上 下
7 / 11

7

しおりを挟む
「久しぶりだな、マックス。壮健そうではないか」

「お久しぶりです。義父上」



 その日、マックス達は別邸に先々代当主を迎えた。

 この老人をマックスは苦手としていたが、オーガス家に寄生しているマックスが面会を拒否できる相手ではない。
 使用人に命じて一番いい居間に案内させたのだが。

 対面に座るだけで背筋がゾクゾクする。マックスは顔に笑顔を張り付けたが、先々代伯爵は一顧だにせず、ふう、と大きなため息をついた。

「お前にそう呼ばれる筋合いはないな」

 もうオーガス家の婿ではない。マックスには到底受け入れられない事だったが、張り付けた笑顔でスルーした。

「今日は、どのようなご用件でしょうか」

 目の端がぴくぴくとする。この爺、早く帰ってくれないだろうか。

「ああ。簡単な事だ」

 先々代は足を大きく開いてソファに深々と座り、ニヤリと笑った。

「オーガス家より出て行け」

 マックスの時間が止まる。
 居候の身だ。頭の隅では、いつそう言われてもおかしくないという危機感はあった。

 だがマックスはリリアの父だ。母を亡くしたいま、唯一の身内だ。そう簡単に切れる関係ではない。

 はずだ。

 事実、先代の女伯爵が死んでから数年、マックスは別邸に居座り続けていられた。

「なぜ、そのような事を」

 いまになって言うのか。

 マックスはなにもしていない。

 娘のリリアも、格上の侯爵家から婿を迎え、伯爵家は順風満帆なはずではないのか。
 当主の父の面倒をみるぐらい、大したことではないだろう。

 当惑するマックスをじっくりと眺めながら、先々代は噛んで含めるように空っぽな頭に言い聞かせた。

「知らんのか? お前の馬鹿娘が、オーガス伯爵の婚姻話を壊したのだよ。その首を乗せたままでいたかったら、とっとと出て行く事だな。明日までとどまるなら、命はいらないと見なし、全員の首をもらう」

 いきなりの死刑宣告にマックスは慌てた。そんな理不尽な話はない。

「ま、待ってください。リリアの失態をなぜ私たちが尻拭いしなければならないんですか?!」

「馬鹿か。お前の娘は、そこの売女の娘だけだろう。今後、オーガス伯爵の父を名乗ってみろ。素っ首すぐに叩き落としてやる」

 元武人の大恫喝だ。魂消た。

 これはいけない。マックスの小さな脳みそでも、ただ事ではないと分かってしまった。

 萎縮しきってマックス達三人は、ぶるぶると震えながら先々代ダニエルが居なくなるのを待った。
 しかしダニエルは、おかわりした紅茶を優雅に飲んでいる。

「なんだ。さっさと動かんか。ここで、しっかり見張っていてやる」

 ニヤリと笑う、猛禽類の迫力に恐れをなして、ぎくしゃくと三人は部屋に逃げ込んだ。

 それぞれの部屋では、すでに使用人の手によって荷造りが始まっており、それを咎めるとお館様にご報告いたします、と言われたため、なすすべもなく。

 三人は翌日、別邸を追い出された。








「セシルに合わせて!」

 オーガス家別邸を追い出されたエリーゼは、その足でベイリー家の門を叩いた。

 オーガス家はもうダメだ。
 あの頭のおかしな爺いは本当に命を奪うつもりだ。
 急に追い出されて行くあてのないエリーゼは、セシルに助けてもらおうと思った。

 セシルは次期オーガス伯爵だもの。きっと私たちを助けてくれるわ。

 だがエリーゼは門番に追い払われた。

「帰れ帰れ。お前のような平民がきてよいところではない。目障りだ」

「私は、セシル様の婚約者よ! セシル様に合わせて」

 エリーゼはセシルに連れられてベイリー家にも来た事があった。セシルなら必ず助けてくれる。セシルに会えさえすれば。
 その一心で、エリーゼは門番に取り次ぎをお願いした。

