上 下
11 / 112
第一章 : 旅立ちのレッドカーペット

此処はアパルトマン

しおりを挟む
「慣れない仕事って大変そうですね」

「そうですね。これからの事なんて、なんの確証もないですし、日々精進するしかないかなって」

「私、絵を描くって事以外、何ができるのかも全然分からなくて……今日キャンパスを見学してみて気づいたんです。私みたいな特別な絵の才能もなく漠然とした夢を追い続けてて、画家としてやっていけるのかなって思ったら、今までの自分は間違いだったんじゃないかって思ってしまって……」

「……そうですね。現実的な話をしてしまえば、芸術家の方は必ずしも、その道で生計を立てられるとは限らないですもんね。……だけど遠藤様の10年間積み重ね、努力してきた事は、誰にでもできる事ではありません。もうそれだけで充分に自信を持っていいのではないかと思います」

「…………」

彼女は、まだ少し沈んだ表情で宙を見つめている。

「芸術家以外の職業だって、この先ずっと安泰かなんて誰にも分りません。私だって……だけど何か一つに打ち込める力って、その人自身を強くするはずですし、遠藤様はすでにその強さを持っている方だと私は思います」

「……そうかな」

「芯が強い人は、他の道を選ばざる負えない状況になったとしても、いつか、その強さに助けられる日が来るのかなって。未来が見えず怖さを感じるという事は、どんな立場、環境の人でも同じではないでしょうか」

気がつけば私は、彼女と私自身を鼓舞するかのように前のめりに話をしていた。
横で静かに聴いていた彼女の表情に、僅かに光が差したようだ。

「強いなんて言われたの初めてです。私、人と話したりも苦手で……だから、ご飯を食堂で食べなきゃいけないって知った時、それが嫌で…せっかく声かけて貰ったのに、すみませんでした」

彼女は何度も申し訳なさそうに私に深々と頭を下げる。
そんな彼女の両肩にそっと触れ、少し身を屈めて声を掛ける。

「遠藤様、食堂とは言え、無理にお話したりする必要はございません。美味しいお料理を召し上がって頂くだけでいいんです。だって此処は、アパルトマンですから」

そう、此処はアパルトマン。
ホテルや高級レストランではない。
ゆっくり自分の家のように寛いで欲しい。
それだけだ……

彼女は緊張から解放されたのか、少し眠たそうな表情を浮かべる。
一日気を張り続けて疲れてしまったのだろう。

「では、今日はそろそろ失礼しますね」

「あ、あのコンシェルジュさん」

「はい」

「明日の朝、食堂は何時からですか」

「6時30分から9時30分まで開いておりますので、ご都合のいい時間にどうぞ」

「ありがとうございます……それと、この辺で一番お勧めの美術館は何処ですか?」

「双葉近代美術館でしょうか。宜しければ、周辺のお勧めスポットの地図もコピーご用意しておきますね」

ドアを閉めようと振り返る私に、彼女は眼鏡を外したまま、真っすぐに私を見つめ笑顔で大きく頷く。

――明日に備えて、もう少し美術館の事、調べておかなきゃ。

階段を降りる私の足取りは、いつにも増して軽かった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

処理中です...