親ではあるがとても仲が良く、理央を見守ってくれる優しい家族だった。


   ◆  ◆  ◆


「……ロイっ…!!」



 理央が高校二年生になった日、理央は桜が立ち並ぶ堤防の河川敷で一人佇んでいた。

(レイに見せたかったなあ……)

 その前世にはなかった綺麗で穏やかな光景に、思わずレイを思い起こしたその時。理央は、レイに“ロイ”と呼ばれたような気がして振り返った。
 そして目を見開く。

 そこにいたのは、間違いなくレイだった。前世とは違う顔、姿、声。けれど、理央はそれがレイだと。本能か何なのかはよくわからないが、そういったものがあれはレイだと告げていた。

 勝手に自殺してしまった手前思わず逃げ出してしまったが、後ろで盛大にズシャッと転ぶ音がして反射的に振り返った。

「っ!!」

 レイが転んでいる。

 ただそれだけで、さっきまで逃げていたはずの理央は、そんなことも忘れ急いでレイへと駆け寄った。

「っ……どうして逃げるの、ロイ……」

 今にも泣きそうに声を震わせて言う姿に、罪悪感がのしかかる。

「レイっ、大丈夫……!?」

 いつもそうだ。レイが怪我をしたらどうすれば良いか、わからなくなる。普段怪我をするのは、レイよりもロイの方が圧倒的に多く、ロイはレイに治療される側だったから。

 だからいつもいつも、レイが転んだりとするのを見ると気が気じゃない。

 ――パンッ

 一瞬、理央は何が起こったのかわからなかった。

 座り込むレイの顔を見ようとかがみこむと、思いっきり頬を叩かれたのだ。

「ロイなんでしょ」
「……っ!!」

 呆然とする理央に、レイは確信を持って問いかけてきた。

 レイに言い当てられ、再び逃げていた理由を思い出す。そして理央は逃げることを忘れていたことに気付き、急いで体制を立て直し駆出そうとした。
 ……手首を思いっきり使われたため、それは叶わなかったが。

 本当は、力を込めれば振り解けないほどでもない。けれど相手がレイでは、理央にそれができるはずもなかった。

「なんで、自殺なんかしたの」
「……そのほうが、レイの迷惑にならないでしょ?」

 そうだ。だから自殺したというのに……。

「っ……ぃじゃない…そんなわけないでしょ……!!」

 掴まれていた手首を強く握り引っ張られ、理央はよろけて膝を付き、理央の手首を握っている手とは逆の手でネクタイを引っ掴まれた。

 音が鳴るかと思うほどに強く掴まれた手首が、ヒリヒリギリギリと痛い。

(……どうして。どうしてそんなに泣きそうな顔をするの……?)

「……どういう「知らなかったでしょう」
「え?」
「知らなかったでしょう。私の家族が決して噂通りなんかじゃないって」

 知らなかったでしょう、とレイはもう一度言った。

「っ……」

 理央に寄せた至近距離の瞳に浮かぶのは、浮かべた笑顔とは反対に、激しく揺らめく怒気と絶望。

(どう、して……。そんな顔をするの……?そんな、絶望に昏く濁った目をしているの?)

 何故そうも絶望するのか。ロイが死ぬことで、レイに迷惑は向かわなかったはず。それなのに。

「ねえ。知らなかったでしょう?父にとって私は、物、商品同然だったの」

 機嫌が悪いときは殴られもしたし、母や弟にも疎まれていたと言うレイは、口に出しているセリフとは合わない穏やかな笑顔を浮かべている。

 今はもう瞳の奥の怒気は収まっている。だが、仄暗い絶望はそのまま、瞳から動くことはない。

「そ、んな」
「知らなかったでしょう?私が使用人たちからイジメられていたの。使用人たちは私をどのように虐めたら母や弟に気に入られるか分かっていたからね。
 商会の従業員だってそうだった」
「でも、優しく叱ってるって……」

