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毎日くるメッセージは、いつも先輩から。
朝早くから、夜遅くまで。
ずっと送られてくるメッセージに、私はこの人暇なのかな?と呆れ気味だ。
いつの間にか私の友達を籠絡して、私との時間をもぎ取ったのも先輩。
どうやら私は、友達にスイーツを対価にして売られたらしい。
私の価値はお菓子で売れる程度なのかよっ!と、問いただしたい。
学校で少しでも時間が空けば、私の所へやって来るのも真人先輩。
最初の頃は、友達に売られたって事実からふて腐れていた。
その苛立ちを先輩にぶつけたこともある。
けど。私が視線を合わせないようにすると、両手で私の顔を固定して私の視線を独占しようとする。
「僕のことだけを見つめている莉乃。いいなぁ、家に連れ帰って飾りたい」と恍惚とした笑みで言われた時は、苦笑いが零れた。
他人を家に飾ってどうすんだよ、邪魔じゃんか。と、思ったから。
私が何も喋ろうとしないと、先輩が何としてでも声を出させようとする。
だからといって、私とちゃんと会話ができているわけでもない。
相変わらず私の話は聞いてくれない。
一応先輩にとって、私の声が聞けているってことが重要らしい。
今まで意識したことはなかったけど、私は変な声でもしているのだろうか?
先輩のことを真人先輩じゃなくて、辻崎先輩と呼んだこともある。
全然笑っていない目で、底冷えするような優しい声で。じっくり延々と「呼び方が違うよ?」って説かれた。
正直トラウマになりそうだった。めちゃくちゃ怖かった。足ガクガクしたよ。
これなら単純に怒ってくれた方が良かった。
笑えない優しい説法は、悪夢に出てきそうなものだった。
私の睡眠の質と羞恥心を天秤に掛けた結果、私は先輩を真人先輩って呼ぶことにした。睡眠大事!
と、まあ。
こんなに長々と。私が一体何を言いたいかというと。
私の生活は、着々と真人先輩に浸食されているってこと!
「莉乃。今日は何を考えているの?僕にも教えて」
「まあ……、平たく言うと真人先輩のコトデスネ」
「嬉しい。僕も莉乃のこといつも考えているんだよ。24時間、莉乃のことだけ考えてるんだ」
真人先輩は、他人の話を聞かないだけでなく。
他人との温度差も感じ取れない、とても残念な人。
今だって。ほら。
私の棒読みのような台詞に対して、先輩はこんなに感激したように喜んでいる。
目尻を下げて、笑う顔はすごく満足そうで。
冷たくあしらっている私の方が、まるで悪いことをしているような気分になる。
「莉乃が目の前にいないと苦しくなるんだ。もういっそ、家に莉乃を持って帰りたい。鎖で繋いで、僕だけの莉乃にしたい」
「持って帰りたいって、私は人間!物や小動物じゃないですよ」
私は捨てられた犬か何かですか?”拾ってください”の張り紙をしたミカンの段ボールの中にいる子猫ですか?
人間はそう簡単に持って帰れません。
鎖とかやめて。人権プリーズ!
思わずツッコミをいれた私の髪を、先輩が目を細めてそっと撫でる。
真人先輩は私のことをまるで宝物のように触れる。
優しく、柔らかく。
自分自身がガラス細工なのかと錯覚するような手つきだ。
「今日は莉乃の好きなチョコを持ってきたんだけど食べる?」
「私の好きなチョコ?」
あれ。私、先輩に対してチョコの好みを語ったことがあっただろうか?
聞かれたことも、話した記憶もなくて。一瞬何のことかと思って私は動きを止める。
「ビターチョコが好きなんでしょ?カカオ分が高めのやつ」
「え?あ、ああ。はい。そうです」
ん?私いつの間にかに話していたんだっけ?
私が忘れてるだけ?
