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そんな兄妹
しおりを挟む 広大な宇宙空間のほんの片隅に、巨大なドーナツ型の宇宙基地がゆっくり回転を続けている。
リアナ星雲を隠れ蓑にしたワード星由来のこの基地は万年人手不足で、大量の仕事が処理されるのを待っている。
『緊急避難ポッドが到着しています』
白い通路内に突然流れ出す機械的な音声に、研究室にいたラーシアが飛び出した。
「デレク!何番?」
叫ぶと、すぐにどこからともなく答えが返ってくる。
『六番が点灯している。俺は七番の処理で今近くにいるが、ちょっと苦戦中で手が離せない』
「預言者!どこ!」
長い通路のいたるところに扉がある。ラーシアの言葉に反応し、次々と扉が開き、ラーシアを誘導するように光が点滅する。足を止めずに突き進み、ラーシアはまっすぐに目的の部屋に辿り着いた。
巨大な真っ白なベッドの上に長い金色の髪を床まで垂らした男が心地よさそうに眠っている。
すっかり寿命を取り戻し、若返ったかつての預言者だ。
ラーシアが飛び込んでくると、男は眠そうに瞼をあげる。
「その呼び名はよしてくれ。俺にはエセルレデアという名前がある」
「体はすっかり回復しただろう!ここにいるからには働け!」
バレア国に不時着した恐怖が忘れられず、エセルレデアはずっと、この基地に引きこもっている。
「言わなくてもわかるだろう!お前といるとストレスなんだ!」
預言者の威厳はどこへいったのやら。思念を読み合う仲間と一緒にいるのは苦痛だし、だといって新たな居場所を探すのも怖いと、エセルレデアは長い休眠状態だ。
ラーシアは、生贄となった少女たちを連れてバレア国に戻った時に、エセルレデアが勝手にバレア国を出て基地に戻ってきてしまったことをまだ許していない。
「わからないね。あの後の処理も私が全部やることになった。緊急脱出用の船だって、予備がなかったら私が帰れないところだった。とにかく、これがコアだ。再現しておいてくれ」
赤い大きな宝石のようなものをラーシアはエセルレデアに押し付け、急いで七番ゲートに向かう。
扉の向こうは火の海だった。
壁から高熱の炎が噴き出し、宇宙船を焼いている。
汚染物質が付着していたのだ。
「ぎゃああああっ!」
宇宙船内にいる誰かの悲鳴が通信機を通して聞こえてくる。
「熱は伝わらないはずだ。静かにしろ!」
ラーシアの声が聞こえたようで、通信機の声が途端に静かになる。
「なんだ。人がいたのか。また無人なのかと思った。ここのアンドロイドたちはとにかく神経質で何時間も燃やすだろう。悲鳴の探知機能も恐ろしく鈍い。早くこれを止めてくれ」
確かに焼きすぎなのだ。ラーシアは装置を停止させ、傷一つないつるんとした宇宙船の移動を始める。
中から片足をぶら下げた男が出てきた。
「あの星はだめだ」
話し始めようとして口を閉じる。一気に膨大な思念が送り込まれ、ラーシアは思念遮断装置を起動した。
「よしてくれ。話を聞いている暇はないんだ。報告書をまとめてくれ。自分でやれよ。十一番だ。ND0000998についていけ」
壁に埋まっていたアンドロイドが動き出す。
途端に、また音声が流れた。
『破損した緊急脱出ポッドが見つかりました。回収しますか?』
即座にラーシアが叫ぶ。
「回収だ!デレク!そっちはどうだ!」
すぐにデレクの音声が流れた。
「悪意ある生命体が百体ぐらいついていた。全部処理済みだが、一応殺菌に回す。あと数分で動けるぞ。どこにいく?」
「回収に行ってくれ!データを転送した。リジーの指示に従え」
「わかった」
通信が切れる。
ラーシアが通路の窓を覗き込むと、回収用の宇宙船が卵のように基地の一角からぽとんと吐き出され、宇宙空間を進みだすのが見えた。
ゆっくり動き出したかと思うと、高速で移動を始める。
ラーシアは通路に宇宙船内の映像を呼び出した。
宇宙船内にはデレクとリジーの姿がある。
一緒にいるリジーはもう三体目で、何度かエイリアンに破壊されている。
そのたびにコアで再生し、優秀な人工生命体として活躍中だ。
操縦も慣れたもので、デレクは操作パネルで座標を確認している。
リジーが本船のデータを次々に送り込む。
