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41話〜ちょっと気まずい関係〜

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 盗賊団との戦いから三日後。
 俺達群狼はウインドウッドに帰ってのんびりとしていた。
 と言ってもエンシさんはクラックに叩き付けられた際に負った怪我を治す為に安静にしている。
 アニキも奪われたレベルとスキルを取り戻し戦闘に参加したのだが、久しぶりだった事もあってか筋肉痛気味らしい。
 情けない奴めと思いつつソファーに体重を預ける。
 目の前の窓の外には小鳥が止まってさえずっている。

(……疲れたな)

 チュンチュチュンという囀りが少しずつ子守唄に変わっていく。
 徐々に眠気は強くなり、ウトウトし始めた頃だった。
 廊下の方が何やら騒がしい。
 何だろうか。
 気にはなるが眠気の方が勝った俺はソファーで横になろうとする。
 その時だった。

「あ、こらウル!! ルフ!! 待ちなさい!!」
「ワッフワフー!!」
「うげっ!?」
「ワウワウワーウ!!」
「ぐほっ!!」

 浴室で水浴び中だったウル達が体を拭かずに逃げたのだろう。
 タオルを持ったエンシさんに追われ、こちらに向かって来たのだ。
 そして俺を飛び越える為にウルがタックルし、ルフが踏み付けて飛び越えていく。

「う、うぅ~……」
「は、ハヤテさん!?」
「ワフ~?」
「ワウ?」
「あぁ~もう。おとなしく拭かれ」

 直後二匹はブルブルと体を振って水気を飛ばす。
 当然、その水は俺にも飛んで来たし、思ったより濡れていたせいか、ずぶ濡れとまでは行かないが着替える事になった。
 ちなみに二頭だがその後エンシさんに捕まり、それぞれ両脇に抱えられて連れて行かれた。
 いや、よくよく見ると抱えきれずに二頭とも後ろ足が床についているし、尻尾振っている。
 多分反省はしていない。
 多分怒られるんだろうなと思いつつ、俺は着替えに向かうのだった。



「ふぅ……こんなものか」
「お疲れ様ですカラト。少し休みますか?」
「ん、そうだな……少し休もうかな」
「お、仲良いねぇ。これじゃ邪魔かな?」
「ハヤテ。いや、邪魔な訳ねぇだろ。なぁ?」
「え? ……え、えぇ。そう、です、ね」
「ん?」
「アニキ……はぁ。まぁ仕方ないか」
「そうですね。カラトはちゃんとした恋愛をした事がありませんから」
「「はぁ~」」
「え? おいおいどうしたんだよ」

 着替えた俺が向かったのは薪割り中のアニキの所だ。
 セーラから力を取り戻し、盗賊団を倒してからのアニキは変わった。
 俺が知っている、明るくて頼りになる、俺が共に旅をしたかったアニキに戻ったように見える。

「もう少しで終わるからよ」
「のんびりやれば良いじゃんか」
「のんびりやるのとダラダラやるのは別だって親父から言われたの忘れたか?」
「覚えてるよ。だからのんびりやれば良いって言ったんじゃんか」
「ま、そりゃそうだけどよ」
「んんっ、コホン」
「ん? どうしたエラス。具合でも悪いか?」
「別に、そういう訳ではございません」

 明らかに不機嫌なエラスと何故機嫌が悪いのかが分からないアニキ。
 先程エラスが言っていたが、
 アニキはちゃんとした恋愛をした経験が無い。
 勇者である事から、悪い女が寄り付かぬようにと世話役だった騎士達がアニキに近寄る女には目を光らせていたのだ。
 が、セーラに隙を突かれてしまい、あぁなった。
 最初の恋愛があれというのは辛いだろうな。
 いや、辛い。
 辛いよ。
 俺だって初めての彼女がアレだったんだ。
 そう思うと……

「うっ…………」
「お、おい。大丈夫か?」
「大丈夫。さっきルフに踏まれた所が痛んだだけだから」
「そ、そうか……なら」
「でも一応。失礼しますね」
「え、お……おう」