あ、そういえば。
この前も、私の好きな物を持ってきてくれたことがあったんだよね。
その前には私が最近興味を持っているドラマの話をしてくれたし。
私、無意識のうちに興味関心のあることについて打ち明けてるのかな?
「はい、口開けて。僕があーんしてあげる」
「んん?あーん?!」
いつ話したんだろう?と頭を捻って考えていたところに。
先輩がチョコレートを片手に、私の口元に持ってくる。
それと同時に聞こえた、耳慣れない単語。
「あーんって言いました?!」
それはよく漫画やドラマで見るアレですか?!
私の人生には無縁のやつですよね。
「言ったよ。口開けないの?食べられないよ?」
真人先輩は何でもないような顔をして、一欠片のチョコを私の唇に軽く押し当てる。一欠片といっても、一口で食べられるサイズではないけど。
私は今、結構大きめの塊を口元に差し出されている。
ぐぬぬ。
唇に当たるチョコから抗いがたい誘惑を感じる。
けど、本当に食べてもいいの?
人生初の異性からの“あーん”だ。戸惑いや躊躇がないといえば嘘になる。
初体験と、恥ずかしさと、チョコを食べたい葛藤がごちゃまぜになって私の中を駆け巡った。
「莉乃?これは好きじゃなかった?」
眉を下げてこちらを覗き込む先輩。
食べようとしない私を不思議そうに見ている。
私が見る限り、先輩に恥ずかしさとかはなさそうだ。
「いや、き――っんぎゃ」
いや、嫌いじゃないですけど。出来れば自分で食べたいです。
そう伝えるはずの言葉は飲み込まざるおえなくなった。
私の口がチョコレートで物理的に塞がれたからだ。
「僕が莉乃に食べ物を食べさせてる」
満足そうに笑う先輩。
食べさせてるんじゃなくて、私が口を開いた瞬間に無理矢理食べ物を突っ込んだというのが正しいですから。
不意打ちのような攻撃のせいで、私さっき思いっきり変な声が出ちゃったよ。
「ずっと僕の手からだけ食事をとってもらいたいな。そうなれば莉乃は僕なしじゃ生きれないもんね」
「餌付け係ですか?止めてください」
やっぱり先輩は私のこと子犬や子猫のようなものだと思ってない?
私、人間!ヒューマン。
食べ物は自分で口へ運びたい。
「……まあ、チョコは美味しかったですけど」
口に無理矢理押し込まれることになったけれど。
チョコに罪はないし。
というか、いつも食べてるスーパーのやつよりも香り高くて美味しい。どこで買ってきたんだろう、これ。
「喜んでもらえて良かった」
へにゃっと笑う姿は、先輩を幼く見せる。
一見するとお兄さんタイプだからか、そのギャップがちょっとグッとくる。
って。なんだか私、この感想は少し変質者っぽい?
「僕、莉乃に会うまではきっと甘い物が好きな子なんだろうなって予想してたから、そうじゃないって知って少し驚いた。甘い過ぎる食べ物がが好きで、マカロンとかで満面の笑みを見せて喜ぶ子だと思ってたんだ」
「あ、ソウデスカー」
違った。……変質者は、この人だった。
そういえば、真人先輩って十年前にほんの少し言葉を交わしただけの相手のことを、ずっと妄想していたんだった。
好みや性格を妄想でカバーするって、どんだけですか?!
