蜘蛛の糸の雫

僕の現状

１. 家に着いて本当はほっとするところなのに……

僕は家に着いた。

誰にも見られなかったと思う。
黒っぽい服を着ていたのも幸いした。

膝がガクガクする。

家に着いて本当はほっとするところなのに……。
どうしてだろう。


ガチャッ

僕が居間に腰を下ろした頃、玄関の扉が開く音がした。

「まったく、疲れたわね。
あのお坊ちゃん、好き放題だったから……」

「バカ…あんまり客人の事を言ってはいけないよ……」

「でもねぇー……。
あっ!!　友哉!　友哉!　どうして洗い物してないんだ!!」

義母さんの声には絶対に返事をしないと後が大変だ。

「はい……」

僕はしぶしぶ返事をし、台所へと立った。


それからも父さんと義母さんはパーティーであった事を話していた。

今、世の中はバブルという好景気に沸いていた。
だが、うちには関係がなかった。

ここでの使用人の仕事はそんなに収入が低いわけじゃない。
住まいも家賃は相場の3分の1程度。
でも、生活はいつもギリギリだった。

父さんはだまされやすい性格。何度も借金の肩代わりをしていた。
義母さんは父さんの優しさに引かれたんだろうけど、根が道楽者のギャンブル好きで持ってるお金は全部ギャンブルに消えるという生活をしていた。

だから、他の使用人は、最初こそこの宅舎に住んでいたが、じきにここを出て通いの使用人になっていたのに対し、ここにずっと住む手島夫婦は、都合のいいように夜中でも呼び出されていた。

両親の話を聞いて、あの王子様がご主人のお兄さんの息子さんだということがわかった。
名前は、谷垣弘和(たにがきひろかず)23歳の一流大学の学生らしい。
つい数ヶ月前までイギリスへ留学していて、復学したところだという。

ご主人のお兄さんは大きな会社の二代目社長。
もちろんご主人も社長の息子として、何社かの事業を任され別会社を経営して、この好景気に乗り利益を上げていた。
ご主人は株も沢山保有していて、その利益だけでも莫大なものとなるそうだ。

ただ、そのご主人のお兄さんの息子。
僕が王子様と思っていた弘和さんは、父さんや義母さんの話によれば、とんだ「どら息子」だという。
ご主人のお兄さんも「女遊び」(?)が酷いそうだが、弘和さんは若さゆえにとっかえひっかえ(?)だそうだ。

「さっきも何人かのお嬢様をゲストルームへ連れ込んでどんちゃん騒ぎですよ。
乱交パーティーでもするのかしら……」

「やめろよ。子供が聞いてる……」

「なーに、わかっちゃいないわよ。いつもぼーっとしてんだから……」

義母さんは僕がいつも疎ましいようだ。

何も話さない、愛想も振りまかない。メガネの奥で何を考えてるかわからない。
容姿が亡くなった母さんにそっくりなのも気に食わないらしい。


僕は洗い物が終わると、隣の部屋へと移動した。

隣の部屋は、一応僕の部屋だ。
洗濯物がいつもかけっぱなしで、窓も少ない。
布団も干してはもらえないが、居間で両親が布団を引いて寝るので、夜は僕のプライベート空間となる。

僕は布団にくるまり今日のことを思い出していた。


あの弘和さんの大きな手。それと柔らかな唇。激しい舌。
触れた部分がぞくぞくとする。

思い出すだけで、また身体の中心が疼いて、思わず布団を股に挟んでもがいていた。


僕……本当にどうしちゃったんだろう……。


居間ではまだ両親の話し声が聞こえていた。

明日も学校がある。早く寝ないと……。

赤い顔と、膝がガクガクする感覚と、中心のジンジンを僕はどうすることもできず、眠れないまま夜は更けていった。