9 / 33
3・同じ穴の狢_3
しおりを挟む
*
天花のいる廃墟へ戻る道を辿るうちに、自分がしたことが重くのしかかってきた。初めて人を殺した。そうしなければ天花を失ってしまうからだ。それに対しての後悔があるわけではない。正しいことをしたとも思っていない。ただひたすらに間違っていて、けれど不正解の選択肢を自分の意思で選んだのだ。
天花はもう寝ているだろう。もう日付が変わろうとしている。恭一がそう思って扉を開けると、天花は椅子に座って水を飲んでいた。どうやら起きていたらしい。
「まだ起きてたのか」
「喉渇いて目が覚めちゃって。遅かったね」
「ああ」
昭島がこの近くまで来た以上、ここにはもういられない。それをどう天花に説明するべきか。そして昭島が言っていたことをどう確かめるべきなのか。恭一の逡巡を悟ったかのように、天花は柔らかく笑った。
「何があったの?」
「……警察の人間に話しかけられた」
「それは……ここにいるのがバレたってこと?」
恭一は頷く。けれど天花は驚くほど落ち着いて見えた。
「それで……どうしたの? 誤魔化して逃げてきた?」
「いや。それができるような状況じゃなかった。だから――殺したんだ」
天花が恭一の目の前に立つ。静かな表情で天花は恭一の手を取って言った。
「手が震えてる」
恭一に自覚はなかったが、天花に手を握られて初めてそれに気がつく。人を殺した直後に平静でいられる人は多くない。落ち着いているつもりでも、人を殺した感覚が手に残って消えることはないのだ。
「――同じになったね、私と」
天花の言葉に恭一は息を呑む。少なくとも、天花が父親を殺したのは事実だ。恭一の手を包む小さくて柔らかな手は、間違いなく人を殺したことがある。そして恭一の手もたった今人を殺して汚れてしまったのだ。
「天花……」
「大丈夫。今は、何も考えなくていい」
手を掴まれたまま壁に押し付けられ、唇を奪われる。舌を絡め取られ、根元を舌先でなぞられると思わず力が抜けた。
天花の手が頬から首筋へ、胸から腹へと徐々に下りていく。天花が何をしようとしているか気が付いた恭一は、慌ててその手を止めた。
「そんなことしなくていい」
「うるさい、黙ってて」
その言葉に気圧されて、言葉は封じられる。下りてきた手が服越しに敏感な場所に触れ、恭一は微かに吐息を漏らした。
「何も考えなくていいから」
天花が耳元で言う。あり得ない状況だと思うのに、人を殺したあとだというのに、天花に触れられることで、体は如実に反応を示していた。
「天花……っ」
白く柔らかい手が、熱を持った場所に直接触れる。上下に動かされ刺激を与えられて、徐々に思考が途切れていく。溢れ始めたもので少しずつ滑りが良くなり、天花の手の動きが速くなった。
「っ……天花、もう」
天花は恭一を床に座らせる。その状態で、天花は下に穿いているものを全て脱ぎ、恭一の上に跨った。
手で刺激され屹立したものに、濡れたものが触れる。天花はそのままゆっくりと腰を下ろした。天花の唇から呻き声と嬌声の中間のような声が漏れる。潤いはあるが、息が詰まるほどに狭い。けれど痛みを感じているのはどちらかといえば天花の方だ。天花は肩で息をしている。痛みを堪えながらも天花は更に腰を落とした。
「……っ、ねぇ」
息継ぎのような呼吸のあと、天花が口を開く。同時に腰を動かされて、恭一の口からは甘さを含んだ吐息が漏れた。
「どうやって殺したの?」
「どうやってって……」
そんなことを聞いてどうするのだろうか。しかもこんな状況で聞くことではない。戸惑う恭一を天花は更に追い詰めていく。激しい動きに伴う水音と、二人分の荒い呼吸が響いていた。
「そんなこと聞いて、どうするつもりだ?」
「どうもしないよ。ただ知りたいだけ」
そう答える間も、天花は動きを止めない。まるで尋問されているようだと恭一は感じた。天花が何を考えているかがわからない。その真意を知りたいと思うのに肉体に与え続けられる快楽が徐々に思考能力を鈍らせていく。
「今更いい人ぶったって無駄だよ。私たちは人殺しなんだから」
突きつけられた言葉が胸に刺さる。快楽と共に人殺しであるという曲げられない事実が心と体に刻まれていく。天花の目は真剣だった。少なくともはぐらかすことはできない。恭一は観念して、事実をありのままに答える。
「その辺にあった岩で殴ってから、首を絞めた」
「そう」