引くわ。単純に、純粋に引く。
「僕は莉乃に会えて本当に幸せだ。ちゃんと生身の莉乃のことを知れて」
こんな風に、時々発する妄想と現実の差を埋める、修正作業を行う。
こう思っていたけど、本物はこうだった。という先輩の中での確認作業。
先輩が思っていた女の子は、どういう子なんだろう。
先輩の膨らみすぎた妄想は、一体どれだけ大きくて具体的に育っているのだろう。
と、心配になってくる。
「真人先輩。何度も言ってますけど、私は先輩の探し人じゃないですよ」
私は先輩の目をまっすぐに見据えた。
ちゃんと私は事実を先輩に提示している。
間違いで、勘違い。つまるところ人違い。
先輩の探していた約束の子は、絶対に確実に私ではないのだ。
でも。
「莉乃が照れてる。まだたくさんチョコあるよ。食べたい?」
取り合ってもらえない。毎回こんな感じだ。
この話題は私が照れているだけだと思い込んでいるのだ。
本当に人の話は聞かないし、他人の機敏の分からない人である。
「だから、照れてるわけじゃないんだってば!」
「チョコ、また食べさせてあげる」
「チョコレート、くれるなら貰いますけど。でも自分で食べられま――っぷんぎゅ」
またしても、言葉の途中で押し込まれたチョコの塊。
さっきよりも随分と大きい。
せめて最期まで台詞言い切らせてよ!
そして、私の主張を聞いて!自分で食べるっていうの。
先輩の耳てただの飾りなの?!どうして聞かないのよ。
「美味しい?」
口に入りきらない大きさのチョコを頬張りながら、私は渋々頷く。
食べるまでの経緯は気に入らないけど、実際チョコレート自体は非常に美味だ。
甘すぎる物はあまり好きじゃない私にとって、チョコレートはカカオの旨みみたいなものの方が大事。世間では苦いって言われる物の方が、私からすれば美味しい。
「さっき僕も一口食べたけど、結構苦かった。でも莉乃が食べてると美味しそうに見えるね」
私は口に入りきらない分のチョコレートを、パキンと噛んだ。
口に入らなかったチョコの欠片を指でつまみながら、これでやっと口を閉じれるようになって、チョコを咀嚼できる。
「ちょっと頂戴?」
「?」
口の中がチョコだらけだから、声を出して返事をすることもできず。
私は先輩の言っていることが分からず、少し首を傾げた。
でもまあ、いつも通り私のことなどスルーしてしてしまう先輩。
真人先輩は自然な動きで私の手を取った。
その私の手には、さっき口に入らなかったチョコの小さな欠片がある。
「うっ!」
そして、何を思ったのか私の指ごとチョコを咥えた。
指先に感じるのは、先輩の唇の感触。
「っ!!」
そして微かに触れた、舐めた舌の温かさ。
指を咥えている唇とは、明らかに違う感覚。
「これなら美味しいかも」
「な、なにをっ!して、るんですか」
驚きで口内のチョコを丸呑みしてしまったけれど、それに構っている暇もないくらい驚愕だった。
だって、間違いなく勘違いとかではない。一瞬だけ指先を舐められた!
「莉乃が美味しいんだね、きっと」
真人先輩がペロッと唇を舐めながら、悪戯っぽく笑う。
「真っ赤になった莉乃もいいね。この顔、僕以外に見せちゃ駄目だよ」
「こんなことする変態は、先輩以外いませんよっ!」
「じゃあ僕だけが知ってる莉乃だね」
気分良さそうに微笑む先輩。
私は未だにさっき受けた衝撃が冷めず、心臓がバクバクいっている。
異性に指をなめっ……、舐められたのなんて……。生まれてこのかた初めてだ。
「またチョコあげるね」
「もう結構です!」
何をしでかすのか、まるで見当もつかない人。
とってもとっても変な人。
「お腹いっぱい?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「もしかして、他の男から貰うつもりなのかな?」
急に声のトーンが急降下した先輩の瞳が、瞬く間に薄暗く陰った。
もうっ!この人の気持ちの上がり下がりは幅が大きすぎる。ついていくのもやっとだ。
「そうは言っていないでしょ」
「莉乃は僕のもの。誰にも渡さないしあげない、見せない、話させない、触らせない」
「いやいや。日常生活する上で、誰にも見られず話さず生きるのは無理ですよっ」
その前の渡さないとか、あげないっていうのもどうかと思うけど……。
というか、私は私のものだから。先輩のものじゃない。
第一、私は物じゃないし。何度でも繰り返すぞ、私は人間です!
