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118話〜濃くなる闇〜

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「朝よ。起きないと朝ごはん、無くなるわよ?」
「……もう、朝か」
「えぇ。昨晩は女の子達とずいぶん楽しんだみたいね」
「余計なお世話だ……」

 ラナに起こされ、俺はゆっくりと体を起こす。
 ラナの屋敷で過ごすようになって一週間。
 ここでの暮らしにもだいぶ慣れた。
 ユミナとマリカが屋敷の広さにはしゃいでいた姿が眩しかった。

 頭を振り、眠気を飛ばす。
 ベッドの横にあるテーブルには俺の分の朝食が置かれている。

「……無くなるって、お前が食うつもりだったのか?」
「まぁね。こう見えて私、結構我慢しているのよ?」
「ならば食えば良いだろ」
「ふふっ、そうもいかないのよ」
「……と言うと?」
「私、夢魔の血が入っているの」
「夢魔、か……淫魔の一種で相手の夢に入り、精を啜って生きる魔族、だったか?」
「えぇ。言葉に少し棘を感じるけれど、そんな所ね」
「そう教えられれば、そうとしか言えん。悪気は無いが、気に障ったのなら謝るが」
「そう……謝ってくれるのなら、貴方の精を頂きたいわ」

 そう言って俺の胸に手を置き、見上げてくるラナ。

「勇者の祝福を受け、魔族の血を受け入れた勇者の精。いったいどんな味なのか……ぜひ、この身で味わいたいわ」
「それは構わないが、それは今ではないだろ」

 ラナの肩を掴んでそっと離す。

「力を貸せば子を与えると約束しただろ? その時にしろ」
「あら……意外ね」
「意外? なんだ? 自慢の魅了が効かなかったか?」
「……別にそんな事ないわよ」

 そう言って顔を背けるラナ。
 頬を少し膨らませており、少し可愛い。
 可愛いのでつい

「今はこれで我慢してくれ」
「……ぁっ」

 こちらを向かせ、軽いキスを交わす。

 思っていなかったのか、驚いて目を見開くラナ。

「……あ、あなた……」
「今はこれで我慢してくれるか?」
「……ふ、ふふっ。あはははっ!!」

 途端、腹を抱えて笑い出すラナ。

「ど、どうした?」
「どうしたって貴方、私は夢魔よ? そんな女になんの予防もしないでキスするなんてクククッ。貴方無防備過ぎよ?」

 なんだそんな事か。
 そんな事を気にしたのか。

 そんな事、気にする必要ないのに。

「お前のように美しい者になら良いさ」
「あら、嬉しい事言ってくれるのね」
「事実だからな」
「ねぇ、もう一度聞きたいわ?」
「それは、断る」
「あら残念ね」
「そんな事より」
「うん?」
「頼んでいた事はどうなった?」
「頼んでいた事……あぁ、あれね。だいぶ済んだわよ」
「そうか。なら、行くか」
「あ、ちょっと!!」
「……なんだよ」

 ベッドから降りる俺を呼び止めるラナ。

「朝ごはん、食べないの?」
「……食べる」

 頼んでいた事の話を聞く前に俺は朝食を平らげ、一日の活力の元を腹に収めるのだった。



「はいこれ」
「ローライズ教国……ずいぶんと遅かったな」
「仕方ないんじゃない? 向こうは向こうで色々とあったみたいだから」

 ラナが俺に差し出したのはローライズ教国からの手紙。
 そこに記されているのは、国内にある聖勇教会の教会を封鎖し騎士、シスターを捕縛したというもの。

「ふむ……」
「どうするの?」
「どうするって、行くに決まっているだろ?」
「あら、何か悩んでいたみたいに見えたけれど」
「あぁ、悩んでいたさ」
「悩んでいた?」
「あぁ。どうやって俺が受けた痛みを味わわせてやろうか……ってね」
「なるほど、ね」
「まぁそれは行ってから考えるか……ラナ」
「何かしら?」
「跳べるか?」
「勿論」
「じゃあ少し待っていてくれ。ロウエンを呼んでくる」
「はいはい……随分と彼を信頼しているのね」

