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24・心と体の二元論
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「我慢するな、和紗。俺が傍にいるから」
和紗は力の抜けた体をベッドに預けながら、静かに笑って言った。
「お兄は……ずるいよ」
「ずるい?」
「お兄は多分傍にいるだけで、別に何かを解決してくれるわけじゃないけど……でも、それが嬉しい」
「解決できる奴の方がいいんじゃないのか?」
「人によるんじゃない?」
和紗はそう言って、稔の頭に腕を回した。そのまま顔を引き寄せてキスをする。和紗はそのままその手を稔の体に滑らせていった。敏感になっている肌に触れられる度に体に熱が溜まっていく。
「お兄にも、気持ちよくなってほしい」
「和紗……」
「だから、私がすることを……全部感じていて」
私を見て、と言われているような気がした。
これまで和紗と体を重ねたときは、璃子のことを考えていた。和紗がそう言ったときもある。実際、璃子に対する欲望を解消するために和紗の体を利用したこともあった。けれど和紗と璃子の姿が完全に重なるなどと言うことはなかった。重ねたところで別人なのだ。これまで璃子を言い訳にして目をそらしてきた和紗に向き合わなければならない。
首筋をなぞる指。鎖骨に吸い付かれて残される赤い痕。胸板に触れていた和紗の指先が胸の先の小さな飾りを掠めていった。その瞬間に稔の肩が震えたのを、和紗が敏感に察知する。
「ここ、気持ちいいの?」
「どっちかというとくすぐったいんだけど」
「そういう場所って、慣らしていけば性感帯になるって話もあるみたいだよ」
「どこでそういう知識を得たんだよ……」
和紗はその場所を執拗に弄り続ける。親指と人差し指でつまんだり、転がすように触れたりしているうちに、そこがぷくりと立ち上がって存在を主張し始めた。
「この体になってから、昔の本とか色々調べたんだよ。発禁になってるわけではないけどどこにも置いてなくて、探すの大変だったけど」
「まあ、必要ないことだったからな……っ」
「そうだね。こんなことなんて、必要なかった。でも、お兄の体だって、お兄の一部だよね」
和紗が稔の胸板に唇を寄せる。乳首を軽く吸われると、背中から腰にかけて、何か電気が流れたような感覚に襲われた。
体の中心が熱くなっている。和紗を強く抱き寄せると、張り詰めたものを和紗の下腹部に押しつけるような形になってしまい、稔は思わず赤面した。
「な、何かごめん」
「謝るのはおかしいでしょ。今からそういうことするって言ってるのに」
「まあ、そうなんだけど……」
「変なの。何回もしてるのに、まるで初めてするみたい」
和紗が笑った。けれど稔にとっては、初めてするも同然だった。まっすぐに和紗のことだけを見つめて、和紗と体を重ねるのは初めてのことだったのだ。
「――ねえ、お兄」
「何だ?」
「本当に、傍にいてくれるの?」
「ああ。俺が約束破ったことあったか?」
「あったよ。子供の頃、貸してくれるって言ってたおもちゃ貸してくれなかった」
「いつの話だよ……」
全く覚えていない。子供のよくあるやりとりだが、約束を破られた方は一生忘れないものなのだろうか。子供の頃を思いな出しながら稔が微笑むと、和紗はゆっくりと稔の背中に腕を回した。
「ありがとう。大好きだよ、お兄」
その言葉にどれだけの思いを詰め込んでいるのだろうか。明るい声で言われたはずなのに、何か重いものがのしかかってきたように感じた。けれどその重さが決して不快ではない。和紗は稔の上に跨がり、下着を引き下ろして屹立した稔のものを取り出した。
「和紗……っ?」
敏感になった場所に舌が這うだけで、熱がせり上がっていくのがわかる。先からあふれ出した透明なものを舐め取られ、稔は思わず声を上げた。和紗は稔の反応を確かめながら、今度は裏筋を舌でなぞっていった。
「っ……う、ぁ……、かず、さ……ッ」
和紗の手が硬くなった場所に絡みついてくる。何かが体の中心に向かってこみ上げてきた。透明な液体を零し始めた屹立からは濡れた音が響いている。このまま触れられ続けたらまずいと稔は本能的に察知した。
「和紗……っ、も、でそ……っ」
「このままここで出してもいいけど……私は、お兄が欲しい」
