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「やはりやめないか」

 言うと思った。メルルーナ公爵家一同の心の声である。

 アマーリエとイリーマスが出発日する日、メルルーナ公爵邸の玄関ホールには家族と使用人一同が勢ぞろいしていた。

 娘を心配するあまり旅立ちの当日になってもごねようとしている公爵を、一同が生温い目で見ている。

「お兄様と一緒ですもの。何も心配ありませんわ」

 心配性すぎるが、父の心配をありがたいものだと思いながら、アマーリエは兄が一緒だからなにも心配いらないのだと誇らしげに言う。

 アマーリエに兄自慢をされてしまっては言葉を重ねる事が出来ず、公爵は優秀な嫡男を見た。

「イリーマス」

 嫡男のイリーマスは後継者として領政に関わりながら一方で魔導士に推薦されるほどの魔導理論の論文を書いて送っているようなデキる男だ。

 その優秀な息子が手配りしたのだからアマーリエの生活に危険があるとは思えなかったが、それでも心配だ。

「お任せください、父上」

 頼りになる嫡男の言葉に、それでも心配で、公爵家でもっとも強い護衛を見る。

「ウォルド」

「必ずやアマーリエ様をお護りいたします」

 信頼する二人に断言され、公爵もやっと諦めた。

 公爵はアマーリエにハグをした。

「アマーリエ、なにかあったらすぐに帰ってきなさい」

「はい、お父様」

 アレクシアもアマーリエにハグをする。

「貴女なら大丈夫だと分かっているけれど、頑張りすぎないか心配だわ。いい? 魔法は楽しんでやるものよ。元気でね」

「はい、お母様」

 アマーリエからも二人にハグを返し、元気一杯の笑顔を見せた。

 小さい頃のアマーリエはお転婆な女の子だった。屋敷の中や庭を駆け回ったり、馬や犬と戯れたり。

 王子の婚約者になった事でそんな姿は鳴りを潜めたが、やっと本来のお嬢様らしさが戻ってきた、と使用人一同はこっそりと涙を拭う。

「お父様も、お母様もお元気で。いってまいります!」

 アマーリエの新しい人生が始まった。




≪おしまい≫



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