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1出会い
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「おはようございます」
朝早い時間。
普通の学生ならまだ家でご飯を食べているか、家を出るくらいの頃だと思う。
当然そんな時間に職員室を訪れたって人なんてほとんどいない。
職員室の奥、まばらにしか来ていない先生達を意識の外に置いて、目指すのは奥の机。
「伊東先生、カギを下さい」
「お、赤帽。今日も早いな」
伊東先生。
ついこの間入学したわたしの担任の先生であり、学年主任をしている。
見た目を一言でいうと、もやし。
ヒョロヒョロで色白。強風でパキっと折れそうで、とてもとても幸薄そうなのだ。
こんな頼りなさそうなのが主任なのだから、この学年が心配になってくる。
まあ、学年に限らず、この学校自体おかしいんだけど。
「そこにあるからカギ持っていけ。あと、隣のプリントは課題だ」
「はい」
机の端に積み上がったプリントの塔と小さなカギ。
体の小さなわたしは、両手いっぱいにプリントを抱えてから、大事なカギを握りしめる。
「失礼しました」
目的のものを手に入れて、私の足取りは軽い。
持っているものが多いから、実際は足元がおぼつかなくてフラフラしているかもしれないけど。
気持ち的には。
さあ、今日も素敵な学生生活!
親友の待つ教室へ、高校生になってから変わらないわたしの日常が流れてく。
今日は、お茶会しながらお喋りをしよう!
職員室で貰ったプリントタワーを登り切ったよ!やり終わった。
時間にして一時間半ほどかかってしまった。
このプリント達はわたしの課題なのである。
だから最優先でやっつけておかなくてはならない。
こんなのを倒す時間として、いつまでも時間を無駄にするわけにはいかないのである。
わたしの席の隣と正面には、高校で親友になった二人。
いつでもわたしの話を聞いてくれるの。
そして、今もわたしのために待ってくれている。
勝手に持ちこんでいるポットを沸かして、紅茶を用意する。
わたし達三人の真ん中にはお菓子もスタンバイ。お茶会にお菓子は必須だもん。
今日は天気も良くて、窓から入る風も気持ちいい。
「お茶会日和だね」
まあ、ほぼ毎日こんな風に過ごしてるから、日和なんて関係ないんだけど。
例え雨だって”お茶会日和”になり得る。
大事なのは、わたしと親友二人がいることなのだ。
わたし、赤帽 凛子(せきぼう りんこ)は他人とコミュニケーションを上手くとることができない。
親しくなれれば大丈夫だけど、それまでにすごーく時間がかかってしまう。
そんなわたしでも仲良くなれた二人。
その存在にわたしはとても感謝している。
わたしの隣にいるのが皮無君。
向かいにいるのが骨田君。
皮無君は、体の半分が丸見えなの。内臓やら血管やらが。
そう、世間一般でいう所の人体模型ってやつ。
骨田君は名前の通り、骨。ガイコツ。
世間でいう骨格模型である。
二人はこの生物準備室の住人。
学校の怪談に常連の超有名人。
初めて会ったときは小さく悲鳴をあげた。
だって、やっぱり見た目が……、ねぇ。
わたしは学校に入学以来、こんな風にここで過ごしている。
別にイジメとか、そういう訳じゃない。
ただ、わたしが怖くて逃げちゃったってだけ。
わたしは所謂、コミュ障ってやつだと思う。
正式名称、コミュニケーション障害。
親しくない人とは上手く話せない。目も合わせられない。
人見知りもひどくて、他人の視線が怖い。
小学生の頃なら、そんな子がいても活発な子がなんとか集団の中に入れてくれた。
そんなことをしてもらっているうちに、ちゃんと話せるくらいの仲良しができたの。
中学は小学生の頃の友人がいたし、もともと田舎だから隣の小学校とくっついただけで知らない人も少なかった。
中学からの人にわたしがからかわれた時には、代わりに誰かが助けてくれたんだ。有難かったな。
中学卒業と同時に親の転勤について引っ越して、初めての土地に足を踏み入れた。
引っ越し先の高校の善し悪しなんて分からなくて、家から近い所を受験。
だから、ここがどんな高校か知らなかった。
