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十一年目、期待に応える

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 副官十一年目は最後の一国との戦いの幕が密やかに開けた年だった。 
 小さい国であれば外交で押しつぶす事も出来たし、大きな国であればお互いに膠着が続いて、どちらかの国に綻びが生じない限りは何事もなく平和であったろう。 
 しかし、あちらの王がなくなり、兄弟間に軋轢があったのか国が割れた。いや、表面上は共同統治という形になっているが、溝はくっきりと。 
 本来は外敵があれば一枚岩になるものだが、そうは出来ない程の何かが二人の間にはあったのだろう。 
 両方とも水面下で瑞穂の国と結ぼうと接触をかけて来た。東と西に分かれた彼の国は、どちらも相手が不当に王権を主張している言う。 
 そういう陣営は瑞穂の国の大得意とするところで、どちらとものらりくらりと交渉を続けていたところ、とうとう瑞穂の国の国境近くでその両者の衝突があり、我が国の兵士がその流れ矢で負傷すると言う事態が発生した。 
 それからの瑞穂の国の動きは早く、両者に向かって「事の真相解明を望む、引き金になった国にはそれ相応の報復をする」と声明を出したのだ。 
 これには慌てて両者とも、相手側の兵士がやったと喧伝し、証拠を捏造する事態にまで至って。 
 そして東と西に分かれたその国が内乱に突入したのだ。 
 しかしこれには裏がある。 
 瑞穂の国の国境近くで小競り合いを起こしたのは、東でも西でもなく、瑞穂の国の兵士だったのだ。あとはまあ、お察し。 
 うちの国がやる事は、その戦乱に乗じて国境線を押し広げる事だ。 
 内戦により焼きだされた敵国の民達を保護する名目で炊き出しを行い、時には治安維持活動を行う。 
 当然両者から抗議は来たが、東のも西のも区別を付けずに負傷兵は治療してやっているし、駐屯自体しないですぐに引き上げるのだから、強くは出られない。 
 そして青洲様自ら読売に「我らは事の真相を知りたいだけで、この国の住民に辛い思いをさせたい訳ではないので、炊き出しや人道的支援は惜しまない」と自国民だけでなく、敵国民にも語るものだから、時には助けにいった先で「お国は頼りにならないから」と駐屯することを請われることも。 
 常盤様も逃げてくる難民を救いに、自ら部隊を率いて出たというのが読売の記事にでた。 
 当然紅緒様も記事には出るのだけれど、扱いは小さい。こちらは炊き出しやら医療提供、ついでに難民を保護するベースキャンプの設置、衛生状況の確保という地味な事柄だけに、華やかな話題を欲しがる者たちには物足りないのだろう。 
 そんな中数ある読売の一つが、紅緒様のお写真を一面に置いた。 
 それは難民キャンプでとある子どもが骨折していたのを紅緒様が治療していたという記事なのだけれど、お礼の花を紅緒様に捧げたいと言った子供を俺が抱き上げて、紅緒様に花を渡せるようにしてやった時のもので。 
 花を受け取ると、穏やかに慈悲深く微笑まれた紅緒様はそれはもう神々しいほど美しかった。 
 その時の穏やかな笑みを、難民キャンプの取材に来ていたどこぞの記者が写真に収めたのだろう。 

「なーにが『慈愛に満ちたお人柄がにじみ出た微笑み』だっての。ちょっと前までは『死の天使』とか言ってたくせに」 
「しゃあねぇだろう? 世の中、勝ったら正義なんだからよ。それよりお前、男爵イモの芽はちゃんと取れ」 
「ん? あ、残ってたっすね」 
「そういうトコは雑にすんな」 
「っす」 

