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98話〜小さな異変〜
しおりを挟む「え、俺にミナモの血を飲ませた!?」
「う、うん……ごめん」
マインスチル王国を発ち、リヒティンポス神国に向かいながら聞いたとんでもない話。
セーラの毒を受けて倒れた俺を助けるために、なんとミナモは血を飲ませたのだという。
「まぁ理には叶っているな……血液をはじめとする体液には魔力が多く溶けているからな」
「うん。それに回復属性を付与して飲ませたら効果も強くなるかなって思って……」
「まぁエルフの事もまだ詳しく分かっていないしな。もしかしたら伝承にあるエルフの骨や幼な子の血には長命をもたらす力があるかもしれないしな」
「え、でも」
「確証が無いだけだ。もしかしたらそれを素材にして薬を作れば効果が出るかもしれん」
「成程……」
「現にお前はミナモの血を飲んだおかげで助かっただろ?」
「まぁ、確かに」
実際そうだ。
俺が毒で倒れた時、エラスとミナモで回復スキルや魔術をとにかく使ったが、一向に回復する兆しは無かったそうだ。
が、回復属性を付与した血を飲ませたら途端に回復したという。
「まぁ、ミナモの血自体に回復効果があるのでは無く、効果を増幅させる力があるのかもな」
「倍加スキルみたいな感じか?」
「イメージとしてはそれが近いだろうな」
「そうか……あ、エラスもありがとうな。おかげで助かったよ」
「……でも私は助けられなかった訳ですし」
「それは間違いだぞ、エラス」
「……え?」
「もしお前がいなかったらハヤテは毒に負けていたかもしれん。二人がスキルを使ったから毒の侵攻に抗えたんだ。もし片方がいなかったら毒の侵攻速度に勝てなかったかもしれんからな」
「そうだよ。エラスがいなかったら、私だけだったらハヤテは助けられなかったと思う。だから、エラスのおかげでもあるんだよ」
「……あ、ありがとう」
「本当にありがとうな」
ロウエンとミナモの言葉に改めてエラスに礼を言う。
「そういえばなんだけどさ、神国って誰が治めているんだ?」
「……そりゃあ、神王とかじゃねぇの?」
「ロウエンも知らないのか?」
「あの国はなぁ、行った事がまだ無くてよ。実を言うと俺も楽しみなんだわ」
「へ~」
「噂ではとても良い国と聞くからな。一度行きたいと思っていたんだ」
「そうだったのか」
ロウエンが楽しみだというリヒティンポス神国。
俺も今から楽しみになってきた。
その日の夜、俺達は久しぶりに野宿をした。
夕方までには近くの町に行こうと思ったのだが、まだ距離がある事に加え雨雲が近付いていた事もあり、近く洞穴で野宿する事に急遽変更したのだ。
「んん~、野宿も久しぶりね!!」
「そうですね。ここ最近していませんでしたしね」
「懐かしいね~。布団はチクチクするから苦手なんだよね」
「野宿ですか……初めて不安ですので、ハヤテさん!! そばにいて下さいね」
「マリカさん、抜け駆けは許しません。ご主人様の側には従者である私がおりますので!!」
「お、おいおい二人と……も」
マリカとカガリに両脇を固められた俺に突き刺さる視線。
ユミナ、ミナモ、エンシの視線だ。
「え、えっと」
「最近カガリさんばっかり可愛がっていますね~ハヤテ」
「い、いやそんな事は」
「そうですそうです。まぁ仕方ないですよね。魔族ですから少しでも早く馴染める様に一緒にいて差し上げているんですものね」
「え、エンシまで」
「良いな良いな~。二人だけのハヤテじゃないのに~」
「ユミナ……」
「おうおうモテモテだな~ハヤテ」
「ロウエンまで……」
俺を休ませ、食料調達に出ていたロウエンは帰ってくるなりからかってくる。
まぁ確かに最近はカガリを構い気味だったとは思うし、ユミナ達の言い分も分かる。
「まぁ冗談はその辺にして、ほれ。良いもんとれたぞ」
そう言ってロウエンが見せたのはモミジジカ。
その肉には疲労回復効果があり、旅人用の弁当のおかずによく使われているのだ。
それをロウエンと共に言っていたウルとルフも一頭ずつ捕らえており、二頭共ドヤ顔をしている。
「よしよし、ウルもルフも偉いぞ」
「……ワァウ」
「わぉう」
合計で三頭。
多いと思うかもしれないが、ウル達はだいぶ大きくなった事もあり、食べる量が非常に増えた。
フーもウル達程ではないが食べる量が増えた。
その為、三頭でちょうど良いか少ないぐらいなのだ。
多分、一頭半はウル達の胃袋に入る。