調べなかったわたしも悪いんだけどね。
高校生になったら誰も知らないから、一人で頑張ろう!なんて思ってた。
高校のために、美容院に行って髪を揃えて、初めてマスカラをつけたりしてみた。
人との壁をつくために伸ばした前髪だけは短くできなかったけど。
行動力の乏しいわたしもちょっと頑張って、今までの友達がいなくても大丈夫って思ってたの。
けどこの高校は所謂、不良校。
男子は目つきの悪い人や髪が奇抜な人ばかりだし、女子もメイクの濃い子ばかり。
みんな声が大きくて、威圧感もすごくて。
入学式が始まる前に、わたしは怖くなった。
誰も見てないって分かっているけど、なんでこんな子がいるの?場違いじゃない?ってみんなが見ているんじゃないかって思えて。
入学式には出ないで人の少ない所へとにかく走った。
自分がどこにいるのかすら分からないくらいに。
そして、たどり着いたの、ここに。
生物準備室に。
何か引き寄せられるように、ハッとして、扉に手をかけた。
生物室や生物準備室などの特別教室にはいつもちゃんとカギがかかっているらしいんだけど、この教室のカギは古いせいでちゃんとかかっていなかったの。
埃っぽくて、物が乱雑に積み上がった室内。
生徒の声すら聞こえなくて、静まり返ったこの場所で、わたしはここだ!って思ったの。
ここがわたしの居場所。
教室なんて、たくさんのクラスメートがいるから怖くて行けないけど、ここなら来られるって。
それからは担任に直談判。
もともと出席さえちゃんとしてれば卒業できるらしいし、その出席も朝のHRで確認して終わりらしい。
普通の学校なら、ありえないことなんだろうけど、そんな学校だからわたしの異常も受け入れてもらえた。
ちゃんと朝学校に来ていると確認できればいいし、勉強もちゃんとしたいと言ったら感激してた。
勉強のために授業を聞いてくれる生徒は稀らしい。
他の生徒が大丈夫なのかちょっと心配になった。
教室に行ってないわたしには心配されたくないだろうけど。
教室へ行かないわたしは課題をやることで授業の代わりにすることになった。
朝に貰って、さっきやり終わった課題はそれである。
あの課題って一応一週間分らしいけど、終わってしまったから帰りに全部出しちゃおうと思うよ。
午後、窓際で読書をしていた。
風が通って気持ちいいし、読書は好きだもの。
高校に来てわたしがしていることなんて、お茶とお菓子を食べてるか、皮無君達に何か話しかけてるか、読書をしているか……くらいしかない。
あ、あとは課題かな。
最近は編み物をしてみようかなって考えてたりもする。ずっと興味があったんだよね。
時間ならたくさんあるし、ちょうどいいんじゃないかって思うよ。
手元の本の世界に引き込まれていたのに、途中で現実に戻された。
「なんだかうるさい……」
ザワザワと人の声が聞こえる。
この教室の周辺に人が来ることは珍しい。
そもそも、この棟に来る人が少ないのだ。
この高校には二つの棟がある。
一つはよく使う校舎。
一つが特別教室棟である。
校舎の方は一階が昇降口や図書室、購買などで、二階に三年生の教室、三階に二年生の教室、四階に一年生の教室が入っている。
学校生活をしていく上で主に使うのはそちらだろう。
わたしはあっちの校舎には図書館へ行く時にしか使わないけれど……。
そして、小さく、ひっそりと特別教室棟がある。
一応この二つの校舎は渡り廊下が存在するけど、使わない。
こっちに用がある人などいないのである。
授業で使うようなこともないらしい。
だって、真面目に授業を受けている生徒なんていないから。
だから生物準備室も随分昔から使われてないって言われた。
なのに、声が聞こえる。
しかも次第に大きくなっている。
扉に近づいてみる。
誰が来たんだろうか?
外の様子を顔を出して覗いてみようかな……。
内側からカギをかけている扉のカギを外して考える。
声はもう近い。
何を言っているのかは分からないけど、女子の叫び声っぽい。
何か大事件が起きてるのかも。
扉の外に出たらきっとこの声の主達と鉢合わせてしまうだろう。
けど、人と会うのは怖い。
考えている間にも声は近づく。
物音すら聞こえる。
ドンドンと何かを叩くような音。
人に会うのは怖い!
