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番外編・ルーカス1
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「魅了魔法?」
「そうよ。貴方、間抜けにも魅了魔法をかけられて学園で醜態を晒した挙句、婚約を白紙に戻されたの」
せっかくダヴィッド公爵家の後見を得たのに台無し。残念ね。
医者がいうには10日間の昏睡状態から目覚めたら、同母の姉王女にせせら笑われた。
第二王子ルーカスは、8歳の時に側室である母が苦労して取り付けた公爵家の後見とともに王太子になるための一切合切がなくなったと知って呆然とした。
ルーカスは側室を母に持つ第二王子として産まれた。母の実家もまあまあいい家だが、王派の中堅どころの貴族で、お金には困らないが第二王子を王太子に押し上げるほどの力はない。
第一王子が王派の派閥の長の娘と婚約したので、第一王子を押し退けて王太子になるには、最低でもどこかの派閥の長を務める貴族の娘と婚約する必要がある。
母はルーカスのために学園時代の人脈を使い、中立派の長を務めるダヴィッド公爵家の令嬢との婚約を勝ち取った。
欲をいうならフェルディナンド公爵家の令嬢の方が良かったが、父王が学園生時代にやらかした相手の娘で、公爵も公爵夫人も王家を目の敵にしているため、婚約を結ぶのは不可能だった。
ルーカス、8歳。婚約者になった令嬢にいつ会える? と母に聞くと、貴方にはまだ早いわ、と頭を撫でられた。
相手の娘は中立派といって王家から距離を取っている家のため、その娘と親しくするのはルーカスに悪影響がある。
もっとルーカスが大人になって王子としての役目を理解してから、ゆっくりその娘を手懐ければいいと言われた、8歳の少年は混乱した。
「婚約者は大切にするものではないのですか?」
「王派の娘ならね。中立派の娘なんて、犬のように飼い慣らせばいいのよ」
8歳の少年には難しい事をいう母から婚約者の事を聞き出すのを諦めたルーカスは、従者に婚約者の絵姿を持ってくるように言いつけた。
「ありません」
「婚約者なのにか?!」
普通、婚約する時は互いの絵姿を交換するものではないだろうか。
従者は詳しい事は言えないのだと、口をつぐんだ。
婚約者はルーカスと同じ8歳だという。兄妹は多いものの、母に禁止され家族との触れ合いといったものが一切なかったルーカスは、同じ歳の婚約者に興味津々だったが、ここにも母の魔の手が入っていたらしい。
しかし8歳にもなると、親のダメには逆らってみたいもの。
ルーカスは婚約者に手紙を書いた。
いくら待っても返事は来ない。
なんで返事が来ないんだ、と従者を問い詰めると、従者は後ろめたそうに視線を泳がせた。
ルーカスは勘のいい子どもだ。
ここにも母の魔の手が伸びていたか、と放心した。
学園に入るまで、ルーカスは母の偏った教育を受けて育った。
それで横柄な王子に育ったが、家庭教師や母の侍女侍従の目の届かないところでは、色々と王家について調べていた。
父王が、王宮の書庫に入る許可をくれた事が、ルーカスを救ったといってもいい。
幼くして王宮の書庫にある本の三割を読んだルーカスは、自分が受けている教育が大変偏ったものである事、このままでは自分がとんでもない馬鹿王子になってしまう事を知り絶望した。
そのまま王宮の庭に隠れ半日ほど家出をしたら、母が目を剥いて卒倒して側室と第二王子につけられた近衛と侍女侍従を総動員して探す騒ぎを起こした。
「あんた、なにやってるの」
庭の隅に隠れ泣きながら寝てしまったルーカスを迎えに来たのは二つ年上の姉王女だった。
ルーカスと同母姉弟、側室である母は王から離宮を与えられており、そこに閉じ込められるように彼らは暮らしていた。
離宮といっても広いので、小さなルーカスはすっぽりと隠れてしまったが、同じ離宮に閉じ込められている姉は子どもながらの探求心で、子どもが隠れるスポットを全て把握してあった。さすが姉である。
「僕は、伝説の馬鹿王子になるしかないんだ」
きゅっと口をつぐんで俯くルーカスを見下ろして、姉王女は鼻で笑った。
