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10月

誤解なんです1

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危機的状況、なう。である。

文化祭も済んで、なんだか浮ついた雰囲気が無くなった学校の雰囲気。
これからはもう大きな行事もないし、しょうがないといったら仕方がないのだけど、どうしても憂鬱とした重い空気にとって代わる。

でも、私は比較的ルンルン気分である。
だって、あれだけ夢に見ていた状況になったのだ。晴れてライバルである。
ちょっとした手違いのせいで、当初の予定とは大きくズレちゃったけど。それでも、ライバルだ、立ちふさがる障害だ。激しい対立の末、良い好敵手になって、いつの間にか強い友情の絆で結ばれる。恋を盛り上げる存在のように見せかけて、最後に横から掻っ攫うのだ。
ああ、これで親友まではあと一歩だよね!

そんな風に私は浮かれていた。
私は油断していた。

だから。
だから不用意に保健室の前を通ってしまったのだ。

今までは避けてわざわざ遠回りしていたのに、文化祭後はすっかり忘れて保健室前の廊下を利用していた。

そのせいで、放課後に一人で廊下を移動していた今日、脇から保健室に引っ張り込まれた。
予想しようと思えばできたはずなのに、この最悪を予期していなかった。

一瞬のことで茫然とする気持ちと、何が起きているのか理解できない恐怖が頭を占める。
でも、アイツの声が全てを理解させた。

「よぉ、今日こそ逃がさねえからな」

声の方向を向けば、恐ろしい笑顔をしている保健医。
その背景は当然見慣れた保険室。

ここで私は初めて全てを理解した。
そして自分の迂闊さを呪ったのである。アホでしょう。なんでコイツのこと忘れてたのよ、自分!

今までのように上手く逃げられるような隙を見せず、私の腕を掴んだまま離そうとしない保健医。
誰もいない保険室。放課後ということもあり、誰かが来る可能性も低かろう。一般の生徒はそのまま帰宅するし、運動部の誰かが怪我してくれることを願うほかにない。

絶体絶命。大ピンチである。


「まあ、今日はゆっくりしていけよ」
「え、遠慮したいんですが……」
「いいから、座れ」

問答を言わさず、っていうか私の言葉を聞きもせず、部屋の中央にある椅子の前に連れて行かれる。
気分はドナドナである。

「さて、今日こそ口を割れよ。お前は一体何を知っている?お前は一体何なんだ」

目の前にいる男の眼光の鋭さで私の心臓は止まりそうだ。
おお、なんと心臓に悪い場所なんだ。ここは。
本来は治療する場所だろうが。なんで私は冷や汗をかいて、心臓の不調を訴えないといけないんだ。

大きく、肺の底まで空気が行き届くように息を吸って、吐く。
腹をくくるしかないのかな、と諦念に似た思いを抱いた。……ちょっとだけ。
き、恐怖に屈したわけじゃないからね。

ただ、美鈴ちゃんの想い人が分かったから、コイツの行動に付き合ってもいいかな……?と思ったのだ。
美鈴ちゃんの行動によって、この男と結ばれるルートは潰えたと考えていい。だとしたら、今の保健医が過去を知ったとしても、取れる未来の選択肢は限られてくるのだし。

「……私にも聞きたいことがたくさんあります。だからそれに答えてもらったなら、私に分かる範囲でちょっとだけ教えてあげます」
「……なんだ?何が聞きたい」

部屋の中が重苦しくなる。授業から解放されて陽気なはずの放課後は、シリアスな場の空気に飲み込まれた。
それも、保健医が気に食わなそうに声を低くしたからだ。

こ、こわいーよー。
質問終わったら、疑問に思っていること少し教えてあげるって言ってるじゃないか。
前世うんぬんは言わないし、この男については全く興味なかったからそもそも覚えてないけどさ。
なんでイライラしてるのこの人。足が小刻みに揺れているよ。
舌打ちとかしそうだよ。って、あ。今したし。