わたしの気持ちが決まって、扉のカギをかけてやり過ごそうと思ったの。
けど、わたしの手がカギに届かなかった。
なぜならその扉は勝手に開いたから。
「ちっ!」
舌打ちがわたしの耳のすぐ横から聞こえる。
え……?
今、一体何が?
わたしが状況を理解するよりも早く、その人物が動いていた。
いや、本当は、なんとなく分かった。
分からないと思いたいのは、すごく混乱しているから。
どうして、こうなったの?!
扉が勝手に開いて、わたしの目の前にはすごく可愛い子が立っていた。
その表情は必死さが滲んでいたけれど。
それでも損なわれることのない可愛さは、顔のパーツがくっきりしていて整っていると一目で分かったからかもしれない。
わたしが驚いて、“えっ?”とも、”誰ですか?”とも問いかける暇すらもなく、その子は中に侵入した。
それからは本当に一瞬。
わたしの視線は回転したの。
後ろからすごい力で口を手で押さえられ、この子によって扉には内側からカギが掛けられていた。
そして密着したその子から聞こえた舌打ち。
もがもがと、何が起きたのか聞こうとすると、さらに力を加えられた手。もう痛いくらいに。
シーッと、静かにするよう注意され今は大人しくする。
外では声が間近にする。
この距離なら会話の内容すら理解できる。
「いた?!!」
「いない!!」
何かを探しているようだ。
いや、さすがのわたしにももう分かる。
この声の彼女達は、今ここにいるこの子を探しているんだ。
すぐ後ろの扉がドンドンと乱暴な音を立てる。
びっくりして肩が動く。
「やっぱり、この辺の教室にもカギ掛かってて隠れらんないよ!」
「なら、やっぱり上の階ね!!」
「急ぐわよ!」
息を潜め、体を小さくする。
外の声は大きく、なんだか攻撃的な響きをしていた。
怖いよー。
廊下を走る足音が遠ざかり、体中に入っていた力を抜く。
声も遠くなっていく。
でも後ろの子はまだ警戒しているみたいで、わたしの口を押える手の力は変わらない。
そっと横目で振り返ってみる。
扉の向こうを気にして、耳を押し当てているのが見えた。
ミルクティー色した短い髪が肩よりも上で毛先を揺らしている。
この距離だからよく見えるまつ毛は、上向きで長い。
わわっ。
なんだかお人形さんみたい。
テレビや雑誌に出てきそうな、そんな美人さん。
入学式で見たような濃いメイクでは明らかにない。
すっぴん?いや、薄く化粧しているのかな?
この子なら、怖くないかもしれない。
濃いメイクで大声だと、ビビッてしまって話すことすらできないけれど、この子は違いそう。
少なくとも見た目は怖くないもの。
口を押えている手に軽く触れる。
すると、その手が下に降りた。
これで喋れる。
「あ、あ、あ、あの……」
ああ、どうしてこんなに噛んじゃうのかな。
もっとちゃんと初対面の人と話せるようになりたいよ。
「あ、あなたは、どうし――」
「うるせぇな、黙れ!」
可愛い子から出てきた言葉は、わたしの台詞を遮った。
予想と違って、低い声。
静かにしようとしてるからか、一応小声だけど、その代わりに声に込められた威圧感がすごかった。
とても可愛い顔をしているのに、ギロリと睨む目は鋭い。
「あ、あぅ。ご、ごめんなさい」
「黙れって!」
謝ったのに、もっと怒られた。
怖いよっ。
可愛い子はまだ扉に耳を当て、様子を伺っている。
怖いよ、怖いよ。
フラフラと立ち上がって、皮無君の後ろに隠れる。
こわい人は、苦手なの。
って、あれ?
あの子ズボンを履いてる。どうして?
さっき声も低かった。
え?もしかして……
「男の子……?」
小さく呟いたのに、聞こえたみたいで睨まれた。
「当然だろうが!ぶっ殺すぞ、ブス!」
さっきよりも大きい声。
わたしは身を縮こまらせる。
可愛い男の子は扉からこちらにドスドスと近づいた。
皮無君の影にさらに隠れて、盾になってもらう。
助けて、皮無君!