 俺が押さえた腹部にそっと手を当て、回復魔法を使うエラス。
 そうだ。
 エラスはもともと優しい子だった。
 優しくて大人しいただのシスターだった。
 ただ大人し過ぎて自己主張するのが苦手な子だったのを覚えている。
 それが原因でヤンチャな男子にイジメられたりもしていた。

 確かその時のイジメられていたエラスをアニキが助けたんだ。
 うん、俺とモーラも巻き込まれて一緒に助けたんだ。
 あれ以来エラスはアニキを見ると例え少ししか話せなくても話しかけていた。
 手を振るだけの時もあったが、よく笑うようになったとエラスの両親も驚いていたのを覚えている。

 多分、いや絶対にエラスはアニキの事が好きだ。
 その好きな相手のそばにいたくてあの日、アニキと一緒に村を出たのだろう。
 俺としては驚きだったし、ハツヤドでの一件も驚きはしたがもう別に何とも思っていない。

「これで痛む事は無いかと」
「おう。ありがとな」
「……いえ。これぐらいしか、できませんから」

 フッと。表情を曇らせながら話すエラス。
 エラスはエラスで俺にした事を気にしているのかもしれない。

 アニキだって未だに気にしているのを俺は知っている。
 昨晩、トイレに起きた際にアニキがエラスと使っている部屋の前を通った際に、苦しむアニキの声とそれを宥めようとするエラスの声が聞こえた。

 アニキの口からは謝罪の言葉と後悔の言葉がひたすら吐き出されていた。
 その言葉もハッキリとしたものでは無く、歯を食いしばり苦しみながら零したものだったので、初めは聞き取れなかった。

 アニキも一応被害者ではある。
 でも、やって来た事を後悔して苦しんでいるのだ。
 だから俺は許した。
 もう気にしなくて良いと。
 でもそれは、アニキにとって救いにはならないはずだ。
 アニキは今でも時々謝ろうとする。
 謝ろうとして、俺が気にしていない事、許したと言った事を思い出して思いとどまる。

 謝りたくても、その意思を俺に受け取ってもらえない。アニキからしたら辛い事だろう。
 でも、それはアニキの問題だ。
 俺の問題では無い。
 俺は俺なりに区切りをつけて歩き出したんだ。

 次はアニキの番。
 応援はするけど俺にできる事は分からない。
 でも今のアニキのそばにはエラスがいて、支えてくれている。
 多分、近いうちにアニキは立ち直れるだろう。
 俺はアニキを信じている。
 これでも一応弟だからな。

「さってと、そろそろ薪割り再開するか……」
「そっか。頑張れよ」
「分かってるよ」
「んじゃあな~」

 アニキと別れて歩き出す。
 そんな俺とすれ違うウルとルフ。
 その直後にエラスの悲鳴が聞こえる。

 振り返ってみると二匹に押し倒されたエラスが顔面をベロベロと舐められている。
 出会った当初はウルとルフはエラスやアニキを見る度に唸ったり、砂をかけたりしていたが今では懐いており、時々こうして遊んでいる。
 昨日はエラスの服の裾を踏んで転ばせたりしていた。
 なんやかんやでアイツ等も仲良くしているみたいだ。

「ちょっ!? まっ……すこっ……まっ……て!!」
「ワフワフワフワフー!!」
「ワウワウンウワーウ!!」
「誰か助けてー!!」

 うん。今日も仲が良さそうだ。そう思いながら散歩を続ける。



「今日も貴女のお子さんはお元気ですよ」

 途中で積んだ花をウルとルフの母親の墓に備える。

「貴女の牙を使ったネックレスのおかげで助かりました。本当に、ありがとうございます」

 そう、あの時ユミナはセーラのスキルで俺達が動けない中動き、俺を救ってくれた。
 その理由がウル達の母親の牙を使ったネックレスのスキルのおかげだった事が分かった。
 その状態異常解除のレベルも高い事が分かった。
 その話を聞いたエンシさんは

