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7、見当外れな心配

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転校生がやってきてから数日。
気さくな快斗君は、あっという間にクラスの人気者になっていつでも男女関わらず人に囲まれていた。
小さな人だかりみたいになっている。

「ふーん、あの転校生が栞の昔の王子様ってわけ?」

内緒話のようにさっちゃんにだけ快斗君のことを打ち明ければ、目を細めて訝しげに頷く。
私は自分の席に座って、頬杖つきながらぼんやりと纏まらない思考をまとめようと努めた。

「なに?あっちは栞のこと忘れてるの?栞は最近までずっと音信不通の幼馴染のこと気にしてたっていうのに」
「別に、気にしてなんかないよ……」

私はちょっとだけ強がって首を振った。

ずっと子供っぽいと分かっていながら信じていることがあるの。

運命の相手がいるのなら。
それはきっとドラマみたいにロマンチックに、ドキドキが止まらないような恋に落ちるんだろう、と信じてた。
そう、例えば。かつて好きだった幼馴染が私のためにやって来てくれる、みたいな。

いつかまた会いに来るという快斗君との約束。
思っていた以上に、私はその約束を信じていたんだなってことを自覚して。
編入してきたのに、一言も話さず気にした素振りもないことを不満に感じた。

「でもまあ、栞には旦那がいるもんね。大事にしてもらってるんでしょ?」
「だから旦那じゃないって……」

口をとがらせてそっぽを向く。
関君は私の旦那じゃないのに。

「まあ、薄情な幼馴染のことなんて忘れてさ。今の恋愛楽しみなよ」
「恋愛なんて……」
「ほーら。不貞腐れてないで、さっさと行くよ。次体育なんだから」
「いやー」

立ち上がったさっちゃんと対照的に、私は机に伏せった。
机に頬をくっつければ、ひんやりしていて気持ちがいい。

私はさっちゃんが勘違いしているみたいに、今恋愛なんてしていないし。
幼馴染が私のことを忘れていたからって不貞腐れてもいないもん。
拗ねたようにそう心の中で呟く。

「栞、ほら動け」
「……はーい」

さっちゃんがわざと怖い声音で言うから、私は嫌々ながらに立ち上がる。

なんだかとっても動きたくない。
今は体育をする気分に何てとてもなれそうにない。

「はい、行こう栞」

でも、授業だから。
さぼるなんてできないし。
私はノロノロとさっちゃんの後について、体育館へ向かった。

***

ぼーっと手前のコートでされている男子のバスケの試合を眺める。
向こう側のコートでは友達三人が女子の試合をしている最中だ。

一人、チームが分かれた私は体育館の壁際で体育座りして、ただただ試合を見ていた。

視線の先では、仲間にパスを送る関君の姿。
こうやって見ていれば、関君は運動部に負けず劣らずよく動いている。
よく走るし、パスやドリブルも上手。

関君に体力があるのは、もしかしたら妹さんの脱走を追いかけているからかもしれない。
なんて、考えたらちょっとだけおかしくて、クスっと笑いがこぼれた。

「何見て笑ってんだ?」
「え?」

予想外の声が思わぬくらい近くからして、私は声の方を向く。
記憶にあるよりも随分低くなった声は、転校してきた初日の挨拶で知っていた。

「快斗君」
「久しぶりだな、栞」

笑い方は昔と全然変わらないまま、快斗君はちょっと距離を開けて私の隣に腰を下ろした。

久しぶりの幼馴染に、一瞬だけ言葉を躊躇して。
でも、やっぱり抑えきれずに言いたいことが口をついた。

「……私のこと、忘れているのかと思ってた。覚えてたんだね」
「オレはお前がオレを忘れてるのかと思ったぜ。お前、全然話しかけてこねえから」
「ごめん……。でも忘れてないよ」

バスケットボールのドリブルの音や、試合している人の走る足音のせいで声はこの距離でも聞き取りにくい。
でも、私の声は快斗君に届いて。
快斗君の声も私にちゃんと聞こえた。

「約束守ってくれたんだね。また会いに来るって」
「まあな。あの約束、オレは忘れたことなんてなかったぞ」

お互いに目の前の試合風景を眺めたまま、懐かしい気持ちで言葉を続ける。

「私もね、忘れたことなかったよ」

運命の人がいるのなら。
ずっと昔にした約束を守ってくれる。
きっと、こういう風にロマンチックなものなんじゃないかって。

白馬の王子様は迎えに来なくても、運命の人はきっといつか私の前に現れる。
ずっとずっとそう信じてきた。

「そうか」

快斗君が、安心したように呟いた気がした。
気のせいだったのかもしれないくらい小さな声で、ドリブルの音に掻き消されてしまったけれど。

その後は言葉を発することなく、無言のまま。でも居心地は悪くない状態で。
私の心臓はいつも通りの鼓動を脈打たせて働いている。
何をするでもなく目の前の試合を眺めていた。

