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「久しぶりだな、マックス。壮健そうではないか」
「お久しぶりです。義父上」
その日、マックス達は別邸に先々代当主を迎えた。
この老人をマックスは苦手としていたが、オーガス家に寄生しているマックスが面会を拒否できる相手ではない。
使用人に命じて一番いい居間に案内させたのだが。
対面に座るだけで背筋がゾクゾクする。マックスは顔に笑顔を張り付けたが、先々代伯爵は一顧だにせず、ふう、と大きなため息をついた。
「お前にそう呼ばれる筋合いはないな」
もうオーガス家の婿ではない。マックスには到底受け入れられない事だったが、張り付けた笑顔でスルーした。
「今日は、どのようなご用件でしょうか」
目の端がぴくぴくとする。この爺、早く帰ってくれないだろうか。
「ああ。簡単な事だ」
先々代は足を大きく開いてソファに深々と座り、ニヤリと笑った。
「オーガス家より出て行け」
マックスの時間が止まる。
居候の身だ。頭の隅では、いつそう言われてもおかしくないという危機感はあった。
だがマックスはリリアの父だ。母を亡くしたいま、唯一の身内だ。そう簡単に切れる関係ではない。
はずだ。
事実、先代の女伯爵が死んでから数年、マックスは別邸に居座り続けていられた。
「なぜ、そのような事を」
いまになって言うのか。
マックスはなにもしていない。
娘のリリアも、格上の侯爵家から婿を迎え、伯爵家は順風満帆なはずではないのか。
当主の父の面倒をみるぐらい、大したことではないだろう。
当惑するマックスをじっくりと眺めながら、先々代は噛んで含めるように空っぽな頭に言い聞かせた。
「知らんのか? お前の馬鹿娘が、オーガス伯爵の婚姻話を壊したのだよ。その首を乗せたままでいたかったら、とっとと出て行く事だな。明日までとどまるなら、命はいらないと見なし、全員の首をもらう」
いきなりの死刑宣告にマックスは慌てた。そんな理不尽な話はない。
「ま、待ってください。リリアの失態をなぜ私たちが尻拭いしなければならないんですか?!」
「馬鹿か。お前の娘は、そこの売女の娘だけだろう。今後、オーガス伯爵の父を名乗ってみろ。素っ首すぐに叩き落としてやる」
元武人の大恫喝だ。魂消た。
これはいけない。マックスの小さな脳みそでも、ただ事ではないと分かってしまった。
萎縮しきってマックス達三人は、ぶるぶると震えながら先々代ダニエルが居なくなるのを待った。
しかしダニエルは、おかわりした紅茶を優雅に飲んでいる。
「なんだ。さっさと動かんか。ここで、しっかり見張っていてやる」
ニヤリと笑う、猛禽類の迫力に恐れをなして、ぎくしゃくと三人は部屋に逃げ込んだ。
それぞれの部屋では、すでに使用人の手によって荷造りが始まっており、それを咎めるとお館様にご報告いたします、と言われたため、なすすべもなく。
三人は翌日、別邸を追い出された。
「セシルに合わせて!」
オーガス家別邸を追い出されたエリーゼは、その足でベイリー家の門を叩いた。
オーガス家はもうダメだ。
あの頭のおかしな爺いは本当に命を奪うつもりだ。
急に追い出されて行くあてのないエリーゼは、セシルに助けてもらおうと思った。
セシルは次期オーガス伯爵だもの。きっと私たちを助けてくれるわ。
だがエリーゼは門番に追い払われた。
「帰れ帰れ。お前のような平民がきてよいところではない。目障りだ」
「私は、セシル様の婚約者よ! セシル様に合わせて」
エリーゼはセシルに連れられてベイリー家にも来た事があった。セシルなら必ず助けてくれる。セシルに会えさえすれば。
その一心で、エリーゼは門番に取り次ぎをお願いした。
「騒がしいですよ」
中から初老の男が出てきた。確か、ベイリー家の使用人だ。
エリーゼが来た時、セシルと話していた。
「セシル様に合わせてください!」
やっと話がわかる奴が出てきた。こいつならセシルを呼んでくれる。
エリーゼの顔が輝いた。
