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19・奪われたもの
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どれくらいの時間が過ぎただろうか。憂花は暫く男を鞭で打ち続けていたが、満足したのか急に手を止めた。そして呻き声を上げる男をそのままにして和紗のところまで歩いてくる。和紗は眠っているふりをしたが、体に触れる冷たい手に思わず声を上げてしまった。
「おはよう、気分はどう?」
「いいわけないですよね?」
「あの男がしたことなら謝るわ。まさか勝手に和紗ちゃんのところに行くとは思わなかったのよ」
そう言いながらも、憂花は和紗の腹部に触れて何かを確認しているようだった。今は波が引いているらしく、腹部の模様の光は弱い。しかし、今まで散々和紗を苦しめてきたそれの形が変化していることに和紗は気が付いた。
「この模様、和紗ちゃんは何だと思っていた?」
憂花の問いに、和紗は答えなかった。答える気になれなかった。でもそれはハートから何か枝のようなものが伸びているのだと和紗は思っていた。憂花は和紗の腹部を撫でながら続ける。
「これは子宮と卵巣を象っているの。私たちの組織のマークよ。まあ私は組織からは追い出されちゃったんだけどね」
「組織……」
「そう。私たち〈ナトゥア〉は、人間の体に人間が手を加えて歪めていくことを阻止しようとしているの。生殖能力回復以外にも色々あるのよ。たとえば子供を作るときに、よりよい遺伝子を持つ子供を作ろうとして、気に入らなかった場合は作成した受精卵をそのまま破棄するという非道な行為を規制しようとしていたりとかね。生殖の営みは生物にプログラムされた当然の行為なのに、それを自分たちの体から切り離すなんて許せないのよ」
「……先生の考えの方が正しかったとしても、先生がやっていることは犯罪だと思います」
同意なく和紗の体に手を加えたこと。そして今この瞬間、無断で和紗を別の場所に移動させていること。誘拐されたと主張すれば十分通るだろう。
「そうね。でも仕方ないのよ。組織さえ私のことを理解してくれなかった。こうするしかなかったのよ。おかげで大分進んでいるわ。大丈夫、私たちがこういう体になる前は、多くの人が体験してきたことなのだから」
「生殖機能が回復するっていうことは……私は、子供を作れる体になるってことですよね?」
「そうよ。相手がまだ決まっていないのだけど……相手の生殖機能回復にも少し時間がかかるものだから。それで上手く子供が生まれたら、新たな世代の第一号であるその子は、私が責任を持って育てるわ。今の子供みたいに、水痘ワクチンを接種するような感覚で、生殖機能を封じられるわけにはいかないもの」
「……そんなにやりたいなら、自分でやればいいじゃないですか」
憂花は笑みを浮かべながら、自分の服を脱いでいった。その腹部には和紗と同じ模様が光っている。しかし憂花が下着まで脱いだときに、彼女の体と自分の体が明らかに異なっていることに気が付いた。
「無理なのよ。――私は男だもの」
男だと言っても、そこにあるはずのものはなかった。排尿できる部分は残されている用だが、それ以外は何もない。
「記憶にはないのだけど、随分昔に去勢されたのよ。母はセックスなんてなくなったこの世界においても、男という存在が許せなくて。そして私は女として育てられた。でも男性器も女性器もないから、ナノマシンを入れても私自身に体の変化はほとんどない。感染させることが出来るだけ。だから他人を使うしかないの」
それは和紗が何も言えなくなるほどの衝撃的な光景ではあった。しかし、どんな理由があったとしても憂花を許せはしない。個人的な理由に、何も知らない他人を巻き込んでいいはずがないのだ。