天花はどこか満足そうに微笑む。それから恭一の肩に手を置き、唇を重ねた。やっていることは甘い行為だとしても、真意がわからないまま与えられるものは恭一にとっては恐怖でもあった。それでも欲望と愛しさが混ざり合った衝動で果てへと向かって突き上げてしまう。
「っ……あ」
天花が声を上げて、次の瞬間に力の抜けた体を恭一に預ける。果てる刹那の締め付けに精を放ってしまった恭一は、ゆっくりと天花の背に腕を回した。
「天花……」
今の天花に聞くことはできない。けれど昭島の言っていたことの真相は気になっていた。天花が誰かに毒を盛っていたという話は本当なのか。そして、母を殺したという話も。
ああ、でも、聞いたところで進む道はたったひとつしかない。互いに人を殺してしまった事実は変わらないのだ。
「……私があんなことしなければ、お兄ちゃんが人を殺すこともなかったんだよね」
力なく呟かれる言葉は、暗く沈んでいるように思えた。先程までとは別人のようだ。赤く咲く棘のある薔薇のようだった天花が、今は生い茂る草に隠されてしまった白い小さな花のようで。でも、そのどちらも天花であることは揺るがないのだ。
「天花が気に病むことじゃない。俺がやりたいからやっただけだ。それに――」
「それに?」
「……これで、俺たちは本当の意味での共犯者だ」
天花が顔を上げる。その目は溢れそうなほど大きく見開かれていて、どうやら酷く驚いているようだった。
「最初に共犯者って言ったのはそっちだろ」
「それはそうだけど」
「殺したことは後悔してない。それは事実だ」
天花の後頭部を抱えるようにして、強引に唇を重ねる。酸素を奪い合うようなキスに、天花がしがみつくように恭一の服を握った。
「天花」
光を湛える天花の瞳を見つめて言う。先程は翻弄されるだけだった。けれど今は――後悔はないと言える、今だからこそ。キスをしながら胸の柔らかな膨らみに触れても、天花は抵抗する素振りは見せなかった。
天花のいる廃墟へ戻る道を辿るうちに、自分がしたことが重くのしかかってきた。初めて人を殺した。そうしなければ天花を失ってしまうからだ。それに対しての後悔があるわけではない。正しいことをしたとも思っていない。ただひたすらに間違っていて、けれど不正解の選択肢を自分の意思で選んだのだ。
天花はもう寝ているだろう。もう日付が変わろうとしている。恭一がそう思って扉を開けると、天花は椅子に座って水を飲んでいた。どうやら起きていたらしい。
「まだ起きてたのか」
「喉渇いて目が覚めちゃって。遅かったね」
「ああ」
昭島がこの近くまで来た以上、ここにはもういられない。それをどう天花に説明するべきか。そして昭島が言っていたことをどう確かめるべきなのか。恭一の逡巡を悟ったかのように、天花は柔らかく笑った。
「何があったの?」
「……警察の人間に話しかけられた」
「それは……ここにいるのがバレたってこと?」
恭一は頷く。けれど天花は驚くほど落ち着いて見えた。
「それで……どうしたの? 誤魔化して逃げてきた?」
「いや。それができるような状況じゃなかった。だから――殺したんだ」
天花が恭一の目の前に立つ。静かな表情で天花は恭一の手を取って言った。
「手が震えてる」
恭一に自覚はなかったが、天花に手を握られて初めてそれに気がつく。人を殺した直後に平静でいられる人は多くない。落ち着いているつもりでも、人を殺した感覚が手に残って消えることはないのだ。
「――同じになったね、私と」
天花の言葉に恭一は息を呑む。少なくとも、天花が父親を殺したのは事実だ。恭一の手を包む小さくて柔らかな手は、間違いなく人を殺したことがある。そして恭一の手もたった今人を殺して汚れてしまったのだ。
「天花……」
「大丈夫。今は、何も考えなくていい」
手を掴まれたまま壁に押し付けられ、唇を奪われる。舌を絡め取られ、根元を舌先でなぞられると思わず力が抜けた。
天花の手が頬から首筋へ、胸から腹へと徐々に下りていく。天花が何をしようとしているか気が付いた恭一は、慌ててその手を止めた。
「そんなことしなくていい」
「うるさい、黙ってて」
その言葉に気圧されて、言葉は封じられる。下りてきた手が服越しに敏感な場所に触れ、恭一は微かに吐息を漏らした。
「何も考えなくていいから」
天花が耳元で言う。あり得ない状況だと思うのに、人を殺したあとだというのに、天花に触れられることで、体は如実に反応を示していた。