ベイリー家の執事は、エリーゼを見て唾を吐きそうになった。
この女がセシル様を騙さなければ、ベイリー家が苦境に立つ事はなかったのに。
「ベイリー家にセシルという人間はおりません。お引き取りを」
「嘘つかないで。セシルと一緒にこの家に入った事があるのよ!」
「鈍い女だな」
「え?」
「当家にセシルという人間はいない。当主を怒らせ追放された人間はいるがな。お前も犯罪者として捕まえてやろうか!!」
「ひっ」
大の男に凄まれて、エリーゼは腰を抜かした。
「さっさと失せろ。さもないと」
命の危険を感じて、エリーゼはおぼつかない足取りで逃げ出した。
こんなのおかしい。
セシル様は、私と婚約してオーガス伯爵になるって言ってたもの。
きっとまた、あの女が邪魔したんだ。
父さんと母さんを追い出して、オーガス伯爵家に居座ったあの女。
私を、ゴミでも見るような目で見下した女。
あんただけは、絶対に許さない。
「さあ、ここまでだ、坊ちゃん」
「この国は実力主義だから、頑張れば騎士くらいなれるさ」
セシル馬車に押し込め、ここまで連れてきた男達は、荷物と一緒にセシルを追い出した。
「まってくれ。ここはどこなんだ」
「隣国ベーリースクエアの国境の街だ」
「旦那様からの言伝でね。二度と領地を踏むな。もし見かけたら、命はないと思え、って事ですよ」
「隣国まで送ってくれた旦那様に感謝して、戻ろうなんてしないでくださいよ。俺たちも、人殺しが好きなわけじゃないんでね」
戻ろうとすれば躊躇いなく殺されるのだろうという事が、殺気立つ彼らからよく分かった。
「なあに。ここは実力主義の国」
「坊ちゃんに本当に実力があるなら、道はいくらでもありますよ」
ゲラゲラと笑われ、セシルは屈辱と怒りに燃えた。だが他勢に無勢。ここではどうしようもない。
放り出された荷物を背負い、セシルは街の中へと入っていった。
絶対に、復讐してやる。
俺を馬鹿にしたオーガス家にも、俺を追い出したベイリー家にも。
歪な熱い闘志を燃やしながら。
「お久しぶりです。義父上」
その日、マックス達は別邸に先々代当主を迎えた。
この老人をマックスは苦手としていたが、オーガス家に寄生しているマックスが面会を拒否できる相手ではない。
使用人に命じて一番いい居間に案内させたのだが。
対面に座るだけで背筋がゾクゾクする。マックスは顔に笑顔を張り付けたが、先々代伯爵は一顧だにせず、ふう、と大きなため息をついた。
「お前にそう呼ばれる筋合いはないな」
もうオーガス家の婿ではない。マックスには到底受け入れられない事だったが、張り付けた笑顔でスルーした。
「今日は、どのようなご用件でしょうか」
目の端がぴくぴくとする。この爺、早く帰ってくれないだろうか。
「ああ。簡単な事だ」
先々代は足を大きく開いてソファに深々と座り、ニヤリと笑った。
「オーガス家より出て行け」
マックスの時間が止まる。
居候の身だ。頭の隅では、いつそう言われてもおかしくないという危機感はあった。
だがマックスはリリアの父だ。母を亡くしたいま、唯一の身内だ。そう簡単に切れる関係ではない。
はずだ。
事実、先代の女伯爵が死んでから数年、マックスは別邸に居座り続けていられた。
「なぜ、そのような事を」
いまになって言うのか。
マックスはなにもしていない。
娘のリリアも、格上の侯爵家から婿を迎え、伯爵家は順風満帆なはずではないのか。
当主の父の面倒をみるぐらい、大したことではないだろう。
当惑するマックスをじっくりと眺めながら、先々代は噛んで含めるように空っぽな頭に言い聞かせた。
「知らんのか? お前の馬鹿娘が、オーガス伯爵の婚姻話を壊したのだよ。その首を乗せたままでいたかったら、とっとと出て行く事だな。明日までとどまるなら、命はいらないと見なし、全員の首をもらう」
いきなりの死刑宣告にマックスは慌てた。そんな理不尽な話はない。
「ま、待ってください。リリアの失態をなぜ私たちが尻拭いしなければならないんですか?!」
「馬鹿か。お前の娘は、そこの売女の娘だけだろう。今後、オーガス伯爵の父を名乗ってみろ。素っ首すぐに叩き落としてやる」
元武人の大恫喝だ。魂消た。
これはいけない。マックスの小さな脳みそでも、ただ事ではないと分かってしまった。
萎縮しきってマックス達三人は、ぶるぶると震えながら先々代ダニエルが居なくなるのを待った。
しかしダニエルは、おかわりした紅茶を優雅に飲んでいる。
「なんだ。さっさと動かんか。ここで、しっかり見張っていてやる」
ニヤリと笑う、猛禽類の迫力に恐れをなして、ぎくしゃくと三人は部屋に逃げ込んだ。
それぞれの部屋では、すでに使用人の手によって荷造りが始まっており、それを咎めるとお館様にご報告いたします、と言われたため、なすすべもなく。
三人は翌日、別邸を追い出された。
「セシルに合わせて!」
オーガス家別邸を追い出されたエリーゼは、その足でベイリー家の門を叩いた。
オーガス家はもうダメだ。
あの頭のおかしな爺いは本当に命を奪うつもりだ。
急に追い出されて行くあてのないエリーゼは、セシルに助けてもらおうと思った。
セシルは次期オーガス伯爵だもの。きっと私たちを助けてくれるわ。
だがエリーゼは門番に追い払われた。
「帰れ帰れ。お前のような平民がきてよいところではない。目障りだ」
「私は、セシル様の婚約者よ! セシル様に合わせて」
エリーゼはセシルに連れられてベイリー家にも来た事があった。セシルなら必ず助けてくれる。セシルに会えさえすれば。
その一心で、エリーゼは門番に取り次ぎをお願いした。
「騒がしいですよ」
中から初老の男が出てきた。確か、ベイリー家の使用人だ。
エリーゼが来た時、セシルと話していた。
「セシル様に合わせてください!」
やっと話がわかる奴が出てきた。こいつならセシルを呼んでくれる。
エリーゼの顔が輝いた。
ベイリー家の執事は、エリーゼを見て唾を吐きそうになった。
この女がセシル様を騙さなければ、ベイリー家が苦境に立つ事はなかったのに。
「ベイリー家にセシルという人間はおりません。お引き取りを」
「嘘つかないで。セシルと一緒にこの家に入った事があるのよ!」
「鈍い女だな」
「え?」
「当家にセシルという人間はいない。当主を怒らせ追放された人間はいるがな。お前も犯罪者として捕まえてやろうか!!」
「ひっ」
大の男に凄まれて、エリーゼは腰を抜かした。
「さっさと失せろ。さもないと」
命の危険を感じて、エリーゼはおぼつかない足取りで逃げ出した。
こんなのおかしい。
セシル様は、私と婚約してオーガス伯爵になるって言ってたもの。
きっとまた、あの女が邪魔したんだ。
父さんと母さんを追い出して、オーガス伯爵家に居座ったあの女。
私を、ゴミでも見るような目で見下した女。
あんただけは、絶対に許さない。
「さあ、ここまでだ、坊ちゃん」
「この国は実力主義だから、頑張れば騎士くらいなれるさ」
セシル馬車に押し込め、ここまで連れてきた男達は、荷物と一緒にセシルを追い出した。
「まってくれ。ここはどこなんだ」
「隣国ベーリースクエアの国境の街だ」
「旦那様からの言伝でね。二度と領地を踏むな。もし見かけたら、命はないと思え、って事ですよ」
「隣国まで送ってくれた旦那様に感謝して、戻ろうなんてしないでくださいよ。俺たちも、人殺しが好きなわけじゃないんでね」
戻ろうとすれば躊躇いなく殺されるのだろうという事が、殺気立つ彼らからよく分かった。
「なあに。ここは実力主義の国」
「坊ちゃんに本当に実力があるなら、道はいくらでもありますよ」
ゲラゲラと笑われ、セシルは屈辱と怒りに燃えた。だが他勢に無勢。ここではどうしようもない。
放り出された荷物を背負い、セシルは街の中へと入っていった。
絶対に、復讐してやる。
俺を馬鹿にしたオーガス家にも、俺を追い出したベイリー家にも。
歪な熱い闘志を燃やしながら。
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