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73話〜面倒な依頼〜
しおりを挟む教会で過ごすようになって数日後。
俺は教国の集会場へと来ていた。
「来たは良いが……」
「申し訳ありません。ギルドマスターが前の用事が終わっていなくて」
「いや、別に良いよ。ロウエンもあまり威嚇しないで」
「……すまん」
「そうですよ。待たされたぐらいで勇者様が怒るわけありませんから」
「……やりにくいな」
俺の隣に座る聖女スティラに言われ、気不味そうなロウエン。
確かに魔族であるロウエンからすれば聖女であるスティラは反対の属性。
やりにくい相手だろう。
ロウエン曰く、魔に近い俺からしても得意な相手ではない。
そんなスティラは俺の隣に座り、幸せそうにニコニコ笑顔でいる。
そんな俺達にお茶を出すギルマスの秘書の女性。
ギルマスの趣味だろうか、メイド服を着せられている。
「似合ってねぇなぁ……」
持って来た本を読みつつ、そんな事を呟くのはアニキだ。
「アニキ、口が悪いぞ」
「素直に思った事を言ったまでだ」
「エラスに報告だな」
「マジかよ……いやだってよ。ほれ」
「ん? なんだよ……」
アニキは魔術で作った服の幻影を秘書に合わせたのだ。
「こっちの方が似合うだろ」
アニキが作った幻影の服は片側の側面に深いスリットの入った服。
赤い生地に金の糸で刺繍が施されている。
体の線がもろに出るその服は確かに、彼女に似合っていた。
「確かに……」
「似合っているな」
「ですね」
「どーよ」
「でも報告だから」
「嘘だろ……」
服の幻影を消しながら落ち込むアニキ。
と、俺達がそんな話をしていると部屋のドアが開けられ、ギルマスがやって来た。
「やーやー。待たせて申し訳ない」
「全くだ。こっちだって暇じゃないんだがな」
「教会の中に閉じ籠っているだけですのに?」
「……」
「ロウエン……」
「分かってるよ」
「それで、俺達に何の用だ?」
テーブルをはさみ、俺の目の前に座るギルマス。
片眼鏡をかけ、スーツを着た男性は一見すると普通の紳士に見える。
けど、今の俺なら分かってしまう。
彼の目は、執行者の目をしている。
執行者というのは禁忌を犯した冒険者を狩る冒険者の事を指し、危険な任務を数多くこなした者だけがなれる職業だ。
「いえいえ、用件というのは依頼がありましてね」
そんな、執行者のギルマスは柔和な笑みを浮かべながら続ける。
「教国の北にある山に遺跡がありましてね。先月、土砂崩れの際に出入り口が塞がれたしまったのですよ」
「……それで?」
「その土砂の一部が取り除かれ、何者かが入った様子がありましてね。それの調査を依頼したい」
「……土砂を取り除いたのは国の業者じゃないのか?」
「確認した所、その様な業者はいなかったよ」
「……成程」
「どうだろうか? 受けてもらえるだろうか? 勇者のハヤテさん」
「……」
「おやおや、怖い顔をなさりますね」
「執行者の貴方が行った方が良いのでは?」
「……分かりますか?」
「目の奥がな」
「これはこれは……隠せていませんでしたか……でも私にはコロシアムに現れたモンスターを倒す力はありませんよ」
「あれはたまたまだ」
「果たしてそうでしょうか? それに、聖装に選ばれた貴方の方が、私よりは強いでしょう?」
「……やりにくいな」
「報酬ももちろんお出ししますが……これ程でいかがでしょうか?」
そう言って金額の書かれた用紙を俺に差し出すギルマス。
だがその紙は俺が見るより先にスティラに横から掻っ攫われ、それを読んだスティラの顔はみるみる真っ赤に染まっていく。
そして
「ふ、ふざけないで下さい!!」
ズバァンと音を立ててスティラが両手をテーブルに叩き付ける。
それに驚いたアニキが後ろでビクッとしている。
「こんなやっすい金額で!! 勇者様をそんな危険な場所に派遣する気ですか!!」
「我々は妥当と判断しておりますが」
「我々? 我々とは貴方以外にどなたですか?」
「我々、ここを預かる者達です」
「具体的にはどなたですか?」
「上層部の者達です」
「お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「個人情報ですのでお控えします」