「さて、無駄話はこのくらいにして……そろそろ再開しましょうか」
憂花が微笑み、近くにあった金属製のワゴンを引き寄せる。その上から憂花が手に取ったのは、絵を描くのに使うような普通の筆だった。柔らかな筆で憂花は和紗の首筋をなぞる。むず痒い感覚に和紗の体が震えた。
「ぅ……なんで、こんな……っ」
「大丈夫よ。和紗ちゃんはただ気持ち良くなればいいだけ」
絵筆を見ると、どうしても稔のことを思い出してしまう。稔が使うそれはキャンバスの上や紙の上だけを走るものだが、それと同じものが和紗の体をなぞっている。目の前にいるのは憂花なのに、稔のことを考えただけで、体の奥が熱くなるのを和紗は感じていた。
憂花はワゴンの上にあったボトルの中身を透明な皿の上に出し、その透明な液体を絵筆にたっぷりとしみこませた。憂花はその筆で再び和紗の首筋をなぞる。先程までとは違う熱が和紗の体を襲った。
「なに、これ……っ、あつい……んッ」
「少し温かく感じるでしょう? これを和紗ちゃんの大事なところに塗っていくわね」
そんなものを敏感な場所に塗られたらどうなってしまうのか。和紗は自由になる首を横に振るが、当然それで憂花が許してくれるはずもない。絵筆は和紗の体にそって下りていき、尖らせたその先で乳輪の周りをなぞっていく。和紗は刺激に耐えるように強く手を握り締めた。
「ああ、素敵な体ね。不完全な私の体とは大違いだわ」
「っ……先生、ん……ッ」
「ずっと女として育てられてきたし、私も自分のことを女だと思っているのだけど……でも、持って生まれた体だけはどうしようもなかったのよ」
憂花は手を止めずに話を続けた。筆が走った部分が熱い。そのくせ肝心な場所にはまだ触れてこない。もどかしさを感じる和紗の口からは、色のある吐息が漏れていた。
「体を女に作り替えることは出来る。でもわざわざ作り替えなければそれは私のものにはならない。その体で生まれて来られた人たちが本当に羨ましいわ。それに、女の体で生まれて来られたなら、母に疎まれることもなかったもの」
男の体で生まれてきただけで疎まれる。憂花の境遇に和紗は胸を痛めた。けれど、それと今の状況とは別の話なのだ。そんな環境なら何が歪んでも仕方ないかもしれない。でも和紗はそれに全く関係のない他人なのだ。
絵筆が既に尖りきった乳首に軽く触れる。熱い。じんじんとした刺激のせいで、もっと触れて欲しいと思ってしまう。憂花は円を描くように筆を動かす。和紗の口からは甘い嬌声がひっきりなしに漏れるようになっていた。
「ぁ、だめ……そこ、あつ……ッ! いや……っ」
「そういえば目隠しをするのを忘れていたわ」
憂花が不意に手を止める。そして和紗の目を黒い布で覆った。どうせこの部屋の中はほとんど見てしまったというのに、目隠しに何の意味があるのだろうか。和紗がそう思っていると、憂花は和紗の耳に唇を近付けて囁き始めた。
「ねえ、この筆……稔君がよく使っているのと同じものよね?」
「っ……そんなの、知らない……!」
「知ってるはずよ。手に馴染むからっていつも品番を指定して買っているらしいじゃない」
「何で、先生がそんなことを……っ」
「忘れちゃったのね。和紗ちゃんが話してくれたことよ」
憂花の言葉で和紗はハッとする。確かに話してしまったかもしれない。憂花のことをすっかり信用していたから、雑談として色々と喋ってしまっていた。稔が良く行く画材屋が入っているデパートに行くと言ったら、筆の予備を買ってきて欲しいとお使いを頼まれたことだとか、そういう他愛のない話だった。それをこんな風に利用されるとは露程も思っていなかったのだ。
