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97話〜一方その頃〜
しおりを挟む魔王軍を追い返したマインスチル王国。
激戦地となった砦だが、現在大急ぎで修復作業が行われている。
あの後堀は予定通り作られ、今は水も張られている。
現在、魅了され一時的に敵側に着いていた騎士達は療養所にて治療を受けているそうだ。
皆、精神的に参っているそうだ。
そんな中、俺はちょっとばかり困った事に直面していた。
昨晩の祝勝会で皆と大騒ぎしてから眠り、目が覚めた時にはもう昼過ぎ。
支度が終わったパーティーから順次砦を去っているなか、俺達も今日出て行くつもりだった。
本来俺達は本来の目的である、ウィザルド帝国で研究中の魔道具を見て回ったり、物によっては購入もできた。
そんな時マインスチル王国が救援を求めている事を知り、来たのだが……
「何でいるかなぁ……」
そっと曲がり角の向こうを伺う。
砦を出るにはこの先の通路を通らなければならないのだが、その先に会いたくない相手がいる。
ホノカだ。
誰か探しているのかしきりにキョロキョロしている。
かなり嫌な予感がするし、視界に入ったらかなりめんどくさそうな予感もする。
「お待たせシキ~」
どうしたものかと思案していると片付けを終え、荷物を持ったハルカ達がやって来た。
「いやな、あそこに……」
追い付いた皆にホノカがいる事を伝える。
すると途端に全員が嫌な顔をする。
が、そんな中でトウカクが口を開く。
「まぁ、良いんじゃない? 行こうよ」
「え、でも」
「ほらほら行こうよ」
「ちょっとトウカク!?」
俺の手を掴み、ズカズカと進むトウカク。
結果……
「あっ、シキ!!」
見付かりました。
「私、私……ずっと探したんだからね!!」
トウカクの手から俺の手を奪い取って握り、目に涙を浮かべて話すホノカ。
思わずその手を振り払ってしまう俺。
「今更何の用だよ……」
「えっ……」
「フグリと仲良くしていろよ!!」
「ち、違う!! 私はフグリなんか好きじゃないの!! 私はシキだけが」
「まぁまぁ二人共。ここじゃ他の人の目もあるしさ、とりあえず腰を下ろせる所に行くとしようよ。ね?」
思わず感情を爆発させてしまうが、トウカクに言われた事もあり、落ち着く俺。
「そうだな……トウカクの言う通りだな」
「……ちょ、ちょっと待ってて。フグリ呼んでくるから」
そう言うとパタパタと走って行くホノカ。
しばらく待っているとアイツを連れてまた走って戻って来た。
「……フグリか」
「よ、よう……」
「行こうトウカク。早く終わらせないと、俺の精神がもたない」
「という訳だ。皆、良いね?」
俺の後ろで威嚇する猫の様に二人を睨みつけながらハルカ達はトウカクの言葉に黙って頷いた。
場所は変わって食事処。
俺達の前には肉料理が中心に並んでいる。
マインスチル王国の人達には高山で働く人が多いせいか、精のつく肉料理が多い様だ。
「う~ん、これうめぇ!!」
「コンガリと焼かれていて外はカリカリ、中はジューシー。最高ね!!」
「ハムハムハムハムモグゴック……ゥゥゥッ!?」
「もうミナツキ。大丈夫!? ほら水」
「んくんくんくん……っぱ~!! 助かったぜアキト。アグアグアグアグ」
「全く……」
「大きい肉も切られて出てくるから食べやすくて良いね。美味しい美味しい」
テーブルの上の肉料理を堪能する俺達。
そんな俺達の目の前に座る男女の前に置いてあるのは水とサラダ。
サラダをもそもそも食べながら女の方は俺達の肉をチラチラと見ている。
「あ、あのね……シキ。私もお肉、食べたいな~」
「そうか。なら頼めば良い」
「あの、お金無いんだけど」
「そうか。じゃあ我慢するんだな」
「少し、分けて欲しいな」
「嫌だよ。これは俺達はシキシーズンの飯なんだ。部外者にはやれないな」
「そんな事言わないで」
「そうだぜシキ。そんな事言わねぇで頼むよ」
「何だフグリ。僕から彼女を奪っておいて次は肉か? 随分だな」
「奪ったって……ありゃ誤解だ。俺はただコイツがデートの練習をしたいっていうからそれに付き合って」
「……どうだかな」
「そう言うなって。な? 頼むよ。ここまで来るのに金かかってさ……今厳しいんだよ」
