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そんなちょっとした楽しみを糧にして、僕は受験勉強に没頭した。
このままの成績を維持できれば、父に勧められた大学に無事、合格できるだろう。
父に学業以外のことに干渉されない為には、そうするしかなかった。
微かに玄関のドアを開く音がする。
父が帰ってきたのだ。
ドアの音だけで僕に威圧感を与える父は、やはり自分にとって大きなストレスなのかもしれない。
父が帰宅しても母が出迎える様子はない。
今頃、風呂にでも入っているのだろう。
父が廊下を歩く音がして、間もなく、また静かになった。
父は居間にいることは少なく、帰宅すると、すぐ自室の書斎に籠ることが多かった。
父のような厳格な人に限って、不倫をしているとは思えないが、母とも特に仲が良い訳でもなく、よく何十年も一つ屋根の下で暮らしていけるなぁと夫婦という名の存在をつくづく奇妙に感じた。
僕が異性に興味を持てないのは、結婚に夢を持てないからなのか、それとも……
丹羽さんに感じた初めての感情が何なのか、僕はまだ分からずにいた。
翌日、学校の休み時間、マコトが僕の席まで足早にやってきた。
「ねぇ、ユウキ……今日は丹羽さん来るって。行くでしょ?」
マコトは完全に、僕が丹羽さんに興味を持っていることを見抜いていた。
「う、うん……」
嬉しさが隠しきれない。
このフワフワした感覚は何だろうか。
放課後が待ち遠しく、時間が近づくにつれ、胸の鼓動が速くなった。
(丹羽さんと今日は何を話そう……)
彼の渋い声を思い出すだけで、僕の体は熱くなった。
◇
店に着くと、丹羽さんとケンさんが何やら、ひそひそと話をしていた。
丹羽さんは僕に気づくと、さり気なく目配せをした。
それが僕だけに向けられたものだと知り、妙に嬉しくなった。
「ユウキ君、こんにちは」
あれから何度も頭の中で再生した丹羽さんの声――
「こ、こんにちは」
思わず声が上擦る。
(これじゃ、ドキドキしてるって丸わかりじゃないか)
すると丹羽さんが僕の腿に手を置き、
「ちょっとユウキ君にお願いしたいことがあるんだけどいいかな?」
と耳元で囁いた。
「あっ、えっ⁉ 何でしょうか?」
駆け引きも何もあったものじゃない。
僕は丹羽さんにとって、単なるガキでしかない。
「ハハ、そんなに緊張しないで……実はね……」
丹羽さんから頼まれたことは、僕にとっては、創作物の中のことのように非現実的に感じられた。
「ユウキは俺が相手じゃ嫌なわけ?」
丹羽さんからの頼まれごとを相談したら、マコトにキレられた。
「嫌ではないけどさぁ……恥ずかしい」
「でも丹羽さんの為なら、やってあげたいと思っちゃったんでしょ?」
「うん……」
結局、僕は丹羽さんから頼まれた衣装に身を包み、指定された窓際のソファに、マコトと二人、腰を下ろした。
その様子を見ていたケンさんが心配そうにこちらを見ながら、
「丹羽さんにあまり深入りしちゃダメだよ。あんたらみたいな子供が太刀打ちできるような相手じゃないんだから……」
と忠告した。
僕は丹羽さんに気に入られたい一心で、ムードのある音楽が掛かると、マコトと二人、窓の外に向けてポーズを取った。
マコトに頰を寄せたり、二人で体を密着させたり……
丹羽さんと彼の連れは、恐らく向かい側のビルから双眼鏡を使い、こちらを眺めているのだろう。
丹羽さんの連れは女装する男子、いわゆる『オトコの娘』が好きらしく、この店に来る勇気がない為、このように面倒な方法で僕達二人を盗み見して楽しみたいのだという。
このままの成績を維持できれば、父に勧められた大学に無事、合格できるだろう。
父に学業以外のことに干渉されない為には、そうするしかなかった。
微かに玄関のドアを開く音がする。
父が帰ってきたのだ。
ドアの音だけで僕に威圧感を与える父は、やはり自分にとって大きなストレスなのかもしれない。
父が帰宅しても母が出迎える様子はない。
今頃、風呂にでも入っているのだろう。
父が廊下を歩く音がして、間もなく、また静かになった。
父は居間にいることは少なく、帰宅すると、すぐ自室の書斎に籠ることが多かった。
父のような厳格な人に限って、不倫をしているとは思えないが、母とも特に仲が良い訳でもなく、よく何十年も一つ屋根の下で暮らしていけるなぁと夫婦という名の存在をつくづく奇妙に感じた。
僕が異性に興味を持てないのは、結婚に夢を持てないからなのか、それとも……
丹羽さんに感じた初めての感情が何なのか、僕はまだ分からずにいた。
翌日、学校の休み時間、マコトが僕の席まで足早にやってきた。
「ねぇ、ユウキ……今日は丹羽さん来るって。行くでしょ?」
マコトは完全に、僕が丹羽さんに興味を持っていることを見抜いていた。
「う、うん……」
嬉しさが隠しきれない。
このフワフワした感覚は何だろうか。
放課後が待ち遠しく、時間が近づくにつれ、胸の鼓動が速くなった。
(丹羽さんと今日は何を話そう……)
彼の渋い声を思い出すだけで、僕の体は熱くなった。
◇
店に着くと、丹羽さんとケンさんが何やら、ひそひそと話をしていた。
丹羽さんは僕に気づくと、さり気なく目配せをした。
それが僕だけに向けられたものだと知り、妙に嬉しくなった。
「ユウキ君、こんにちは」
あれから何度も頭の中で再生した丹羽さんの声――
「こ、こんにちは」
思わず声が上擦る。
(これじゃ、ドキドキしてるって丸わかりじゃないか)
すると丹羽さんが僕の腿に手を置き、
「ちょっとユウキ君にお願いしたいことがあるんだけどいいかな?」
と耳元で囁いた。
「あっ、えっ⁉ 何でしょうか?」
駆け引きも何もあったものじゃない。
僕は丹羽さんにとって、単なるガキでしかない。
「ハハ、そんなに緊張しないで……実はね……」
丹羽さんから頼まれたことは、僕にとっては、創作物の中のことのように非現実的に感じられた。
「ユウキは俺が相手じゃ嫌なわけ?」
丹羽さんからの頼まれごとを相談したら、マコトにキレられた。
「嫌ではないけどさぁ……恥ずかしい」
「でも丹羽さんの為なら、やってあげたいと思っちゃったんでしょ?」
「うん……」
結局、僕は丹羽さんから頼まれた衣装に身を包み、指定された窓際のソファに、マコトと二人、腰を下ろした。
その様子を見ていたケンさんが心配そうにこちらを見ながら、
「丹羽さんにあまり深入りしちゃダメだよ。あんたらみたいな子供が太刀打ちできるような相手じゃないんだから……」
と忠告した。
僕は丹羽さんに気に入られたい一心で、ムードのある音楽が掛かると、マコトと二人、窓の外に向けてポーズを取った。
マコトに頰を寄せたり、二人で体を密着させたり……
丹羽さんと彼の連れは、恐らく向かい側のビルから双眼鏡を使い、こちらを眺めているのだろう。
丹羽さんの連れは女装する男子、いわゆる『オトコの娘』が好きらしく、この店に来る勇気がない為、このように面倒な方法で僕達二人を盗み見して楽しみたいのだという。
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