「見えなければ、誰が触れているかわからないでしょう? だから自由に想像することだってできる。これは稔くんの筆。意味はわかるわね?」
「っ……!」
それはまさしく悪魔の囁きだった。それが呼び水となって、そこにいるのは憂花だとわかっているのに想像してしまう。絵を描いている姿が一番好きだった。真剣な表情。それでいて描くものに対して限りなく愛情を向けているとわかる顔。それをそれなりに近いところで見ていられることが幸せだと思っていた過去。それが今は毒となって和紗に襲いかかる。
「あ……あんっ、んぅ……ぁ、あ……っ!」
和紗の変化を感じたのか、憂花は何も言わなかった。筆が触れていないもう片方の乳首が生温かいものに包まれる。和紗の体を味わうように蠢く舌。けれど筆が動き始めれば意識はそちらに向いていく。
絵筆は和紗の体に熱を与えながら、臍のあたりまで下りてきた。自分ですらあまり触れたことのないその場所をほじくるように筆が動かされる。どくり、どくり、と体の奥から何かが流れ出ていくような気配がした。
臍をいじっていた筆が離れ、今度は腹部の複雑な意匠をなぞり始める。それはまるで刺青のように、その模様を和紗の体にしみこませていく儀式のようにも感じられた。熱がその形で身体の中にまで伝わっていく。嫌でもその下にある自分の臓器を意識させられる。
「……っは、ぁ……あ、んっ……ああ……」
絵筆が何度も何度もその模様をなぞっていく。目を閉じていても頭の中でそれが光った。
やがて筆は和紗の下腹部を離れ、内腿をそっと撫でていった。脚に思わず力が入ってしまう。けれど筆は和紗の最も敏感な場所に近付いていく。和紗の脳裏には、キャンバスを見つめる稔の眼差しが浮かんでいた。同じ顔をして自分の脚に筆を滑らせていく姿。それは想像の産物でしかないと理解している。しかし体は悦びに打ち震えていた。
「っあぁ……んぅ……ッ!」
和紗の秘裂からはとろとろと愛液が溢れ出していた。絵筆はそれを掬い上げるようにしながら、皺のひとつひとつを確かめていく。和紗の脚はがくがくと震え、絶頂が近いと言うことを示していた。和紗の体は既に筆を、そしてそこから与えられる熱を待ち構えている。
陰唇をなぞり終わった筆がぷくりと膨れた陰核に触れた瞬間、和紗の腰が跳ねた。
「は、ぁ、う……っ、あああ……ッ!」
自分の体から大量の液体が溢れ出たのを、和紗自身も感じていた。頭が真っ白になる。しかし息つく暇もなく、和紗の性器に振動する機械が突き入れられた。それには先程まで和紗を苛んでいた液体が塗りつけられていたらしく、粘膜が焼けるように熱くなる。その上強い振動を与えられて、和紗は甲高い嬌声を上げた。
「んっ、っああ、あ、んぅ、ぁぁあああああ……ッッ!」
それは和紗にとってはあまりにも過ぎた快楽だった。呼吸が出来ない。気持ち良すぎて苦しい。けれど無慈悲は責めが止められることはなかった。絶頂した上に更に絶頂が重なり、体が震えて元に戻らなくなっていく。
「っ、だめ、も……こわれ、ちゃ、っああ、あッ……おに、ぃ……あああッ!」
その瞬間、和紗の体に異変が起きた。
しかしそれは小さな違和感に過ぎなかった。自分の身体の中で何かが起きている。けれど大きな快楽の波に押し流されて何もわからなくなっていく。和紗は激しく喘ぎながら、徐々に意識が遠のいていくのを感じていた。
***
和紗の嬌声が、沈みかけていた男の意識を浮上させた。男――新垣孝治は、痛む体をさすりながら状況を把握する。憂花は和紗にすっかり夢中になっていて、新垣には注意を配っていないようだった。鞭で叩かれた部分は傷になっていて、空気に触れる度にじんじんと痛む。けれどこのまま何もしないわけにはいかなかった。