「それ程までに誰かを守りたいって気持ちが生きているのでしょうね」

 と言っていた。
 多分それは合っているだろう。
 現にそのおかげで俺達は助かった。
 母狼の想いが、ウル達の群れの仲間を救ったのだ。
 今日はその事の礼を伝えに来たのだ。

「貴女の力が無ければ今頃どうなっていたか……本当にありがとうございます」

 彼女の力が無かったら、もしかしたら俺は今ここにいなかっただろう。
 いや、そもそもあの日に母狼を討つではなく見逃していたらこの結果には辿り着けなかっただろう。

「貴女のお子さん達は今日も元気に生きています。どうか、安心してください。彼等を悲しませたりはしませんから」

 そう誓い、最後に一礼して去る。
 次に向かったのは新しくできたパン屋だ。
 俺達が盗賊団討伐に出発する前日に結婚したエルフの夫婦が営んでいる。
 森で採ってきた旬の素材や川で釣った魚を使ったパンを売っている。
 旦那さんが焼いたパンを奥さんは幸せそうに眺めている。

「いらっしゃい!!」
「あ、ハヤテくん。もう動いて良いの?」
「はい。ずっと寝てばっかではなまってしまいますから」
「それもそうね」
「怪我とかはもう大丈夫なのかい?」
「はい。もともとたいした事なかったので」
「丈夫だねぇ。羨ましいなぁ」
「いやいや~。そんな事無いですよ」
「いやいや~僕よりは丈夫だよ~」
「そうですかね~?」
「そうだよそうだよ~」

 あははと笑う旦那さんを見上げる俺。
 一応言っておくが、旦那さんの方が俺より体格は良い。
 メチャクチャガッシリしている。
 奥さんは奥さんでスタイルが良い。
 ミナモが出会った時に軽くショックを受けていた。
 まぁ、負けたって思ったのだろう。
 何処がとは言わないが。
 何処の大きさがとも言わないが。

「……あ、そろそろ焼き上がる時間じゃない?」
「え? あ、やっべぇ!!」
「ほらほら急いで!! 焦がしたら大変!!」
「お、おう!! じゃあそっちは頼んだぞ!!」
「はいはい。何かあったら呼びますからね。ごめんねハヤテくん。せっかく来てもらったのに」
「いえいえ。タイミングが悪かっただけですから。それに、いつだって会えますしね」
「ふふ。そうね」
「あ、そうそう。忘れて帰らない内に」
「ん?」
「季節のフルーツパンと魚フライパン。それと、グミパンを下さい」
「……」
「あの?」
「……え、あ、はい!! 今すぐに!! えっと個数は」
「あ、そうでしたね。えっと……俺、ロウ、ミナモ……十個あっても一食で無くなるな」
「あ、だったら後で届けましょうか?」
「え、いや……それは流石に。お店だって二人ですし」
「そこは平気よ。フーマくんに頼むから」
「フーマに、ですか?」
「そうそう。ダメだったらアイワンに頼むから」
「い、良いんですか?」
「えぇもちろん!! 群狼が来てから村の様子も変わったしね」
「……では、お言葉に甘えて」
「はい、じゃあ後程届けるね。あ、個数は様子見で三十ずつぐらいで良いかな?」
「そうですね……とりあえずそれでお願いします。足りなかったり多かったりするようでしたらまた連絡します」
「はい。かしこまりました。あ、お金なんだけど」
「配達料はちゃんと払いますよ」
「ありがとうね」
「いえいえ。当然の事ですから。では、お願いします」
「はい。任せてくださいね!!」
「お、帰るのかい? 焼き立てがあるんだけどな」
「はい。帰り……買いますー!!」
「毎度あり~」
「ちょっと貴方!! もう、ごめんね~?」
「いえいえ。うわ、うまそ!!」
「美味そうじゃなくて、美味いの!!」
「そうでしたそうでした」

