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5月

王子のキャッチですよ

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この日のお昼休み、一年生の教室には震撼が走った。主に女子の間で。

「え、ウソ!」
「きゃー!カッコいい」
「素敵」

そこかしこで、ヒソヒソ声を潜めて交わされる会話。
そしてさりげなくだが、しっかりと形成されつつある人だかり。主な構成成分はやっぱり女子生徒だけど。

こんな騒ぎになっている原因はただ一つ。
葵先輩である。

用がなければ他学年の階には来てはいけない。
暗黙の了解として存在するルールを風紀委員長たる先輩が知らないはずがないから、用があるのだろうけど。

それでも、上級生が一年生のエリアにいることは目立つ。
葵先輩のように人気ある先輩ならなおさらである。
で、目立ちに目立った結果一年生の、主に女子生徒が心の中で発狂しつつ表面では静かに見て見ぬフリをする。という状態ができあがったのである。
全然静かにできてないけどね。ヒソヒソ声聞こえてるし。本人はチラリと見ているつもりらしい視線は、チラリというよりはネットリという表現が正しいほどの粘度を帯びている。正直、女子の目が怖い。

こんな中を悠然と歩いてきた葵先輩を心底尊敬する。すごいっす、ホントに。

先輩の目的地は隣のクラスだったようだ。
つまり美鈴ちゃんのクラスである。

「愛咲美鈴さん、いるかな?」

葵先輩は教室内には入らず、廊下から呼びかける。
ヒソヒソ声は一気に消え去り、教室内も野次馬が集まる廊下も静かになる。

「え?はい!」

美鈴ちゃんは教室で友人とお昼を食べるところだったようで、お弁当を広げた状態で目を丸くしている。
窓際で驚く美鈴ちゃんと微笑みを崩さない葵先輩の視線がずっと交わっている。
そりゃ、驚くよね。いきなり学園の王子さまと呼ばれる人が来たら。

呆けていたけど、美鈴ちゃんの友達が軽くつついて現実に戻す。
ハッとした美鈴ちゃんはイスを飛ばしそうなほどの勢いで立ち上がり、葵先輩の元へ小走りでかけてきた。

けど、その途中。
葵先輩が近距離にいるところで美鈴ちゃんは躓いた。足元には特に何もなかったけど。

そのまま美鈴ちゃんの体は傾き、転ぶ――ことはなかった。

葵先輩の胸に飛び込むように美鈴ちゃんの体は傾いて、そのまま葵先輩が抱き留めたのだ。
まるで美鈴ちゃんから抱き付いていったようにも見えたけど、多分本当に転んだだけなんだと思う。
運動神経ないって聞いてたし。

声なき悲鳴が上がる。やっぱり主に女子生徒から。

美鈴ちゃんが顔を上げると、葵先輩が優しく笑って言った。

「大丈夫?怪我はないかな?」
「は、はい。平気です」

なんでもないように会話しているけど、葵先輩は美鈴ちゃんを抱きしめた体勢のまま。
美鈴ちゃんは葵先輩の顔の近さにか、体が密着しているからか顔を真っ赤にしている。いや、耳まで赤くしている。かっわいー、照れてるー。

それにしても、美男美女がこんなに絵になるなんて思わなかったよ。
写真撮ってもいいですか?
写真を引き伸ばして、大きくしてから額に入れて部屋に飾りたいよ。

「そう、良かった。けど本当に慌てん坊だね。気を付けないと危ないよ?」
「はい。ありがとうございました」

至近距離で顔を突き合わせて、抱き合っちゃってますけど、ここ教室と廊下の境目ですからね。
まあ、私的には気にせず二人とも仲良くなってくれると有難いけど。私の出番ができるもん。
葵先輩、図書委員になんて負けるな!

美鈴ちゃんが離してほしそうな素振りを見せると、葵先輩は気づいて支えていた腕を離した。

あーあ、離しちゃうの?
非常に残念である。眼福だったのに。

美鈴ちゃんは恥ずかしそうに目線をあちこちに動かしているけど、葵先輩は変わらず微笑んだまま。

え、動揺ゼロですか!?ちょっとは嬉しそうにしたりとかないの?
私だったら美鈴ちゃんにぎゅーってしたら嬉しくって叫ぶ自信あるよ!
周りの迷惑になる?知るか!そんなもん。

「今日は風紀委員の体育祭での仕事について連絡があってね。このクラスは体育祭の担当だったよね?」

風紀委員はクラスごとに行事の割り振りがなされている。
隣のクラスは体育祭だったんだ。ちなみに私のクラスは文化祭である。
なんか、見回りとかちょっとした雑用とかをやるらしい。めんどくさい……。

二人は葵先輩が持ってきたプリントを手に、二人は話をしている。
業務連絡だからか、周囲の関心も薄れ野次馬はこの場から去っていく。

私もイベントっぽいものが見られて満足である。
葵先輩の登場に気づいて教室を飛び出して野次馬として鑑賞していただけの価値はあったと思う。
少なくとも、葵先輩と美鈴ちゃんとの距離は近づいているよね。
これだけ分かれば十分。お昼休みだし、ご飯を食べに戻ろう。

千香ちゃんは先に食べているかな。
もしも待っていてくれたら嬉しいな。

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