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9月
文化祭のお仕事2
しおりを挟む「疲れたー」
その場でしゃがみ込む。
あっという間のようで、結構過ぎていた時間。
案外声を出し続けるという作業は、肉体的に疲れさせた。
その上、帰り際に千香ちゃんをナンパしようとする不届き者がいるからそれを蹴散らしたり。絶えず威嚇をしたりしていたおかげで、精神的にも消耗している。
「お疲れ様。意外と大変よね。うちは去年もやってたからある程度覚悟ができてたけど、橋本さんは初めてだもんね」
「お疲れ様です、璃々さん」
人が途切れる時だけだったけど、寺谷先輩と話をすることができた。
だって、女の子が三人集まると、ねぇ。女の子はお喋りが好きなのである。
ちゃんと人がいる時は仕事をしたし、男がいる時は警戒していたけど、それ以外の時はお喋りに興じた。合計しても十数分程度しかなかったけど、璃々さんと呼ぶくらいには打ち解けることができた。というか、そう呼んでと言ってくれた。名前呼び……、感無量である。やっぱり女の子は名前呼びに限るよね。苗字でさん付けもそれはそれでイイんだけど……。
「お疲れ様です」
「西川さんも、お疲れ様ね」
璃々さんはとても話しやすい性格をしていた。堅苦しさがなく、気安いと言ってもいい。
「うち、クラスの片づけの手伝いしたいからもう戻るわ。二人ともバイバイ、またね」
手を振りながら校舎へ戻って行く璃々さんは先輩っぽさがあまりない。威張り散らすような雰囲気がないからかな?
璃々さんの人徳溢れるほんわかムードの名残に浸っていると、見えなくなった璃々さんとすれ違うように校舎から葵先輩が出てきた。
「お疲れ様、二人とも。問題はなかったみたいだね」
問題はないけど、疲れてはいます。
声には出さなかったけど、先輩には確かに通じたらしい。しゃがみ込んでいる私を見て苦笑いをしている。
「さすがに、わたしはちょっと喉が渇いたわ」
ちょっと飲み物買ってくるわね、と校舎の自販機へ向かった千香ちゃんを尻目に、私と葵先輩は校門前から動かなかった。
正直な話、ちょっと動くのがダルい。しばらくこのまましゃがみ込んでいたい。
先輩はそんな私の近くまで来ると、軽く私の頭を撫でた。
「お疲れ様。未希、頑張ったんだね」
労いを込めた先輩の声は、疲れを感じさせない。先輩はトラブルの対応をしているから私より疲れていてもおかしくないのに。
そして目線を合わせるように、私の脇で先輩もしゃがみ込む。
「頑張った未希にご褒美」
先輩のブレザーのポケットから出てきたのは、ピンクのリボンでラッピングされた小さなクッキーの詰め合わせ。
「俺のクラスで売ってたから買っておいたんだ」
「くれるんですか?」
「もちろん、どうぞ」
私の心が一気に高揚する。
甘い物って疲れを吹き飛ばしてくれるよね。やったー、頑張った甲斐があったね。
「んー、美味しい。疲れた体に染み渡るー」
「喜んでもらえたみたいで良かった」
静かに先輩が立ち上がる。
見上げるように一瞥すると、微笑みを浮かべた葵先輩が手を差し出してきた。条件反射的にその手に自分の手を伸ばすと、力強く握られた手が上へと持ち上げられる。
自然と立ち上がるように先輩に誘導してもらうと、温かい笑みの葵先輩の顔を見上げることになる。
その顔が一瞬不意に別の人と重なった。どうしてそんなことになったのかは分からないけど。
でも、だから私は思った。
「なんだか葵先輩ってパパンみたいですね」
「え?」
先輩ってなんだか父親のようだと。
先輩は私や千香ちゃんのことをいつも気にかけてくれる。今日だって、疲れてないか尋ねたり、疲れた私に食べ物をくれたり。
私の父上も母上に対して似たようなことをしている。家事で疲れてないかと質問している場面を見たことがあるし、お土産に母上の好きなケーキを買ってくることもある。
まあ、質問しているのは大抵母上の機嫌がとても悪い時だし、ケーキを買ってくるのは母上の機嫌が最悪に悪い時ばかりだけど。
思い返せばさっきの質問の時の顔は、体育祭の後に家に帰った時に怪我に驚いて心配していた父上にそっくりである。
今日の出来事のそういったものが積み重なって、きっと私の父上に重なったんだと思う。
「あ、千香ちゃん!」
校舎内から戻って来た千香ちゃんの姿が見えた。両手で飲み物を抱えており、その一つは私が好きなジュース。
も、もしかして私にも買ってきてくれたのかな?!
葵先輩の横を抜けて、千香ちゃんに走り寄る。
千香ちゃん、千香ちゃん。葵先輩に貰ったクッキー一つあげるから、そのジュース私に頂戴?
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