 そうだ。確か噂ではそう聞いていたはずだ。でも……。

「ええ、見た目はね。そもそも、あれがヤラセだったのよ。父が用意した茶番劇。毎回毎回叱ってくれていたけど、それは父の命令だから仕方なく。いつも叱っているときの目の奥には、疎ましく思っていることが丸わかりの感情が見え隠れしていたもの」

(……噂と違う。もしこれが本当だったとしたら……)

「知らなかったでしょう?私、ロイと出会う前、いえ、ロイといないときは無表情だったの。何も感じなかったの。何故か分かる?」
「……」
「そういったことを、学ばなかったから。学べなかったから。
 私の周りには、私を愛してくれる人が一人もいなかったわ」

 何も感じてないかのようにスラスラと吐かれる言葉たちに、前世、レイがどれだけ苦しく、辛い場所にいたかが分かる。
 レイはなんてことないといった表情と声音をしながら、理央が死んでからの自分のことを話していくが、その内容は決して軽いものなどではなく、むしろ重く、重くロイにのしかかって来た。

 自身の抜け殻のような生活、無理矢理の政略結婚、毎晩犯される毎日。

 辛くないはずがない。それなのにレイは、その話をするときすら淡々としていた。

 そして何より理央がショックを受けたのが。

「僕が、レイの光……?」
「うん」

 そして一拍置かれ、レイから紡がれる言葉。

「ねえ、知らないでしょう?私の光は、今もなお、ロイなんだよ」
「っ……!!」
「私はね、ロイ。ロイと出会う前まで、感情というものを知らなかったの。悲しいと思うこともなければ、嬉しいと思うこともなかった。あそこでは、そういったものを学び育める環境がなかったから。種があっても芽吹かせることができなかったの。
 それなのにそれが周りにバレずに生活を送れていたのは、たまたま私に、自然な作り笑いや嘘を吐く、そういう才能があったから。でもだからこそ、余計にそれらの種は身を隠して芽吹かなかった。楽しいが何かわからなかったけど、作り笑いをすることを覚えたし、周りに合わせることを覚えた。涙の出し方だって学んだ。でも本物ではなかった。
 それがロイ、貴方と会って変わったの。今まで芽生えることのなかった種が、一斉に芽吹いて感情を教えてくれた。ロイが生き方を教えてくれた。でも、ロイ以外ではなんの役にも立たないし、動かなかったけど。
 ロイだけが、私の生きる理由、光だったの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

虚飾ねずみとお人好し聖女

Rachel
恋愛
ドンと誰かがぶつかったとき、リーズは首が少し引っ張られた気がした。いけない……物取りだわ! 市場の人混みの中、リーズは形見の首飾りを少年にすられそうになるが、すかさず相手の手首を掴む。 「お願いよ、返して! それは亡くなったお母様の肖像画なの!」 必死の懇願に、少年は立ち止まると舌打ちしながらも首飾りを返してくれて……。 路上で生きてきた青年ルカと、彼に恋をする商家の娘リーズの物語。 ※「聖女」「ねずみ」は比喩のため本物は出てきません。

婚約破棄され、超絶位の高い人達に求婚された件

マルローネ
恋愛
侯爵家の御曹司と婚約していたテレサだったが、突然の婚約破棄にあってしまう。 悲しみに暮れる間もなく追い出された形になったが天は彼女を見放さなかった。 知り合いではあったが、第二王子、第三王子からの求婚が舞い降りて来たのだ。 「私のために争わないで……!」 と、思わず言ってしまう展開にテレサは驚くしかないのだった……。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