その時、新たな音声が流れた。
『緊急避難警報、緊急避難警報、第百二十番ゲートに損傷あり』
デレクとリジーの映像に被るように新たな映像が現れた。
ゲートの入り口に巨大な岩がぶつかって自動修復装置が起動している。
敵か味方か判別するセンサーがやられたらしく、アンドロイドたちが右往左往している様子が映し出されている。
「賢すぎると危険だが、馬鹿に作り過ぎると使えないな」
愚痴を吐きながら、ラーシアがその場で制御装置の画面を引っ張り出し、指令を入れる。
その瞬間、また警報が鳴った。
研究室のランプが宙に浮いたパネル内で点灯し始めた。
「ラーシア!緊急救助要請のランプが山ほど点灯しているぞ。音が出ていないから気づいていないんじゃないのか?」
コアの再生に行った預言者からだ。
「うるさいから音は切っている。お前の救助にも百年以上かかった。間に合っただけ有難いと思え。だいたいお前も一件ぐらい処理したらどうだ?」
ラーシアは破損したゲートに向かって走り出す。
高速移動補助装置が作動し、ラーシアの移動速度があがる。
その時、別の通信が入った。
「ラーシア、破損した脱出用ポッドを発見。生存者はいない。手紙が入っているぞ。紙だ。懐かしいな」
デレクからだった。内部映像が転送されるが、見ている暇がない。
「読んでくれ。こっちも忙しい」
ラーシアは百二十番ゲートに攻撃の指示を出し、壁から銃を抜き出すと、エネルギー量を確認する。
防御装置を稼働させ、保護膜を作ると、頭脳防御カバーが形成される。
破損ゲート前の扉が開いた。
「攻撃開始!」
アンドロイドがゲートを破壊しようと体当たりしている隕石のような物を一斉に攻撃し始める。
岩の塊に見えたが、それは意思を持って触手を伸ばしている。
ラーシアが銃でコアを探しながら、攻撃を始める。
頭脳保護装置内にデレクの声が流れ込んできた。
「じゃあ読むぞ。
ワード星、第二宇宙基地、緊急救助対策本部担当者様、プリューゼス星、ドルワ国在住、エフィロブレア、住人ナンバー098K7398。
至急、勇者の派遣を要請。突如現れた魔王に生態系を破壊されつつある。
この国は魔力も高く、住み心地もよい星だったのに実に残念だ。
赤い流星群の目撃が相次いだことから、恐らく、ゼブロ惑星の崩壊により脱出した知的生命体であると考えられる。
この星の生態系に極力変化を与えないように、この生命体を排除してもらいたい。
剣の扱いが得意で、馬に乗った経験があり、魔力の扱いに関する知識が多少ある者が望ましい。
多少の魔物が湧くが、銃の文化はない。武器の持ち込みは剣や短剣、弓矢のような古典的な物に限る。
魔法もあるため杖も可能だが、能力測定器があるため、細工が必要である。
この星の魔力を吸収し、徐々に魔物と呼ばれるエイリアンたちの力が増している。脱出ポッドも破壊されてしまった。
緊急で対応して欲しい」
手紙が読まれている間も、ゲート百二十番では戦闘が続いている。
ラーシアは姿勢を低くし、レーザー銃をぶっぱなしながら、戦闘用アンドロイドに命令を飛ばしている。
爆音が轟き、触手を伸ばしていた岩がはじけ飛ぶ。
その爆風を保護膜が跳ね返し、ラーシアの全身に殺菌風が吹きかけられる。
アンドロイドの半分が破壊され、宇宙空間を漂いながら爆破されていく。
「ラーシア?」
反応のないラーシアを心配するようなデレクの声が耳に届く。
デレクにこの状況は見えていない。ラーシアは銃を下ろすと、処理した生命体を研究所に運ぶように指示を出す。宙に現れたパネルの上には膨大な情報が並び、その上を指が飛ぶように走る。
仕事を処理しながら、ラーシアはデレクに落ち着いた声で返事をした。
「聞いている。その依頼、デレクにぴったりじゃないか。勇者になったことはないだろうが、前職が騎士なら適任だ。経験が生きるぞ」
「……俺が行くのか?……」
「そろそろ一人前だ。早く戻ってこい。良い物がある」
移動を始めたラーシアは急いで戦闘服を脱ぎ捨て、その処理を壁に並んだアンドロイドに指示しながら次の画面を空中に呼び出す。
「プリューゼス星、ドルワ国の資料を出せ。その国に溶け込めるような服と防具を一式作成しろ。使用者をデレクで登録。ああそうだ、あれはとってあるかな?」