「莉乃を見た奴の目は僕が潰してあげる」
「犯罪行為、反対!」
「……莉乃は我が儘だね」
「え、なんだか理不尽」
目を潰すなって言ってるだけなのに。
私がおかしいの?!え、私の言ってることの方が正しいよね?
我が儘なんて言われるのはおかしくない?!
「しかたないから目は潰さない、……今は」
「なんだか不穏な単語が最後についてた。今後も駄目ですよ」
なんだ“今は”って。
今じゃなきゃ良い、なんてことはないのある。
今も未来も、目つぶしは変わらず犯罪です。
「莉乃の我が儘聞いてあげるから、その代わり莉乃は僕だけと話して。僕だけを見て、僕だけに甘えて」
「生活に支障をきたすので、アウトー。無理です」
先輩としか話さないって時点で、生活が成り立たなくなるじゃん。
「莉乃は僕だけと生きれば良いよ。僕と二人きりで、暮らしていけば良いと思うよ。僕なしじゃ生きられないようになればいい」
「社会不適合者ですよ、それ……」
大体、世界の人口はどれだけだと思っているのか。
そんな無数の人間の中で、先輩としか関わらずに生きるなんて到底無理な話だ。
「大事な大事な、僕の莉乃。僕は君しかいらないって言うのに……」
「ははは……」
苦笑いしか出てこない。
だって、私しかいらないってどういうことですかね。
社会不適合の称号を得ようとしているのは、先輩の方だったみたいだ。
呆れ混じりに笑う私に、先輩がすっと瞳を覗き込んだ。
だから、自然と私も真人先輩の目を見つめ返す。
薄く笑う先輩の目は、どこか妄信的に私に何かを求める色をしていて。
何を求められているのか、私がどう応えれば満足するのか。私には分からないからこそ居心地が悪くて、なぜか目を逸らしたくなる。
「莉乃は僕に対して残酷だ」
どこか熱に浮かされたような、一方でひどく冷めているような。
感情の読めない真人先輩の声が、そっと空気に溶けた。
朝早くから、夜遅くまで。
ずっと送られてくるメッセージに、私はこの人暇なのかな?と呆れ気味だ。
いつの間にか私の友達を籠絡して、私との時間をもぎ取ったのも先輩。
どうやら私は、友達にスイーツを対価にして売られたらしい。
私の価値はお菓子で売れる程度なのかよっ!と、問いただしたい。
学校で少しでも時間が空けば、私の所へやって来るのも真人先輩。
最初の頃は、友達に売られたって事実からふて腐れていた。
その苛立ちを先輩にぶつけたこともある。
けど。私が視線を合わせないようにすると、両手で私の顔を固定して私の視線を独占しようとする。
「僕のことだけを見つめている莉乃。いいなぁ、家に連れ帰って飾りたい」と恍惚とした笑みで言われた時は、苦笑いが零れた。
他人を家に飾ってどうすんだよ、邪魔じゃんか。と、思ったから。
私が何も喋ろうとしないと、先輩が何としてでも声を出させようとする。
だからといって、私とちゃんと会話ができているわけでもない。
相変わらず私の話は聞いてくれない。
一応先輩にとって、私の声が聞けているってことが重要らしい。
今まで意識したことはなかったけど、私は変な声でもしているのだろうか?
先輩のことを真人先輩じゃなくて、辻崎先輩と呼んだこともある。
全然笑っていない目で、底冷えするような優しい声で。じっくり延々と「呼び方が違うよ?」って説かれた。
正直トラウマになりそうだった。めちゃくちゃ怖かった。足ガクガクしたよ。
これなら単純に怒ってくれた方が良かった。
笑えない優しい説法は、悪夢に出てきそうなものだった。
私の睡眠の質と羞恥心を天秤に掛けた結果、私は先輩を真人先輩って呼ぶことにした。睡眠大事!
と、まあ。
こんなに長々と。私が一体何を言いたいかというと。
私の生活は、着々と真人先輩に浸食されているってこと!
