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130話〜縛る枷〜
しおりを挟むスティラが来て五日目の朝。
俺は夜を共にしたラナとカガリを起こしていた。
横になったまま眠たそうに目を擦るラナ。
カガリは手をつきながらではあるが起き上がっている。
寝起きの良さ勝負はカガリに軍配が上がった。
ただカガリは服がはだけており、左肩が見えてしまっている。
対するラナの服は眠る前は乱れていたはずなのに綺麗に整えられている。
服の乱れ具合はラナの勝ちのようだ。
「ん、おはようございます……」
「おはよ……んー、起こして」
まだ眠たげな両者。
手で欠伸を隠しながら服を直すカガリ。
ラナは俺を甘えるような目で見ながら両手を伸ばしている。
「はいはい、よっこいしょ」
そんなラナを抱き起こしてやる。
初めて会った時とは違い、甘えん坊な姿を見せるラナ。
性格が変わったのかと初めは思ったが違う。
このような事をするようになったのは三人で寝るようになってからだ。
一緒に寝たもう一人に見せつけるかのように甘えるのだ。
まるで、私の方が恋人としては上なのよと言うように。
ただそれを見てラナの望む反応をするかしないかは人それぞれだ。
ユミナやエンシは負けじと後ろから抱き着いてきたりするが、ミナモやマリカは特に反応しない。
だから何ですかと言った感じの目で見るので、その二人と一緒の時はラナもおとなしい。
ではカガリはどんな反応をするのかと言うと、可愛い。
私は興味ありませんし、羨ましいとも思っていませんよといった顔をしてチラチラこちらを見ている。
「さて、と。そろそろからかうのは終わり」
「あん、つまんない」
「つまんない、じゃないの。カガリはもう着替えているよ?」
「カガリはカガリ。私は私よ」
「はいはい。悪いなカガリ」
「いえ。その……私は別に気にしておりませんので」
ラナの代わりに謝ると首を左右に振るカガリ。
既に着替え終わったカガリ。
その姿は動きやすさに重きを置かれて作られた、彼女用の使用人服。
背中には翼用の、腰には尻尾用の穴が用意されている。
「それではご主人様。私は朝の支度を」
「うん。よろしく」
最後に一礼して部屋を出て行くカガリ。
この屋敷にも慣れた今、彼女が身の回りの事をやってくれている。
「さて、じゃあ私達も支度しないと」
そう言いながら着替えるラナ。
魔力を用いた早着替え。
その様子は今着ている服が別の服に変身しているようだ。
「ほら、貴方も」
「分かってるよ……こんな感じか?」
「え……ちょっと」
ラナの見様見真似で魔力を用いた着替えをやってみる。
それを見たラナは小さな子が見せるような、目を見開いて作る純粋な驚きの表情を見せる。
「なんだよ」
「……い、いえ。スムーズにやったから驚いちゃって」
「お前でも驚く事ってあるんだな」
「あるわよ。私を何だと思っているのよ」
「うーんそうだな……普段素直にならないのに、二人きりでいる時とかふとした瞬間に可愛い所を見せてくれる可愛い恋人、かな?」
前の、カザミ村にいる頃の俺だったら恥ずかしくて言えないようなセリフをラナにぶつけてやる。
するとラナは僅かに顔を背ける。
その頬は若干赤みがかっているように見える。
「全く……どこでそういうの習ってくるのかしら」
「さぁ? 周りに素敵な女性がいれば自然と学ぶんじゃないかな?」
「その素敵な女性の中に、セラは入っているのかしら?」
「バカ言うなよ……」
ラナの言葉に少し、強く言い返してしまう。
「アイツが良い女だと? ふざけた事を言うな。アイツのせいで、モーラは死んだんだ」
「……そうね。ごめんなさい……私が悪かったわ」
「俺はアイツを絶対に許さない。いつか必ず後悔させながら殺す。その日が来るまでは可愛がってやるさ」
「お~、怖い怖い」
自分の肩を抱くようにしながらわざとらしい口調で言うラナ。
「本当におっかない勇者様ね」
ラナはそのままツカツカと俺に歩み寄り、その綺麗な指で俺の顎に触れる。
「本当に勇者なのか疑わしいぐらい」
「じゃあ、俺は何者なんだ?」
そのまま頬に手を伸ばし、少し下を向かせると目を見つめてくる。