帰還ゲートに宇宙船が戻ってくる。
デレクがリジーを従えて、下りてくると、ラーシアを見つけて駆け寄ってきた。
「ラーシア!」
「来てくれ」
デレクを待たず、ラーシアはまた移動を始める。
扉が次々に自動で開き、装備試着室に辿り着く。
「こ、これは」
目的の部屋に入った途端、デレクが目をみはる。
昔懐かしい鋼の剣や革の装備、兜や革の鞄といったレトロな道具が並んでいる。
見かけだけは古典的だが、中身は大抵のエイリアンなら一撃で殺せるほどの強力な兵器になっている。
「リジーを連れていこう。竜に似た生き物も多そうだ。完全武装させていく。呪文も発達している。
転送装置も持っていけるかもしれないな。剣の扱いは覚えているか?」
「覚えていると思うが……」
そこにアンドロイドが現れ、ピンクの外套やショールが台の上に並べられる。
「これは!」
懐かしそうにデレクが薄いショールを持ち上げる。
ピンクの外套を身に着けて、ラーシアが微笑んだ。
「覚えているか?君からの贈り物だ。ドルワ国にも合いそうだ。私はこれを持って行く」
デレクの目が輝いた。
一人で他の惑星に派遣されるのだと思っていたのだ。
「ラーシアも一緒か?でもここは?ここが無人になる」
「そうだ!ここを無人にする気か!」
突然割って入ってきたのは預言者の音声だった。
「お前がいるだろう!」
ラーシアが叫ぶと、預言者の喚き声が響いた。
「冗談だろう?俺は絶対にやらないぞ!こんな重労働一人でやっていられるか!」
ぶちっとラーシアが通信を切った。
「大丈夫なのか?」
デレクが心配そうに顔を曇らせる。
「ああ、大丈夫だ。デレク、君の国に行った時、ここは無人だった。まぁいろいろ私がいなくても最低限回るようにしておいたが、一人いるならさらに安心だ。
少し頼りないが、預言者が君の国を守ろうとしたことは覚えているだろう?
汚染された場所を竜の呪いがあると広め隔離し、魔力の暴走を抑え、魔物が生まれないように監視を続けていた。
最低限の良心はある男だ。文句を言いながらも多少のことはしてくれるさ。
それに、約束したはずだ。ずっと傍にいると。私が君を一人にするはずがない。行くなら一緒だ」
きっぱりとしたラーシアの物言いに、デレクは胸をなでおろした。
「君と一緒にいられるならそれでいい」
「勇者というのはとにかくもてる職業だ。一緒にいかないと私も心配だ。美女たちが群がってくるぞ。
寿命抑制装置に入っていこう。肉体の年齢を少し調整しておいた方が良い。私の職業はどうしようかな。吟遊詩人が勇者の旅のお供じゃ、不自然だな」
装備品を小さな袋にぽいぽいと詰め込みながら、忙しく話し続けるラーシアをデレクが背後から抱きしめた。
「俺が君以外の女性を見るわけがない」
「それでも、心配なんだ」
ラーシアはデレクを振り返り、二人は唇を重ねる。うっとりと舌を絡め始めた直後、警告音が鳴りだした。
「惑星ナンバーO009-R02の第三宇宙基地より攻撃を確認。迎撃しますか?」
唇を離し、ラーシアががっくり肩を落とす。
「またか……人工知能の性能を上げると基地を乗っ取られる可能性があるが、性能を落とし過ぎると、こんなことまで判断できなくなる。少し設定に手を加えてからここを出よう」
部屋の扉が開いて、預言者自身が飛び込んできた。
「俺の通信を切ったな!」
「エセルレデア、忘れていた。医療室に足を一本失った男が帰還中だ。なんとか言いくるめて手伝ってもらえ」
途端にエセルレデアの顔に希望が溢れる。無言で身を翻して走っていく。
「本当に大丈夫か?」
心配そうなデレクを振り返り、ラーシアはいたずらっ子のように笑った。
「さあ急ごう、デレク。いまのうちだ。わかっただろう?ここは忙しすぎて、こうでもしなきゃ新婚旅行だって行けない。さっさと脱出だ!」
二人は手を取り合い、次のアラームが鳴り響く中、宇宙船に乗り込んだ。デレクが素早く制御パネルを立ち上げ、惑星の名前を入力する。途端に膨大な資料が大量に映し出される。
一番大きな画面に、緑に囲まれた美しい王国の光景が現れた。
魔物の群れに破壊されていく街並みも見える。
「新婚旅行にぴったりだな」
ラーシアの言葉にデレクは口づけで応えた。
