上 下
63 / 100
10月

誤解なんです2

しおりを挟む

保健医の笑顔が儚いと思ったのも一瞬。見間違いかと自分の目を疑うくらい早く、ニターっと意地の悪さを隠さない笑みにとって代わる。

「で、お前はそれが誰なのか知ってるんだよな」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「誰だ。答えろ。お前が教えればオレはこの根拠のねえ自信を、現実に手にできるんだ」
「なんでこっちに近づいて来るの。その顔怖いんだって。く、来るなー」

恐怖の笑顔に思わず椅子から立ち上がって、逃げるように入口を目指す。
保健医に背を向け、扉に手をかける瞬間。
逃亡が阻止される。

「逃がさねえって言ってんだろ」
「ひっ!!」

私の体は保健医によって半回転させられ、扉横の壁に背中をつける。
そしてそのまま私の頭の横に、勢いのある悪魔の保健医の腕が伸びた。
……。これって、噂の壁ドンってやつですか?!カツアゲ現場みたいになってるんだけど。
これが女子の憧れって、嘘でしょう!恐怖しかないんだけど。

「オレは一つお前の質問に答えたんだ。お前もオレの質問に答えるべきだろうが」

口元はかろうじで笑ってるけど、この男の目は笑ってないよ。めっちゃ怖いんですけど。

「答える、答えるから。逃げない!だからちょっと離れない……?」

この距離はダメだと思うんですよ。扉横だし。誰も来ないと思うけど、一応さ。
あと、コイツなんで毎回こう距離感が近いんだろう。生徒と教師で、この距離はいけないと思うんだよ!

「ダメだ。お前答えねえからな」
「誰か言うのはできないけど、ヒントくらいならあげられるから。鈴蘭のハンカチの持ち主のヒント、聞きたいでしょ?」

なんとかこの体勢を解消しようと焦る私を余所に、その男の瞳が険しくなっていく。信じてないって感じだ。威圧感が半端じゃない。
なんで信じてくれないのよ!ヒントくらいちゃんとあげるってば!
あ……、信用がないのは今までの私の行動のせいか。逃げてばっかりだったもんね。納得、……って!納得できるか!


「失礼します。朔夜先生、ここ……に?」

信じてほしい私と、信じられない保健医の静かな攻防戦という睨めっこに終止符を打ったのは、最悪の想定が現実になったからだった。
保健室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってくる。

当然扉の真横にいる私達はすぐに視界に入るだろう。
私からも彼女の顔が良く見えた。

だからこそ。
これがとんでもなくマズイことだと理解できる。

「っ!し、失礼しました!」

目を見開き、慌てて扉を閉めた彼女。

ま、待って!
そう叫んだところで、もう遅い。

状況の悪さサーっと顔から血の気が引く私と、面倒くさそうに溜息を吐いた目の前の男。

「あーあ。面倒なことになった」
「ど、どうするの?!」
「まあ、見られたのがあいつだから、なんとかなるだろう」

なんとかならんわ!見られたの誰だろうと、ヤバい状況だろうが!
焦りやらなんやらで混乱の最中にいる私は、やっと保健医から解放される。一歩後ろへ退いた保健医が憮然としたまま私を見下ろす。

「ヒントはくれるんだったな」

正直、今はこんな男のことを気にしてやる余裕はない。
バッチリ顔を見てしまった彼女に、何を思われてしまったかだけが気がかりだった。

「あの時の彼女は、オレが顔を知っている奴なのか?」

さっき彼女の顔を私は見てしまった。逆を返せば、彼女も私を見たということだ。
私は彼女を知っている。

そして、こいつも口ぶりから知っているらしい。

私は大きく首を立てに振る。

さっきこの場に乱入してきたのは、
先日知り合った璃々さんである。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...