「莉乃。今日は何を考えているの?僕にも教えて」
「まあ……、平たく言うと真人先輩のコトデスネ」
「嬉しい。僕も莉乃のこといつも考えているんだよ。24時間、莉乃のことだけ考えてるんだ」
真人先輩は、他人の話を聞かないだけでなく。
他人との温度差も感じ取れない、とても残念な人。
今だって。ほら。
私の棒読みのような台詞に対して、先輩はこんなに感激したように喜んでいる。
目尻を下げて、笑う顔はすごく満足そうで。
冷たくあしらっている私の方が、まるで悪いことをしているような気分になる。
「莉乃が目の前にいないと苦しくなるんだ。もういっそ、家に莉乃を持って帰りたい。鎖で繋いで、僕だけの莉乃にしたい」
「持って帰りたいって、私は人間!物や小動物じゃないですよ」
私は捨てられた犬か何かですか?”拾ってください”の張り紙をしたミカンの段ボールの中にいる子猫ですか?
人間はそう簡単に持って帰れません。
鎖とかやめて。人権プリーズ!
思わずツッコミをいれた私の髪を、先輩が目を細めてそっと撫でる。
真人先輩は私のことをまるで宝物のように触れる。
優しく、柔らかく。
自分自身がガラス細工なのかと錯覚するような手つきだ。
「今日は莉乃の好きなチョコを持ってきたんだけど食べる?」
「私の好きなチョコ?」
あれ。私、先輩に対してチョコの好みを語ったことがあっただろうか?
聞かれたことも、話した記憶もなくて。一瞬何のことかと思って私は動きを止める。
「ビターチョコが好きなんでしょ?カカオ分が高めのやつ」
「え?あ、ああ。はい。そうです」
ん?私いつの間にかに話していたんだっけ?
私が忘れてるだけ?
あ、そういえば。
この前も、私の好きな物を持ってきてくれたことがあったんだよね。
その前には私が最近興味を持っているドラマの話をしてくれたし。
私、無意識のうちに興味関心のあることについて打ち明けてるのかな?
「はい、口開けて。僕があーんしてあげる」
「んん?あーん?!」
いつ話したんだろう?と頭を捻って考えていたところに。
先輩がチョコレートを片手に、私の口元に持ってくる。
それと同時に聞こえた、耳慣れない単語。
「あーんって言いました?!」
それはよく漫画やドラマで見るアレですか?!
私の人生には無縁のやつですよね。
「言ったよ。口開けないの?食べられないよ?」
真人先輩は何でもないような顔をして、一欠片のチョコを私の唇に軽く押し当てる。一欠片といっても、一口で食べられるサイズではないけど。
私は今、結構大きめの塊を口元に差し出されている。
ぐぬぬ。
唇に当たるチョコから抗いがたい誘惑を感じる。
けど、本当に食べてもいいの?
人生初の異性からの“あーん”だ。戸惑いや躊躇がないといえば嘘になる。
初体験と、恥ずかしさと、チョコを食べたい葛藤がごちゃまぜになって私の中を駆け巡った。
「莉乃?これは好きじゃなかった?」
眉を下げてこちらを覗き込む先輩。
食べようとしない私を不思議そうに見ている。
私が見る限り、先輩に恥ずかしさとかはなさそうだ。
「いや、き――っんぎゃ」
いや、嫌いじゃないですけど。出来れば自分で食べたいです。
そう伝えるはずの言葉は飲み込まざるおえなくなった。
私の口がチョコレートで物理的に塞がれたからだ。
「僕が莉乃に食べ物を食べさせてる」
満足そうに笑う先輩。
食べさせてるんじゃなくて、私が口を開いた瞬間に無理矢理食べ物を突っ込んだというのが正しいですから。
不意打ちのような攻撃のせいで、私さっき思いっきり変な声が出ちゃったよ。
「ずっと僕の手からだけ食事をとってもらいたいな。そうなれば莉乃は僕なしじゃ生きれないもんね」
「餌付け係ですか?止めてください」
やっぱり先輩は私のこと子犬や子猫のようなものだと思ってない?