「十年前のこと、保健医はどんな風に覚えているんですか?覚えてる内容、全部教えてほしいです」

私がこの男にうっかり漏らしてしまった過去。
こいつは十年前に怪我のせいで動けなくなったことがあるという出来事。

当然、十年前その場に私はいない。知っていたのは前世のおかげだ。
この場面で私が知っている内容と、こいつの認識している事実には相違がある。
攻略対象の男側の視点って多分ゲームの中で言われていたんだと思うけど、私全く記憶にないし。

私が前世関連で覚えているのは女の子のことだけだ。だから私が知っている視点はこちら側じゃない。
千香ちゃんのようなライバルとの会話とか、ゲームではプレイヤーが操作していたヒロインである美鈴ちゃんの心理描写や昔体験したこととか。

それに加えて前世では、かなり詳細に。具体的に言えば美鈴ちゃんの台詞の一語一句まで覚えていた。
前世でやったこのゲームは選択した攻略対象やエンディングに、美鈴ちゃんの性格などの設定が左右されない。ゲームによっては攻略対象の男のタイプに合わせてヒロインの細かい設定が変わってしまうものがある。
でもこれは変わらなかった。だから、あっちのルートで教えてもらったことを、こっちのルートでも教えてくれたりというかとがあった。さすがに言い回しは違ったけど、そういった細かい共通点を見つけては「うんうん。前にやったルートでも同じこと教えてくれたもんね。美鈴ちゃんのちょっとした失敗談、マジ和むわ」と画面に向かって呟いたことがあるのは前世のいい思い出である。
私が覚えているのなんてそんなところだ。男の情報なんて欠落もいいところで、そもそも存在していたかな?のレベルである。最近じゃ、大まかな流れだけ覚えていて、細かい所は朧気である。時の流れって無常だよね。

ちょっと、話が逸れまくってしまった。前世から続く女の子、特に美鈴ちゃんラブの気持ちが溢れてしまった。
意識を戻そう。

「十年前、オレはまだ高校生だった」

舌打ち男は、目線を窓の外へ投げて、声を顰めるように話し出す。

「あの頃はちょっと荒れててな。あの日もちょっと揉め事があったんだが、珍しくオレはしくじった。ちゃんと相手はボコボコにしたけどな」

保健医は目を細めて苦々しそうに眉をひそめた。過去を思い出したのか、また小さく舌打ちをしている。
あ、この人昔不良って設定だったっんだっけ。揉め事って喧嘩か。だからこんだけ怖いのか。と、今になってやっと納得である。

「途中まではなんとか帰ってこれたんだが、家までもたなかった。で、痛みに耐えかねて一時的に公園のベンチに座り込んだ。どんだけそのまま動かなかったかは覚えてねえが、その時だ――」

おそらく無意識に、保健医の口角が上がる。
人を食いそうな悪魔の笑みではない、純粋に悪意のない笑顔が浮かぶ。

「――痛いのかと尋ねた、か細い少女の声がした。追い払おうするオレに構わず、声が震えてるのに彼女はわざわざ自分のハンカチを濡らして持って来たと思ったらそのまま消えちまった。受け取ったオレは顔も上げられなかったから、どこのどいつだか分からねえ。俯いて動けねえオレの視界に入ったのは小せえ靴と当時のオレが嫌いそうなフリフリしたスカートの裾だけだ。それからオレはそいつを探してる。手がかりは当時の記憶と、あの時渡された鈴蘭の刺繍がされたハンカチだけだ」

感情が読み取れない保健医の目が、流れるように私を捉える。

「靴の大きさから彼女はオレよりも大分年下だと思ってる。普通に考えりゃ、顔も知らねえ奴になんて再会できないだろうが、オレはなぜかまた会えるという根拠もない自信がある。……お前は、あいつが誰か知ってるんだろう?」
「……うん」

私の頷きに、目の前の男の瞳が微かに揺れる。

「彼女に会ってどうするの?」
「さあな」

はぐらかすように微笑んだ、保健医の表情は今まで見た中で一番儚い。


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