「俺の知った事じゃないな」
今はフグリの話より飯の方が重要だ。
それにアイツ等にはサラダがある。
肉がなくても平気だろう。
「んで? こっちの予定も聞かずにズカズカと着いて来て、何の用なの?」
「そ、それが……」
「あの、ごめんね? シキの事不安にさせちゃって……それで怒って私に黙って行っちゃったんだよね?」
「はぁ?」
「あの、本当に勘違いだから。私が好きなのは本当にシキだけ。私の愛を捧げたいのもシキだけだから!!」
「あっそ。俺はそんな物いらないよ」
「お願い!! もう一回チャンスを下さい!! お願いします!!」
そう言って頭を下げるホノカ。
「……どう思う?」
流石に俺だけじゃ決められない。
もしチャンスをやるとなればシキシーズンに加える事になる。
なら、ハルカ達の意見も聞きたい。
「私は反対かな。シキにこれ以上傷付いてほしくないし」
「あたしも反対。表面で泣いて心の中で舌出して笑ってそうだし」
「僕は……うーん」
ハルカ、ミナツキは反対。
アキトに至ってはそれを考えるより肉を食べたいといった様子だ。
「トウカクはどう思う?」
「うん? 僕? 正直言うとどうでも良いかな」
「そんな……」
「でも、一度ぐらいチャンスをあげても良いんじゃないかな?」
「トウカクッ!!」
「その心は?」
「簡単な事さ。今ここで引き下がるなら何もしない。チャンスをあげてもまた裏切ったなら報復をする。簡単な事だろ?」
「なるほど……」
トウカクの言う通りにするのも、面白いかもしれない。
と、思ってしまうぐらいには俺は二人の事を嫌っているようだ。
「皆はトウカクの案、どうかな?」
「うーん……私としては嫌だけど、シキが良ければ良いよ?」
「あたしも同意見だよ。まぁ、裏切ったらボッコボコにしてやるからな」
「まぁ……良いんじゃないかな。あ、この肉美味しい」
「だそうだよ。どうかなシキ」
「……うーん」
皆の意見を聞いて考える俺。
目の前では手を合わせて祈るホノカと、肉をガン見するフグリ。
「……はぁ。分かったよ」
「本当!?」
「その代わり、一度だけだぞ」
「うん!! うん!! ありがとう!! 本当にありがとう!!」
日の光を浴びて咲いた花の様な笑顔を俺に向けるホノカ。
それに比べてフグリは
「は、腹減った……」
情けない姿を見せていた。
それから飯を食べ終え、宿に戻った俺達。
当然、ホノカ達も着いて来るのだが
「わ~、綺麗な部屋ね」
「そうだね」
何故か、ホノカは俺の部屋に泊まる事になっていた。
償うなら一緒に過ごす方がチャンスも多いだろうというトウカクの提案のせいだ。
「……お前はそっちのベッドだからな」
「う、うん!!」
俺は窓側、ホノカはその隣のベッド。
自分が使うベッドに腰掛け、一息つく。
「ね、ねぇシキ」
「……何?」
「あの、さ……久し振りに会ったし、その……また二人で思い出作りたいなって思ってさ」
「……だから?」
「私を抱いてくれないかな」
コイツはアホだろうかと思いかけてやめた。
コイツはアホだ。
しかも超ド級の。
だからこう言ってやる。
「ふざけるな。恋人でもない女を抱けるわけないだろ」
「恋人でもないって……私達は」
「あんな写真見せられて信用しろと? 練習だった? ふざけるな。俺はまだ完全に信じちゃいない。信じて欲しければ、恋人に戻りたかったら……頑張るんだな」
「……」
冷たいだろうか。
いや、思っている事をしっかり言わないとコイツには伝わらない。
言わなくても伝わる。
恋人だから黙っていても伝わると思っていたら、練習なんてされたんだ。
ここは心を鬼にしよう。
それでもホノカが頑張って、信じる事ができたらその時は、前の関係に戻る事を考えてあげても良いだろうかと、俺は思う。
それから数日。
ホノカは頑張った。
頑張った、というのはおかしいかもしれないが、俺はそう受け取った。
朝は俺より先に起きて朝の支度をし、俺の着る服を用意。
宿の朝食を食べに行った時は俺の椅子を引いて座らせる。
飲み物が無くなりそうになれば入れてくれた。それも俺だけじゃなくて全員分だ。
彼女なりに思いつく方法で尽くしてくれていた。
そんなある日の事だった。
「買い物?」
