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8月

女の子の浴衣は目の保養 2

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弾かれるように後ろを見れば、淡いピンク浴衣に濃いピンクや赤、白の花が描かれた浴衣を着た美鈴ちゃんがいた。赤い帯と髪飾りの色を揃えているのだろうか。バイトの時も髪をまとめていたが、それとはまた違った魅力がある。
普段は可愛いのに、今日は可愛い中にも色っぽさが僅かにあって良いですな。祭り万歳!

「ついさっきからだよ。えっと、この前林君と一緒に私の働いてる喫茶店に来てた人、ですよね?」

前半は林に、後半は私に向けた台詞である。上目遣いで恐る恐るといった感じで尋ねられた。
覚えててくれたんだね、私のことを!感激である。この前は林の妨害のせいで、お店にいた時間も短いし、忘れてるかと思った。
ああ、上目遣いの浴衣女子!やばいよ、千香ちゃんに会う前からティッシュの出番かも。持って来た分だけで足りるかな……?

「そうです、覚えててくれたんですね。私は橋本 未希です」
「こんばんは。私は愛咲 美鈴っていいます。あの……、林君とはどういう関係なんですか?」
「友達ですよ。ね?」

ああ、そうだよね。私と林の関係ってよく分からないよね。
本当は共犯者だけど、友達って言い換えても問題ないよね、もう。共犯者なんて本人に公言できないし。

猫を被った私が最後に投げかけた同意を求める声は、林に向けたのだけど、その林が首を捻る。
どうして、そこで間を空けるのよ!すぐさま同意しろよ。

「……友達は友達なんだけど。橋本さんと僕はガキ大将と子分的な友達というか……痛っ」
「余計なこと言わないでよ」

林が余分な一言を添えようとしていたから、すぐさま林の横で腕をつねった。そしてすぐに耳元に口を寄せて小声で怒った。

美鈴ちゃんが私に悪い感情を持ったらどうするのよ!
って、あ。私ライバルキャラになるつもりだったから、それでも別に問題ないのか……。でも、冷たい眼で見たれたら悲しいなぁ。絶対にすごく落ち込む。

林に体を近づけ耳元で囁いた時の状態で、嫌われたことを想像して勝手に胸を痛めた。
すると、急に横から腕が引っ張られる。

そのまま訳も分からぬままに、私の体は暖かいものに包まれた。
何に引き寄せられたのか分からず、その原因を見上げるとそこにいたのは葵先輩。どうやら、葵先輩に引っ張られて、そのまま先輩の胸の中に押し込まれたらしい。

「葵先輩?」
「未希、浴衣姿可愛いよ」
「ありがとうございます。先輩も浴衣ですね」

これ、去年や一昨年と同じなんだけよね。
先輩は男物の紺色の浴衣を着ていた。浴衣効果で良い男度が倍増ですよ。これなら美鈴ちゃんにもアピールできますね!
って、そういえば私美鈴ちゃんの浴衣姿まだ褒めてない!
そう思って林と美鈴ちゃんの方に首を回すと、葵先輩もつられてそちらを向いた。

「あれ、美鈴?」
「え?葵さん?」

美鈴……?葵さん?
え、美鈴ちゃんと葵先輩、いつから名前呼びになるくらい親しくなったんですか?!夏休み前までは苗字で呼び合ってたよね?
てことは、夏休み中やっぱり会ってるってこと?!仲は着々と進展してるの?

「先輩、みす……――じゃない、愛咲さんと親しくなったんですか?」

これは直接聞くしかないでしょう!

「うん、まあね」

葵先輩が困ったように笑いながら、そう答えた。
うーん、この笑顔は照れ隠しってことでいいのかな?答えがちょっと曖昧である。
まだ進展途中の繊細な状況ってことなのかな?