和紗の言葉が頭の芯を痺れさせていった。このまま和紗の中に入ってしまうのがどういうことなのか、わかっていないわけではない。今の稔はまだ女性を妊娠させる能力がないが、それがいつ回復するかはわからない。けれど、今は和紗の心に応えたかった。
体勢を入れ替え、稔は和紗を改めて見下ろした。筋肉質な体にはピンク色に発光する模様が這っている。それは和紗を変えてしまったもので、今この瞬間も和紗を苦しめているものだ。けれど、これがなければおそらく和紗の気持ちには一生気付かなかっただろう。それが不幸なことなのか、幸福なことなのか、稔にはわからなかった。ただ、目の前にあるこの体を美しいと思う。それが全てだった。
絵に描きたいと言ったら、和紗はどんな顔をするだろうか。稔はそんなことを考えながら和紗の足をゆっくりと開かせた。
「本当にいいのか、和紗?」
「お兄がいいなら」
竿先で秘裂をなぞると、それだけで水音が谺するようだった。奥へ奥へと誘われている。けれど欲望に任せて和紗を苦しめるわけにもいかない。ゆっくりと腰を進めると、濡れた音を立てながら稔のものが呑み込まれていった。
「っ、ぁッ、あ、ぅ……!」
「痛くないか?」
「ん……それは大丈夫……でも、すぐ、イっちゃいそう……」
「ごめん、俺もあんまり我慢できないかも」
繋がっているだけで、熱を持った媚肉に締め付けられる。和紗が呼吸する度にうねり、絡みついてくる粘膜。全身に甘い痺れが走る。
「お兄……」
和紗が繋がったままの状態で稔を抱き寄せた。肌と肌がぴたりと密着した状態で、和紗は稔にだけ聞こえるような声で、たった五文字の言葉を囁いた。切実で甘美な響き。稔はそれに応えたいと思った。その体も心も愛したいという感情が溢れ出す。
「和紗……っ」
深く腰を打ち付ける。和紗の口から甲高く、甘い嬌声が漏れた。和紗の体が稔の動きに合わせて揺れる。繋がっている場所から伝わる快感が、二つの体が一つになっていることを伝えた。
「ぁあ……っあ、ん、あッ、あぁ……ッ!」
「はっ……和紗、っ」
ただ、夢中になることしか出来なかった。
それが正しいことかどうかはわからない。もしかしたら体のことだけで心は見ていないという人もいるかもしれない。でも心と体はそう簡単に分けられるものだろうか。少なくとも相手が和紗でなければ味わえない何かを稔は感じていた。
「和紗……そろそろ、っ」
「いいよ。私に……お兄をちょうだい……っ」
和紗を抱きしめながら、その最奥に白濁を放つ。それはまだ本来の役目を果たすことは出来ない。けれど自分の全てを和紗に注ぎ込んだような気持ちだった。愛おしい体を包み込み、このまま溶けてしまうのではとさえ思う。
和紗に負担をかけないようにゆっくりと自分自身を抜くと、白いものがこぷりと溢れ出した。その光景に申し訳なさも感じたが、和紗は花のようにふわりと笑みを浮かべる。
「ありがとう、お兄……大好きだよ」
「ここでお礼って何か変じゃないか? 別に、その……俺は俺のしたいようにしただけだし」
「それでも、私のためにしてくれたんじゃないの? 『傍にいる』って言ってくれたの……嬉しかったよ」
けれど、それすらも和紗のためではなく自分のための言葉だった。そもそも自分の願望を他人に伝える言葉は、相手にそうなってほしいと思っている自分のためのものなのだ。そう和紗に告げると、和紗は眠そうな目をしながら笑った。
「難しいことはよくわからないけど、嬉しいって思ったのは私の気持ちだから。素直に受け取っといてよ」
「わかった。そうする」
「何か眠くなって来ちゃったな……片付けなきゃいけないのに」
「ごめん……色々汚しちゃって」
和紗は稔の体に寄りかかるようにして目を閉じる。片付けはしなければならないが、もう少しの間はこうしていたいと稔も思っていた。稔はそっと和紗の頭を撫でながら言う。
「ちょっと休んでからにしようか」
「それ、気付いたら朝になってるパターンじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも……」
しかし結局和紗はそのまま眠りに落ちてしまい、それに合わせて目を閉じた稔が次に目を覚ましたのは、おぼろげな朝日が差し込んで来るような時間だった。
*
「璃子ちゃんは、本当にこれでいいの?」
「え? クリスティーヌには前から乗ってみたいなとは思ってたし」
「いやそっちじゃなくて」