もしかしたら二頭入るかもしれない。
ここ最近のアイツ等の食欲は底無しだからな。
「さて、どう調理するか……って」
「あっ……フー!! ウル!! ルフ!!」
三頭共、早速獲物に食らい付いては食事を楽しんでいる。
「……仕方がない。俺達はこっちの一頭でどうにかするか」
尻尾を振りながら食事を楽しむフー達を見て、楽しそうに苦笑いするロウエン。
さて、今晩の俺達の飯はどうなる事やら……
「ふぅ~、食った食った」
モミジジカを使って作ったシチューを平らげ、今は夜風に当たるために外に出ている。
洞穴の中ではフー達も満足したのか思い思いの所で眠っている。
ユミナ達も疲れが出たのか眠っており、入り口の所で見張りをしていたロウエンに一言言って外に出たのだ。
「風が気持ち良いな……」
そう呟きながら俺はふと、夕方の事を思い出した。
雨雲が近付いていたから洞穴での野宿に変更したのだが、その雨雲は何処かへと風に乗って流れていった。
まるで、俺達から風が遠ざけてしまったように。
それだけじゃない。
調理の際にミナモとエンシにスキルで水を出してもらったのだが、何故か俺も出す事ができた。
それもスキルは使わず、少し念じただけで出たのだ。
その光景にはロウエンも驚いていたが、原因は分からない。
もしかしたらミナモの血を飲んだ事に何か関係あるのかと思ったが、不確定の事もあってか言わないでおいた、
もしかしたら、翼の時みたいに勇者の祝福関連かもしれない。
目的地のリヒティンポスには神族の末裔が住んでおり、勇者について詳しい者もいるらしい。
そこで聞けば何か分かるだろうか。
そんな事を思っていると背後で草を踏む音がした。
「……エンシ?」
「ここにいたんですね。少し探しましたよ」
「ごめん。気付いたら少し登っていたみたい……」
「いえいえ。私も目が覚めてしまって少し散歩をと思っただけですし」
「そっか」
その場に座り、空を見上げるとエンシは隣に座る。
「……二人きりになるの、久しぶりですね」
「こうして静かなのは初めてじゃないか?」
「そうですね。いつもハヤテさんが倒れた時とか、辛そうな時でしたもんね」
「……ごめん。そういう役割、押し付けちゃって」
「良いんですよ。私が好きでしているんですから」
「……ありがとう」
「いえいえ」
そっと微笑むエンシ。
その笑顔は月明かりに照らされており、とても美しい。
「リヒティンポスには何が待っているんだろうな」
「……不安?」
「少しな。あの翼の事とか知れるかもしれないし……」
「あの黒い翼の事?」
「うん……もしあれが何か良くないものだったとしたら」
「そう、ですよね……不安だよね」
「あ、でもエンシ達がいるからそこまで不安じゃないよ」
「それは嬉しいですよ」
ニコリと微笑み、俺に寄りかかるエンシ。
その姿が、その笑顔が、その動作が、今の俺にはとても魅力的に見えてしまう。
「な、なぁエンシ……」
「……何ですか?」
「俺はエンシの事、好きだよ」
「……私もですよ」
「でも、俺はエンシ達の中から一人しか選べない……俺は貴族じゃないから、ちゃんと家族として迎えられるのは一人だけなんだ」
「……はい」
「まだ、誰を選ぶのかは俺にも分からない……もしかしたら俺は、エンシを選ばないかもしれないんだ」
「ハヤテ……」
「それでも俺は、エンシの事はきっと好きで」
「ハヤテ」
「っ……」
エンシは俺から寄りかかりながら俺の手を握ってくれた。
「例えそうだとしても、私は誰も恨みませんよ。それに貴方が許してくれるのなら、私は貴方の側にい続けます。だから、そんなに悲しい顔をしないで下さい。せっかくの綺麗な月が台無しになってしまいますから」
「っ……あ、ありがとう」
その言葉が心に染みて、とても嬉しかった。
「そ、れ、に」
「えっ? ……ちょっと!?」
そのままエンシは俺に体重をかけて押し倒す。
「せっかくの二人きりなんですし、ハヤテの将来への悩みは分かりました」
「エ、エンシ?」
「ですのでせめて、やるべき事はやらせていただきます」
「やるべき事って……」
「フフッ……」
月をバックにして微笑むその姿は先程までと打って変わってとてと色っぽかった。
「私、こう見えて結構肉食系なんですよ」
そう微笑みながら言うエンシ。
俺を捉えて逃さないその目は、まさに捕食者の目だった。
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