「美鈴と一緒にいる彼は、風紀の林君だよね?」
「はい、そうです」

先輩、風紀委員の顔と名前ちゃんと覚えてるんだ。さすがは風紀委員長。
私なんてこんな状況でなかったら、林なんか絶対に記憶にとどめていなかったに違いない。

ふーん、と呟きながら林を見た先輩。
一方の林はなんでかオドオドしている。もっと堂々してればいいのに。

「風紀委員長だし、俺が誰かもう分かってるかもしれないけど、西川です。よろしくね」
「は、はいっ」

たったそれだけの会話なのに、林がガチガチである。
葵先輩は優しい先輩だから、そんなに緊張しなくていいのに。

「未希。俺たちはもうお祭りに行こうか」
「あ、はい」

もうちょっと美鈴ちゃんの浴衣見てたかったかも……。残す二人から私の視線を外すのが難しい。
名残惜しくてその場からなかなか動かない私のためにか、先輩が私の背に手を回して力を入れる。その手に連れて行かれその場から離れれば、美鈴ちゃんの姿は人混みの向こうに消えてしまった。
あーあ。浴衣姿が……。目の保養がぁ……。

後ろに回していた首を前向きに戻せば、葵先輩の後ろにいた千香ちゃんの存在に気が付いた。
千香ちゃんを見たその瞬間に、美鈴ちゃんの浴衣姿は頭の隅に押しやられた。

だって、だって。これはヤバいでしょ!
千香ちゃんは不機嫌そうな顔で、とても薄い青地に紫の花があしらわれている浴衣を着ていた。
模様の花が主張の低い淡い紫であるのに対して、帯は濃く渋い紫色である。パッと見たら全体的に淡くて薄い印象になってしまうのに、着ているのが千香ちゃんだからかとても存在感がある。
長い髪をまとめ上げ薄く施された化粧のせいで、リアルに妖精さんが出来上がっていた。幻で妖精の羽が見える!

「千香ちゃん、綺麗!」
「あら、そう」

葵先輩の手から離れ、千香ちゃんの元へ。
手を握って、正面で千香ちゃんを眺める。この美しさ!感動である!!
そんな私に対して、千香ちゃんの返事が素っ気ない。……どうして?

「千香ちゃんどうしたの?」
「……なんでもないわ」

なんでもないと言いつつ、私のことを見てくれない。千香ちゃんの顔はそっぽを向いたままである。
私何かしたかな?嫌われちゃった?!
ど、ど、どうしよう!嫌われたら生きていけない。ああ、なんかちょっと涙が……。

「未希、さっきはどうして林君といたの?」

千香ちゃんに相手にしてもらえなくて、狼狽える私に葵先輩が後ろから声を掛けた。

「偶然会ったんです」
「あの女も偶然?」

答えたら、千香ちゃんが低い声で聞いてきた。
あの女って美鈴ちゃんのことかな?他にあの場に女の子いなかったし、そうだよね、きっと。
というか、この不機嫌さ。もしかして葵先輩が美鈴ちゃんのこと名前呼びにしてたから?
え、このままだと千香ちゃんが本来の通りライバルキャラになっちゃう?
困る、困るよ!そんなの。

「そうだよ。偶然」
「そう。ならあの女とわたし、どっちの浴衣が良いと思ってる?」
「それはもちろん千香ちゃんだよ」

心の中で慌てたけど、千香ちゃんの質問が葵先輩と美鈴ちゃんの仲についてじゃなくて拍子抜けする。原作通り、ライバルキャラになったりしないよね?大丈夫だよね?ね?

聞かれたことについてだけど、美鈴ちゃんと千香ちゃんだと、可愛いと綺麗で系統が全く違う。
千香ちゃんの和服は一番ステキだと思っている。それくらい千香ちゃんの和服の完成度は突き抜けているのである。

「本当に?」
「本当だよ!」

疑り深い様子の千香ちゃん。自分がどれだけ儚さに磨きがかかっているのか自覚がないのかな。

「その言葉信じるわよ?」
「うん、信じてよ」

絶対に素敵だって言いきれるもの。

「なら、もういいわ。出店を見て回りましょう」
「うん!」
「未希、今年もリンゴ飴食べるんでしょう?」
「食べるよ!」
「兄さん、リンゴ飴わたしも食べるから二つ買ってね」

千香ちゃんの機嫌はまだ完全に元通りではないけど、さっきほど悪くはなさそう。
千香ちゃんが私の好物を買うために動き出す。
でも、後ろにいる葵先輩に奢らせるって……。ちゃんと自分の分は自分で払うよ?

というか、そもそもね。葵先輩はどうして今年もお祭りに来ているのでしょうか?
毎年、先輩は先輩で一緒に行きたい人がいるだろうからと思って誘ってないのである。
なのに、どうしてか毎年千香ちゃんと現れるのである。千香ちゃんから誘ってるのかな?
葵先輩もせっかくの祭りなんだから、私達じゃなく行きたい人と一緒に行けばいいのになぁ。


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