「だいたい何の部屋だよ、ここ」
「せいぶつ、じゅんび……し、つ」
室内を見渡す彼。
部屋には、もともと置いてある道具がたくさんあって、一部がわたしが持ち込んだ私物だ。
一見すると、ただ物が積み上がっているようにしか見えないと思うけど。
震える声でわたしは問いに答える。
今度は怒られませんように。
「あ?聞こえねぇよ!」
怒られた。
大きな声怖いよ。
「生物準備しつ、です」
「ふーん。で、お前は誰だ?」
こっちを見る目の眼力が強くて、完全に皮無君の背中に隠れてしがみつく。
眼力の強い人も苦手なの。直視できないもん。
「あかぼう……?あかぼうし?」
その言葉に反応して、思わず顔を出して様子を見てみると、男の子は私の課題を一枚めくりあげていた。
そこに記入してある氏名を読んでいるのだと、すぐ分かった。
赤帽 凛子って漢字は、凛の字を抜かすと赤帽子になるのだ。
昔はよくそのことをからかわれた。
「ダメ!」
慌てて飛び出し、プリントをひったくる。
「赤帽子、ね。変な名前だな」
「ち、ちがうもん。せきぼうりんこって読むんだもん」
「知らねぇよ。……ん?いや、お前一年か」
前半は吐き捨てるように言ったのに、途中から思案顔になる。
どうして一年って分かったんだろう。
あっ、プリントに書いてあるからか。
「ふーん、おもしれぇ。赤帽子、お前明日もここにいろよ」
ニヤリと笑うと彼は踵を返して扉に向かう。
わたしはまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直したままである。
正確には、睨まれたわけじゃなくて笑みを向けられたんだけど……。怖い笑顔ってあるんだね。
嵐のようにいなくなった、可愛い顔をしている乱暴な言葉使いの男の子。
背は男の子にしては低かったように思うけど、女子の平均以下のわたしからしたら高い。
大声と身長差からくる威圧感に足がやられて、今更ながらへたり込む。
「やっぱり、この学校の人は怖いよ」
初めは大丈夫そうだと思ったけど、ダメダメだよ。
外見の威圧感がない代わりに、内面の怖さが引き立っていたよ。
「明日って、まさかまた来たりしない……よね?」
どうか来ませんように。
神様、わたしに静かで平和な明日を授けて下さい!
わたしは必死で祈りをささげた。
朝早い時間。
普通の学生ならまだ家でご飯を食べているか、家を出るくらいの頃だと思う。
当然そんな時間に職員室を訪れたって人なんてほとんどいない。
職員室の奥、まばらにしか来ていない先生達を意識の外に置いて、目指すのは奥の机。
「伊東先生、カギを下さい」
「お、赤帽。今日も早いな」
伊東先生。
ついこの間入学したわたしの担任の先生であり、学年主任をしている。
見た目を一言でいうと、もやし。
ヒョロヒョロで色白。強風でパキっと折れそうで、とてもとても幸薄そうなのだ。
こんな頼りなさそうなのが主任なのだから、この学年が心配になってくる。
まあ、学年に限らず、この学校自体おかしいんだけど。
「そこにあるからカギ持っていけ。あと、隣のプリントは課題だ」
「はい」
机の端に積み上がったプリントの塔と小さなカギ。
体の小さなわたしは、両手いっぱいにプリントを抱えてから、大事なカギを握りしめる。
「失礼しました」
目的のものを手に入れて、私の足取りは軽い。
持っているものが多いから、実際は足元がおぼつかなくてフラフラしているかもしれないけど。
気持ち的には。
さあ、今日も素敵な学生生活!
親友の待つ教室へ、高校生になってから変わらないわたしの日常が流れてく。
今日は、お茶会しながらお喋りをしよう!
