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『何処、行っちまったんだよ。置いていかないどくれよ……』
彼女の言葉は、殆どの人間に届かない。
そうでなくとも雑踏にかき消されてしまったのだけれど……
暫くして、彼女は誰かに強引に摘まみ上げられた。
「なんだろう? これ……」
大きく黒々と光った目玉が、じろじろと彼女を隅から隅まで舐め回すように見つめていた。
(この下品な奴は何処の誰だい? )
彼女の持ち主とは大違いだった。
外見も立ち振る舞いも……
けれど、手段を選んではいられなかった。
『ねぇ、あんた。私の声、聞こえるかい? ねぇってば……』
彼女の声が聞こえたのか、聞こえていないのか、彼女を手にしたまま周りをきょろきょろ見回したり、走ったかと思えば急に立ち止まって、何かブツブツ呟いている。
(何だか、妙ちくりんな娘に掴まっちまった)
彼女に『妙ちくりんな娘』と言わしめたのは、寺川 真美という、一見、何処にでもいそうな普通の女子大学生だった。
だが『妙ちくりん』と真美が評されるのも、当たらずと雖も遠からず……
――真美には変わった癖がある。
道に落ちている物に異常に興味が湧くのだ。
「こんな所に……なんで、こんな物が? え、ここで脱いだの?」
時に、とんでもない物が道に落ちていることがある。
『落とし物を見つめながら、それに纏わるストーリーを勝手に妄想する……』
それが彼女の風変りな癖であり、趣味であった。
彼女は通学やアルバイトの行き帰りにも、足下に目を光らせていた。
今や動画を倍速で観る時代に、なんというアナログ人間だろうか。
しかし、彼女は誰かが作り上げたものを一方的に享受するよりも、自分で何かを創造することに興味があるのだから、仕方がないのかもしれない。
◇
真美が今日、道端で見つけたのは、レトロな椿柄が可愛らしい小さな和風の巾着袋だった。
ひと目見たところ、この巾着袋は、かなり年季が入っており、決して綺麗な代物ではなかった。
だが、それが却って真美の興味を惹いた。
「これは、また~」
傍から見れば、かなりの怪しさである。
道端にしゃがみ込み、ボロボロの巾着袋を手に、にやけているのだから……
――今、彼女の中で、一つのストーリーが紡ぎ出されようとしていた。
「落とした女性は多分、女性。年齢は70~80代。早くに夫を亡くし……」
真美が、そんなことをブツブツと呟いていた時、その巾着袋の中で、もう一人呟いている者(物)がいた。
『もう、さっきからベタベタ触らないどくれ……』
その中身を確かめるように、真美は巾着袋越しに中の人を触りまくっていた。
なんだ少し破廉恥な響きに聞こえてしまうが……何を隠そう、彼女の正体は……
――この巾着袋の中の簪に宿る『付喪神』なのだ。
「うーん、これ何だろう?……この触った感じ……」
と言いながら『箱の中身は何でしょね』形式で、真美は相変わらず巾着袋と戯れていた。
半ば、やけくそになった付喪神は、ふて寝して、この不快な時間をやり過ごした。
真美はいつもならば、金品など誰かに盗まれてしまいそうな物以外、交番に届けることはなかった。
何故なら、落としてしまった人がすぐに気づいて、その場に戻ってくるかもしれないからだ。
しかし今、真美が手にしているボロボロの巾着袋は、誰かが長年の間、大切に持っていた物のように思えて、彼女は放っておくことができなかった。
(くだらない妄想は止めて、早く交番に届けてあげよう)
真美はその巾着袋を破いてしまわないように、先ほどよりも丁寧に左手を袋の底に添えて持ち、近くの交番に向かった。
一方、付喪神は……
心地良い振動が真美の手から伝わり、より深い眠りに落ちていた。
彼女の言葉は、殆どの人間に届かない。
そうでなくとも雑踏にかき消されてしまったのだけれど……
暫くして、彼女は誰かに強引に摘まみ上げられた。
「なんだろう? これ……」
大きく黒々と光った目玉が、じろじろと彼女を隅から隅まで舐め回すように見つめていた。
(この下品な奴は何処の誰だい? )
彼女の持ち主とは大違いだった。
外見も立ち振る舞いも……
けれど、手段を選んではいられなかった。
『ねぇ、あんた。私の声、聞こえるかい? ねぇってば……』
彼女の声が聞こえたのか、聞こえていないのか、彼女を手にしたまま周りをきょろきょろ見回したり、走ったかと思えば急に立ち止まって、何かブツブツ呟いている。
(何だか、妙ちくりんな娘に掴まっちまった)
彼女に『妙ちくりんな娘』と言わしめたのは、寺川 真美という、一見、何処にでもいそうな普通の女子大学生だった。
だが『妙ちくりん』と真美が評されるのも、当たらずと雖も遠からず……
――真美には変わった癖がある。
道に落ちている物に異常に興味が湧くのだ。
「こんな所に……なんで、こんな物が? え、ここで脱いだの?」
時に、とんでもない物が道に落ちていることがある。
『落とし物を見つめながら、それに纏わるストーリーを勝手に妄想する……』
それが彼女の風変りな癖であり、趣味であった。
彼女は通学やアルバイトの行き帰りにも、足下に目を光らせていた。
今や動画を倍速で観る時代に、なんというアナログ人間だろうか。
しかし、彼女は誰かが作り上げたものを一方的に享受するよりも、自分で何かを創造することに興味があるのだから、仕方がないのかもしれない。
◇
真美が今日、道端で見つけたのは、レトロな椿柄が可愛らしい小さな和風の巾着袋だった。
ひと目見たところ、この巾着袋は、かなり年季が入っており、決して綺麗な代物ではなかった。
だが、それが却って真美の興味を惹いた。
「これは、また~」
傍から見れば、かなりの怪しさである。
道端にしゃがみ込み、ボロボロの巾着袋を手に、にやけているのだから……
――今、彼女の中で、一つのストーリーが紡ぎ出されようとしていた。
「落とした女性は多分、女性。年齢は70~80代。早くに夫を亡くし……」
真美が、そんなことをブツブツと呟いていた時、その巾着袋の中で、もう一人呟いている者(物)がいた。
『もう、さっきからベタベタ触らないどくれ……』
その中身を確かめるように、真美は巾着袋越しに中の人を触りまくっていた。
なんだ少し破廉恥な響きに聞こえてしまうが……何を隠そう、彼女の正体は……
――この巾着袋の中の簪に宿る『付喪神』なのだ。
「うーん、これ何だろう?……この触った感じ……」
と言いながら『箱の中身は何でしょね』形式で、真美は相変わらず巾着袋と戯れていた。
半ば、やけくそになった付喪神は、ふて寝して、この不快な時間をやり過ごした。
真美はいつもならば、金品など誰かに盗まれてしまいそうな物以外、交番に届けることはなかった。
何故なら、落としてしまった人がすぐに気づいて、その場に戻ってくるかもしれないからだ。
しかし今、真美が手にしているボロボロの巾着袋は、誰かが長年の間、大切に持っていた物のように思えて、彼女は放っておくことができなかった。
(くだらない妄想は止めて、早く交番に届けてあげよう)
真美はその巾着袋を破いてしまわないように、先ほどよりも丁寧に左手を袋の底に添えて持ち、近くの交番に向かった。
一方、付喪神は……
心地良い振動が真美の手から伝わり、より深い眠りに落ちていた。
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