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お昼休みにエミリアは人気のない空き教室にクライスを誘った。
幼馴染と言っても学園に入ってからはそれほど交流もないので、クライスはめんどくさそうだ。というか、クライスは人嫌いなのかあまり人との交流がない。
友人もいるのかどうか怪しいレベルだった。
それでも嫌々ながらもエミリアの誘いには乗るので、幼馴染としてそれなりの情はあるのだろう。
「一体なんの用なんだ」
大した用でなければ帰ると言わんばかりのクライスは、空き教室で待っていたアリーナを見てぽかんと口を開けた。
「カフマン様。突然呼び出したりしてごめんなさい」
クライス・カフマン。魔導士長として有名なカフマン男爵の長男だ。
前髪を伸ばし片方に寄せているため顔はよく見えないが、近くで見ると整った顔をしているのがうかがえる。
魔法に秀でると言われている黒髪はボサボサなので全体的に野暮ったい印象があるが、髪を上げたら例の男爵令嬢の餌食になりそうな少年だ。
クライスを連れてきたエミリアはいつの間にかアリーナの横に並んでいた。
「クライス」
エミリアが呼びかけると、クライスはハッとしたよに口を閉じた。それでも驚きのままにアリーナをまじまじと眺めている。
アリーナはちょっと困って眉を下げた。エミリアが慌ててもう一度クライスを呼ぶ。
誘っておいてなんだが、あまり公爵令嬢に失礼な事をされると困る。エミリアだけでなく、クライスも後で困ると思う。
「大事な相談があるの」
エミリアの努力が実って、クライスはなんとか話を聞いてくれた。
「第二王子と側近候補達が、男爵令嬢の取り巻きになった事は知ってる?」
「ああ。あれだけ噂になれば、さすがにな」
「その取り巻きに友達の婚約者がいるんだけど、彼女が気になる事を教えてくれたの。最初、婚約者は男爵令嬢に興味がなかった、って」
「誘惑されたんだろ」
「そうかもしれないけど、なんか変じゃない? 殿下の恋人だって分かってるのに、誘惑されるなんて。友達の婚約者は子爵家の人間なの。普通なら、王族の恋人になんて近づかないんじゃないかしら」
「なにが言いたいんだ」
「ただの誘惑じゃなくて、魔法が関わっているんじゃないかって不安なの。例の男爵令嬢は高位貴族と貴族家の顔のいい相手を狙っているみたい。同じクラスにはもう居ないから、他のクラスにも手を出すかもしれないわ。もし魔法なら簡単に誘惑出来ちゃいそうだし、そのうちうちのクラスにも来るかもしれない。そんなの怖いじゃない」
クライスは呆れたように頭を掻いた。
「そう言われてもな。魔法を使える人間なんてそういないし、かもしれないって話だろ。考えすぎじゃないか」
エミリアはアリーナに目配せした。
アリーナは小さく頷き、両手を胸の前であわせて、頭一つ背が高いクライスを上目遣いで見上げた。
「ごめんなさい、クライス様。同じクラスの方が魔法に抗えず誘惑されてしまうような事があったらと思うと恐ろしくて。エミリアからクライス様なら魔法にお詳しいと聞いて、つい頼ろうとしてしまいました。愚かな私を許してください。これ以上クライス様にご迷惑をおかけするなど出来ませんわ。私たちだけでなんとかしてみます」
なんとかって、と。アリーナを惚けたように見つめていたクライスは、慌ててアリーナを引き止めた。
「ダメだ。もし魔法が関わっていたとしたら、危険だ。アリーナ様はもう殿下とは関係ないんだろ」
「はい」
「だったら、」
アリーナは首を振った。
「もし、クライス様のように綺麗な方が例の男爵令嬢に誘惑されてしまったら。大切なクラスメイトが例の男爵令嬢の毒牙にかかるところを、ただ見ているだけなんて出来ません」
「俺を、心配してくれるのか」
呆然とするクライスに、アリーナは笑いかけた。
「クラスメイトですもの」
クライスの頬が赤身を帯びる。すぐに真面目な顔になって、アリーナを説得した。
「アリーナ様が危ない目に会うのはダメだ。心配なら、俺があの女を調べてみる」