「そうねぇ……」
少し間を置いてから彼女は目を細めて言う。
「魔王、かしら」
ラナから出た言葉に思わず驚いてしまう。
魔王といえば魔族の王だ。
現在はアビルギウスという魔族が魔王を名乗っているらしい。
アビルギウス・エルシェントという、現魔王。
エルシェントはミナモやラナも持つ姓であるが、彼女達に血の繋がりはない。
ラナが言うにはエルシェントは古の魔族の称号に近いものらしく、別名を始まりの七王族と言うそうだ。
その七魔族は当時強大な力を持っており、それを使って魔族領を纏めあげた。
そしてその時の働きに応じてそれぞれ領地を受け取り、治める事となったのだ。
そしてその際、ラナの先祖に与えられたのがタルガヘイムであり、その領地を彼女は俺にくれたのだ。
だがエルシェント同士で潰し合いが起こり、一時期は両手で数える程にまで数を減らしてしまったという。
ただその際にラナは
「調べた時に見つける事ができたのが両手で数える程度。だからもしかしたらもう少しいるかもしれないわ」
とも言っていた。
というのも、彼女が見つけたのは今なおエルシェントを名乗っている者のみ。
なので、もしかしたらもう少し多いかもしれないのだそうだ。
そしてその潰し合いの際に勝ち残ったのがアビルギウスの祖先であり、初代魔王となったのだそうだ。
そしてそのまま魔王の名を継いでおり、現在はアビルギウスが名乗っているのだ。
因みにだがラナの祖先は潰し合いの際に誰にも味方せず、また戦いにも介入をせずにおり、攻めて来た者のみを迎え撃つとだけ表明していた為、大きな被害を受ける事は無かったのだそうだ。
そもそも王の座に興味すら無かったとも言われているそうだ。
「俺が、魔王か……」
その話を思い出した俺はそう呟いていた。
それを聞いたラナはイタズラが成功した子どものようにニンマリと笑って頷く。
「えぇ、えぇ。そう、魔王よ。魔族を統べる王。誰も逆らえない絶対的な存在。それになるのって、素敵じゃない?」
ゆっくりと、絡めるように抱きつき、囁くように言うラナ。
だけど俺は頷けない。
だって
「俺が魔族になった所で、俺が勝てない者はごまんといるよ」
「あら……例えば?」
「そうだな。ロウエン、とかかな」
真っ先に思いつく、俺が敵わない相手。
未だに何を考えているのか分からない。
それでいて一番信頼している相手。
そんな矛盾した存在。
「そう。彼には勝てないと、本気で思うの?」
「そうだな……技術面もだけど、レベルとか」
「ふぅん……レベル、ねぇ」
「何だよ……」
「い~え。レベルなんて気にするのね。ちょっと驚き」
そのままクスリと笑うラナ。
まるで面白い事でも思いついたというような笑い方だ。
「な、何かおかしいか?」
「ふふっ、い~え。さ、そろそろご飯の支度もできた頃だし、話の続きはその時にでもしましょ……ね?」
そのままスルリと俺の左腕に抱きつくラナ。
すると直後、部屋のドアがノックされる。
それに軽く返事すると、静かにドアが開けられる。
「朝食のご用意ができましたので」
「あぁ、ありがとう。今行くよ」
呼びに来てくれたカガリに礼を言い、食堂に向かう。
部屋を出てから向かう最中、ラナはさも当然と言うように俺の腕に抱きついていた。
食堂に着いた俺達。
丁度長いテーブルに朝食が並べられている所だった。
「あ、おはようございます」
「おはよう。あっ、髪切った? 似合っているよ」
「あ、ありがとございましゅ」
メイドの一人の髪型が変わっていたのでその事を言うと、彼女はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「……失敗か?」
「バカ。ストレート過ぎるのよ」
「難しいな。ラナなら喜ぶんだけど」
「時と場所が違うでしょ」
「え? でもラナこの前中庭で」
「ハヤテ?」
「わ、悪かったって」
彼女に睨まれ口を閉ざす。
女性を褒めるのは難しい事だ。
「っと、朝から見せてくれるねぇ」
「あっ、ロウエン。おはよ」
「おう、おはような」
「ハヤテおーはよ」
「ハヤテおはよー」
「おはようございます。ハヤテ」
「おはようございます」