「聖女の権限を用いて、開示を請求します」
「なっ……職権の濫用では!?」
「私の役目は勇者様をお守りする事。ギルドのメンバーが会議を行い、話し合った末にその様な答えに至ったのなら納得しましょう。ですが、もし違った場合……私は、聖勇教会本部にこの事を報告させて頂きます」
「何もそこまでしなくても……」
本部に報告と言われて明らかに狼狽え始めるギルマス。
当然だ。
スティラが所属する聖勇教会はかなりの力を持つ組織。
ポーションの流通や戦の時の治療、時には教会の保有する戦力を派遣してもらっている他、多額の寄付だって行われている。
それは国に対してだけでなく、ギルドに対しても行われているのだ。
もしも、その援助の一切が無くなればギルドは今の力を失ってしまう。
にも関わらずギルマスは先程まで狼狽えていたのに一変、余裕の笑みでこう言った。
「まぁそう言うのでしたら呼びますが、いかんせん皆さんお忙しい身でして国外に行っている者もおります。全員呼べるのに一週間かかるか一ヶ月かかるか分かりませんなぁ?」
「……想定済み、という訳ですか」
「いえいえそのような事はありませんよ? ちゃんと呼びますからご安心下さい。ただ、遺跡内に入った者が悪党で、待っている間に遺跡内で何かやらかしたとしたら」
「っ……」
「……分かった。受けてやるよ」
「それはそれはありがた」
「その代わり条件がある」
「条件、ですか?」
「俺達が遺跡内で何をしようと一才のお咎めは無しだ」
「ふむ、良いでしょう。その代わり、しっかりお願いしますね?」
ニッコリと紳士な笑顔で俺を見るギルマス。
対する俺は笑顔を作る事すらせずに席を立ち、そのまま部屋を出る。
失礼だとは思うが、知った事か。
お抱えのパーティーにでも頼めば良いのに面倒な事を持ち込んでくれたもんだ。
そんな事を思いながら廊下を歩き、ラウンジへと戻る。
この国の冒険者が依頼を受け、また達成した依頼の報告やらをしている中、違和感を感じる。
「ロウエン」
「気付いたか」
ロウエンも気付いたらしく、外にバレぬよう警戒を始める。
が、そんな必要は無かった。
というのも、違和感の元の方からこちらへとやって来たのだ。
「貴方が勇者様ですね?」
声の主は真っ赤な髪の少女。先端に行くに連れて橙色に移っていく長い髪。
「……誰?」
「私はオーブ国の第二王女にして勇者のマリナ・フィーリア・オーブですわ!!」
「そうなんだ。で、何か用?」
彼女はエヘンとでも言うように、真っ平らな胸を張って話す。
「勇者様にお願いがあって参りました!! 人探しを手伝って頂きたいのです!!」
「人探し?」
「はい!!」
「えっと……」
何やらまた面倒事が始まりそうな雰囲気だ。
いや、当たりなのだろう。
面倒事だと察したアニキが集会場内の売店へと歩いて行く。
「探して欲しいのは私とパーティーメンバーの恋人でして」
「おいおい、勝手に受ける体で話を進めないでくれないか?」
「……どなたですの? 申し訳ありませんが、お付きの方は黙っていて下さいな」
「お、お付きのって……」
「ロウエンさん。ここは私が」
「……すまん」
「えっと、貴女。マリナ、と言いましたね?」
「貴女こそ誰ですの? そうですわ。私はマリナ」
「勇者の名を騙る不届き者が!!」
「えっ……」
突如、一瞬で怒りで顔を染めて声を荒げるスティラ。
「えっ、なっ……何をいきなり!! 私は正真正銘勇者ですわ!! 貴女こそ言いがかりは」
「いいえ、言いがかりではありません。我々聖勇教会が保有する大水晶は貴女を勇者とは認めておりません」
「で、ですが勇者の祝福を受けましたわ!!」
「そんな事、誰でも言えます。そこまで言うのでしたら良いでしょう。すぐそこにある聖勇教会の教会へと行って祝福を見てみましょう」
「い、良いわね!! そうしま」
「もし、本当に貴女が勇者でしたら何でも致しましょう」
「言ったわね? なら真実が明らかになったら教会の前で裸になって踊ってもらいましょう」
「良いですよ」
「えっ……」
まるで即答されるとは思っていなかったという様子のマリナ。
「その代わりもし、貴女が勇者の祝福を受けていなかった場合はオーブ国の王城の前で、裸で踊ってもらいますがよろしいですね?」
