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85話〜転がり出した岩〜

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 ガーディアナ帝国に滞在して五日。
 俺はアニキとロウエンと手分けして国内の情報を集めた。

 共通の情報としては国民は重税に苦しんでいる事。
 貴族や王族の様に一部の上級階級だけが富み、それ以外の国民は貧しい暮らしから脱せずにいる事。
 貴族の中でも富んでいるのは一部であり、その一部以外は富む事もなく、また貧しくもない状況にいる事。
 その中間にいる貴族の中には貧しい人に炊き出しの様に食事を振る舞う者もいる事。
 一部の貴族の中には今の国のあり方をよく思っておらず、変えねばならないと思っている者もいる事。
 その者達が中心となって話し合いの場を設けようとしており、今日その話し合いの場が設けられた事までは分かった。

 ただその事をロウエンは危ないと言っていた。
 と言うのも

「今のこの状況を維持したい貴族からすれば、話し合いを設けられるのは目障りなはず。中には邪魔だから潰そうとする者もいるだろうな」

 との事。
 その事に関してはエンシとレイェスさんも頷いていた。
 二人だけでなく、ミナモとカガリもその可能性は十分にあり得ると言って頷いた。
 どうやらカガリはガオンの元に行く前は良い所のお嬢様だったらしく、そういった話を聞く事があったのだそうだ。

「貴族階級の人達の暮らしは華やかに見えてドロドロしていますので……」

 と簡単に話してくれた。
 その辺の話を知れるぐらいに、カガリの実家は良い所の家だったのだろう。
 そのカガリがガオンの下に着き、戦っていた事からおそらく、彼女の家はもう無いのだろう。
 その彼女の言葉だからこそ、重みを感じる。

「……無事に開ければ良いのだけれど」
「ミナモの言葉も重いな……経験者か?」
「……」
「ロウエン」
「……悪かったな。揶揄うつもりは無かったんだが」
「別に良いわよ。私にだって、皆に言っていない事の一つや二つあるんだし」
「……マジかよ」
「……話が逸れましたが、今日も情報を集めますか?」

 カガリの言葉に俺は考える。
 情報は割と集まって来た。が、もう少し集めた方が良いだろうか。

「まだ行けていない所もあるし、今日も手分けして情報収集しよう」
「分かった」
「承知した」

 そうして俺達はまた三手に別れ、情報収集へと向かったのだが……



 俺はそこで、勇者としてのあり方。
 何を守るべきなのか。
 何と戦うべきなのか。
 それに疑問を抱くキッカケとなるなんて、今の俺に知る術は無かった。



 俺が来たのは貧民街の中でも特に貧しい人達が寄り添って暮らしている地。
 貧しいながらも力を合わせて暮らしている人達。
 子ども達は駆け回って遊んでおり、キャッキャキャッキャとはしゃいでいる。

 ここだけ見れば平和にも見える。
 見えるのだが……

「先生!! 息子が!! 息子が熱出したんだ!!」
「先生!! お母さんが!!」

 一件の家に苦しそうに呼吸をする子を抱いた父親や、母親をおぶって来た息子が入って行く。

 あそこが彼等にとっての医者の家なのだろう。
 窓から中を見てみるととてもじゃないが衛生的とは言えないが、患者と思われる人達がベッドに横になっている。
 そして先生と呼ばれた人だろう。
 白髪混じりの黒髪のオッさんが忙しなく動いており、それを手伝う女性が三名いるだけだ。

 それでも、医師達に救われた人達は感謝しており、出て来る人から金を取りもしない。
 医者だって、貧しいだろうに。

「助け合っているんですね……本当に」
「……俺は、この国の民じゃない。だから強くは言えないけど、これは間違っている……なんで、ここまで苦しむ人がいるのに、見て見ぬ振りができるんだ。なんで、自分達は温かい家の中で過ごせるんだ」
「……ハヤテ」

 一緒に来ていたエンシが俺の手を握る。
 そのおかげで吹きかけていた黒い風が消えた。

「彼等を救いたいのでしたら、どうすれば救えるかを考えれば良いんですよ」
「……そう、だよな。簡単な事だったな」

 そう。
 簡単な事だったんだ。
 それでいて、難しい事なのだ。

 どうやったら救えるだろうか。
 やはり白の奴等を説得するしかないだろうか。
 おそらく、ミクリスアが頷いても周りは渋るだろう。
 なら、聖装の力をチラつかせて頷かせるか。
 いや、それもダメだろう。
 それは威嚇行為。
 下手すれば国家間の問題に発展してしまう。

 ならばどうするか。
 彼等をウインドウッドに連れて行けば良いか。
 いや、それも難しい。
 ここの人達が頷いたとしてもウインドウッドの人達が頷くとは限らないし、何より全員が入れる程のスペースも無い。