職員室で貰ったプリントタワーを登り切ったよ!やり終わった。
時間にして一時間半ほどかかってしまった。
このプリント達はわたしの課題なのである。
だから最優先でやっつけておかなくてはならない。
こんなのを倒す時間として、いつまでも時間を無駄にするわけにはいかないのである。
わたしの席の隣と正面には、高校で親友になった二人。
いつでもわたしの話を聞いてくれるの。
そして、今もわたしのために待ってくれている。
勝手に持ちこんでいるポットを沸かして、紅茶を用意する。
わたし達三人の真ん中にはお菓子もスタンバイ。お茶会にお菓子は必須だもん。
今日は天気も良くて、窓から入る風も気持ちいい。
「お茶会日和だね」
まあ、ほぼ毎日こんな風に過ごしてるから、日和なんて関係ないんだけど。
例え雨だって”お茶会日和”になり得る。
大事なのは、わたしと親友二人がいることなのだ。
わたし、赤帽 凛子(せきぼう りんこ)は他人とコミュニケーションを上手くとることができない。
親しくなれれば大丈夫だけど、それまでにすごーく時間がかかってしまう。
そんなわたしでも仲良くなれた二人。
その存在にわたしはとても感謝している。
わたしの隣にいるのが皮無君。
向かいにいるのが骨田君。
皮無君は、体の半分が丸見えなの。内臓やら血管やらが。
そう、世間一般でいう所の人体模型ってやつ。
骨田君は名前の通り、骨。ガイコツ。
世間でいう骨格模型である。
二人はこの生物準備室の住人。
学校の怪談に常連の超有名人。
初めて会ったときは小さく悲鳴をあげた。
だって、やっぱり見た目が……、ねぇ。
わたしは学校に入学以来、こんな風にここで過ごしている。
別にイジメとか、そういう訳じゃない。
ただ、わたしが怖くて逃げちゃったってだけ。
わたしは所謂、コミュ障ってやつだと思う。
正式名称、コミュニケーション障害。
親しくない人とは上手く話せない。目も合わせられない。
人見知りもひどくて、他人の視線が怖い。
小学生の頃なら、そんな子がいても活発な子がなんとか集団の中に入れてくれた。
そんなことをしてもらっているうちに、ちゃんと話せるくらいの仲良しができたの。
中学は小学生の頃の友人がいたし、もともと田舎だから隣の小学校とくっついただけで知らない人も少なかった。
中学からの人にわたしがからかわれた時には、代わりに誰かが助けてくれたんだ。有難かったな。
中学卒業と同時に親の転勤について引っ越して、初めての土地に足を踏み入れた。
引っ越し先の高校の善し悪しなんて分からなくて、家から近い所を受験。
だから、ここがどんな高校か知らなかった。
調べなかったわたしも悪いんだけどね。
高校生になったら誰も知らないから、一人で頑張ろう!なんて思ってた。
高校のために、美容院に行って髪を揃えて、初めてマスカラをつけたりしてみた。
人との壁をつくために伸ばした前髪だけは短くできなかったけど。
行動力の乏しいわたしもちょっと頑張って、今までの友達がいなくても大丈夫って思ってたの。
けどこの高校は所謂、不良校。
男子は目つきの悪い人や髪が奇抜な人ばかりだし、女子もメイクの濃い子ばかり。
みんな声が大きくて、威圧感もすごくて。
入学式が始まる前に、わたしは怖くなった。
誰も見てないって分かっているけど、なんでこんな子がいるの?場違いじゃない?ってみんなが見ているんじゃないかって思えて。
入学式には出ないで人の少ない所へとにかく走った。
自分がどこにいるのかすら分からないくらいに。
そして、たどり着いたの、ここに。
生物準備室に。
何か引き寄せられるように、ハッとして、扉に手をかけた。
生物室や生物準備室などの特別教室にはいつもちゃんとカギがかかっているらしいんだけど、この教室のカギは古いせいでちゃんとかかっていなかったの。
埃っぽくて、物が乱雑に積み上がった室内。
生徒の声すら聞こえなくて、静まり返ったこの場所で、わたしはここだ!って思ったの。
ここがわたしの居場所。
教室なんて、たくさんのクラスメートがいるから怖くて行けないけど、ここなら来られるって。
それからは担任に直談判。
もともと出席さえちゃんとしてれば卒業できるらしいし、その出席も朝のHRで確認して終わりらしい。
普通の学校なら、ありえないことなんだろうけど、そんな学校だからわたしの異常も受け入れてもらえた。
ちゃんと朝学校に来ていると確認できればいいし、勉強もちゃんとしたいと言ったら感激してた。
勉強のために授業を聞いてくれる生徒は稀らしい。
他の生徒が大丈夫なのかちょっと心配になった。
教室に行ってないわたしには心配されたくないだろうけど。