「私なんか馬鹿にもなれず、結婚するまでこの離宮から出られないのよ。王子だからって王宮に出入りできるあんたはまだマシじゃない。それに15歳になったら王立学園にも行けるでしょ。何が不満なの」
「わからない」
「ならそのままでいなさい」
姉が立ち去った後、ルーカスはこっそり部屋に戻り、ベッドと壁の間に挟まったように偽装した。
10歳の少年がそんな間抜けな事をするはずはないのだが、頭のおかしな母は疑いもせず、ルーカスを見つけられなかった侍女侍従を首にした。近衛は王の兵なので首にする事が出来ず、部屋中の物を投げ散らかし地団駄を踏んで悔しがった。
こんな性格の悪い女を何故王が側室にしたか不思議でならないが、若い頃の彼女は華奢なのに出るところは出ている肉感的な美少女だった。王は散々彼女の身体を弄んだ後、王宮にいるストレスで年より老いた彼女に飽きた。
王の寵愛をかさにきてやりたい放題していた彼女は、若い娘に目移りした王を呪い、自分に残された王子を次の王に据え操り人形にするためだけに腐心した。
ルーカスは12歳で母に見切りをつけたが、王子王女が多過ぎて、その育成の一切が産んだ母親に任されている状況では大して出来る事はなく、母の望む馬鹿王子を演じながら15歳になり王立学園に通う機会を待った。
学園に通いながら、母の力の及ばない自分だけに忠誠を誓う家臣を集めようとしていた。
同時に母の魔の手にかかり交流を持てなかった婚約者と交流を持つ事を決めていた。
王太子になるための後見になれるほどの家の娘だ。母の手から逃げるための力になるかもしれない。
母に与えられた側近候補を伴って学園に入学したルーカスは、入学式の日、念願の婚約者に会うことが出来た。
彼女の方から挨拶に来たのだ。
「はじめまして、ルーカス王子殿下。ダヴィッド公爵が娘、アリーナと申します。これから同じ一年生として学園に通う同士、どうか仲良くしてください」
花のように微笑んだ婚約者、アリーナは可憐で美しい少女だった。
「はじめまして、アリーナ。私たちは婚約者だ。これからお互いを知って、交流を深めていこう」
この娘を手に入れれば、母から逃れられるかもしれない。
偏った教育によって歪んだ心を隠し、ルーカスは笑顔でアリーナを受け入れた。
「そうよ。貴方、間抜けにも魅了魔法をかけられて学園で醜態を晒した挙句、婚約を白紙に戻されたの」
せっかくダヴィッド公爵家の後見を得たのに台無し。残念ね。
医者がいうには10日間の昏睡状態から目覚めたら、同母の姉王女にせせら笑われた。
第二王子ルーカスは、8歳の時に側室である母が苦労して取り付けた公爵家の後見とともに王太子になるための一切合切がなくなったと知って呆然とした。
ルーカスは側室を母に持つ第二王子として産まれた。母の実家もまあまあいい家だが、王派の中堅どころの貴族で、お金には困らないが第二王子を王太子に押し上げるほどの力はない。
第一王子が王派の派閥の長の娘と婚約したので、第一王子を押し退けて王太子になるには、最低でもどこかの派閥の長を務める貴族の娘と婚約する必要がある。
母はルーカスのために学園時代の人脈を使い、中立派の長を務めるダヴィッド公爵家の令嬢との婚約を勝ち取った。
欲をいうならフェルディナンド公爵家の令嬢の方が良かったが、父王が学園生時代にやらかした相手の娘で、公爵も公爵夫人も王家を目の敵にしているため、婚約を結ぶのは不可能だった。
ルーカス、8歳。婚約者になった令嬢にいつ会える? と母に聞くと、貴方にはまだ早いわ、と頭を撫でられた。
相手の娘は中立派といって王家から距離を取っている家のため、その娘と親しくするのはルーカスに悪影響がある。
もっとルーカスが大人になって王子としての役目を理解してから、ゆっくりその娘を手懐ければいいと言われた、8歳の少年は混乱した。
「婚約者は大切にするものではないのですか?」
「王派の娘ならね。中立派の娘なんて、犬のように飼い慣らせばいいのよ」
8歳の少年には難しい事をいう母から婚約者の事を聞き出すのを諦めたルーカスは、従者に婚約者の絵姿を持ってくるように言いつけた。
「ありません」
「婚約者なのにか?!」
普通、婚約する時は互いの絵姿を交換するものではないだろうか。
従者は詳しい事は言えないのだと、口をつぐんだ。