 ならばやはり、ここの国の上の者の考え方を改めさせるしか無いだろう。
 と、医師の家から離れた所に座り、どう説得するかと考え始めた時だった。

「オラオラァ!! どかねぇと死ぬぞ!!」

 馬に跨った騎士達を従え、蛙の様な腹をした男がやって来たのだ。

「ここかぁ……闇医者の家は」

 男は馬から降りると引き連れて来た騎士達に命じて家のドアを蹴破らせ、中から医師と手伝いの女性を乱暴に引きずり出させたのだ。

「な、何をする!! まだ治療の最中なんだぞ!!」
「知るかこの闇医者め!!」
「貴様等のせいで正当な手続きを得て開業している医師のもとに患者が来ず、利益が落ちていると苦情が寄せられている!!」
「それは彼等には払えぬ程の高額な金を請求するからだ!! 奴等には、金の無い者を救う気は無いのだ!!」
「何を言っている!! 事情を聞いたがそんな事は言っていなかったぞ!! 嘘を吐くんじゃない!!」
「嘘じゃない!!」

 医師が騎士に叫ぶ。
 すると周囲の人達も口を開き始めた。

「そ、そうだ!! 先生は金を払えない俺達のために安くしてくれたんだ!!」
「そうよそうよ!! あんな金の亡者共とは違うんだから!!」
「先生を離せ!!」
「金持ちの味方しかできない弱腰共が!!」
「腐敗騎士共め!!」
「いったいいくら貰えばそんな外道になれるんだ!!」
「俺達が倍払えば俺達側に寝返るくせに!!」

 と言いたい放題。
 騎士達も怒りに肩を震わせており、今にも剣を抜きそうな感じだ。
 が、そんな騎士達をカエル腹の男が静止する。

「まぁまぁ落ち着け。俺達はただ、コイツが憎くて来たんじゃない。正当な手続きを踏まずに開業している事で来ているんだ。これは重大な法律違反だ」
「そんな事は無い!! ちゃんと私は許可を取って!!」
「分かった分かった。その話は詰所でゆっくり聞かせてもらおう」
「ま、待て!! まだ患者が!!」
「先生を連れて行かないで!!」

 家の中から出て来た少女が騎士にしがみ付く。
 が……

「その汚い手で触るな!!」
「キャッ!?」
「大丈夫ですか!? ……ちょっと貴方!!」
「あん? 誰だ貴様は」

 騎士に突き飛ばされた少女に駆け寄り、騎士を睨むエンシ。
 そのエンシを睨む騎士。

「俺達はクラング王国から来た者。訳あってここに立ち寄った者だ」
「貴様、名を名乗れ!!」
「……俺の名前は、ハヤテ。アクエリウスの聖装に選ばれた者だ」
「聖装に、だと!?」

 その言葉にザワつく騎士達。

「ほう? お前は聖装に選ばれた者……か」

 ノゥソノゥソと歩きながら前に来たのはカエル腹。
 ボリボリと腹を掻きながら俺を舐めるように見るカエル腹。

「まぁだから何だって話なんだけどよ。他国の事に口出さねぇでくんねぇかな?」
「お前……」
「お前じゃねぇ。俺の名前はグリトニーだ」
「なんでこんな事をする!!」
「他国の者が口を出すな。行くぞ」
「おい!!」
「……これ以上邪魔をするのなら、貴様等も捕らえてやるぞ?」
「何だと」
「そっちの女。良い体をしているしな……」

 下卑た笑みを浮かべてエンシを見るグリトニー。
 その視線を受けて体を隠すように自身をかき抱くエンシ。
 俺はその視線から守るために彼女の前に立つ。

「ヒヒッ……おっと、そっちの女。良い顔してんじゃねぇか、こっち来い」
「い、嫌だ!! やだぁ!!」
「ユーカ!!」

 引き連れて来た騎士に命令し、灰色の髪の少女を連れて来させるグリトニー。

「助けてクロト!! クロト!!」
「やめろ!! ユーカを連れて行くな!!」

 少女を連れて行こうとする騎士に勇敢に立ち向かう青年が一人いた。
 その様子から二人は恋人なのだろう。
 それを見てグリトニーは醜く笑みながら口を開く。

「なんて感動的なんだ……」
「ユーカ!! ユーカ!!」
「まぁ、そんなの見せられたら余計俺の物にしたくなっちまうんだけどな」
「ユーカ!! ユー……」
「クロト!!」

 彼女を追いかけようとするクロトの動きが止まり、そんな彼の姿を見てユーカが叫ぶ。

 クロトを押さえていた騎士が剣を抜き、クロトの腹に突き付けたのだ。
 怪我をしない程度に。
 それでいて、剣の感触が伝わる程度の力で。

 それを見てユーカは涙をこぼしながら首を横に振る。
 助けて欲しい。
 でもクロトには傷付いて欲しくない。
 だから、もう良いよと言うように。

 それを見てクロトは動きを止めた。
 ただただ涙を流しながら連れて行かれるユーカを見ているだけ。
 それしかできない彼はやがて膝を突き、叫びとも嘆きともとれる雄叫びをあげた。

「あんなのが勇者なんて」
「認めない……認めてたまるものですか!!」
「今夜の話し合いで全てぶつけてやる……」
「そうよ。そうすればあのアホな女帝でも分かってくれるはず」