「天花……っ」
白く柔らかい手が、熱を持った場所に直接触れる。上下に動かされ刺激を与えられて、徐々に思考が途切れていく。溢れ始めたもので少しずつ滑りが良くなり、天花の手の動きが速くなった。
「っ……天花、もう」
天花は恭一を床に座らせる。その状態で、天花は下に穿いているものを全て脱ぎ、恭一の上に跨った。
手で刺激され屹立したものに、濡れたものが触れる。天花はそのままゆっくりと腰を下ろした。天花の唇から呻き声と嬌声の中間のような声が漏れる。潤いはあるが、息が詰まるほどに狭い。けれど痛みを感じているのはどちらかといえば天花の方だ。天花は肩で息をしている。痛みを堪えながらも天花は更に腰を落とした。
「……っ、ねぇ」
息継ぎのような呼吸のあと、天花が口を開く。同時に腰を動かされて、恭一の口からは甘さを含んだ吐息が漏れた。
「どうやって殺したの?」
「どうやってって……」
そんなことを聞いてどうするのだろうか。しかもこんな状況で聞くことではない。戸惑う恭一を天花は更に追い詰めていく。激しい動きに伴う水音と、二人分の荒い呼吸が響いていた。
「そんなこと聞いて、どうするつもりだ?」
「どうもしないよ。ただ知りたいだけ」
そう答える間も、天花は動きを止めない。まるで尋問されているようだと恭一は感じた。天花が何を考えているかがわからない。その真意を知りたいと思うのに肉体に与え続けられる快楽が徐々に思考能力を鈍らせていく。
「今更いい人ぶったって無駄だよ。私たちは人殺しなんだから」
突きつけられた言葉が胸に刺さる。快楽と共に人殺しであるという曲げられない事実が心と体に刻まれていく。天花の目は真剣だった。少なくともはぐらかすことはできない。恭一は観念して、事実をありのままに答える。
「その辺にあった岩で殴ってから、首を絞めた」
「そう」
天花はどこか満足そうに微笑む。それから恭一の肩に手を置き、唇を重ねた。やっていることは甘い行為だとしても、真意がわからないまま与えられるものは恭一にとっては恐怖でもあった。それでも欲望と愛しさが混ざり合った衝動で果てへと向かって突き上げてしまう。
「っ……あ」
天花が声を上げて、次の瞬間に力の抜けた体を恭一に預ける。果てる刹那の締め付けに精を放ってしまった恭一は、ゆっくりと天花の背に腕を回した。
「天花……」
今の天花に聞くことはできない。けれど昭島の言っていたことの真相は気になっていた。天花が誰かに毒を盛っていたという話は本当なのか。そして、母を殺したという話も。
ああ、でも、聞いたところで進む道はたったひとつしかない。互いに人を殺してしまった事実は変わらないのだ。
「……私があんなことしなければ、お兄ちゃんが人を殺すこともなかったんだよね」
力なく呟かれる言葉は、暗く沈んでいるように思えた。先程までとは別人のようだ。赤く咲く棘のある薔薇のようだった天花が、今は生い茂る草に隠されてしまった白い小さな花のようで。でも、そのどちらも天花であることは揺るがないのだ。
「天花が気に病むことじゃない。俺がやりたいからやっただけだ。それに――」
「それに?」
「……これで、俺たちは本当の意味での共犯者だ」
天花が顔を上げる。その目は溢れそうなほど大きく見開かれていて、どうやら酷く驚いているようだった。
「最初に共犯者って言ったのはそっちだろ」
「それはそうだけど」
「殺したことは後悔してない。それは事実だ」
天花の後頭部を抱えるようにして、強引に唇を重ねる。酸素を奪い合うようなキスに、天花がしがみつくように恭一の服を握った。
「天花」
光を湛える天花の瞳を見つめて言う。先程は翻弄されるだけだった。けれど今は――後悔はないと言える、今だからこそ。キスをしながら胸の柔らかな膨らみに触れても、天花は抵抗する素振りは見せなかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
無垢で透明
はぎわら歓
現代文学
真琴は奨学金の返済のために会社勤めをしながら夜、水商売のバイトをしている。苦学生だった頃から一日中働きづくめだった。夜の店で、過去の恩人に似ている葵と出会う。葵は真琴を気に入ったようで、初めて店外デートをすることになった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる