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9月

脱落者一名2

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「さっきはありがとね。私あの保健医好きじゃなくって、すごく助かったよ」
「別にいいわよ」

教室に戻ってきたら、すぐさま授業が始まってしまった。でも、そこで知らされたのはこの時間は自習にするって内容だった。
せっかく急いで戻ったのに。自習なら急がなくても良かったじゃないか。

自習時間に真面目に勉強をするような人は少数だ。
多くは好きな席に移動して、友達同士でお喋りに興じている。
当然のように千香ちゃんのところに来た私は、まずお礼を言う。あの時、千香ちゃんが来てくれて本当に助かったから。
もし、あのままだったら間違いなく問い詰められていたに違いない。

あの保健医も諦めてくれればいいのに。しつこい男は嫌われるんだぞ!
思い出したら、なんだか嫌な気持ちになってきた。
やっぱり、私はあの男のこと好きになれそうにない。

「ねえ。全然話が変わるんだけど、聞きたいことがあるんだ」

私の気持ちを切り替えるためにも、聞いちゃおう。
葵先輩のバイトのこと。

「なにかしら?」
「うん、あのさ。葵先輩のことなんだけど――」

話題を切り出そうとした時に、同じ瞬間に私と千香ちゃんは顔を顰めた。
原因は私達の横にいる男子の集団。そこからするクラスに響き渡るように上がった、笑い声。
彼らの話し声が大きくて、こっちの話し声が全然聞き取れないのだ。

「笑うなよ!」
「いや。笑い飛ばしてやるのは、俺らの優しさだからな」
「こいつは優しさなんて言ってるけど、本音は面白がってるだけだからな。まあ俺もだけど」

この集団の、話題の中心にいるのは攻略対象のスポーツ少年である。

「ぷぷぷ。だってよ、馬鹿だろ」
「まあな。救いようがねえよ」

周囲に囃し立てられたスポーツ少年の深い溜息が私の耳にも届いた。

「はぁ。放っといてくれよ。落ち込んでるっていうのに」

「なんだよ。何があったんだ?」
「お前、聞いてなかったのか?コイツ、好きなやつに告ろうとして失敗したんだよ」

は……?告白?
私は知らないぞ、そんな話。

呆気にとられて、そっちの会話に聞き耳を立てる。
といっても、耳を澄まさなくても嫌でも会話は聞こえてくる。
とても盛り上がっているので、おそらくこの時間の後には少年の失恋話はクラス全員が知ることとなるだろう。

「夏にサッカーの大会試合があってな。そこに呼んで勝てたら告るつもりだったんだと。なのに結局休み前に誘えなかったから応援に来てももらえず、試合にも初戦でボロ負け。休み明けに好きな子のところに行ったら、頬を染めながら夏の思い出を話す恋する乙女に目の前で大変身されたそうだ」
「うわー。弱り目に祟り目。泣きっ面にハチ!」
「なんか、陽貴が可哀想になってきたな」

Oh……。
美鈴ちゃん、図書男だけではなく、スポーツ少年にもあの様子を見せてたのか。
いやー、あれはダメだよね。恋してるって分かっちゃう幸せオーラ漂わせてるもんね。

「落ち込むなよ」
「元気出せ!」
「はは、ありがとう。幼馴染にも元気ないから元気出せって言われたよ」

周囲が励ましだすと、運動少年は若干乾いた笑い声を上げた。
声も力がこもってないけど、林の泣きそうな声とかと比べると随分としっかりしている。
って、比較対象が悪いか。林、一般人よりもずっとずっと軟弱者だし。

「幼馴染って、前に愚痴ってた口うるさいかーちゃんみたいな同級生のことか?」
「うん、そう。今度パーッと遊ぼうって言ってるんだ」

うん?幼馴染……?

うるさくて勝手に耳に入ってきているだけだった情報に引っ掛かりを覚える。
……この男のライバルキャラの女子が確か幼馴染じゃなかったっけ?

「そうだな!気晴らしに、どっか行って思いっきり遊んで来いよ!」
「俺らも、陽貴のために遊んでやるぞー」
「なんだと?!キサマ、例え口うるさいとしても女子と遊びに行くだと?!このリア充め!ぼっちの恨みを知れ!」

「お前らサンキュー。……って、お前、急に首絞めてんじゃねーよ。あいつとどっか行くことなんて今までだって何度かしてるっつーの」

励ましとばかりにどこに行くかと話しだした隣の連中。
最後の男子の恨み言には、大いに賛成である。ていうか、今までも何度もあっただと?!
女子とおでかけ!デートか、このやろう!!羨ましいな。
私だって女子とデートしたいわ!混ぜろ!

となると、なに?!
じゃあ、スポーツ少年は美鈴ちゃんにバッサリやられて凹んでる。そこにタイミング良く、幼馴染の女の子が元気づけるためにデートに誘った、と。そういうこと?!
確か幼馴染の女の子は、ずっと運動少年に片思いし続けてたんだよ。ちょっとツンツンしてて素直になれない性格だったはずだけど、頑張って誘ったのかな?ここで上手く押せれば、失恋の傷もあるから少年に意識してもらいるかもしれないね。

「未希!なんなのよ?質問の途中で呆けないで」
「っ!ご、ごめん。質問ってさっきの続きだよね?」

横の会話の内容から色々と考え混んじゃったけど、千香ちゃんの声でやっと我に返る。
千香ちゃんは小さく溜息を吐いている。

「本当にごめんね。それでね、葵先輩のことなんだけど……。えっと、最近もまだ家にいる時間少ないのかな?」

直球で聞いてもいいんだけど、もし葵先輩が千香ちゃんにバイトのことを隠したかったら、と考えたら少し遠回りな聞き方になってしまった。
でもバイトをまだやってるなら、帰りが遅かったりすると思うのだ。林は夏の間、なんて言っていたけどさ。

「最近は今まで通りで、疲れてる様子もないわよ。本当に、夏休みのアレはなんだったのかしらね?兄さんったら、何度聞いても教えてくれないのよ」
「そうなんだ」

千香ちゃんの表情を観察するけど、本心から言っているように見える。
ということは、やっぱり千香ちゃんは先輩のバイトのこと知らないみたい。

バイトのこと、私が迂闊に言っちゃわなくて良かったー。
先輩が家族である千香ちゃんに教えないってことは、知らせたくないんだよね?きっと。

そして、葵先輩の様子が変わらないってことは、今はバイトを辞めてしまったのだろう。
夏のうちだけの短期だったんだね。
でも、その短い期間のおかげで美鈴ちゃんとの仲は縮まった。これはお互いの呼び方の変化から如実に分かってる。


それにしても……。
美鈴ちゃんの気になる人は誰なの?

スポーツ少年の様子を見る限りだと、彼は美鈴ちゃんを諦めるだろう。
ここはゲームじゃない。だから、彼の失恋の痛手を癒すためにと彼のライバルキャラの女子が動いてる。
ゲームの中では恋が叶わなかった彼女も、この現実なら努力次第で恋人同士になれるチャンスがあるってことだよね。

どこに行くかの議論を繰り広げるお隣の、中心に座る男子を横目に盗み見る。
幼馴染の子に、私は直接会ったことないけれども。
どうか、彼女に幸多からんことを。可愛い女の子は幸せにならないとね!


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