婚約者はルーカスと同じ8歳だという。兄妹は多いものの、母に禁止され家族との触れ合いといったものが一切なかったルーカスは、同じ歳の婚約者に興味津々だったが、ここにも母の魔の手が入っていたらしい。
しかし8歳にもなると、親のダメには逆らってみたいもの。
ルーカスは婚約者に手紙を書いた。
いくら待っても返事は来ない。
なんで返事が来ないんだ、と従者を問い詰めると、従者は後ろめたそうに視線を泳がせた。
ルーカスは勘のいい子どもだ。
ここにも母の魔の手が伸びていたか、と放心した。
学園に入るまで、ルーカスは母の偏った教育を受けて育った。
それで横柄な王子に育ったが、家庭教師や母の侍女侍従の目の届かないところでは、色々と王家について調べていた。
父王が、王宮の書庫に入る許可をくれた事が、ルーカスを救ったといってもいい。
幼くして王宮の書庫にある本の三割を読んだルーカスは、自分が受けている教育が大変偏ったものである事、このままでは自分がとんでもない馬鹿王子になってしまう事を知り絶望した。
そのまま王宮の庭に隠れ半日ほど家出をしたら、母が目を剥いて卒倒して側室と第二王子につけられた近衛と侍女侍従を総動員して探す騒ぎを起こした。
「あんた、なにやってるの」
庭の隅に隠れ泣きながら寝てしまったルーカスを迎えに来たのは二つ年上の姉王女だった。
ルーカスと同母姉弟、側室である母は王から離宮を与えられており、そこに閉じ込められるように彼らは暮らしていた。
離宮といっても広いので、小さなルーカスはすっぽりと隠れてしまったが、同じ離宮に閉じ込められている姉は子どもながらの探求心で、子どもが隠れるスポットを全て把握してあった。さすが姉である。
「僕は、伝説の馬鹿王子になるしかないんだ」
きゅっと口をつぐんで俯くルーカスを見下ろして、姉王女は鼻で笑った。
「私なんか馬鹿にもなれず、結婚するまでこの離宮から出られないのよ。王子だからって王宮に出入りできるあんたはまだマシじゃない。それに15歳になったら王立学園にも行けるでしょ。何が不満なの」
「わからない」
「ならそのままでいなさい」
姉が立ち去った後、ルーカスはこっそり部屋に戻り、ベッドと壁の間に挟まったように偽装した。
10歳の少年がそんな間抜けな事をするはずはないのだが、頭のおかしな母は疑いもせず、ルーカスを見つけられなかった侍女侍従を首にした。近衛は王の兵なので首にする事が出来ず、部屋中の物を投げ散らかし地団駄を踏んで悔しがった。
こんな性格の悪い女を何故王が側室にしたか不思議でならないが、若い頃の彼女は華奢なのに出るところは出ている肉感的な美少女だった。王は散々彼女の身体を弄んだ後、王宮にいるストレスで年より老いた彼女に飽きた。
王の寵愛をかさにきてやりたい放題していた彼女は、若い娘に目移りした王を呪い、自分に残された王子を次の王に据え操り人形にするためだけに腐心した。
ルーカスは12歳で母に見切りをつけたが、王子王女が多過ぎて、その育成の一切が産んだ母親に任されている状況では大して出来る事はなく、母の望む馬鹿王子を演じながら15歳になり王立学園に通う機会を待った。
学園に通いながら、母の力の及ばない自分だけに忠誠を誓う家臣を集めようとしていた。
同時に母の魔の手にかかり交流を持てなかった婚約者と交流を持つ事を決めていた。
王太子になるための後見になれるほどの家の娘だ。母の手から逃げるための力になるかもしれない。
母に与えられた側近候補を伴って学園に入学したルーカスは、入学式の日、念願の婚約者に会うことが出来た。
彼女の方から挨拶に来たのだ。
「はじめまして、ルーカス王子殿下。ダヴィッド公爵が娘、アリーナと申します。これから同じ一年生として学園に通う同士、どうか仲良くしてください」
花のように微笑んだ婚約者、アリーナは可憐で美しい少女だった。
「はじめまして、アリーナ。私たちは婚約者だ。これからお互いを知って、交流を深めていこう」
この娘を手に入れれば、母から逃れられるかもしれない。
偏った教育によって歪んだ心を隠し、ルーカスは笑顔でアリーナを受け入れた。
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