二人を乗せた宇宙船は、目的地に向け音もなく出発した。
リアナ星雲を隠れ蓑にしたワード星由来のこの基地は万年人手不足で、大量の仕事が処理されるのを待っている。
『緊急避難ポッドが到着しています』
白い通路内に突然流れ出す機械的な音声に、研究室にいたラーシアが飛び出した。
「デレク!何番?」
叫ぶと、すぐにどこからともなく答えが返ってくる。
『六番が点灯している。俺は七番の処理で今近くにいるが、ちょっと苦戦中で手が離せない』
「預言者!どこ!」
長い通路のいたるところに扉がある。ラーシアの言葉に反応し、次々と扉が開き、ラーシアを誘導するように光が点滅する。足を止めずに突き進み、ラーシアはまっすぐに目的の部屋に辿り着いた。
巨大な真っ白なベッドの上に長い金色の髪を床まで垂らした男が心地よさそうに眠っている。
すっかり寿命を取り戻し、若返ったかつての預言者だ。
ラーシアが飛び込んでくると、男は眠そうに瞼をあげる。
「その呼び名はよしてくれ。俺にはエセルレデアという名前がある」
「体はすっかり回復しただろう!ここにいるからには働け!」
バレア国に不時着した恐怖が忘れられず、エセルレデアはずっと、この基地に引きこもっている。
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預言者の威厳はどこへいったのやら。思念を読み合う仲間と一緒にいるのは苦痛だし、だといって新たな居場所を探すのも怖いと、エセルレデアは長い休眠状態だ。
ラーシアは、生贄となった少女たちを連れてバレア国に戻った時に、エセルレデアが勝手にバレア国を出て基地に戻ってきてしまったことをまだ許していない。
「わからないね。あの後の処理も私が全部やることになった。緊急脱出用の船だって、予備がなかったら私が帰れないところだった。とにかく、これがコアだ。再現しておいてくれ」
赤い大きな宝石のようなものをラーシアはエセルレデアに押し付け、急いで七番ゲートに向かう。
扉の向こうは火の海だった。
壁から高熱の炎が噴き出し、宇宙船を焼いている。
汚染物質が付着していたのだ。
「ぎゃああああっ!」
宇宙船内にいる誰かの悲鳴が通信機を通して聞こえてくる。
「熱は伝わらないはずだ。静かにしろ!」
ラーシアの声が聞こえたようで、通信機の声が途端に静かになる。
「なんだ。人がいたのか。また無人なのかと思った。ここのアンドロイドたちはとにかく神経質で何時間も燃やすだろう。悲鳴の探知機能も恐ろしく鈍い。早くこれを止めてくれ」
確かに焼きすぎなのだ。ラーシアは装置を停止させ、傷一つないつるんとした宇宙船の移動を始める。
中から片足をぶら下げた男が出てきた。
「あの星はだめだ」
話し始めようとして口を閉じる。一気に膨大な思念が送り込まれ、ラーシアは思念遮断装置を起動した。
「よしてくれ。話を聞いている暇はないんだ。報告書をまとめてくれ。自分でやれよ。十一番だ。ND0000998についていけ」
壁に埋まっていたアンドロイドが動き出す。
途端に、また音声が流れた。
『破損した緊急脱出ポッドが見つかりました。回収しますか?』
即座にラーシアが叫ぶ。
「回収だ!デレク!そっちはどうだ!」
すぐにデレクの音声が流れた。
「悪意ある生命体が百体ぐらいついていた。全部処理済みだが、一応殺菌に回す。あと数分で動けるぞ。どこにいく?」
「回収に行ってくれ!データを転送した。リジーの指示に従え」
「わかった」
通信が切れる。
ラーシアが通路の窓を覗き込むと、回収用の宇宙船が卵のように基地の一角からぽとんと吐き出され、宇宙空間を進みだすのが見えた。
ゆっくり動き出したかと思うと、高速で移動を始める。
ラーシアは通路に宇宙船内の映像を呼び出した。
宇宙船内にはデレクとリジーの姿がある。
一緒にいるリジーはもう三体目で、何度かエイリアンに破壊されている。
そのたびにコアで再生し、優秀な人工生命体として活躍中だ。
操縦も慣れたもので、デレクは操作パネルで座標を確認している。
リジーが本船のデータを次々に送り込む。
その時、新たな音声が流れた。
『緊急避難警報、緊急避難警報、第百二十番ゲートに損傷あり』
