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父兄 二

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 もしもここで俺が不敬罪で処断されたら、紅緒様に迷惑が掛かるんだろうな。そうは思っても、俺は出した言葉を引っ込める気は無かった。 
 だからぎっと目に力と憤りを込めて、お国の偉い(クソ野郎ども)様方を睨みつけていると、陛下が「ふむ」と白いものが混じる顎髭を撫でつつ口を開いた。 

「お主、紅緒の事が好きかね?」 
「嫌いな人間に命を懸けたりできません。紅緒様のためなら……そりゃ」 
 
 そこまで言って「否」と俺は頭を振った。違う。俺はあの人を独りにはしたくない。 
 俺は単なる一兵卒、死んでもそれこそ「代りがいる」存在だ。だけど、俺が死んだあと、誰があの人の後ろに控えるんだろう? 紅緒様はそいつにも、俺にしてくれたような未来の話をするんだろうか? あの柔らかな視線と声で「変わったやつだなぁ」って仰るのだろうか? 
 いやいや、紅緒様が誰を副官にしたって、死んだ俺が悪いんだから文句は言えない。でも、だ。ソイツは俺以上に紅緒様をお守り出来るのか? 俺は自慢じゃないけど、地獄の果てまで付いて行けるぞ。やっぱり生半可な奴には任せられねぇ。あの人仕事に没頭すると飯も忘れっから、俺が腹減ったって言わなきゃ飲み食いしねぇし! 
 そんなことが胸をよぎって、俺は「今のなし!」と叫んだ。 

「俺が死んだら誰が紅緒様を守るんすか!? あの飯も忘れて働くような人に飯食わして、下手すりゃ寝ないで仕事する人を『寝て下さい』ってお部屋に連れて帰って! そんで偶の休みには一緒に魔導錬金術の研究所にいって未来の話をして……! 俺の平穏で満ち足りた生活は誰にも奪わせない!!」 
「え? 待って? お前うちの弟のなんなんだ!? 乳母? 乳母なのか!?」 
「いいえ、俺は紅緒様の副官です。十七にもなる男つかまえて乳母とか、何言ってんですか? 人の上官を子ども扱いしねぇでほしいんすけど……」 

 呆れた目で青洲様を見れば、青洲様も俺を若干変なモノに遭遇した目で見てる。解せぬ。 
 どうも部屋の中に変な空気が流れてるけれど、俺は何にも悪くない。悪いのは人を呼び出して訳の分からない昔話を聞かせたこのお偉いクソ野郎ども様だ。 
 もう俺には話すことなんかないと、唇を真一文字に引き結ぶ。すると慌てふためいて混乱する青洲様の横で、じっと話を聞いていた陛下が深く息を吐いた。 

「紅緒はお主の前では、随分と自然体なのだな」 
「さぁ、それは……紅緒様はいつも紅緒様ですし」 
「そうか。儂らには折り目正しい姿しか、見せてくれぬよ。未来の話をしたとも言うたな? どんな話だ? 差し支えなければ聞かせてくれんかね?」 
「えぇ……戦を早く終わらせて、魔導錬金術を本来の用途——人の暮らしを豊かに便利にする途に戻したい、とか?」 
「他には?」 
「いや、俺と紅緒様の大事な時間なんで話したくねぇっす」 

 「べっ」と俺は舌を出す。不敬に不敬を重ねているが、処断されるならどこまでやっても同じことだ。 
 紅緒様が静かに、仄かに微笑みながら俺だけに話してくれた未来の事を、何で紅緒様を蔑ろにしたクソ野郎どもに教えてやらなきゃならんのだ。 
 御妃様をなくされたことには同情する。三人の子どもを一人で支えなきゃいけなかったのも大変だったろうよ。 
 長男には長男の重圧があって、その苦しさを受け止めてくれる誰かを欲して荒れるのだって、どうしようもないことだ。幼い子どもが周囲の不安定さに飲み込まれて、同じように不安定になることだって、致し方なかったんだろう。 
 だけどその全てのしわ寄せが、ただ「大人しかった」からってだけで紅緒様に回されるのか。俺はそれが許せない。まぁ、俺が憤った所で、何もなりはしないんだけど。 
 背を逆立てるような俺の雰囲気に、青洲様がむっとした顔をする。怖くはない。だから俺も腹に力を入れて睨み返すと、それを制するように陛下が手を挙げた。 