自分は最低なことをしてしまった。憂花が欲望を徒に肥大させるようなことをしたからとはいえ、それに屈してしまった。その上それを和紗にぶつけてしまった。自分の心にそれほどまでに醜いものがあるとは知らなかった。そして、知らなかったで片付けられる問題でもない。
それでも、頭が正常なうちに動かなければならないと思った。自分の友人と、その妹のことを相談してきた拓海のことを思う。人間として最低なことをした自分は、勿論父親としても最低だ。だからといって最低なままで終わらせていいはずはない。
新垣は立ち上がり、音を立てずに憂花の背後に近付いた。武器の類はない。使えるのは自分の体だけだ。新垣は和紗の膣内を振動する機械で掻き回している憂花の首に腕を回し、一気に自分の体に引き寄せた。頸動脈を意識して、憂花を締め落とす。それから和紗に近付き、その体に埋められた機械を抜いてから、手足を拘束している紐と、目隠しを外した。
「っ、あ……」
新垣を認識した和紗の目に、恐れの色が浮かぶ。その顔をされても当然のことをしたのだ。けれど一瞬だけ耐えてもらわなければならない。
「今のうちに逃げろ。そのドアを開ければ階段がある。そこから上に行けば地上に出られる」
「助けて……くれたんですか?」
「助けたとは言えないな。君に本当に酷いことをした。これはせめてもの償いだ。君だけでも逃げてくれ」
新垣は近くに投げ捨てられていた白衣を和紗に差し出す。それだけでは心許ないが、裸よりはいい。和紗はそれを受け取って、新垣に言われたとおりにドアを開けた。
「おじさん。おじさんにされたこと、絶対に赦さないけど――でも、必ず助けを呼んでくるから」
和紗が階段を昇りはじめ、ドアが閉まる。静寂が訪れた部屋で、新垣は一人溜息を吐いた。
「あの子は、こんなときでも変わらないんだな」
実際は自分を置いて逃げているのに、まるで姫の危機に駆けつけた王子様のような顔をしていた。助けは期待していない。人として最低なことをしでかしたのだ。このまま憂花と共に自分自身を葬り去ることも頭の片隅にはある。それでも、和紗の姿がまるで希望のように見えたのだった。
「おはよう、気分はどう?」
「いいわけないですよね?」
「あの男がしたことなら謝るわ。まさか勝手に和紗ちゃんのところに行くとは思わなかったのよ」
そう言いながらも、憂花は和紗の腹部に触れて何かを確認しているようだった。今は波が引いているらしく、腹部の模様の光は弱い。しかし、今まで散々和紗を苦しめてきたそれの形が変化していることに和紗は気が付いた。
「この模様、和紗ちゃんは何だと思っていた?」
憂花の問いに、和紗は答えなかった。答える気になれなかった。でもそれはハートから何か枝のようなものが伸びているのだと和紗は思っていた。憂花は和紗の腹部を撫でながら続ける。
「これは子宮と卵巣を象っているの。私たちの組織のマークよ。まあ私は組織からは追い出されちゃったんだけどね」
「組織……」
「そう。私たち〈ナトゥア〉は、人間の体に人間が手を加えて歪めていくことを阻止しようとしているの。生殖能力回復以外にも色々あるのよ。たとえば子供を作るときに、よりよい遺伝子を持つ子供を作ろうとして、気に入らなかった場合は作成した受精卵をそのまま破棄するという非道な行為を規制しようとしていたりとかね。生殖の営みは生物にプログラムされた当然の行為なのに、それを自分たちの体から切り離すなんて許せないのよ」
「……先生の考えの方が正しかったとしても、先生がやっていることは犯罪だと思います」
同意なく和紗の体に手を加えたこと。そして今この瞬間、無断で和紗を別の場所に移動させていること。誘拐されたと主張すれば十分通るだろう。
「そうね。でも仕方ないのよ。組織さえ私のことを理解してくれなかった。こうするしかなかったのよ。おかげで大分進んでいるわ。大丈夫、私たちがこういう体になる前は、多くの人が体験してきたことなのだから」