 部屋を出てウルを呼び、ロウエンを呼んでくるよう指示を出して待つ。
 待ちながら窓から外の景色を眺める。
 庭園は手入れが行き届いており、花々が美しく咲いている。
 その様は輝く宝石のようだ。

 植木も綺麗に刈られており、庭園を彩るのに一躍かっている。

「よう、待たせたか?」
「いや、良い庭を見ていたからな。退屈ではなかった」
「そうか。良いよな、ここの庭」

 そうこうしている内にウルに呼ばれたロウエンがやって来る。
 ウルに礼を言い、今日は一日休みを言い渡して行かせる。

「俺には休みはないのか?」
「悪いな。まだしばらくやれない」
「そうかい……で、今度の用はなんだ?」
「教国に行く。一緒に来てくれ」
「断る訳ないだろ。当然行くさ」
「……ありがとうな」

 あぁ。
 こういう仲間がいてくれるから、俺はまだ人の心を保ち続けられるんだ。

 そう思いながら俺はロウエンを連れ、ラナの待つ部屋へと戻った。





「突然の訪問にも応じていただき、ありがとうございます」
「いえ、この度は……それに教王様からは極力力を貸すようにと言い付けられておりますので」
「そうですか。助かります」

 教国王城に跳んだ俺達は城の騎士に連れられ、牢区域を歩いていた。

 騎士が言うにはローライズ教王は今日、会談のためにフリジシア皇国へと行っており、不在なのだそうだ。

「ここまでで十分だ。ありがとう」
「何かありましたらお呼びください。では」

 牢の前で騎士と別れる。
 牢の中には聖勇教会の騎士がいるが、何も話さんと言うように床にあぐらをかいて座っている。

「……どうする?」
「そうだな……」

 牢の中の騎士を見て俺は決めていた事をロウエンに話す。

「聖勇教会の拠点の地を聞き出せ。手段は問わない。ただし、殺すな」
「了解だ」

 そこから始まるのはロウエンと騎士の大人のお話。
 彼だけでなく、ロウエンは他にも数名の騎士とお話をするようだ。

 そんな中俺はラナを連れて別の牢に来ていた。

「……誰ですか?」
「ようスティラ」
「その声は……」
「久しぶりだな」
「ハヤテ……様」

 カザミ村を襲われた時以来だった。
 あの時は俺は怒りのままに彼女の尊厳を踏み躙り、汚した。

「何のご用でしょうか」
「いっときとはいえ、世話になったからな。伝えておこうと思ってな」
「何を、でしょうか」
「……俺は、聖勇教会を潰す」
「っ!?」

 その言葉に驚き、顔をあげるスティラ。
 当然だろう。
 彼女が所属する聖勇教会は勇者を崇拝の対象とする組織。
 その崇拝対象が組織に牙を剥くと言っているのだ。
 驚かない方が無理だ。

「ど、どうして……」

 まぁ当然、スティラは俺に訳を聞いてくるが正直に言ってやる。

「俺の村の墓を台無しにした。だから、滅ぼす」
「お墓を……」
「ここの騎士達に言ってお前に不便はさせないようにする。来た理由はこれを言うためだ。じゃあな」
「待ってください!!」

 スティラが呼ぶが振り返らない。
 振り返ったら覚悟が揺らいでしまいそうだったから。
 だから、振り返らないでロウエンの元へと戻る。

 ただその背中には一人の少女の啜り泣く声だけが聞こえた。



「どうだロウエン」
「ん? ダメだ。貝よりも硬い口だ……部下に欲しいぐらいだ」
「そうか……ラナ、出番だ」
「私の?」
「あぁ。コイツを頭の中を探れるか?」
「え、えぇ。探れるけれど……」
「頭の中を探り、本拠地が何処にあるのかを探れ」