和紗は二人きりで話をするために璃子を呼び出したのだが、そのときに璃子が出した条件が「クリスティーヌに乗せてくれること」だったのだ。和紗が横について先導している限り、クリスティーヌは大人しく鞍上の人間を受け入れる。馬上は結構高いので怖がる人も多いが、璃子は平気な顔をしていた。人間の不安は馬にも伝わるから、この方がクリスティーヌもやりやすいだろう。
「思わず受け入れちゃったけど、一般的には浮気なんじゃないかと思って……」
「でも稔の私に対する愛情が減ったわけではないじゃない?」
「それはそうだけど」
「もう既に普通の状態じゃないんだから、一般的かどうかなんて気にする必要はないんじゃない?」
璃子は吹っ切れたような笑みを浮かべている。その表情に嘘は感じられなかった。けれど以前の璃子はこんなことを言う人ではなかった。この出来事が璃子を大きく変えてしまったのだろうか。和紗は申し訳なく思う気持ちを隠すように、クリスティーヌの鬣を軽く撫でた。
「何か……璃子ちゃん、ちょっと変わったね」
「和紗ちゃんがそれ言う?」
「う……本当にごめん」
「冗談だよ。確かにそうかもしれないけど、これは私なりに色々考えた結果だから。きっかけはそうかもしれないけど、和紗ちゃんが気に病むことじゃないわ」
晴れやかな声で璃子は言う。稔と一緒に治療をしないことを選んだときもそうだが、つい先日までの璃子からすると考えられない言動に和紗は少し戸惑っていた。
「これまで私は、今の人間が置かれてる――生殖能力を失って、性欲がないまま生きていくっていうことを何の疑問も持たずに正しいことだと思ってたの。でも本当にそうなのか、この状況になってじっくり考えてみたの。そうしたら……私が信じてきた『正しいもの』って実は結構不安定で、絶対的なものじゃないんだなって気がついたというか」
「それは私も同じだよ。生まれる前からそういうものだって決まってたんだから」
「でも状況が変われば『正しさ』も変わってしまうのよ。それなのに、私はこれまでそれを押しつけて生きていた気がするの。他人にも、私自身にも」
以前、璃子に対して感じていた息苦しさのようなものはもうない。それは璃子が考え方を変えたからなのだろう。でも自分で考えた結果自分を変えることが出来るのは璃子らしいとも言えた。
「だから、これからは私は私の気持ちに従って生きる。だから稔がそうするって決めたことを、凝り固まった価値観で否定するつもりはないわ」
「そっか。ありがと」
「それに……和紗ちゃんとも、もっと仲良くしたいと思うし」
「私と?」
和紗は思わず足を止めた。クリスティーヌはそれを停止の合図と勘違いして、同じように足を止める。
「和紗ちゃんにされたのも……その……気持ちよかった、から」
「恥ずかしがるなら、そういうことここで言わないでよ……こっちが恥ずかしくなるって」
璃子の正直すぎる言葉に、二人で赤面してしまう。しかし璃子は赤くなりながらも言葉を続けた。
「それはこういう体にされたからかもしれないけど……でも、あの気持ちよさを捨てるのはちょっと嫌だなって……」
「いや、まあ……言いたいことはわかるけども」
「だから、和紗ちゃんさえ良ければ……ね?」
そういうわけで、稔と璃子と和紗の少々奇妙な関係が、合意の下に成立することになった。和紗は咳払いを一つしてから、再びクリスティーヌを歩かせる。そろそろ決めていたコースを一周する。
スタートした場所に戻り、和紗はクリスティーヌから降りる璃子に手を貸す。地面に足をついた璃子は、そのままバランスを崩して和紗の胸に倒れ込んだ。
「乗ってるだけなのに、意外に足腰に来るね……」
「みんなが思ってるより、馬に乗るのって体力使うんだよ」
「そうなのね。やってみないとわからないことって結構あるものね」
「でも璃子ちゃんは、鍛えたら一人でも乗れるようになると思うよ。お兄は……高いところ駄目とか言ってるし、一生無理かも」
「稔、観覧車でも緊張するって言ってたから」
「ジェットコースターは全力で拒否するし」
本人がいないところでひとしきり盛り上がる。いつの間にか、和紗の心の中にあった霧も晴れていた。それが関係しているかはわからないが、クリスティーヌも心なしか上機嫌になっている。
「そうだ、璃子ちゃん。馬房の掃除とか、クリスティーヌのお世話とかもやってみる? 璃子ちゃんならクリスティーヌも怒らないと思うし」
「いいの? じゃあちょっとやってみようかな」