教室へ行かないわたしは課題をやることで授業の代わりにすることになった。
朝に貰って、さっきやり終わった課題はそれである。
あの課題って一応一週間分らしいけど、終わってしまったから帰りに全部出しちゃおうと思うよ。
午後、窓際で読書をしていた。
風が通って気持ちいいし、読書は好きだもの。
高校に来てわたしがしていることなんて、お茶とお菓子を食べてるか、皮無君達に何か話しかけてるか、読書をしているか……くらいしかない。
あ、あとは課題かな。
最近は編み物をしてみようかなって考えてたりもする。ずっと興味があったんだよね。
時間ならたくさんあるし、ちょうどいいんじゃないかって思うよ。
手元の本の世界に引き込まれていたのに、途中で現実に戻された。
「なんだかうるさい……」
ザワザワと人の声が聞こえる。
この教室の周辺に人が来ることは珍しい。
そもそも、この棟に来る人が少ないのだ。
この高校には二つの棟がある。
一つはよく使う校舎。
一つが特別教室棟である。
校舎の方は一階が昇降口や図書室、購買などで、二階に三年生の教室、三階に二年生の教室、四階に一年生の教室が入っている。
学校生活をしていく上で主に使うのはそちらだろう。
わたしはあっちの校舎には図書館へ行く時にしか使わないけれど……。
そして、小さく、ひっそりと特別教室棟がある。
一応この二つの校舎は渡り廊下が存在するけど、使わない。
こっちに用がある人などいないのである。
授業で使うようなこともないらしい。
だって、真面目に授業を受けている生徒なんていないから。
だから生物準備室も随分昔から使われてないって言われた。
なのに、声が聞こえる。
しかも次第に大きくなっている。
扉に近づいてみる。
誰が来たんだろうか?
外の様子を顔を出して覗いてみようかな……。
内側からカギをかけている扉のカギを外して考える。
声はもう近い。
何を言っているのかは分からないけど、女子の叫び声っぽい。
何か大事件が起きてるのかも。
扉の外に出たらきっとこの声の主達と鉢合わせてしまうだろう。
けど、人と会うのは怖い。
考えている間にも声は近づく。
物音すら聞こえる。
ドンドンと何かを叩くような音。
人に会うのは怖い!
わたしの気持ちが決まって、扉のカギをかけてやり過ごそうと思ったの。
けど、わたしの手がカギに届かなかった。
なぜならその扉は勝手に開いたから。
「ちっ!」
舌打ちがわたしの耳のすぐ横から聞こえる。
え……?
今、一体何が?
わたしが状況を理解するよりも早く、その人物が動いていた。
いや、本当は、なんとなく分かった。
分からないと思いたいのは、すごく混乱しているから。
どうして、こうなったの?!
扉が勝手に開いて、わたしの目の前にはすごく可愛い子が立っていた。
その表情は必死さが滲んでいたけれど。
それでも損なわれることのない可愛さは、顔のパーツがくっきりしていて整っていると一目で分かったからかもしれない。
わたしが驚いて、“えっ?”とも、”誰ですか?”とも問いかける暇すらもなく、その子は中に侵入した。
それからは本当に一瞬。
わたしの視線は回転したの。
後ろからすごい力で口を手で押さえられ、この子によって扉には内側からカギが掛けられていた。
そして密着したその子から聞こえた舌打ち。
もがもがと、何が起きたのか聞こうとすると、さらに力を加えられた手。もう痛いくらいに。
シーッと、静かにするよう注意され今は大人しくする。
外では声が間近にする。
この距離なら会話の内容すら理解できる。
「いた?!!」
「いない!!」
何かを探しているようだ。
いや、さすがのわたしにももう分かる。
この声の彼女達は、今ここにいるこの子を探しているんだ。
すぐ後ろの扉がドンドンと乱暴な音を立てる。
びっくりして肩が動く。
「やっぱり、この辺の教室にもカギ掛かってて隠れらんないよ!」
「なら、やっぱり上の階ね!!」
「急ぐわよ!」
息を潜め、体を小さくする。
外の声は大きく、なんだか攻撃的な響きをしていた。
怖いよー。
廊下を走る足音が遠ざかり、体中に入っていた力を抜く。
声も遠くなっていく。
でも後ろの子はまだ警戒しているみたいで、わたしの口を押える手の力は変わらない。
そっと横目で振り返ってみる。
扉の向こうを気にして、耳を押し当てているのが見えた。
ミルクティー色した短い髪が肩よりも上で毛先を揺らしている。
この距離だからよく見えるまつ毛は、上向きで長い。
わわっ。
なんだかお人形さんみたい。
テレビや雑誌に出てきそうな、そんな美人さん。
入学式で見たような濃いメイクでは明らかにない。
すっぴん?いや、薄く化粧しているのかな?