異世界初の悪役令嬢に転生しました~悪役令嬢語しか話せないなんて!どなたか正確に翻訳してくださいまし~

めしめし
恋愛
普通のアラサー派遣社員である神野恵(かみのめぐみ)。 駄女神の陰謀により車に二度もはねられ、とどめにイケメンの頭突きにより非業の最後を迎えてしまう。 そんな彼女の使命は、異世界初の悪役令嬢になること。 「あなたには常に悪役令嬢として振舞ってもらいます。生まれた時から悪役令嬢のあなたは、歳を重ねるごとにパワーアップするわ。あなたの悪名はギロチンされるまで続くのよ。」 さりげなく、「ギロチン」って言った? 「あなたの魅力に王太子殿下もベロベロよ!とことんまで惚れさせてやりなさい! そしてバッサリと切り捨てるのよ。」 それって一番あかんやつやん…。 転生した彼女は、生まれながらにして悪役令嬢語を獲得。 話す言葉全てが悪役令嬢語に翻訳されてしまうのだ。 「いくら無能なお兄様でも、ここで死なれては寝覚めが悪くってよ(みんな準備で忙しいから、私だけでもと様子を見にきました。)」 「だってドリアーヌ様のように派手な色でごまかさなければいけないほど、自分の容姿に困ってはございませんわ。(ドリアーヌ様は、素敵な色のドレスをお召しですね。)」 ツンデレとはまた違った強制執行される悪役令嬢語。 さらに選択肢システムで、悪役令嬢らしさをパワーアップ。 1.これであなたもクールビューティ!真っ黒なドレス 2.セクシーさを協調!全身シースルーのベージュドレス 3.末代まで語られるインパクト!怪獣の着ぐるみ 感動あり、笑いあり、笑いあり、笑いありのスーパーコメディファンタジー。 異世界初の悪役令嬢になるべく転生された神野恵改め、メリー・アンポワネットの運命はいかに!?

男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる
恋愛
 実家の都合で男装して騎士として働くバルザクト・アーバイツは、遺跡の巡回中に異世界からやってきたシュラという名の青年と出会った。自らの従騎士となった彼の言動に振り回されながらも、従騎士となった彼を導き、あるいは導かれてゆく、真面目で苦労性な騎士の物語。 ――あるいは――  戦闘系乙女ゲームの主人公と同じように、異世界の朽ちた神殿に転移してしまった五月山修羅という青年の、「どうして乙女ゲーの主人公になっちゃったの俺! 攻略キャラとの、BL展開なんて無理ぃぃー!」とテンパりながらも、一番穏便そうな騎士バルザクトとの友情エンド(難易度高)を目指して右往左往する物語。 【更新目標】 ・毎日午前0時 ・修羅サイドの話があるときは本編と同時更新(1日に2話UPします) 『小説家になろう』で連載していたものの、加筆修正版となります。――と言いつつ、最終章はガラッと変わっており(※執筆中)違うエンディングとなる予定です。  なりました、違うエンディングに。なろうはちょっとバッド寄りだったのですが、こちらでは大団円です(≧▽≦)ノシ

両親や妹に我慢を強いられ、心が疲弊しきっていましたが、前世で結ばれることが叶わなかった運命の人にやっと巡り会えたので幸せです

珠宮さくら
恋愛
ジスカールという国で、雑草の中の雑草と呼ばれる花が咲いていた。その国でしか咲くことがない花として有名だが、他国の者たちはその花を世界で一番美しい花と呼んでいた。それすらジスカールの多くの者は馬鹿にし続けていた。 その花にまつわる話がまことしやかに囁かれるようになったが、その真実を知っている者は殆どいなかった。 そんな花に囲まれながら、家族に冷遇されて育った女の子がいた。彼女の名前はリュシエンヌ・エヴル。伯爵家に生まれながらも、妹のわがままに振り回され、そんな妹ばかりを甘やかす両親。更には、婚約者や周りに誤解され、勘違いされ、味方になってくれる人が側にいなくなってしまったことで、散々な目にあい続けて心が壊れてしまう。 その頃には、花のことも、自分の好きな色も、何もかも思い出せなくなってしまっていたが、それに気づいた時には、リュシエンヌは養子先にいた。 そこからリュシエンヌの運命が大きく回り出すことになるとは、本人は思ってもみなかった。

たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴
恋愛
 恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。  王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。 *いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。 *主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)

処理中です...