「う、うん……買い物っていうか、市場を見て回りたくって……その、良いかな。行ってきても」
申し訳なさそうにモジモジしながら尋ねるホノカ。
「まぁ最近いろいろやってくれてたし、良いんじゃない?」
「本当!?」
「うん、行ってきなよ」
「……あ、ありがとうシキ!! 大好きだよ!!」
笑顔でそう言うホノカ。
彼女自身の自業自得とはいえここ数日は緊張しっぱなしだったしな。
このまま続けて何かあっても困るし、ガス抜きも時には必要だと判断した俺は快く送り出した。
信じていたから。
「んっ……はぁっ、くっ」
宿と、宿から一番近い市場の中間程にある路地裏
そこは少々ジメッとしており、日の光もほとんど差し込まず、薄暗くなっていた。
そんな路地裏に女性の苦しそうな小さな声が漏れた。
「おいおい、静かにしねぇと聞こえちまうぜ?」
その女性を背後から抱きしめながら男性が囁く。
その顔には下卑た笑みを浮かべ、女性を抱きしめる手はいやらしく身体をまさぐっている。
「っ、や……やめてよフグリ」
「んな事言って……忘れらんねぇんだろ? だからここまで俺に引きずり込まれたんだろ?」
「う、うるさいっ……くっ」
「正直になれよホノカ。大丈夫……誰にも見られちゃいねぇって」
「っ……で、でも……」
フグリに抱きしめられながら誘惑されるホノカ。
この街に来るまで何度もこの男に抱かれた。
拒絶しても力尽くで犯された。
悦びを与えられた。
何度も、何度も、何度も。
フグリに汚されながらも彼女はここ来て、シキと再会した。
彼女は罵倒されると思っていた。
事実、軽く罵倒はされた。
が、シキは彼女にチャンスを与えてくれた。
もう裏切れない。
裏切りたくない。
それが彼女の本心だった。
でも……
「ねぇ、なんか聞こえない?」
通りを一組のカップルが歩いていた。
そのカップルの女性の方が立ち止まり、路地裏を見ながら男性の方に言う。
「え? ……何か聞こえ……あ、本当だ」
頷きながら男性はそう返す。
彼等だけじゃない。
他の通行人も立ち止まっては路地裏の様子を伺っている。
だが薄暗い事もあり、路地裏の様子は分からない。
誰か見に行くかと思ったが、皆怖いのか行こうとしない。
というのも路地裏から聞こえるのは獣の雄叫びの様な声。
もしこれが何かのモンスターだったらと思い、皆一歩が踏み出せないでいたのだ。
そんな人達の中に紛れながら路地裏の様子を伺う一人の男性がいた。
(やっぱりね……獣欲に乱れた者の行動は、分かりやすくて助かるよ)
薄っすらと笑みを浮かべる男性。
彼の皮膚は血が通っていないのではないかと思うほど白く、またその髪も同じく白かった。
(にしてもこうも早く動くとは……気は進まないがとりあえず、記録だけは取っておくか)
そう思いながら彼はポケットの中に潜ませている水晶を操作する。
するとその水晶に、ある水晶の記録が送信されて来る。
その送信元はフグリが着けている装飾品の一つ。
小さな水晶をいくつも繋げて作られたブレスレットの、その水晶の一つをコッソリ送信用の水晶にすり替えておいたのだ。
(全く……こんな事にも気付かないほどのバカだとはね。いや、バカだから学ばないのか……)
送信される内容を想像しながら彼は笑みを不敵なものに変える。
(チャンスなんて初めからあるはずないのにな……)
彼は怪しまれない様に、人当たりの良い笑みへと変える。
(君が裏切ったのは僕が愛する人……ならば許す道理は無い)
やがて水晶への送信は終わる。
つまり、ホノカの秘密の裏切りが終わったのだ。
それを確認すると彼は宿へと向かう。
(にしても急に外出をしたがるなんてね……君がホノカが外出したのに気付いてからそう言ったのに、僕が気付かないとでも思ったのかな? )
送信された記録に保護をかけ、彼は歩き続ける。
(まぁ良いさ。シキを裏切った報いは必ず受けさせる。覚悟しておけよ……)
心で思う事とは真逆に彼は優しそうな笑みを浮かべている。
ただし、その目は一切笑っていなかった。
(あ~あ。性別が固まる前にシキに会いたかったな~)
そんな事を思いながら、宿へと入っていった。
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