 ラナは一度頷くと牢に向かって手をかざす。

「さぁ、貴方の知識を見せなさい」

 妖しく微笑みながら、ラナは騎士の頭の中を覗いた。



 結果から言って、ラナは失敗した。
 というのも騎士の奴、記憶封じのスキルを使っており覗いても見えなかったそうだ。

 ならばどうするか。
 ラナは知っていた。
 当人に精神的な強い衝撃を与えれば封印に綻びが生まれ、覗く事が可能になるそうだ。

 ならばどんな衝撃を与えるか。
 そう思った時、ラナが意地悪そうな笑みを浮かべでこう言った。

「故郷の場所、見てあるわよ」

 それを聞いて騎士は跳ねるように顔をあげたのだった。





 それから俺達はラナの屋敷に戻って来た。

 夕食を食べ、風呂に入り俺はミナモ達に明日もゆっくり休んでくれと伝えて部屋へと戻った。

「……疲れた?」
「少し、な」

 ベッドに腰掛け、横になる俺の顔を覗き込むラナ。

「迷っているの?」
「迷っている……のかな。正直、分からない」
「そう……」
「俺がやろうとしているのはただの復讐だ……果たしてそれが正しいのかどうか、それが分からないんだ」
「……そんなの、分からなくて当然よ」
「え?」
「復讐なんて正しいかどうか、分からなくて当然よ」
「そうなのか?」

 俺を見下ろすように、ラナは座ったまま話す。

「そうよ。結局はいっときの感情だもの。復讐も後悔も恋も同じ。感情によって生まれる衝動よ。だから貴方が今、復讐を望んでいるのなら果たすべきよ。後悔するのはその後でゆっくり考えれば良いわ」
「……大人だな。伊達に長生きしているだけある」
「あら、長生きしていると言ってもたかだか数百年。それでも貴方達換算にすればたいした年じゃないわよ」
「そうか……」

 そう短く返すが、何か気になったのだろう。
 ラナは俺の顔を覗き込んでこう言った。

「どうしても心が晴れないのなら、私がその雲を取っ払ってあげましょうか?」
「と言うと?」
「分かっているくせに」

 そう言いながらラナの顔が近づいてくる。
 いつもなら拒否していたが、今日は拒まない。
 多分、今の俺の迷いを取っ払えるのは彼女だけだと、俺は思ったからだ。



「ふぅん……これが勇者と魔族が混じった者の味、ね」

 数時間後。
 静かに呼吸を繰り返して目を閉じているハヤテの横で寝転び、月明かりに照らされながらラナは呟いていた。

「勇者といってもやっぱり男。女の、それも夢魔の色香には勝てなかったようね」

 そう言いながらそっとハヤテの頬を撫でる。

 ラナはやったのだ。
 ハヤテと交わる際に、彼を食ったのだ。
 彼のレベルを、スキルを、経験を、精神を、夢魔の特性である吸収スキルによって。

 レベルを奪うレベルドレイン、スキルを奪うスキルドレイン、経験や記憶を奪うメモリードレイン、精神を縛るマインドドレイン。
 ラナは夢魔の中でも上級夢魔の血を引く者であった為、相手に悟られる事なく吸い奪う事ができた。

 現にハヤテは、自分がドレインされた事に気付いていない様子だった。

(私の腕の中で可愛い顔をして……)

 そっと手を離し、彼を見下ろす目は失望に満ちていた。

(期待外れ、ね……)

 勇者でありながら魔族の血を受け入れた者という希少性。
 いやそれ以前に彼の事を知ってから彼女の興味は彼に向けられていた。

 勇者である兄に捨てられた後、自らも勇者である事を知った事も。
 恋人に裏切られ、何度も戦っては逃げられた事も。
 そしてその勇者の力を正しく使おうとするも、人の醜い面と直面してしまった事も。