「クルルッ!!」
「ワウ!!」
「ワフッ!! ワウワフー!!」
「グァウ……」
群狼のメンバーも続々と食堂にやって来る。
フーもウルもルフも元気いっぱいだ。
しかもルフに至ってはラナが飼うレイブウルフのフェリルにすり寄っている。
対するフェリルは戸惑い半分、迷惑半分といった顔をしてはいるが、突き放したりしないあたり気を遣っているようだ。
遅れてアニキとエラス、セラが部屋に入って来る。
これで全員揃った。
「にしても良い匂いだな。空腹にはよく効く」
椅子に座ったロウエンがそんな事を言うが、毎朝同じ事を言っている。
既に日常の一欠片だ。
「そうだね。ここの料理番は腕が良いからね」
俺も椅子に座りながらそんな事を言う。
「長い間私に仕えて来たのだから当然よ」
俺の目の前の席に座ったラナが得意げにそう返す。
「あぁ、それもそうだな。感謝しかないよ」「それはどうも。ね、早く食べましょ? 料理が冷めちゃうわ」
ラナの言葉に食事を開始する。
今日の朝食はフカフカの白パンとサクサクのクロワッサン。
ハムとシャキシャキの野菜を使ったサラダ。
黄身が半熟の目玉焼きとカリッカリに焼かれたベーコン。
湯気の立つスープは野菜とパスタのスープ。
料理番が朝早く起きて作ってくれた朝食はどれも絶品の一言に尽きる。
因みにフー達にも朝食は用意されている。
フーにはこの辺りに生息しているカンジキウサギが丸々二羽。
ウル、ルフ、フェリルにはシカモドキウシの生肉が塊で与えられている。
四匹共美味そうに食べており、朝食をあっという間に平らげたフーは三匹の食事を欲しそうに眺めている。
皆で食べる食事は不思議と楽しく、飯を美味く感じさせてくれる。
そんななか、一人だけ食べずに壁際に立っている者がいる。
セラだ。
彼女の扱いはメイド。
それも少し特殊なメイドとして扱われているので、俺達と共に食事はしない。
「ランツェ、今日も美味しかったと厨房に伝えておいてくれるかな」
「は、はい!!」
「よろしく頼むね」
食べ終わった俺は侍従長のランツェに伝言を頼み、食後のお茶を出してもらう。
ぬるめのお茶を飲んで一息つき、俺は懐から布袋を取り出し、そのままランツェに渡す。
「いつもありがとうございます」
袋の中身はお金だ。
別に給料という訳ではない。
それとは別に渡している、気持ちのようなものだ。
「全く……そんな事しなくても良いのに」
「俺からの感謝の気持ちだよ」
「だからってお金って……物で釣るように」
「お礼は口で伝えるのはもちろんだけどさ、目に見える形で伝えた方が良いだろ?」
「まぁ、そうだけど」
「両親変わってから待遇が悪くなったって思われるのは避けたいからな」
「それは分かるけど、あげ過ぎも逆効果って事を忘れないようにね」
「ご忠告どうも」
ラナの言葉に頷き、お茶を飲む。
「それはそうとラナ、話の続きを聞きたいんだけど?」
「うん? そうね。そんな話をしていたわね」
そう言いながらカップを皿に置くラナ。
「まず初めになんだけど、レベルについてどう思っている?」
「レベル? そうだな……」
「個々人が持つ、物差しって所か?」
「そうね……カナトの認識も間違いじゃないとは思うわ」
「間違いじゃ、ない?」
「えぇ。一般的な認識としては間違いないと思うわ」
「どういう事だよ」
「そうねぇ……昔はレベルが無かったって、言ったら信じる?」
ラナの言葉に、一人を除いて驚きの表情を見せる。
「私が生まれた頃には流石にレベルという概念が存在していたけど、私の曽祖父ぐらいの代にはまだレベルは存在しなかったって聞いているわ」
「ラナの曽祖父って……何年前だよ」
「……カラト、次言ったら玉潰すわよ」
「ピッ!?」
ラナに睨まれ、股を押さえるアニキ。
ダサい。
「話を戻すけれど、昔の事についてどれ程知っているかしら?」
ラナのその問いに俺達は答えられない。
当然だ。
だってその頃はまだ生まれていない。
更にラナが指すその頃については書物でしか読んだ事が無いからだ。
が、この中で一人だけ答えられる者がいた。
「ねぇ? ロウエン……いえ、リカエン」
「……ちっ、覚えていたか」