「生殖機能が回復するっていうことは……私は、子供を作れる体になるってことですよね?」
「そうよ。相手がまだ決まっていないのだけど……相手の生殖機能回復にも少し時間がかかるものだから。それで上手く子供が生まれたら、新たな世代の第一号であるその子は、私が責任を持って育てるわ。今の子供みたいに、水痘ワクチンを接種するような感覚で、生殖機能を封じられるわけにはいかないもの」
「……そんなにやりたいなら、自分でやればいいじゃないですか」
憂花は笑みを浮かべながら、自分の服を脱いでいった。その腹部には和紗と同じ模様が光っている。しかし憂花が下着まで脱いだときに、彼女の体と自分の体が明らかに異なっていることに気が付いた。
「無理なのよ。――私は男だもの」
男だと言っても、そこにあるはずのものはなかった。排尿できる部分は残されている用だが、それ以外は何もない。
「記憶にはないのだけど、随分昔に去勢されたのよ。母はセックスなんてなくなったこの世界においても、男という存在が許せなくて。そして私は女として育てられた。でも男性器も女性器もないから、ナノマシンを入れても私自身に体の変化はほとんどない。感染させることが出来るだけ。だから他人を使うしかないの」
それは和紗が何も言えなくなるほどの衝撃的な光景ではあった。しかし、どんな理由があったとしても憂花を許せはしない。個人的な理由に、何も知らない他人を巻き込んでいいはずがないのだ。
「さて、無駄話はこのくらいにして……そろそろ再開しましょうか」
憂花が微笑み、近くにあった金属製のワゴンを引き寄せる。その上から憂花が手に取ったのは、絵を描くのに使うような普通の筆だった。柔らかな筆で憂花は和紗の首筋をなぞる。むず痒い感覚に和紗の体が震えた。
「ぅ……なんで、こんな……っ」
「大丈夫よ。和紗ちゃんはただ気持ち良くなればいいだけ」
絵筆を見ると、どうしても稔のことを思い出してしまう。稔が使うそれはキャンバスの上や紙の上だけを走るものだが、それと同じものが和紗の体をなぞっている。目の前にいるのは憂花なのに、稔のことを考えただけで、体の奥が熱くなるのを和紗は感じていた。
憂花はワゴンの上にあったボトルの中身を透明な皿の上に出し、その透明な液体を絵筆にたっぷりとしみこませた。憂花はその筆で再び和紗の首筋をなぞる。先程までとは違う熱が和紗の体を襲った。
「なに、これ……っ、あつい……んッ」
「少し温かく感じるでしょう? これを和紗ちゃんの大事なところに塗っていくわね」
そんなものを敏感な場所に塗られたらどうなってしまうのか。和紗は自由になる首を横に振るが、当然それで憂花が許してくれるはずもない。絵筆は和紗の体にそって下りていき、尖らせたその先で乳輪の周りをなぞっていく。和紗は刺激に耐えるように強く手を握り締めた。
「ああ、素敵な体ね。不完全な私の体とは大違いだわ」
「っ……先生、ん……ッ」
「ずっと女として育てられてきたし、私も自分のことを女だと思っているのだけど……でも、持って生まれた体だけはどうしようもなかったのよ」
憂花は手を止めずに話を続けた。筆が走った部分が熱い。そのくせ肝心な場所にはまだ触れてこない。もどかしさを感じる和紗の口からは、色のある吐息が漏れていた。
「体を女に作り替えることは出来る。でもわざわざ作り替えなければそれは私のものにはならない。その体で生まれて来られた人たちが本当に羨ましいわ。それに、女の体で生まれて来られたなら、母に疎まれることもなかったもの」
男の体で生まれてきただけで疎まれる。憂花の境遇に和紗は胸を痛めた。けれど、それと今の状況とは別の話なのだ。そんな環境なら何が歪んでも仕方ないかもしれない。でも和紗はそれに全く関係のない他人なのだ。
絵筆が既に尖りきった乳首に軽く触れる。熱い。じんじんとした刺激のせいで、もっと触れて欲しいと思ってしまう。憂花は円を描くように筆を動かす。和紗の口からは甘い嬌声がひっきりなしに漏れるようになっていた。
「ぁ、だめ……そこ、あつ……ッ! いや……っ」
「そういえば目隠しをするのを忘れていたわ」
憂花が不意に手を止める。そして和紗の目を黒い布で覆った。どうせこの部屋の中はほとんど見てしまったというのに、目隠しに何の意味があるのだろうか。和紗がそう思っていると、憂花は和紗の耳に唇を近付けて囁き始めた。
「ねえ、この筆……稔君がよく使っているのと同じものよね?」
「っ……そんなの、知らない……!」
「知ってるはずよ。手に馴染むからっていつも品番を指定して買っているらしいじゃない」
「何で、先生がそんなことを……っ」
「忘れちゃったのね。和紗ちゃんが話してくれたことよ」
憂花の言葉で和紗はハッとする。確かに話してしまったかもしれない。憂花のことをすっかり信用していたから、雑談として色々と喋ってしまっていた。稔が良く行く画材屋が入っているデパートに行くと言ったら、筆の予備を買ってきて欲しいとお使いを頼まれたことだとか、そういう他愛のない話だった。それをこんな風に利用されるとは露程も思っていなかったのだ。
「見えなければ、誰が触れているかわからないでしょう? だから自由に想像することだってできる。これは稔くんの筆。意味はわかるわね?」
「っ……!」
それはまさしく悪魔の囁きだった。それが呼び水となって、そこにいるのは憂花だとわかっているのに想像してしまう。絵を描いている姿が一番好きだった。真剣な表情。それでいて描くものに対して限りなく愛情を向けているとわかる顔。それをそれなりに近いところで見ていられることが幸せだと思っていた過去。それが今は毒となって和紗に襲いかかる。
「あ……あんっ、んぅ……ぁ、あ……っ!」
和紗の変化を感じたのか、憂花は何も言わなかった。筆が触れていないもう片方の乳首が生温かいものに包まれる。和紗の体を味わうように蠢く舌。けれど筆が動き始めれば意識はそちらに向いていく。
絵筆は和紗の体に熱を与えながら、臍のあたりまで下りてきた。自分ですらあまり触れたことのないその場所をほじくるように筆が動かされる。どくり、どくり、と体の奥から何かが流れ出ていくような気配がした。
臍をいじっていた筆が離れ、今度は腹部の複雑な意匠をなぞり始める。それはまるで刺青のように、その模様を和紗の体にしみこませていく儀式のようにも感じられた。熱がその形で身体の中にまで伝わっていく。嫌でもその下にある自分の臓器を意識させられる。
「……っは、ぁ……あ、んっ……ああ……」
絵筆が何度も何度もその模様をなぞっていく。目を閉じていても頭の中でそれが光った。
やがて筆は和紗の下腹部を離れ、内腿をそっと撫でていった。脚に思わず力が入ってしまう。けれど筆は和紗の最も敏感な場所に近付いていく。和紗の脳裏には、キャンバスを見つめる稔の眼差しが浮かんでいた。同じ顔をして自分の脚に筆を滑らせていく姿。それは想像の産物でしかないと理解している。しかし体は悦びに打ち震えていた。
「っあぁ……んぅ……ッ!」
和紗の秘裂からはとろとろと愛液が溢れ出していた。絵筆はそれを掬い上げるようにしながら、皺のひとつひとつを確かめていく。和紗の脚はがくがくと震え、絶頂が近いと言うことを示していた。和紗の体は既に筆を、そしてそこから与えられる熱を待ち構えている。
陰唇をなぞり終わった筆がぷくりと膨れた陰核に触れた瞬間、和紗の腰が跳ねた。
「は、ぁ、う……っ、あああ……ッ!」