私、人間!ヒューマン。
食べ物は自分で口へ運びたい。
「……まあ、チョコは美味しかったですけど」
口に無理矢理押し込まれることになったけれど。
チョコに罪はないし。
というか、いつも食べてるスーパーのやつよりも香り高くて美味しい。どこで買ってきたんだろう、これ。
「喜んでもらえて良かった」
へにゃっと笑う姿は、先輩を幼く見せる。
一見するとお兄さんタイプだからか、そのギャップがちょっとグッとくる。
って。なんだか私、この感想は少し変質者っぽい?
「僕、莉乃に会うまではきっと甘い物が好きな子なんだろうなって予想してたから、そうじゃないって知って少し驚いた。甘い過ぎる食べ物がが好きで、マカロンとかで満面の笑みを見せて喜ぶ子だと思ってたんだ」
「あ、ソウデスカー」
違った。……変質者は、この人だった。
そういえば、真人先輩って十年前にほんの少し言葉を交わしただけの相手のことを、ずっと妄想していたんだった。
好みや性格を妄想でカバーするって、どんだけですか?!
引くわ。単純に、純粋に引く。
「僕は莉乃に会えて本当に幸せだ。ちゃんと生身の莉乃のことを知れて」
こんな風に、時々発する妄想と現実の差を埋める、修正作業を行う。
こう思っていたけど、本物はこうだった。という先輩の中での確認作業。
先輩が思っていた女の子は、どういう子なんだろう。
先輩の膨らみすぎた妄想は、一体どれだけ大きくて具体的に育っているのだろう。
と、心配になってくる。
「真人先輩。何度も言ってますけど、私は先輩の探し人じゃないですよ」
私は先輩の目をまっすぐに見据えた。
ちゃんと私は事実を先輩に提示している。
間違いで、勘違い。つまるところ人違い。
先輩の探していた約束の子は、絶対に確実に私ではないのだ。
でも。
「莉乃が照れてる。まだたくさんチョコあるよ。食べたい?」
取り合ってもらえない。毎回こんな感じだ。
この話題は私が照れているだけだと思い込んでいるのだ。
本当に人の話は聞かないし、他人の機敏の分からない人である。
「だから、照れてるわけじゃないんだってば!」
「チョコ、また食べさせてあげる」
「チョコレート、くれるなら貰いますけど。でも自分で食べられま――っぷんぎゅ」
またしても、言葉の途中で押し込まれたチョコの塊。
さっきよりも随分と大きい。
せめて最期まで台詞言い切らせてよ!
そして、私の主張を聞いて!自分で食べるっていうの。
先輩の耳てただの飾りなの?!どうして聞かないのよ。
「美味しい?」
口に入りきらない大きさのチョコを頬張りながら、私は渋々頷く。
食べるまでの経緯は気に入らないけど、実際チョコレート自体は非常に美味だ。
甘すぎる物はあまり好きじゃない私にとって、チョコレートはカカオの旨みみたいなものの方が大事。世間では苦いって言われる物の方が、私からすれば美味しい。
「さっき僕も一口食べたけど、結構苦かった。でも莉乃が食べてると美味しそうに見えるね」
私は口に入りきらない分のチョコレートを、パキンと噛んだ。
口に入らなかったチョコの欠片を指でつまみながら、これでやっと口を閉じれるようになって、チョコを咀嚼できる。
「ちょっと頂戴?」
「?」
口の中がチョコだらけだから、声を出して返事をすることもできず。
私は先輩の言っていることが分からず、少し首を傾げた。
でもまあ、いつも通り私のことなどスルーしてしてしまう先輩。
真人先輩は自然な動きで私の手を取った。
その私の手には、さっき口に入らなかったチョコの小さな欠片がある。
「うっ!」
そして、何を思ったのか私の指ごとチョコを咥えた。
指先に感じるのは、先輩の唇の感触。
「っ!!」
そして微かに触れた、舐めた舌の温かさ。
指を咥えている唇とは、明らかに違う感覚。
「これなら美味しいかも」
「な、なにをっ!して、るんですか」
驚きで口内のチョコを丸呑みしてしまったけれど、それに構っている暇もないくらい驚愕だった。
だって、間違いなく勘違いとかではない。一瞬だけ指先を舐められた!