デレクとリジーの映像に被るように新たな映像が現れた。
ゲートの入り口に巨大な岩がぶつかって自動修復装置が起動している。
敵か味方か判別するセンサーがやられたらしく、アンドロイドたちが右往左往している様子が映し出されている。
「賢すぎると危険だが、馬鹿に作り過ぎると使えないな」
愚痴を吐きながら、ラーシアがその場で制御装置の画面を引っ張り出し、指令を入れる。
その瞬間、また警報が鳴った。
研究室のランプが宙に浮いたパネル内で点灯し始めた。
「ラーシア!緊急救助要請のランプが山ほど点灯しているぞ。音が出ていないから気づいていないんじゃないのか?」
コアの再生に行った預言者からだ。
「うるさいから音は切っている。お前の救助にも百年以上かかった。間に合っただけ有難いと思え。だいたいお前も一件ぐらい処理したらどうだ?」
ラーシアは破損したゲートに向かって走り出す。
高速移動補助装置が作動し、ラーシアの移動速度があがる。
その時、別の通信が入った。
「ラーシア、破損した脱出用ポッドを発見。生存者はいない。手紙が入っているぞ。紙だ。懐かしいな」
デレクからだった。内部映像が転送されるが、見ている暇がない。
「読んでくれ。こっちも忙しい」
ラーシアは百二十番ゲートに攻撃の指示を出し、壁から銃を抜き出すと、エネルギー量を確認する。
防御装置を稼働させ、保護膜を作ると、頭脳防御カバーが形成される。
破損ゲート前の扉が開いた。
「攻撃開始!」
アンドロイドがゲートを破壊しようと体当たりしている隕石のような物を一斉に攻撃し始める。
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ラーシアが銃でコアを探しながら、攻撃を始める。
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至急、勇者の派遣を要請。突如現れた魔王に生態系を破壊されつつある。
この国は魔力も高く、住み心地もよい星だったのに実に残念だ。
赤い流星群の目撃が相次いだことから、恐らく、ゼブロ惑星の崩壊により脱出した知的生命体であると考えられる。
この星の生態系に極力変化を与えないように、この生命体を排除してもらいたい。
剣の扱いが得意で、馬に乗った経験があり、魔力の扱いに関する知識が多少ある者が望ましい。
多少の魔物が湧くが、銃の文化はない。武器の持ち込みは剣や短剣、弓矢のような古典的な物に限る。
魔法もあるため杖も可能だが、能力測定器があるため、細工が必要である。
この星の魔力を吸収し、徐々に魔物と呼ばれるエイリアンたちの力が増している。脱出ポッドも破壊されてしまった。
緊急で対応して欲しい」
手紙が読まれている間も、ゲート百二十番では戦闘が続いている。
ラーシアは姿勢を低くし、レーザー銃をぶっぱなしながら、戦闘用アンドロイドに命令を飛ばしている。
爆音が轟き、触手を伸ばしていた岩がはじけ飛ぶ。
その爆風を保護膜が跳ね返し、ラーシアの全身に殺菌風が吹きかけられる。
アンドロイドの半分が破壊され、宇宙空間を漂いながら爆破されていく。
「ラーシア?」
反応のないラーシアを心配するようなデレクの声が耳に届く。
デレクにこの状況は見えていない。ラーシアは銃を下ろすと、処理した生命体を研究所に運ぶように指示を出す。宙に現れたパネルの上には膨大な情報が並び、その上を指が飛ぶように走る。
仕事を処理しながら、ラーシアはデレクに落ち着いた声で返事をした。
「聞いている。その依頼、デレクにぴったりじゃないか。勇者になったことはないだろうが、前職が騎士なら適任だ。経験が生きるぞ」
「……俺が行くのか?……」
「そろそろ一人前だ。早く戻ってこい。良い物がある」
移動を始めたラーシアは急いで戦闘服を脱ぎ捨て、その処理を壁に並んだアンドロイドに指示しながら次の画面を空中に呼び出す。
「プリューゼス星、ドルワ国の資料を出せ。その国に溶け込めるような服と防具を一式作成しろ。使用者をデレクで登録。ああそうだ、あれはとってあるかな?」
帰還ゲートに宇宙船が戻ってくる。
デレクがリジーを従えて、下りてくると、ラーシアを見つけて駆け寄ってきた。
「ラーシア!」
「来てくれ」