和やかに笑い合いながら二人が準備をしていると、どこからか二人を呼ぶ声が聞こえた。それに反応して二人が振り返ると、拓海が息を切らしながら走ってくるのが見えた。
「どうしたの、そんなに急いで?」
璃子が拓海に尋ねる。拓海は膝に手を置き、息も整わないうちに言った。
「大変だ! 稔が連れ去られたんだ!」
和紗は力の抜けた体をベッドに預けながら、静かに笑って言った。
「お兄は……ずるいよ」
「ずるい?」
「お兄は多分傍にいるだけで、別に何かを解決してくれるわけじゃないけど……でも、それが嬉しい」
「解決できる奴の方がいいんじゃないのか?」
「人によるんじゃない?」
和紗はそう言って、稔の頭に腕を回した。そのまま顔を引き寄せてキスをする。和紗はそのままその手を稔の体に滑らせていった。敏感になっている肌に触れられる度に体に熱が溜まっていく。
「お兄にも、気持ちよくなってほしい」
「和紗……」
「だから、私がすることを……全部感じていて」
私を見て、と言われているような気がした。
これまで和紗と体を重ねたときは、璃子のことを考えていた。和紗がそう言ったときもある。実際、璃子に対する欲望を解消するために和紗の体を利用したこともあった。けれど和紗と璃子の姿が完全に重なるなどと言うことはなかった。重ねたところで別人なのだ。これまで璃子を言い訳にして目をそらしてきた和紗に向き合わなければならない。
首筋をなぞる指。鎖骨に吸い付かれて残される赤い痕。胸板に触れていた和紗の指先が胸の先の小さな飾りを掠めていった。その瞬間に稔の肩が震えたのを、和紗が敏感に察知する。
「ここ、気持ちいいの?」
「どっちかというとくすぐったいんだけど」
「そういう場所って、慣らしていけば性感帯になるって話もあるみたいだよ」
「どこでそういう知識を得たんだよ……」
和紗はその場所を執拗に弄り続ける。親指と人差し指でつまんだり、転がすように触れたりしているうちに、そこがぷくりと立ち上がって存在を主張し始めた。
「この体になってから、昔の本とか色々調べたんだよ。発禁になってるわけではないけどどこにも置いてなくて、探すの大変だったけど」
「まあ、必要ないことだったからな……っ」
「そうだね。こんなことなんて、必要なかった。でも、お兄の体だって、お兄の一部だよね」
和紗が稔の胸板に唇を寄せる。乳首を軽く吸われると、背中から腰にかけて、何か電気が流れたような感覚に襲われた。
体の中心が熱くなっている。和紗を強く抱き寄せると、張り詰めたものを和紗の下腹部に押しつけるような形になってしまい、稔は思わず赤面した。
「な、何かごめん」
「謝るのはおかしいでしょ。今からそういうことするって言ってるのに」
「まあ、そうなんだけど……」
「変なの。何回もしてるのに、まるで初めてするみたい」
和紗が笑った。けれど稔にとっては、初めてするも同然だった。まっすぐに和紗のことだけを見つめて、和紗と体を重ねるのは初めてのことだったのだ。
「――ねえ、お兄」
「何だ?」
「本当に、傍にいてくれるの?」
「ああ。俺が約束破ったことあったか?」
「あったよ。子供の頃、貸してくれるって言ってたおもちゃ貸してくれなかった」
「いつの話だよ……」
全く覚えていない。子供のよくあるやりとりだが、約束を破られた方は一生忘れないものなのだろうか。子供の頃を思いな出しながら稔が微笑むと、和紗はゆっくりと稔の背中に腕を回した。
「ありがとう。大好きだよ、お兄」
その言葉にどれだけの思いを詰め込んでいるのだろうか。明るい声で言われたはずなのに、何か重いものがのしかかってきたように感じた。けれどその重さが決して不快ではない。和紗は稔の上に跨がり、下着を引き下ろして屹立した稔のものを取り出した。
「和紗……っ?」
敏感になった場所に舌が這うだけで、熱がせり上がっていくのがわかる。先からあふれ出した透明なものを舐め取られ、稔は思わず声を上げた。和紗は稔の反応を確かめながら、今度は裏筋を舌でなぞっていった。
「っ……う、ぁ……、かず、さ……ッ」
和紗の手が硬くなった場所に絡みついてくる。何かが体の中心に向かってこみ上げてきた。透明な液体を零し始めた屹立からは濡れた音が響いている。このまま触れられ続けたらまずいと稔は本能的に察知した。
「和紗……っ、も、でそ……っ」
「このままここで出してもいいけど……私は、お兄が欲しい」