 彼の中には強い光があるが、その光の強さに比例して強い闇を抱えている事も。

 彼女は知っていた。
 だから彼女は興味を抱いた。

 正しくあろうとすればする程彼の中の闇は深く、濃くなっていく事に。
 その理想からかけ離れていく中で彼がどんな道を歩むのか、どんな答えを出すのかが気になったのだ。

 が、いざちょっといたずら心を出して誘惑してみたらコロッとかかった。

 結局は人間の男。
 夢魔の色香を前にすれば、どれだけ着飾っていても獣欲を露わにする。
 それは男なら抗えないさがなのだと。
 彼女は結論付けた。

「……呆気ないものね」

 だが、ならばこそ使い道はある。

 勇者と魔族の血を持つ者なら、強力だ。

 現に彼は聖装に選ばれ、更には勇者の祝福の力を使って地上に太陽を作り出しては敵を倒した。

 戦力としては申し分ない。
 上手く使えば、ラナの家は安泰だ。

 そして彼の、ハヤテの扱い方もだいぶ分かった。

「手綱はしっかり握らせてもらったわよ。ハヤテ」

 月明かりをバックにハヤテに微笑むラナ。
 だが彼女には一つ、不審な点があった。

「にしてもやっぱり勇者の力って凄いのね。抵抗、っていうのかしら。吸い取ろうとした分の十分の一も奪えてないわ……」

 そう。
 ラナがハヤテから奪おうとした力のほとんどが奪えていないのだ。
 レベルも、スキルも、経験も、何もかも。

 今までこんな事は無かった。
 狙った獲物から、狙った物は全て根こそぎ奪っていたのに。

 何かがおかしい。
 ラナはそう思ったが、遅かった。

「やっぱりな……」
「っ!?」
「寝たと思ったか?」

 突如目を開けたハヤテを見て、ラナの体は固まったように動けなかった。



 ラナが夢魔と知って、警戒しない訳が無い。
 一人にとはいえ、俺はあれだけ女に裏切られたんだ。
 小さい頃から知っているユミナや共に戦って来たミナモとエンシのように、まだ完全に信頼はしていない。

 そんな俺がやった事はただ一つ。

 奪われた時に、奪い返す力を身に付ける事。

 その力が間に合わないようだったら、最悪マリカが持つ異性にのみ発動する魅力魔法をコチラに移せば良いかと思っていたが、もっと適任がいた。

 セーラだ。
 アイツには禁忌スキルの盲目の心というスキルがある。
 そのスキルは使えないように命令してはあるが、今も健在だ。
 流石にそれを俺に移せば俺も禁忌スキル所有者となってしまうのでできない。

 ので、俺は便利な勇者・陰の力を使ってある事をした。
 やった事は簡単。
 セーラの持つ盲目の心をコピーし、異性の魔族にのみ発動する魅了スキルへと改造したのだ。

 これなら、禁忌スキルの盲目の心ではなくなるのでセーフって訳だ。

 上手くいくかは賭けだったが、改造は上手くいった。

「さて……これは俺への裏切りか?」
「な、何の事かしら……」
「吸い取れなくて残念だったな」
「……っ」
「反論しないのか?」
「……えぇ。反論した所で、貴方が私に魅了されている事に変わりはな」
魅了の聖眼ホーリー・チャーム
「っ!? ……くっ」
「うん、効果は出ているようだな」

 セーラを魔族の体のままにしておいて、正解だった。
 この部屋に戻る前に、セーラで実験しては新たな対抗策を作り、またセーラで実験したのだ。

 勇者・陰の理を破壊、無視する力がここで役に立った。
 スキルを改造できないという理を破壊できたのだから。

 おかげで俺は、夢魔の血を引くラナの対等に戦える力を手に入れたのだから。

「さて、少しとはいえ俺から奪った力……返してもらおうか」
「っ、くっ……」

 当然その力の中には、対象が魔族限定ではあるがレベルドレインにスキルドレイン、メモリードレイン、マインドドレインといったドレイン系もあり、当然セーラで実験済みだ。

「お前が手を出さなければ、こうならなかったのにな……」
「いっ……ご、ごめなさ」
「良いよなぁ……強者が怖気付いた時のその怯えた顔ってさ……」
「ま、待っ……」

 目を細め、ラナの頬にそっと触れる。
 対するラナは先ほどまでの余裕はどこへ行ったのかすっかり怯えており、震えてすらいる。

「安心しろ。この部屋にはちゃんと、防音魔術をかけておいたからさ」

 俺のその言葉を聞いたラナの目には、涙がたっぷりと溜められていた。



 その日、ラナスティア・エルシェントは一人の勇者の心の禁足地に踏み入れ、その代償を払う事となった。
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