この子なら、怖くないかもしれない。
濃いメイクで大声だと、ビビッてしまって話すことすらできないけれど、この子は違いそう。
少なくとも見た目は怖くないもの。
口を押えている手に軽く触れる。
すると、その手が下に降りた。
これで喋れる。
「あ、あ、あ、あの……」
ああ、どうしてこんなに噛んじゃうのかな。
もっとちゃんと初対面の人と話せるようになりたいよ。
「あ、あなたは、どうし――」
「うるせぇな、黙れ!」
可愛い子から出てきた言葉は、わたしの台詞を遮った。
予想と違って、低い声。
静かにしようとしてるからか、一応小声だけど、その代わりに声に込められた威圧感がすごかった。
とても可愛い顔をしているのに、ギロリと睨む目は鋭い。
「あ、あぅ。ご、ごめんなさい」
「黙れって!」
謝ったのに、もっと怒られた。
怖いよっ。
可愛い子はまだ扉に耳を当て、様子を伺っている。
怖いよ、怖いよ。
フラフラと立ち上がって、皮無君の後ろに隠れる。
こわい人は、苦手なの。
って、あれ?
あの子ズボンを履いてる。どうして?
さっき声も低かった。
え?もしかして……
「男の子……?」
小さく呟いたのに、聞こえたみたいで睨まれた。
「当然だろうが!ぶっ殺すぞ、ブス!」
さっきよりも大きい声。
わたしは身を縮こまらせる。
可愛い男の子は扉からこちらにドスドスと近づいた。
皮無君の影にさらに隠れて、盾になってもらう。
助けて、皮無君!
「だいたい何の部屋だよ、ここ」
「せいぶつ、じゅんび……し、つ」
室内を見渡す彼。
部屋には、もともと置いてある道具がたくさんあって、一部がわたしが持ち込んだ私物だ。
一見すると、ただ物が積み上がっているようにしか見えないと思うけど。
震える声でわたしは問いに答える。
今度は怒られませんように。
「あ?聞こえねぇよ!」
怒られた。
大きな声怖いよ。
「生物準備しつ、です」
「ふーん。で、お前は誰だ?」
こっちを見る目の眼力が強くて、完全に皮無君の背中に隠れてしがみつく。
眼力の強い人も苦手なの。直視できないもん。
「あかぼう……?あかぼうし?」
その言葉に反応して、思わず顔を出して様子を見てみると、男の子は私の課題を一枚めくりあげていた。
そこに記入してある氏名を読んでいるのだと、すぐ分かった。
赤帽 凛子って漢字は、凛の字を抜かすと赤帽子になるのだ。
昔はよくそのことをからかわれた。
「ダメ!」
慌てて飛び出し、プリントをひったくる。
「赤帽子、ね。変な名前だな」
「ち、ちがうもん。せきぼうりんこって読むんだもん」
「知らねぇよ。……ん?いや、お前一年か」
前半は吐き捨てるように言ったのに、途中から思案顔になる。
どうして一年って分かったんだろう。
あっ、プリントに書いてあるからか。
「ふーん、おもしれぇ。赤帽子、お前明日もここにいろよ」
ニヤリと笑うと彼は踵を返して扉に向かう。
わたしはまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直したままである。
正確には、睨まれたわけじゃなくて笑みを向けられたんだけど……。怖い笑顔ってあるんだね。
嵐のようにいなくなった、可愛い顔をしている乱暴な言葉使いの男の子。
背は男の子にしては低かったように思うけど、女子の平均以下のわたしからしたら高い。
大声と身長差からくる威圧感に足がやられて、今更ながらへたり込む。
「やっぱり、この学校の人は怖いよ」
初めは大丈夫そうだと思ったけど、ダメダメだよ。
外見の威圧感がない代わりに、内面の怖さが引き立っていたよ。
「明日って、まさかまた来たりしない……よね?」
どうか来ませんように。
神様、わたしに静かで平和な明日を授けて下さい!
わたしは必死で祈りをささげた。
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ムーンライトノベルズにも掲載中
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