関君がさっき淀みのないフォームでシュートを決めていて、私は心の中で拍手を送る。
関君にあとで「おめでとう」って言いたいな。


そう思っているうちに。
向こう側の女子の試合が終わりそうになっていることに気が付いた。

「私、次試合だから向こうのコートに行かないと」
「おう、行ってこい」

独り言ののような呟きに、律儀に快斗君が返事をくれて。
私はちょっとだけ頬を緩めた。

でも、笑ったのも一瞬。

膝に手をついて立ち上がった途端、激しいめまいに見舞われた。
足先の感覚がひどく薄くて、力が入らない。
天井がひっくり返るように視界が回って、私は鈍い痛みと冷たさを感じた。

「栞?!」

快斗君が大声で私の名前を呼んだ。

「おい、大丈夫か?!おいっ」

大声で慌てながら肩を揺らされて、ああ私倒れたのか、ということを理解した。

冷たいのは体育館の床で、頬にくっつければ気持ちがいい。なんて場違いな感想を抱く。
そういえば、朝からずっと体がだるかった。
熱でもあったのかもしれないな。

「笹本!」

遠くの方で、関君の声がした気がした。

膝下と背中に誰かの手は触れて、力が入らない私の体が勝手に浮かび上がる。
至近距離には、試合中のはずの関君の顔。

「関君……?」

私の囁きは、同時に叫んだ快斗君の怒号に飲み込まれる。

「お前、なんだよ?!」
「どけ。君の相手をするよりも、倒れた笹本を運ぶ方が先決だろう」

関君の声は、快斗君のとは違って落ち着いていて。
毅然とした態度は、妙な安心感があった。

「女子が倒れた。なら第一に安静にできる場所に運ぶのが正しいことだ。君に構うのはその次だろう?」
「っち」

快斗君が苛立ったように舌打ちをして、関君に道をあける。
そして関君は、私にあまり振動がこないように歩き出す。
私を抱き上げた関君の体のジャージ越しに感じる体温がなんだか落ち着く。

「関君、試合はいいの?」

まとまらない思考の中、口から出てきたのはそんなどうでもいい疑問。
他に言うことは色々あるだろうに。

「倒れた奴の世話のほうが優先だ。それにしても……」

呆れたように眉を下げた関君は、一度言葉を切った。

「大丈夫か?」
「うん……平気」

心配そうな声音は、これまで聞いたこともないもので。

「心配かけちゃってごめんね」
「全くだ」

関君は優しい。
私は、胸の奥の方でほんわか温かいもの広がった。

「……笹本が倒れたのは、呪い返しか何かか?呪いが失敗すると、呪いをかけた側に反動がやってくるというやつだ」
「へ?」
「学校では俺が見ているというのに、いつ誰に呪いなんてかけたんだ?危険だということが分からないのか?!」

けど、関君は大いにズレている。
徐々に荒くなった口調。
でも、関君の言ってることは見当外れもいいところだ。

見当外れなくせに、その口調から本気で私を案じていてくれたんだって分かって。
私は弱弱しく反論する。

「呪い返しじゃないよ。……というか、そうだと思ったの?」
「人を呪わば穴二つというからな。違ったのか?」
「違うよ、当たり前じゃない」
「そうか、違ったのなら良い」

関君が小さく息をついている。
呪い返しだなんて、私は考えたこともなかったし、初めて聞いた単語だ。
関君たら、私が魔女だと思って勉強したのかな?

だとしたら。

「関君って本当、おバカだね」

真面目なくせに。
その方向が時々おかしな方を向いている。

私は力なく笑った。

「突然なんだ?笹本はたまによく分からないことを言い出すな」

分からない、と片眉を歪めた関君。

真面目な関君、優しい関君。
話すと意外と面白くって、思い込んだら一直線。
だから、だからこそ。

「関君はいい人だね」
「ふん」
「本当にありがとう」

顔を関君の体にくっつけるように寄りかかる。

関君の顔を小さく見上げれば、照れているのか真っ赤になった関君。
男の子に抱く感想じゃないけれど、なんだか可愛いなって、私はまた笑ってしまった。

「笹本はもっと何かを食べたほうがいい。軽すぎるぞ」
「女子にそういうこと言っちゃダメなんだよ」
「だが、事実だ」

不貞腐れたようにそっぽを向いた関君。
照れ隠しに言った台詞だってバレバレだ。

分かりやすい関君の姿に、さっき快斗君と話していたときの毅然としたものはない。
本当、関君は可愛い。

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