和紗の言葉が頭の芯を痺れさせていった。このまま和紗の中に入ってしまうのがどういうことなのか、わかっていないわけではない。今の稔はまだ女性を妊娠させる能力がないが、それがいつ回復するかはわからない。けれど、今は和紗の心に応えたかった。
体勢を入れ替え、稔は和紗を改めて見下ろした。筋肉質な体にはピンク色に発光する模様が這っている。それは和紗を変えてしまったもので、今この瞬間も和紗を苦しめているものだ。けれど、これがなければおそらく和紗の気持ちには一生気付かなかっただろう。それが不幸なことなのか、幸福なことなのか、稔にはわからなかった。ただ、目の前にあるこの体を美しいと思う。それが全てだった。
絵に描きたいと言ったら、和紗はどんな顔をするだろうか。稔はそんなことを考えながら和紗の足をゆっくりと開かせた。
「本当にいいのか、和紗?」
「お兄がいいなら」
竿先で秘裂をなぞると、それだけで水音が谺するようだった。奥へ奥へと誘われている。けれど欲望に任せて和紗を苦しめるわけにもいかない。ゆっくりと腰を進めると、濡れた音を立てながら稔のものが呑み込まれていった。
「っ、ぁッ、あ、ぅ……!」
「痛くないか?」
「ん……それは大丈夫……でも、すぐ、イっちゃいそう……」
「ごめん、俺もあんまり我慢できないかも」
繋がっているだけで、熱を持った媚肉に締め付けられる。和紗が呼吸する度にうねり、絡みついてくる粘膜。全身に甘い痺れが走る。
「お兄……」
和紗が繋がったままの状態で稔を抱き寄せた。肌と肌がぴたりと密着した状態で、和紗は稔にだけ聞こえるような声で、たった五文字の言葉を囁いた。切実で甘美な響き。稔はそれに応えたいと思った。その体も心も愛したいという感情が溢れ出す。
「和紗……っ」
深く腰を打ち付ける。和紗の口から甲高く、甘い嬌声が漏れた。和紗の体が稔の動きに合わせて揺れる。繋がっている場所から伝わる快感が、二つの体が一つになっていることを伝えた。
「ぁあ……っあ、ん、あッ、あぁ……ッ!」
「はっ……和紗、っ」
ただ、夢中になることしか出来なかった。
それが正しいことかどうかはわからない。もしかしたら体のことだけで心は見ていないという人もいるかもしれない。でも心と体はそう簡単に分けられるものだろうか。少なくとも相手が和紗でなければ味わえない何かを稔は感じていた。
「和紗……そろそろ、っ」
「いいよ。私に……お兄をちょうだい……っ」
和紗を抱きしめながら、その最奥に白濁を放つ。それはまだ本来の役目を果たすことは出来ない。けれど自分の全てを和紗に注ぎ込んだような気持ちだった。愛おしい体を包み込み、このまま溶けてしまうのではとさえ思う。
和紗に負担をかけないようにゆっくりと自分自身を抜くと、白いものがこぷりと溢れ出した。その光景に申し訳なさも感じたが、和紗は花のようにふわりと笑みを浮かべる。
「ありがとう、お兄……大好きだよ」
「ここでお礼って何か変じゃないか? 別に、その……俺は俺のしたいようにしただけだし」
「それでも、私のためにしてくれたんじゃないの? 『傍にいる』って言ってくれたの……嬉しかったよ」
けれど、それすらも和紗のためではなく自分のための言葉だった。そもそも自分の願望を他人に伝える言葉は、相手にそうなってほしいと思っている自分のためのものなのだ。そう和紗に告げると、和紗は眠そうな目をしながら笑った。
「難しいことはよくわからないけど、嬉しいって思ったのは私の気持ちだから。素直に受け取っといてよ」
「わかった。そうする」
「何か眠くなって来ちゃったな……片付けなきゃいけないのに」
「ごめん……色々汚しちゃって」
和紗は稔の体に寄りかかるようにして目を閉じる。片付けはしなければならないが、もう少しの間はこうしていたいと稔も思っていた。稔はそっと和紗の頭を撫でながら言う。
「ちょっと休んでからにしようか」
「それ、気付いたら朝になってるパターンじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも……」
しかし結局和紗はそのまま眠りに落ちてしまい、それに合わせて目を閉じた稔が次に目を覚ましたのは、おぼろげな朝日が差し込んで来るような時間だった。
*
「璃子ちゃんは、本当にこれでいいの?」
「え? クリスティーヌには前から乗ってみたいなとは思ってたし」
「いやそっちじゃなくて」