 小型のナイフで、芋の皮を薄く削いでから芽を抉り取ってゴミ箱に。剥いた芋は大きなボウルに入れてしまうと、また次の芋を剥く。 
 俺は最近休みの早い時間、食堂のおやっさんの手伝いをさせてもらってる。理由は単純に料理を教わるためだ。 
 このおやっさんは俺と同じくらい紅緒様との付き合いが長く、食の細い紅緒様のためにあれこれ工夫して献立を立ててくれている。 
 紅緒様は出されたものは残さない。嫌いなものでもきちんと食べるし文句は言わない。どうしてもダメそうなときは俺の皿にいれたりするけど、そのどうしてもダメなものは肉だったりするので、俺でなくても皆分けてもらえるとなれば喜んでもらってたろう。 
 でもそんな事ばかりしていたら、紅緒様にも必要な栄養がしっかり摂れない。だから紅緒様が不得意とする肉の獣臭さを取り除くのに野菜と一緒に煮込んだり、果物の汁に漬け込んだり、俺に食材に纏わる話をして紅緒様の興味を料理に注いでもらえるようにしたり、まあ色々。 
 俺は紅緒様の親兄弟に気は遣わないが、この人にはそれなりに気を遣って、何かあれば必ず差し入れを持っていく間柄だった。 
 で、いつか紅緒様と戦いが終わった後の話をしたことを、おやっさんとの会話の中で話題に出したら、おやっさんが顎を擦って「料理は俺が仕込んでやるよ」と言ってくれて。 
 それ以来暇があるときはおやっさんの所に通って、料理を教えてもらっている。 
 お蔭で紅緒様と野遊びに行って釣った魚で料理を作ったり、時には夕飯を作らせてもらったりで、俺の人生が以前より豊かになった。 
 紅緒様も俺が料理を習ってるのを知っているから、おやっさんの所から帰った来ると「今日は何を作った?」とか聞いてくださる。 
 それで興味を持ってくださったりすると、その料理が出てきた時は面白そうに、ちょっと口の端を上げて食べて下さったりするのだ。 
 こういうことを言うとおやっさんは「お前もよくやるよ」と言いつつ、誇らしげにしている。 

「んで、今日はこの芋を茹でて潰して、炒めた玉ねぎとひき肉を混ぜて、それから楕円形に成形して衣つけて揚げっから」 
「うっす。芋は熱いうちに潰すんすか?」 
「おう。紅緒様が心配すっから、火傷すんなよ?」 
「っす。味付けは?」 
「玉ねぎとひき肉を炒める時に塩コショウする」 
「了解」 

 手順を説明されたから、鍋に芋を放り込んで茹でる作業に入ると、横目でおやっさんの作業を見てメモる。 
 料理ってのは単純な作業でなく、突き詰めていけば実験に近い。どの調味料とどの調味料を混ぜ合わせれば旨くなるのかなんて薬品の調合に似てるし。 
 そんな事を言えば紅緒様は「出穂は面白い所に着眼点を置く」とほめて下さった。 
 氷みたいな人が、そんなことで笑ったりするもんか。 
 茹でた芋に竹串をさせば抵抗なく刺さる。芋が茹で上がった確信を得て、ざるに鍋を開ければほこほこの男爵が顔を出す。これを熱いうちに潰すから、そのための道具を探していると、おやっさんから道具を手渡された。 

「あんまり念入りに潰さんでもいいぞ。芋のごろっとした食感が残る方が紅緒様はお好きだ」 
「ああ、そういやうちの部隊のこれは芋がごろっとしてるっすね」 
「おう。色々見ててな、紅緒様はそういう素朴なもんがお好きなんだろうなって」 
「なるほど。芋の煮っころがしとかも、ほくほくしながら召し上がってるっす」 
「そうなんだよ。あとアジの干物とかな」 
「子持ちシシャモめっちゃお好きっすよ」 
「知ってる」 

 そう言うとおやっさんはニヤリと笑う。それから一冊のノートを戸棚から出してくると、俺に手渡した。 
 中にはぎっしりとレシピが書き込まれているうえに、日記のような書き込みもある。 
 よくよく読んでみると、それは紅緒様の膳の様子が記されているようで。 

「ここに来た時に紅緒様から『私は食べるのが少し苦手で』て言われてよ。そんなら好きになってもらえりゃいいなって付け始めたんだけどよ。最近の紅緒様は楽しそうに飯食ってるからな。それはお前さんが持ってて、戦が終わった後にでも紅緒様に作って差し上げてくんな」 
「まじっすか!? あざっす!」 
「おう、だから一人前になるまでは、ちゃんと通って来いよ?」 
「よろしくお願いします!」 

 勢いよく頭を下げると、おやっさんは豪快に笑ってくれて。 
 料理を習って執務室に戻ってそんな話をすると、紅緒様が「ふふ」っと笑った。 

「あの人にはかなわないな」 
「本当っす」 
「私が食事を苦手だと思わなくなったのは出穂と食事しだしてからだけど、あの人はそういう事もお見通しなんだろうね」 
「え?」 
「だって、魚の献立が多かったのに、出穂と食事を取り出してから少しづつ肉を増やしてる。これ、出穂なら私に肉を食べさせられるかもって思ったんじゃないかな」 
「お!?」 

 覗いたノートには本当にそんな事が書いてあって、思わぬ期待をされていたことに俺はちょっと気恥ずかしかった。
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