「えぇ。思い出すのに時間がかかったけれど、貴方エンジの息子でしょ?」
「はぁ……その通りだよ」
「やっぱり」
ニッコリと微笑むラナ。
どうやらロウエンとは知り合いだったようだ。
「で、リカエ」
「ロウエンだ」
「ロウエン。貴方なら知っているんじゃなくて?」
「……そうだな。かつてこの世は、人類、魔族、神族が共に暮らしていたって事ぐらいは親父から聞いた事がある」
「そう、正解よ」
「途中までは仲良く暮らしていたらしいんだがな……」
「ある日、神族と魔族の間で争いが起き、人類はそれぞれに味方するべく二分された」
「聞いた事があります。天獄戦争ですね?」
「城にいたエンシなら知っているか。そうだ。その天獄戦争で神族魔族は甚大な被害を被ってな……神族は天界に」
ロウエンが空を指さし
「魔族は魔界に」
ラナは地面を指さして話す。
「それぞれ引き上げたって訳。荒廃したこの世を人類に押し付けてね」
「うわ……」
「迷惑……」
「でもその中でも私のご先祖様みたいにこの地に残って復興を共にした魔族や神族もいるわ」
「……リヒティンポス神国か」
「正解よハヤテ」
天獄戦争というかつて起きた大戦。
その際に争ったはずの神族と魔族が人類の復興に携わった。
その結果あるのが今の世界だった。
「そして神族は、その戦争の際に自陣についた人類に祝福という力を与えた。当然魔族も与えたのだけれど、定着するのが難しかったのね。祝福の影に埋もれたわ」
「……なぁラナスティア。お前の考えはおそらく俺と同じのはずだが、俺が言って良いのか?」
「あら、貴方と同じ考えなんて意外だわ? 是非、聞かせて欲しいわ」
「あぁ。親族や魔族が与えた祝福の力によって互いに被害が出た。その時の人類にレベルという概念は無かった。つまりそれは裏を返せば、無限に強くなれる可能性があるという事。当時の奴等はそう考えたはずだ」
「そうね。そこまでは私も同意見だわ」
ロウエンの言葉にラナは頷く。
「だから神族は天界に戻る際にある置き土産をした。それが、レベルなんじゃないか? お前の考えはどうだ?」
「……フフッ。貴方、学者にでもなれるんじゃないかしら」
「どうやら同じのようだな」
二人はお互いに、ニヤリと笑い合う。
「つまり、その……神達が俺達が歯向かって来ないようにレベルという縛りをこの地に作ったって事か?」
「カラトのその解釈で間違い無いだろうな」
「じ、じゃあなんでギフトは取り上げなかったんだよ?」
「さぁな。これはあくまで俺の仮説だが、ギフトだけならさして問題にならないと思ったんだろうよ」
「なんでだよ」
「そうだな……これは例えだが、レベル20の剣聖とレベル100の剣聖ならどちらが強い?」
「そりゃ当然……あっ」
「流石のお前でも分かるよな。そういう事だ。レベルで上回ってしまえば負ける事は無い。神族側はそう考えたんだろうよ。だからレベルという縛りを共に与えたんだ」
「絶対的な法則という名の枷をね」
ラナの言葉に一瞬鎮まり返る食堂。
だがロウエンガすぐに口を開いた。
「でもまぁ、いくら神族の奴等にも誤算があったんだよなぁ」
「誤算、ですか?」
「おう。マリカ、考えてみろよ。元々無かったった枷を無理矢理付けたんだ。どこかて無理が出て来てもおかしくは無い。そしてその結果、予想のしなかった事が起きてもおかしくはない」
「……いったい何が」
「ハハッ、簡単な事さ」
ロウエンの言葉を待つ俺達に、ロウエンは言う。
「レベルを持たない者が現れた。正確には」
「レベルという概念から外れた者。数値で表せない者が現れたのよ」
「おい俺の言葉取るなよ」
「あら、早い者勝ちよ。それに、貴方が言うって決まりは無いもの」
「ちっ……ラナの言う通り、レベルという概念を持たない、レベルで測れる枠に収まらない者が現れたんだ」
「そ、そんな奴が……いったい誰なんだ?」
「それはな……」
「……ウルドラコ・アルペンシア。天獄戦争の際に神族側につき、魔族陣営に多大な被害を与え、神族から勇者の祝福を人類で初めて与えられた、後に聖勇教会となる聖天教会を作った聖人よ」
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