デレクを待たず、ラーシアはまた移動を始める。
扉が次々に自動で開き、装備試着室に辿り着く。
「こ、これは」
目的の部屋に入った途端、デレクが目をみはる。
昔懐かしい鋼の剣や革の装備、兜や革の鞄といったレトロな道具が並んでいる。
見かけだけは古典的だが、中身は大抵のエイリアンなら一撃で殺せるほどの強力な兵器になっている。
「リジーを連れていこう。竜に似た生き物も多そうだ。完全武装させていく。呪文も発達している。
転送装置も持っていけるかもしれないな。剣の扱いは覚えているか?」
「覚えていると思うが……」
そこにアンドロイドが現れ、ピンクの外套やショールが台の上に並べられる。
「これは!」
懐かしそうにデレクが薄いショールを持ち上げる。
ピンクの外套を身に着けて、ラーシアが微笑んだ。
「覚えているか?君からの贈り物だ。ドルワ国にも合いそうだ。私はこれを持って行く」
デレクの目が輝いた。
一人で他の惑星に派遣されるのだと思っていたのだ。
「ラーシアも一緒か?でもここは?ここが無人になる」
「そうだ!ここを無人にする気か!」
突然割って入ってきたのは預言者の音声だった。
「お前がいるだろう!」
ラーシアが叫ぶと、預言者の喚き声が響いた。
「冗談だろう?俺は絶対にやらないぞ!こんな重労働一人でやっていられるか!」
ぶちっとラーシアが通信を切った。
「大丈夫なのか?」
デレクが心配そうに顔を曇らせる。
「ああ、大丈夫だ。デレク、君の国に行った時、ここは無人だった。まぁいろいろ私がいなくても最低限回るようにしておいたが、一人いるならさらに安心だ。
少し頼りないが、預言者が君の国を守ろうとしたことは覚えているだろう?
汚染された場所を竜の呪いがあると広め隔離し、魔力の暴走を抑え、魔物が生まれないように監視を続けていた。
最低限の良心はある男だ。文句を言いながらも多少のことはしてくれるさ。
それに、約束したはずだ。ずっと傍にいると。私が君を一人にするはずがない。行くなら一緒だ」
きっぱりとしたラーシアの物言いに、デレクは胸をなでおろした。
「君と一緒にいられるならそれでいい」
「勇者というのはとにかくもてる職業だ。一緒にいかないと私も心配だ。美女たちが群がってくるぞ。
寿命抑制装置に入っていこう。肉体の年齢を少し調整しておいた方が良い。私の職業はどうしようかな。吟遊詩人が勇者の旅のお供じゃ、不自然だな」
装備品を小さな袋にぽいぽいと詰め込みながら、忙しく話し続けるラーシアをデレクが背後から抱きしめた。
「俺が君以外の女性を見るわけがない」
「それでも、心配なんだ」
ラーシアはデレクを振り返り、二人は唇を重ねる。うっとりと舌を絡め始めた直後、警告音が鳴りだした。
「惑星ナンバーO009-R02の第三宇宙基地より攻撃を確認。迎撃しますか?」
唇を離し、ラーシアががっくり肩を落とす。
「またか……人工知能の性能を上げると基地を乗っ取られる可能性があるが、性能を落とし過ぎると、こんなことまで判断できなくなる。少し設定に手を加えてからここを出よう」
部屋の扉が開いて、預言者自身が飛び込んできた。
「俺の通信を切ったな!」
「エセルレデア、忘れていた。医療室に足を一本失った男が帰還中だ。なんとか言いくるめて手伝ってもらえ」
途端にエセルレデアの顔に希望が溢れる。無言で身を翻して走っていく。
「本当に大丈夫か?」
心配そうなデレクを振り返り、ラーシアはいたずらっ子のように笑った。
「さあ急ごう、デレク。いまのうちだ。わかっただろう?ここは忙しすぎて、こうでもしなきゃ新婚旅行だって行けない。さっさと脱出だ!」
二人は手を取り合い、次のアラームが鳴り響く中、宇宙船に乗り込んだ。デレクが素早く制御パネルを立ち上げ、惑星の名前を入力する。途端に膨大な資料が大量に映し出される。
一番大きな画面に、緑に囲まれた美しい王国の光景が現れた。
魔物の群れに破壊されていく街並みも見える。
「新婚旅行にぴったりだな」
ラーシアの言葉にデレクは口づけで応えた。
二人を乗せた宇宙船は、目的地に向け音もなく出発した。
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