 怒りと共に呟く住民達に、俺達はかける言葉を見つける事ができなかった。



 そして、事件は起きた。



 それは俺達が宿に帰ってからの事だった。
 夕飯を食べ終え、ベッドで休もうとした頃だった。
 外が騒がしいのだ。
 怒声。
 悲鳴。
 破壊音。
 崩れる音。
 泣き声。

 それらは暫くして収まった。
 収まったが、終わっていなかった。



 翌日、俺達は外に出て驚愕した。
 下級貴族と貧民街の人達が縄に繋がれており、断頭台へと行列を作っていたのだ。

 昨晩何があったのかと近くの人に聞こうとしたが、騎士が声を張ってその場にいる見物人に伝えた。

「コイツ等は昨晩!! 国家の転覆を目論み、会合を開こうとしていた者達である!! それは到底許される事では無く!! 温情をかける余地も無い!!」

 それは、国家転覆を目論んだとして裁判無しでの刑の執行だった。

「これは既にミクリスア様も承諾している事!! よって刑の執行を開始する!!」
「ふざけるな!! 俺達は国家の転覆なんて!!」
「そうよ!! この権力の亡者が!!」
「子どもまで捕らえて!! この悪魔!!」
「いつか!! いつかお前達に裁きを下す者が現れる!!」
「そうだ!! お前達にだって!!」

 断頭台へと並ばされた人達が叫ぶが騎士達は耳を貸さずに、流れ作業といった様子で事を進める。

 彼等を助けないと。
 俺はそう思って一歩を踏み出したが、そこでアニキに腕を掴まれて止められた。

「アニキ?」
「ダメだ。これ以上は内政干渉になる……俺達の手を出せる範囲じゃ無い」
「じゃあどうしろと」
「この事を外に発表するしか方法は無い。彼等の犠牲を無駄にしたく無いのなら」

 その時だった。
 昨日行っていた、貧しい人達の為の病院がある方角から轟音が響いて来たのだ。

「何だ!?」

 その音はまるで建物が崩れるような音だった。

「行くぞ!! ウル!!」
「ガウッ!!」

 ウルに跨がり、あの貧民街の方へと向かう。
 向かって、到着して、俺は……



「……何だよ、これは」

 そこにあったのは真っ赤に染まった地面。

「お母さん!! お母さっ!?」

 倒れた母親を揺すっていた少女が背後から刺された。

「お前!! よくも俺の家族を!! ……グォッ!?」

 家族の仇を討つべく、騎士達に挑みかかって斬り殺される父親。

「この、悪魔共がぁぁぁっ!!」

 油を被って自身に火を点け、騎士に飛びかかる男性がいた。

「お父さん!! お母さん!! イヤァァァッ!!」

 目の前で父と母を空から降って来た岩に押し潰された娘が泣いていた。

 それだけじゃない。
 至る所でそれは行われている。

 炎系のスキルや魔術で家は焼かれていた。
 焼かれた家のドアや窓は何かしらのスキルの効果だろう。
 塞がれており、中からは絶叫が聞こえている。

 それを行う騎士達に迷いは見えない。

 そう。
 行われていなのは、騎士達による虐殺だった。
 そしてそれの指揮をしていたのは

「おらおら、さっさと済ませて帰ろうぜ~」

 グリトニーだった。

「お前なんぞが、お前なんぞが勇者なんてものか!! この悪魔が!!」
「あぁん? ジジイうるせぇよ」
「ガハッ……ウグゥ……」

 グリトニーに蹴り飛ばされ気を失う老人。

「ったく、いつまでも昔話に想いを馳せんなって。勇者が悪を倒す? ふざけんな……勝った方が正義で、負けた方が悪なんだよ!!」
「っ!! くらえ!!」
「死ねえ!! クソ勇者!!」

 住民の一人が油をグリトニーにかけ、もう一人が火を放つ。
 が……

「ちょっと物足りない味だなぁ……」

 グリトニーは何と、燃え盛る油を飲み干した。

「……おや? 昨日の聖装君じゃないか~。どしたー? そんな驚いて、ってそうか言ってなったな。俺の勇者の祝福は勇者・どん。その名の通り、何でも呑み込めちまうのさ」

 カエル腹をさすりながらゲラゲラ笑うグリトニー。
 そこにいるのは悪を倒す勇者ではない。
 力に溺れ、欲を満たす為にその力を使う者。
 いつの日か、俺が聞いた勇者とは遠くかけ離れた存在。

『優しく、勇敢な者。清らかな心を持つ者。それこそが勇者だと、私は思いますよ』

 俺が聞いた勇者の姿から遠くかけ離れた者は、騎士達の虐殺を見ながらゲラゲラと笑っていた。



「人間って……こんなに醜くなれるのかよ」



 そんな存在、果たして守る価値はあるのか? 

 いろんな色が混ざり合った結果出来たドス黒い色の様に黒い感情が、俺の中で鎌首をもたげ始めた。
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