「騒がしいですよ」

 中から初老の男が出てきた。確か、ベイリー家の使用人だ。
 エリーゼが来た時、セシルと話していた。

「セシル様に合わせてください!」

 やっと話がわかる奴が出てきた。こいつならセシルを呼んでくれる。

 エリーゼの顔が輝いた。



 ベイリー家の執事は、エリーゼを見て唾を吐きそうになった。
 この女がセシル様を騙さなければ、ベイリー家が苦境に立つ事はなかったのに。

「ベイリー家にセシルという人間はおりません。お引き取りを」

「嘘つかないで。セシルと一緒にこの家に入った事があるのよ!」

「鈍い女だな」

「え?」

「当家にセシルという人間はいない。当主を怒らせ追放された人間はいるがな。お前も犯罪者として捕まえてやろうか!!」

「ひっ」

 大の男に凄まれて、エリーゼは腰を抜かした。

「さっさと失せろ。さもないと」

 命の危険を感じて、エリーゼはおぼつかない足取りで逃げ出した。







 こんなのおかしい。

 セシル様は、私と婚約してオーガス伯爵になるって言ってたもの。

 きっとまた、あの女が邪魔したんだ。

 父さんと母さんを追い出して、オーガス伯爵家に居座ったあの女。

 私を、ゴミでも見るような目で見下した女。

 あんただけは、絶対に許さない。











「さあ、ここまでだ、坊ちゃん」

「この国は実力主義だから、頑張れば騎士くらいなれるさ」

 セシル馬車に押し込め、ここまで連れてきた男達は、荷物と一緒にセシルを追い出した。

「まってくれ。ここはどこなんだ」

「隣国ベーリースクエアの国境の街だ」

「旦那様からの言伝でね。二度と領地を踏むな。もし見かけたら、命はないと思え、って事ですよ」

「隣国まで送ってくれた旦那様に感謝して、戻ろうなんてしないでくださいよ。俺たちも、人殺しが好きなわけじゃないんでね」

 戻ろうとすれば躊躇いなく殺されるのだろうという事が、殺気立つ彼らからよく分かった。

「なあに。ここは実力主義の国」

「坊ちゃんに本当に実力があるなら、道はいくらでもありますよ」

 ゲラゲラと笑われ、セシルは屈辱と怒りに燃えた。だが他勢に無勢。ここではどうしようもない。
 放り出された荷物を背負い、セシルは街の中へと入っていった。


 絶対に、復讐してやる。

 俺を馬鹿にしたオーガス家にも、俺を追い出したベイリー家にも。


 歪な熱い闘志を燃やしながら。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の座は譲って差し上げます、お幸せに

四季
恋愛
婚約者が見知らぬ女性と寄り添い合って歩いているところを目撃してしまった。

証拠もないのに発表してしまって大丈夫ですか?

四季
恋愛
「ポアレを虐めるとは何事か!」 婚約者から突然そんなことを言われ、しかも、婚約破棄されました。 何やら堂々と発表していますが、私虐めていないですよ? 発表して大丈夫ですか?

貴方が望むなら死んであげる。でも、後に何があっても、後悔しないで。

四季
恋愛
私は人の本心を読むことができる。 だから婚約者が私に「死んでほしい」と思っていることも知っている。

婚約者の幼馴染に階段から突き落とされたら夢から覚めました。今度は私が落とす番です

桃瀬さら
恋愛
マリベルは婚約者の幼馴染に階段から突き落とされた。 マリベルのことを守ると言った婚約者はもういない。 今は幼馴染を守るのに忙しいらしい。 突き落とされた衝撃で意識を失って目が覚めたマリベルは、婚約者を突き落とすことにした。

【完結済み】妹に婚約者を奪われたので実家の事は全て任せます。あぁ、崩壊しても一切責任は取りませんからね?

早乙女らいか
恋愛
当主であり伯爵令嬢のカチュアはいつも妹のネメスにいじめられていた。 物も、立場も、そして婚約者も……全てネメスに奪われてしまう。 度重なる災難に心が崩壊したカチュアは、妹のネメアに言い放つ。 「実家の事はすべて任せます。ただし、責任は一切取りません」 そして彼女は自らの命を絶とうとする。もう生きる気力もない。 全てを終わらせようと覚悟を決めた時、カチュアに優しくしてくれた王子が現れて……

【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す

干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」 応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。 もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。 わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……まさかの事件が起こりまして!? ~人生は大きく変わりました~

四季
恋愛
私ニーナは、婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……ある日のこと、まさかの事件が起こりまして!?

処理中です...