「やめよ、青洲。呼び出したのは我らだ。それに聞きたいことの半分は聞けた」 
「う、そう、ですな」 

 陛下の言葉に青洲様が「すまん」と小さく仰る。何に対しての詫びかは知らないが、やらかし度合いなら俺のが酷い。 
 俺も詫びた方が良いのかと思って陛下を見れば、そのお顔は泣き笑いのような雰囲気がにじんでいて。 

「紅緒が何を思い、何を考えているかはおろか、好きなもの・嫌いなものすら今の儂らには解らんのだ。本人に話しかけても、空を掴むようでな」 
「はあ」 
「物にも人にも執着はない。子どものころから欲もとんと薄い。あれではいつか、此の岸から彼の岸へとふらふらと渡ってしまいそうでな。何かこう、縁になるものを……と思っておったのだ」 

 そんなに心配なら本人に言えばいいじゃないかと思った所で、俺は「無理だな」と心の中だけで首を振る。 
 だって紅緒様はこの人たちと会話をする気がない。それも「時間を有効利用してほしい」という、本当に純粋な善意から、だ。 
 俺は折角整えた髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜると、肩を竦めた。家族に出来ない事を、俺に出来る筈もない。する気もない。俺は死ぬのも紅緒様を死なせる気もないけど、本当に紅緒様が望むなら止めない。だって着いてきゃいいだけだ。黄泉があるかどうか知らないけど。 
 そんな俺の内面なんかお構いなしに、青洲様はすがるような目を俺に向ける。 

「紅緒を頼む。あいつを支えてやってくれ」 
「言われんでも、それが俺の存在意義なんで」 

 一国の世継ぎが一兵卒に頭を下げた。だからって俺が殊勝に振舞う筈もない。 
 なんせ今回の事で、俺の中では紅緒様以外の王族なんて偉そうなクソ野郎ども様に格下げだ。 
 けど、家族が心配だからってちょっとやり過ぎ感は否めない。 
 どうして俺なんぞにそこまでするのか尋ねると、陛下と青洲様は二人して顔を見合わせた後、キョトンとした表情を俺に見せた。 

「お主、知らんのか?」 
「何をです?」 
「軍務についてから同じ人間を、紅緒は三か月を超えて傍に置いた事はなかった。皆三か月の使用期間に適性を判定して、儂や宰相、青洲、常盤の元に使える人材にして送ってきおった。それがお主は三か月過ぎても四か月過ぎてもどこにもやらぬし、半年過ぎたからどういうことかと思って出頭を命じたら、紅緒が直々に断ってくる。何かあるのかと思っても当然ではないか?」 
「紅緒は俺や常盤がどんなに頼んでも、お前に会わせてくれなかった。今回だって随分な回数断られて、見かねた宰相が『流石に何度も断られては国王の威厳が……』と耳打ちしてくれてようやく叶ったんだ。その代わり宰相から、お前には髪の毛一筋の傷もつけずに紅緒に返せと言われている」 
「ああ、なるほど」 

 これはアレだ。出世もしたくないし、それより生きていたいって言ったから、俺の希望を叶えようとしてくれたって事ね。紅緒様ったら律儀。 
 とにもかくにも訳の分からない面談はこれで終了。 
 天幕から出て帰ろうとすると、青洲様に「砦まで送ってやろう」と声をかけられた。 

「ご遠慮申し上げます」 
「何故だ? どうせ馬なんだろう? それより魔導戦車の方が早く着くぞ?」 

 魔導戦車ってのは馬車に馬でなく魔導錬金術の回路が取り付けられた物で、馬より早い上に連弩や魔導弾を発射できる。 
 でも俺は紅緒様から魔導二輪車の斑鳩を貸していただいていて。 


「斑鳩のが戦車より早いんで、すっ飛ばして帰ってこいって言われてます」 

 そう言えば斑鳩を借りる時、紅緒様にヒヒイロカネで作ったヘルメットを「安全第一で」って渡されたんだっけ。 
 そう言ってメットを見せると、青洲様の顎が落ちた。 
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