「莉乃が美味しいんだね、きっと」
真人先輩がペロッと唇を舐めながら、悪戯っぽく笑う。
「真っ赤になった莉乃もいいね。この顔、僕以外に見せちゃ駄目だよ」
「こんなことする変態は、先輩以外いませんよっ!」
「じゃあ僕だけが知ってる莉乃だね」
気分良さそうに微笑む先輩。
私は未だにさっき受けた衝撃が冷めず、心臓がバクバクいっている。
異性に指をなめっ……、舐められたのなんて……。生まれてこのかた初めてだ。
「またチョコあげるね」
「もう結構です!」
何をしでかすのか、まるで見当もつかない人。
とってもとっても変な人。
「お腹いっぱい?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「もしかして、他の男から貰うつもりなのかな?」
急に声のトーンが急降下した先輩の瞳が、瞬く間に薄暗く陰った。
もうっ!この人の気持ちの上がり下がりは幅が大きすぎる。ついていくのもやっとだ。
「そうは言っていないでしょ」
「莉乃は僕のもの。誰にも渡さないしあげない、見せない、話させない、触らせない」
「いやいや。日常生活する上で、誰にも見られず話さず生きるのは無理ですよっ」
その前の渡さないとか、あげないっていうのもどうかと思うけど……。
というか、私は私のものだから。先輩のものじゃない。
第一、私は物じゃないし。何度でも繰り返すぞ、私は人間です!
「莉乃を見た奴の目は僕が潰してあげる」
「犯罪行為、反対!」
「……莉乃は我が儘だね」
「え、なんだか理不尽」
目を潰すなって言ってるだけなのに。
私がおかしいの?!え、私の言ってることの方が正しいよね?
我が儘なんて言われるのはおかしくない?!
「しかたないから目は潰さない、……今は」
「なんだか不穏な単語が最後についてた。今後も駄目ですよ」
なんだ“今は”って。
今じゃなきゃ良い、なんてことはないのある。
今も未来も、目つぶしは変わらず犯罪です。
「莉乃の我が儘聞いてあげるから、その代わり莉乃は僕だけと話して。僕だけを見て、僕だけに甘えて」
「生活に支障をきたすので、アウトー。無理です」
先輩としか話さないって時点で、生活が成り立たなくなるじゃん。
「莉乃は僕だけと生きれば良いよ。僕と二人きりで、暮らしていけば良いと思うよ。僕なしじゃ生きられないようになればいい」
「社会不適合者ですよ、それ……」
大体、世界の人口はどれだけだと思っているのか。
そんな無数の人間の中で、先輩としか関わらずに生きるなんて到底無理な話だ。
「大事な大事な、僕の莉乃。僕は君しかいらないって言うのに……」
「ははは……」
苦笑いしか出てこない。
だって、私しかいらないってどういうことですかね。
社会不適合の称号を得ようとしているのは、先輩の方だったみたいだ。
呆れ混じりに笑う私に、先輩がすっと瞳を覗き込んだ。
だから、自然と私も真人先輩の目を見つめ返す。
薄く笑う先輩の目は、どこか妄信的に私に何かを求める色をしていて。
何を求められているのか、私がどう応えれば満足するのか。私には分からないからこそ居心地が悪くて、なぜか目を逸らしたくなる。
「莉乃は僕に対して残酷だ」
どこか熱に浮かされたような、一方でひどく冷めているような。
感情の読めない真人先輩の声が、そっと空気に溶けた。
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