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それからは大変だった。
テレンス伯爵家所縁の人員は侍従と侍女と護衛の三名しかいない。その他に毒見役を何十人も雇ってはいるが、そんな者たちの力を借りるわけにはいかないので、護衛と侍女を呼び、侍女には医者を呼びに行かせた。
医者が来るまでは護衛が暴れる第一王子を押さえつけ、医者に鎮静剤を処方されてやっと落着いたのだ。
十数年前の悲劇の話は聞いていたが、ここまで動揺されるとは思わなかった。
「そんなに怖いなら婚約破棄などしなければ良かったのに」
眠る第一王子の隣で糸目の従者はぼやく。
「話を聞くと、メルルーナ公爵家に守られている自覚がなかったんだろ」
「それもどうなの」
「頭がお花畑なんだろ」
「それな」
「貴方たち、不敬ですよ」
今回、テレンス伯爵家から派遣された侍女はイソベルの乳母の妹だ。イソベルには複雑な思いを抱いている。
「「はーい」」
眠ることで束の間の安息を得たイソベルを置いて、彼らは部屋を出て行った。
眠りによって一時の安息を得たイソベルだったが、当然のように目はさめる。
カーテンが引かれた薄暗い室内には誰もいなかった。
いつもなら部屋の隅にウォルドが控えていて、その姿を見て安心するのだ。
ウォルドがいないことがたまらない不安を煽る。
「おい! 誰かいないのか!?」
声を上げると、糸目の従者が入室してきた。
「お加減は如何でしょうか。食欲がおありでしたら軽いものをお持ちしますが」
医者のようにイソベルの様子を確認する従者にイラっとする。
「なぜ、部屋にいなかった」
え、なに言ってるの、この人。と糸目の侍従は思った。
王侯貴族の側には人が控えているのが常だか、それは昼の間。さすがに就寝中は控えの間に控えている。
「ご就寝中は控えの間におります。御用があれば枕もとのベルを鳴らしていただければすぐに参ります」
「ウォルドはいつも部屋にいた」
なんで? と疑問に思ったが少し考えてこれだろうという考えに辿り着く。暗殺者対策か。メルルーナ公爵家と婚約する前は毎日のように暗殺者が来ていたと聞く。
だとするなら、控えるのは俺の役目じゃないなぁ、と糸目の従者は思った。
「申し訳ありません。殿下の専属護衛を紹介してもよろしいでしょうか」
騒ぎがあったので、糸目の従者以外は顔を合わせていない。
「ウォルドが」
「退職いたしました」
イソベルが唇を噛む。
よほどウォルド卿を信頼していたのだろう。だが他人に剣を捧げた騎士だ。
この国では剣の誓いは重要なものとされている。騎士が剣を捧げるのは一度きり。その大切な主人を傷つけられたのだから、たとえウォルド卿が戻されたとしても信頼が置けるどころか寝首をかかれないよう気を付けないといけないと思うのだが。
色々と考えの足りない人なんだな、と糸目の従者は理解した。
テレンス伯爵家所縁の人員は侍従と侍女と護衛の三名しかいない。その他に毒見役を何十人も雇ってはいるが、そんな者たちの力を借りるわけにはいかないので、護衛と侍女を呼び、侍女には医者を呼びに行かせた。
医者が来るまでは護衛が暴れる第一王子を押さえつけ、医者に鎮静剤を処方されてやっと落着いたのだ。
十数年前の悲劇の話は聞いていたが、ここまで動揺されるとは思わなかった。
「そんなに怖いなら婚約破棄などしなければ良かったのに」
眠る第一王子の隣で糸目の従者はぼやく。
「話を聞くと、メルルーナ公爵家に守られている自覚がなかったんだろ」
「それもどうなの」
「頭がお花畑なんだろ」
「それな」
「貴方たち、不敬ですよ」
今回、テレンス伯爵家から派遣された侍女はイソベルの乳母の妹だ。イソベルには複雑な思いを抱いている。
「「はーい」」
眠ることで束の間の安息を得たイソベルを置いて、彼らは部屋を出て行った。
眠りによって一時の安息を得たイソベルだったが、当然のように目はさめる。
カーテンが引かれた薄暗い室内には誰もいなかった。
いつもなら部屋の隅にウォルドが控えていて、その姿を見て安心するのだ。
ウォルドがいないことがたまらない不安を煽る。
「おい! 誰かいないのか!?」
声を上げると、糸目の従者が入室してきた。
「お加減は如何でしょうか。食欲がおありでしたら軽いものをお持ちしますが」
医者のようにイソベルの様子を確認する従者にイラっとする。
「なぜ、部屋にいなかった」
え、なに言ってるの、この人。と糸目の侍従は思った。
王侯貴族の側には人が控えているのが常だか、それは昼の間。さすがに就寝中は控えの間に控えている。
「ご就寝中は控えの間におります。御用があれば枕もとのベルを鳴らしていただければすぐに参ります」
「ウォルドはいつも部屋にいた」
なんで? と疑問に思ったが少し考えてこれだろうという考えに辿り着く。暗殺者対策か。メルルーナ公爵家と婚約する前は毎日のように暗殺者が来ていたと聞く。
だとするなら、控えるのは俺の役目じゃないなぁ、と糸目の従者は思った。
「申し訳ありません。殿下の専属護衛を紹介してもよろしいでしょうか」
騒ぎがあったので、糸目の従者以外は顔を合わせていない。
「ウォルドが」
「退職いたしました」
イソベルが唇を噛む。
よほどウォルド卿を信頼していたのだろう。だが他人に剣を捧げた騎士だ。
この国では剣の誓いは重要なものとされている。騎士が剣を捧げるのは一度きり。その大切な主人を傷つけられたのだから、たとえウォルド卿が戻されたとしても信頼が置けるどころか寝首をかかれないよう気を付けないといけないと思うのだが。
色々と考えの足りない人なんだな、と糸目の従者は理解した。
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