「えっと……それは」
「よろしいですね?」
「いやぁ……私王女だしぃ」
「さぁ、お早くお返事を」
「だ、だからぁ」
「さぁさぁさぁ!! ……さぁ!!」
「……も、もう良いわよ!! そ、それにそうよ。私は勇者なんだから、調べるだけ時間の無駄よ!! 全く……疑うなんて不敬ですわ!! 気分が悪いですわ!! もう帰りますわ!!」
喚きながらズカズカと集会場を出て行ってしまった少女。
「……嵐みたいだったな」
「そうだな……」
「全く、勇者様の名前を騙るとは……あっちの方が不敬ですわ」
「……と、とりあえずこれでも食え」
プリプリと怒るスティラを宥めるために、集会場内の売店で買って来たクリプという薄く焼いた生地でクリームや果物を巻いたスティック状の菓子を与えて落ち着かせている。
「はむっ、申し訳はむっ、ありまはむっ、せんごくっ……」
おかげでスティラのご機嫌は少しは直ったようだ。
「人探しは良かったのかな」
「どっか行っちまったし、ほっといて良いだろ」
「そっか……」
まぁ、また会ったら聞けば良いかと思いつつ、俺は教会へ帰った。
場所は変わって聖勇教会本部。
雪と氷に閉ざされた地に置かれたそこは過酷な環境故に多種族から攻め込まれる事がほとんどなく、そのおかげで彼等は順当に力を蓄えていった。
ただそれと同時に、いやそれ以上の問題を抱えていた。
「教国に留めている勇者の処遇はどういたしますかな?」
ブクブクと太った神父が口を開く。
「あぁ、勇者・陰とかいう物騒な勇者か」
ガリガリの神父が口を開く。
「我等に牙を剥くのであれば背信者として始末するだけ。今までと同じ事ですよ」
神経質そうな顔の神父が口を開く。
「どうせアイツもオレ達の計画に利用すんだろ?」
筋肉質な神父が口を開く。
「左様。彼にこそ、我等の悲願である魔族絶滅の為の種馬となってもらう」
至って普通の、穏やかな顔の神父が口を開く。
円卓を囲う彼等五人が聖勇教会のトップに立つ者。
「で? その勇者のガキに送る女どもは選んであんのか?」
「そんな者選ばずとも募集をかければ教会内の女なら立候補して来ますよ」
「左様。奴等の存在価値は勇者の機嫌を取り、魔族絶滅の為の兵隊を産むという役目しかありませんからね」
「我等の願いは叶わねばなりませんからね」
「人類の為にも、思い上がった魔族共には痛い目を見てもらわねば」
「折を見て秘匿中の勇者を発表するとしよう」
「そうですね。種馬は一匹より二匹。多い方がよろしいですからね」
「では各々方。よろしくお願いします」
至って普通の神父がそう言って締めくくり、席を立とうとした時だった。
「あぁ、一つよろしいですかな?」
ブクブクと太った神父が口を開いた。
「何でしょうか?」
「近頃魔族に妙な動きが見られましてな……一つ、過ちを犯さぬように躾をと思いましてね」
「躾ですか」
「あの辺なんていかがでしょうか」
「あの辺、と言いますと?」
「クラングの王国の近くにあるアクエリウスとかいう港町の近くに確か、ダークエルフの里がありましたな」
「アクエリウスの近くの里……そこは確かウインドウッドとかいう里では?」
「いやいや、そこは恐れ多いですよ。なんせオウワシの繁殖地の近くであり、あの勇者・陰の子の拠点でもありますからね」
「ん? ダークエルフの里……俺は聞いた事あるぜ?」
「ほう。ではお前達に任せるとしよう。今現在数を減らしているダークエルフを見せしめにすれば、他の魔族もおいそれと動くまい」
「左様。魔族領の奴等なら知らんが、人間様の領地で暮らす者達は動けまい」
五人全員がそれぞれ違った腐った笑みを浮かべる。
「では、その件はお二方に任せる」
その言葉で今度こそ話し合いはお開きとなった。
いつの世だってそうだった。
強い力を持った者は驕り、権力を持った者は横柄になり、自分自身が強くなったと錯覚し、組織は腐敗していった。
それはこの聖勇教会も同じ事。
そしてその腐敗を、スティラ達末端は知らない。
そんな彼女達の思いを彼等は利用する。
そんな彼等の教えを彼女達は信じる。
そんな腐った組織が、長続きするだろうか。
その答えを彼等は身をもって知る事となる。
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