 ニシシと笑いながら焼き立てパンを買い、店を後にする。
 とても仲の良い夫婦だ。
 仲の良い夫婦。
 俺も、セーラとあんな夫婦になるのを夢見ていた。

 大人になって結ばれた俺達という、今ではもう叶わない事を時々夢に見る。
 ある日見た夢ではお腹の大きくなったセーラが待つ家に俺が帰ると彼女が出迎えてくれる。
 おかげで、昼間の騎士の仕事の疲れが一気に吹っ飛ぶ。

 また別の日に見た夢では俺の仕事が休みの日に、家族三人でピクニックに行く夢だった。
 俺とセーラと娘の三人。
 木の下の木陰で休みながら弁当を食べる夢。

 また別の日には娘が学校に行く夢。

 また別の日には娘が恋人を連れて来た夢。

 その次は娘の結婚式の夢。

 そしてその次は孫が生まれる夢だった。

 どれも全て、今では叶わない夢。
 ただ、俺がかつて望んでいた夢だった。
 それを俺は、よりによってセーラ自身に壊された。
 それ以来俺は、誰かを好きになる事が怖くなった。
 また裏切られるのではないだろうかと疑ってしまうと思ったからだ。
 だからこそ俺はまだ、ユミナの想いに応えられないでいる。

 あの戦いの時に受けたユミナのキスと好意の言葉。
 全て聞こえていた。
 全て届いていた。
 ユミナの大好きという言葉。
 嬉しかった。
 でも、まだダメだ。

 今の俺では応えられない。
 受け入れたとしても、常に疑い続けてしまう。
 俺がいない所で実は別の男と、そんな最悪な光景を思い浮かべてしまう。

 ならばいっそ恋などやめてしまおう。
 そう思った。
 でもそれは無理だ。
 ならば恋をするか。
 いや、それも今の俺では無理だ。
 なにより、疑いながら交際するのは相手に対して失礼極まりない。

 だから結局は傷が癒えるのを待つしか無いのだ。
 それが来月なのか半年後なのか来年なのか。
 それとも十年後なのかは分からない。

 だからといって焦っても仕方が無い。
 ユミナなら一緒に傷を癒そうと言ってくれるかもしれない。
 でもそれは果たして良い事なのだろうか。
 それはお互いに対等なのではなく、俺が負担になっている事にならないだろうか。

 あぁダメだ。
 一度考え始めると頭の中が纏まらない。
 穏やかな水面に石を投げ込むように心が荒れていく。
 ただ救いなのはユミナがあの後、少し距離を置いてくれた事だ。
 返事の催促をする訳でも無く、ただ返事待ちの姿勢でいてくれている。

 いや、救いでは無いだろう。
 なんせ、俺の返事待ちなのだ。
 俺が返事をするまではそのままが続く。悪い意味で膠着状態だ。

(ひとまず保留で、というか? )

 いやそれはダメだ。保留という事はOKかもしれないと期待させてしまうかもしれない。

(なら今まで通りでいようと言うか? いやそれって断っている事になるのか……)

 なんと言えば良いのだ。
 正直に言うと俺はユミナと付き合うのは良い。
 良いのだが、疑ってしまう。疑いながら付き合いたくないのだ。
 結局の所、いつまでも過去の事を引きずっている俺に原因があるのだ。

(はぁ~……情けねぇ……)

 パンの入った紙袋を持ちながら項垂れる。
 と、そんな俺にかけられる声があった。

「よっ、主どうした? しけたツラして」
「……なんだ、ロウエンか」
「何だは無いだろ何だは。って、今一人か?」
「見りゃ分かんだろ?」
「そうか……ならちょうど良いか」
「なんだよ。何か用か?」
「あぁ。まずは主に聞いてもらおうと思ってな」
「……何だよ久しぶりに主呼びなんかして」
「俺の過去について、話そうと思ってな」
「ロウエンの、過去について?」
「あぁ。いい加減、そろそろ話しておかねぇといけねぇ気がしてな」
「……分かった。パン、置いて来てからで良いか?」
「あぁ。河原で待っている」
「分かった」

 ロウエンと別れて一度家に帰ると俺は顔を洗う。
 これから話を聞く前に気を引き締めないといけない気がした。
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