自分の体から大量の液体が溢れ出たのを、和紗自身も感じていた。頭が真っ白になる。しかし息つく暇もなく、和紗の性器に振動する機械が突き入れられた。それには先程まで和紗を苛んでいた液体が塗りつけられていたらしく、粘膜が焼けるように熱くなる。その上強い振動を与えられて、和紗は甲高い嬌声を上げた。
「んっ、っああ、あ、んぅ、ぁぁあああああ……ッッ!」
それは和紗にとってはあまりにも過ぎた快楽だった。呼吸が出来ない。気持ち良すぎて苦しい。けれど無慈悲は責めが止められることはなかった。絶頂した上に更に絶頂が重なり、体が震えて元に戻らなくなっていく。
「っ、だめ、も……こわれ、ちゃ、っああ、あッ……おに、ぃ……あああッ!」
その瞬間、和紗の体に異変が起きた。
しかしそれは小さな違和感に過ぎなかった。自分の身体の中で何かが起きている。けれど大きな快楽の波に押し流されて何もわからなくなっていく。和紗は激しく喘ぎながら、徐々に意識が遠のいていくのを感じていた。
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和紗の嬌声が、沈みかけていた男の意識を浮上させた。男――新垣孝治は、痛む体をさすりながら状況を把握する。憂花は和紗にすっかり夢中になっていて、新垣には注意を配っていないようだった。鞭で叩かれた部分は傷になっていて、空気に触れる度にじんじんと痛む。けれどこのまま何もしないわけにはいかなかった。
自分は最低なことをしてしまった。憂花が欲望を徒に肥大させるようなことをしたからとはいえ、それに屈してしまった。その上それを和紗にぶつけてしまった。自分の心にそれほどまでに醜いものがあるとは知らなかった。そして、知らなかったで片付けられる問題でもない。
それでも、頭が正常なうちに動かなければならないと思った。自分の友人と、その妹のことを相談してきた拓海のことを思う。人間として最低なことをした自分は、勿論父親としても最低だ。だからといって最低なままで終わらせていいはずはない。
新垣は立ち上がり、音を立てずに憂花の背後に近付いた。武器の類はない。使えるのは自分の体だけだ。新垣は和紗の膣内を振動する機械で掻き回している憂花の首に腕を回し、一気に自分の体に引き寄せた。頸動脈を意識して、憂花を締め落とす。それから和紗に近付き、その体に埋められた機械を抜いてから、手足を拘束している紐と、目隠しを外した。
「っ、あ……」
新垣を認識した和紗の目に、恐れの色が浮かぶ。その顔をされても当然のことをしたのだ。けれど一瞬だけ耐えてもらわなければならない。
「今のうちに逃げろ。そのドアを開ければ階段がある。そこから上に行けば地上に出られる」
「助けて……くれたんですか?」
「助けたとは言えないな。君に本当に酷いことをした。これはせめてもの償いだ。君だけでも逃げてくれ」
新垣は近くに投げ捨てられていた白衣を和紗に差し出す。それだけでは心許ないが、裸よりはいい。和紗はそれを受け取って、新垣に言われたとおりにドアを開けた。
「おじさん。おじさんにされたこと、絶対に赦さないけど――でも、必ず助けを呼んでくるから」
和紗が階段を昇りはじめ、ドアが閉まる。静寂が訪れた部屋で、新垣は一人溜息を吐いた。
「あの子は、こんなときでも変わらないんだな」
実際は自分を置いて逃げているのに、まるで姫の危機に駆けつけた王子様のような顔をしていた。助けは期待していない。人として最低なことをしでかしたのだ。このまま憂花と共に自分自身を葬り去ることも頭の片隅にはある。それでも、和紗の姿がまるで希望のように見えたのだった。
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