和紗は二人きりで話をするために璃子を呼び出したのだが、そのときに璃子が出した条件が「クリスティーヌに乗せてくれること」だったのだ。和紗が横について先導している限り、クリスティーヌは大人しく鞍上の人間を受け入れる。馬上は結構高いので怖がる人も多いが、璃子は平気な顔をしていた。人間の不安は馬にも伝わるから、この方がクリスティーヌもやりやすいだろう。
「思わず受け入れちゃったけど、一般的には浮気なんじゃないかと思って……」
「でも稔の私に対する愛情が減ったわけではないじゃない?」
「それはそうだけど」
「もう既に普通の状態じゃないんだから、一般的かどうかなんて気にする必要はないんじゃない?」
璃子は吹っ切れたような笑みを浮かべている。その表情に嘘は感じられなかった。けれど以前の璃子はこんなことを言う人ではなかった。この出来事が璃子を大きく変えてしまったのだろうか。和紗は申し訳なく思う気持ちを隠すように、クリスティーヌの鬣を軽く撫でた。
「何か……璃子ちゃん、ちょっと変わったね」
「和紗ちゃんがそれ言う?」
「う……本当にごめん」
「冗談だよ。確かにそうかもしれないけど、これは私なりに色々考えた結果だから。きっかけはそうかもしれないけど、和紗ちゃんが気に病むことじゃないわ」
晴れやかな声で璃子は言う。稔と一緒に治療をしないことを選んだときもそうだが、つい先日までの璃子からすると考えられない言動に和紗は少し戸惑っていた。
「これまで私は、今の人間が置かれてる――生殖能力を失って、性欲がないまま生きていくっていうことを何の疑問も持たずに正しいことだと思ってたの。でも本当にそうなのか、この状況になってじっくり考えてみたの。そうしたら……私が信じてきた『正しいもの』って実は結構不安定で、絶対的なものじゃないんだなって気がついたというか」
「それは私も同じだよ。生まれる前からそういうものだって決まってたんだから」
「でも状況が変われば『正しさ』も変わってしまうのよ。それなのに、私はこれまでそれを押しつけて生きていた気がするの。他人にも、私自身にも」
以前、璃子に対して感じていた息苦しさのようなものはもうない。それは璃子が考え方を変えたからなのだろう。でも自分で考えた結果自分を変えることが出来るのは璃子らしいとも言えた。
「だから、これからは私は私の気持ちに従って生きる。だから稔がそうするって決めたことを、凝り固まった価値観で否定するつもりはないわ」
「そっか。ありがと」
「それに……和紗ちゃんとも、もっと仲良くしたいと思うし」
「私と?」
和紗は思わず足を止めた。クリスティーヌはそれを停止の合図と勘違いして、同じように足を止める。
「和紗ちゃんにされたのも……その……気持ちよかった、から」
「恥ずかしがるなら、そういうことここで言わないでよ……こっちが恥ずかしくなるって」
璃子の正直すぎる言葉に、二人で赤面してしまう。しかし璃子は赤くなりながらも言葉を続けた。
「それはこういう体にされたからかもしれないけど……でも、あの気持ちよさを捨てるのはちょっと嫌だなって……」
「いや、まあ……言いたいことはわかるけども」
「だから、和紗ちゃんさえ良ければ……ね?」
そういうわけで、稔と璃子と和紗の少々奇妙な関係が、合意の下に成立することになった。和紗は咳払いを一つしてから、再びクリスティーヌを歩かせる。そろそろ決めていたコースを一周する。
スタートした場所に戻り、和紗はクリスティーヌから降りる璃子に手を貸す。地面に足をついた璃子は、そのままバランスを崩して和紗の胸に倒れ込んだ。
「乗ってるだけなのに、意外に足腰に来るね……」
「みんなが思ってるより、馬に乗るのって体力使うんだよ」
「そうなのね。やってみないとわからないことって結構あるものね」
「でも璃子ちゃんは、鍛えたら一人でも乗れるようになると思うよ。お兄は……高いところ駄目とか言ってるし、一生無理かも」
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「いいの? じゃあちょっとやってみようかな」
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「どうしたの、そんなに急いで?」
璃子が拓海に尋ねる。拓海は膝に手を置き、息も整わないうちに言った。
「大変だ! 稔が連れ去られたんだ!」
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