54 / 100
9月
脱落者一名2
しおりを挟む「さっきはありがとね。私あの保健医好きじゃなくって、すごく助かったよ」
「別にいいわよ」
教室に戻ってきたら、すぐさま授業が始まってしまった。でも、そこで知らされたのはこの時間は自習にするって内容だった。
せっかく急いで戻ったのに。自習なら急がなくても良かったじゃないか。
自習時間に真面目に勉強をするような人は少数だ。
多くは好きな席に移動して、友達同士でお喋りに興じている。
当然のように千香ちゃんのところに来た私は、まずお礼を言う。あの時、千香ちゃんが来てくれて本当に助かったから。
もし、あのままだったら間違いなく問い詰められていたに違いない。
あの保健医も諦めてくれればいいのに。しつこい男は嫌われるんだぞ!
思い出したら、なんだか嫌な気持ちになってきた。
やっぱり、私はあの男のこと好きになれそうにない。
「ねえ。全然話が変わるんだけど、聞きたいことがあるんだ」
私の気持ちを切り替えるためにも、聞いちゃおう。
葵先輩のバイトのこと。
「なにかしら?」
「うん、あのさ。葵先輩のことなんだけど――」
話題を切り出そうとした時に、同じ瞬間に私と千香ちゃんは顔を顰めた。
原因は私達の横にいる男子の集団。そこからするクラスに響き渡るように上がった、笑い声。
彼らの話し声が大きくて、こっちの話し声が全然聞き取れないのだ。
「笑うなよ!」
「いや。笑い飛ばしてやるのは、俺らの優しさだからな」
「こいつは優しさなんて言ってるけど、本音は面白がってるだけだからな。まあ俺もだけど」
この集団の、話題の中心にいるのは攻略対象のスポーツ少年である。
「ぷぷぷ。だってよ、馬鹿だろ」
「まあな。救いようがねえよ」
周囲に囃し立てられたスポーツ少年の深い溜息が私の耳にも届いた。
「はぁ。放っといてくれよ。落ち込んでるっていうのに」
「なんだよ。何があったんだ?」
「お前、聞いてなかったのか?コイツ、好きなやつに告ろうとして失敗したんだよ」
は……?告白?
私は知らないぞ、そんな話。
呆気にとられて、そっちの会話に聞き耳を立てる。
といっても、耳を澄まさなくても嫌でも会話は聞こえてくる。
とても盛り上がっているので、おそらくこの時間の後には少年の失恋話はクラス全員が知ることとなるだろう。
「夏にサッカーの大会試合があってな。そこに呼んで勝てたら告るつもりだったんだと。なのに結局休み前に誘えなかったから応援に来てももらえず、試合にも初戦でボロ負け。休み明けに好きな子のところに行ったら、頬を染めながら夏の思い出を話す恋する乙女に目の前で大変身されたそうだ」
「うわー。弱り目に祟り目。泣きっ面にハチ!」
「なんか、陽貴が可哀想になってきたな」
Oh……。
美鈴ちゃん、図書男だけではなく、スポーツ少年にもあの様子を見せてたのか。
いやー、あれはダメだよね。恋してるって分かっちゃう幸せオーラ漂わせてるもんね。
「落ち込むなよ」
「元気出せ!」
「はは、ありがとう。幼馴染にも元気ないから元気出せって言われたよ」
周囲が励ましだすと、運動少年は若干乾いた笑い声を上げた。
声も力がこもってないけど、林の泣きそうな声とかと比べると随分としっかりしている。
って、比較対象が悪いか。林、一般人よりもずっとずっと軟弱者だし。
「幼馴染って、前に愚痴ってた口うるさいかーちゃんみたいな同級生のことか?」
「うん、そう。今度パーッと遊ぼうって言ってるんだ」
うん?幼馴染……?
うるさくて勝手に耳に入ってきているだけだった情報に引っ掛かりを覚える。
……この男のライバルキャラの女子が確か幼馴染じゃなかったっけ?
「そうだな!気晴らしに、どっか行って思いっきり遊んで来いよ!」
「俺らも、陽貴のために遊んでやるぞー」
「なんだと?!キサマ、例え口うるさいとしても女子と遊びに行くだと?!このリア充め!ぼっちの恨みを知れ!」
「お前らサンキュー。……って、お前、急に首絞めてんじゃねーよ。あいつとどっか行くことなんて今までだって何度かしてるっつーの」
励ましとばかりにどこに行くかと話しだした隣の連中。
最後の男子の恨み言には、大いに賛成である。ていうか、今までも何度もあっただと?!
女子とおでかけ!デートか、このやろう!!羨ましいな。
私だって女子とデートしたいわ!混ぜろ!
となると、なに?!
じゃあ、スポーツ少年は美鈴ちゃんにバッサリやられて凹んでる。そこにタイミング良く、幼馴染の女の子が元気づけるためにデートに誘った、と。そういうこと?!
確か幼馴染の女の子は、ずっと運動少年に片思いし続けてたんだよ。ちょっとツンツンしてて素直になれない性格だったはずだけど、頑張って誘ったのかな?ここで上手く押せれば、失恋の傷もあるから少年に意識してもらいるかもしれないね。
「未希!なんなのよ?質問の途中で呆けないで」
「っ!ご、ごめん。質問ってさっきの続きだよね?」
横の会話の内容から色々と考え混んじゃったけど、千香ちゃんの声でやっと我に返る。
千香ちゃんは小さく溜息を吐いている。
「本当にごめんね。それでね、葵先輩のことなんだけど……。えっと、最近もまだ家にいる時間少ないのかな?」
直球で聞いてもいいんだけど、もし葵先輩が千香ちゃんにバイトのことを隠したかったら、と考えたら少し遠回りな聞き方になってしまった。
でもバイトをまだやってるなら、帰りが遅かったりすると思うのだ。林は夏の間、なんて言っていたけどさ。
「最近は今まで通りで、疲れてる様子もないわよ。本当に、夏休みのアレはなんだったのかしらね?兄さんったら、何度聞いても教えてくれないのよ」
「そうなんだ」
千香ちゃんの表情を観察するけど、本心から言っているように見える。
ということは、やっぱり千香ちゃんは先輩のバイトのこと知らないみたい。
バイトのこと、私が迂闊に言っちゃわなくて良かったー。
先輩が家族である千香ちゃんに教えないってことは、知らせたくないんだよね?きっと。
そして、葵先輩の様子が変わらないってことは、今はバイトを辞めてしまったのだろう。
夏のうちだけの短期だったんだね。
でも、その短い期間のおかげで美鈴ちゃんとの仲は縮まった。これはお互いの呼び方の変化から如実に分かってる。
それにしても……。
美鈴ちゃんの気になる人は誰なの?
スポーツ少年の様子を見る限りだと、彼は美鈴ちゃんを諦めるだろう。
ここはゲームじゃない。だから、彼の失恋の痛手を癒すためにと彼のライバルキャラの女子が動いてる。
ゲームの中では恋が叶わなかった彼女も、この現実なら努力次第で恋人同士になれるチャンスがあるってことだよね。
どこに行くかの議論を繰り広げるお隣の、中心に座る男子を横目に盗み見る。
幼馴染の子に、私は直接会ったことないけれども。
どうか、彼女に幸多からんことを。可愛い女の子は幸せにならないとね!
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる