上 下
26 / 35

26

しおりを挟む
「第一王子の処分が決まった。王位継承権を剥奪した上で廃嫡。その後は神殿が引き取るそうだ」

 第一王子が国王と処遇について話をした翌日の昼下がり、メルルーナ公爵家の面々は公爵邸のサロンに集まっていた。

 公爵もイリーマスも午前中は王宮につめていたが、ようやく一段落ついたというところだろう。

 王宮ではいまも王と重臣たちが後始末に奔走していたが、メルルーナ公爵家には関わり合いのないことだ。

「殿下は信仰の道を選んだのですね」

 ほっとしたようにアマーリエが言う。

 イソベルにはいろいろ迷惑をかけられたが、憎んでいるわけではない。アマーリエとしては婚約を白紙にしてほしかっただけで、結果として人が死ぬというのはいい気分のするものではなかったので信仰の道に入るというのはちょうどいい落としどころだった。イソベルらしくはないが。

「いや、毒杯を選んだそうだ」

 と、思っていたら、やはり自発的に信仰の道を選んだわけではないようだ。

 王子でいられないなら死んだ方がマシだと振り切ってしまったのだろうか。

「あの殿下が?」

 それもイソベルらしくない。

 公爵家一同は驚いて顔を見合わせた。あの自分中心のイソベルが毒杯を自ら選ぶとはとても考えられない。どういった心境の変化だろうか。

「ああ。陛下が教え諭し、みなに迷惑をかけたことを悔いて毒杯を選んだという話だが、まぁ、盛ってはいるだろうな」

 だろうなぁ、とそれぞれに頷いた。イソベルとあの王だし。

 実際には父に生きる事を許され、これはダメだと思ったようだ。生きている限り父に迷惑をかけ続けると思い毒杯を選んだのだが、それを見ていた神殿長が哀れに思い引き取ることにした。

 神殿長は毒杯を選んだ時、最後の懺悔を聞くために備えて控えていたのだが、なにがどう転ぶか分かったものではない。

 いまの王は、悪い人ではないのだが、王妃と相思相愛で王妃と第一王子、いや元第一王子か、に甘い。

 甘いだけでなくしっかり教育してくれればいいのだが、ただ甘いだけなので結婚当初は立派な王妃になると思われていた王妃もイソベルもぐだぐだの甘ったれだ。

 甘やかした責任を自分で取るのではなくメルルーナ公爵家に押し付けるのだから、たまったものではない。

 一方で側妃や第二王子に辛く当たっているのかという訳でもない。側妃とは仕事のパートナーとしての距離を保っているし、第二王子のことも可愛がっている。

 そう出来たのもメルルーナ公爵家が王室の調整役のような役割を果たしていたからであり、今後どうなるかは分からないが。

「もう王家のこうとはどうでもいいでしょう」

 アレクシアが話を切る。皆もそれに同意した。王家の話はもうお腹いっぱい。

 婚約は白紙になったし賠償関係の話も終わっている。メルルーナ公爵家としては問題がない。

 ユリアナのことは話題にもあがらない。バジェス男爵が爵位返上したのは確認しているが、話題にするまでもないことだ。

 ユリアナもイソベルを引き受けてくれたところまでは良かったが、冤罪を被せようとしたのはいただけない。

 学園内とはいえ、一応公衆の面前で行われたことなので、騎士団の調査結果とバジェス男爵家の末路は公表されている。

「そうだな。いまはアマーリエの将来の方が大事だ。本気で留学する気か」

「はい」

 アマーリエは母と相談した後、父にも隣国へ留学したいという意思を表明した。

 思いがけない娘からのお願いに、公爵は渋い顔をした。

 アマーリエには小さい頃から苦労をかけてきた。やっと自由になったのだから好きな事をやってほしい。その気持ちは本当だ。

 だが、やっと自由になったのだから、娘との時間をたっぷりと取るつもりだった公爵は、いきなり予定が崩れ去ってがっかりした。

 アレクシアが娘の味方についているので最終的には認めるしかないのだが、ごねさせてほしい。

 だがあまりやりすぎて娘に嫌われたくもない。

 味方にできそうな息子をちらりとみると、イリーマスはアマーリエの留学に焦っている様子がない。むしろ微笑ましそうにしている。

 孤立無援の公爵は、まず現実的な話から切り込むことにした。






しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

眠りから目覚めた王太子は

基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」 ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。 「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」 王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。 しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。 「…?揃いも揃ってどうしたのですか」 王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。 永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...