「そんなの危険ですわ。人を誘惑するような魔法について教えていただけるだけで充分です」
「精神に影響するような魔法を使う奴は本当に危険なんだ。素人が下手に手を出すと、どんな目に会うか分からない。俺も、近づくつもりはない。遠くから観察して、魔法の影響があるか調べるだけだから、アリーナ様は大人しくしていてくれないか」
アリーナはエミリアと顔を見合わせた。クライスを巻き込むつもりはあったが、彼だけを危険な目に合わせるつもりはない。
本当に魔法なら、調べようとしたクライスが誘惑されてしまうかもしれない。
「クライス。例の男爵令嬢を調べるんじゃなくて、誘惑された相手を調べても魔法がかかわってるか分かるかな」
「多分な。魔法なら痕跡ぐらいは分かると思うぞ」
「なら、友達の婚約者を見てくれない? 定期的にお互いの家でお茶会を開く約束があるみたいなの。お茶会の席なら、例の男爵令嬢は近くにいないから」
「婚約者同士のお茶会なら同席出来ないだろ」
「大丈夫。次のお茶会は友達の家で行われるの。いくらでも隠れて覗けるわ」
「めんどくせえな」
「その日は私も友達にお呼ばれしています。一緒に行ってはくれませんか?」
アリーナが目をうるうるさせると、クライスは慌てた頷いた。
細かい打ち合わせをするために、クライスを放課後のサロンに誘い、その場はわかれることにした。
「さすがアリーナ様です」
「あれで本当に良かったのかしら。騙したみたいで申し訳ないわ」
アリーナが見つめるだけでクライスが言うことを聞いてくれるので、エミリアの応援のために言葉を尽くしたが、ああまで態度が変わると申し訳なくなってしまう。
「大丈夫です。本当に嫌だったらクライスは頷きませんから」
「分かったわ」
励ましてくれる友達の気持ちが嬉しくて、アリーナは花のように笑った。
エミリアでも息を止めてしまうような可憐な笑顔だった。
幼馴染と言っても学園に入ってからはそれほど交流もないので、クライスはめんどくさそうだ。というか、クライスは人嫌いなのかあまり人との交流がない。
友人もいるのかどうか怪しいレベルだった。
それでも嫌々ながらもエミリアの誘いには乗るので、幼馴染としてそれなりの情はあるのだろう。
「一体なんの用なんだ」
大した用でなければ帰ると言わんばかりのクライスは、空き教室で待っていたアリーナを見てぽかんと口を開けた。
「カフマン様。突然呼び出したりしてごめんなさい」
クライス・カフマン。魔導士長として有名なカフマン男爵の長男だ。
前髪を伸ばし片方に寄せているため顔はよく見えないが、近くで見ると整った顔をしているのがうかがえる。
魔法に秀でると言われている黒髪はボサボサなので全体的に野暮ったい印象があるが、髪を上げたら例の男爵令嬢の餌食になりそうな少年だ。
クライスを連れてきたエミリアはいつの間にかアリーナの横に並んでいた。
「クライス」
エミリアが呼びかけると、クライスはハッとしたよに口を閉じた。それでも驚きのままにアリーナをまじまじと眺めている。
アリーナはちょっと困って眉を下げた。エミリアが慌ててもう一度クライスを呼ぶ。
誘っておいてなんだが、あまり公爵令嬢に失礼な事をされると困る。エミリアだけでなく、クライスも後で困ると思う。
「大事な相談があるの」
エミリアの努力が実って、クライスはなんとか話を聞いてくれた。
「第二王子と側近候補達が、男爵令嬢の取り巻きになった事は知ってる?」
「ああ。あれだけ噂になれば、さすがにな」
「その取り巻きに友達の婚約者がいるんだけど、彼女が気になる事を教えてくれたの。最初、婚約者は男爵令嬢に興味がなかった、って」
「誘惑されたんだろ」
「そうかもしれないけど、なんか変じゃない? 殿下の恋人だって分かってるのに、誘惑されるなんて。友達の婚約者は子爵家の人間なの。普通なら、王族の恋人になんて近づかないんじゃないかしら」
「なにが言いたいんだ」
「ただの誘惑じゃなくて、魔法が関わっているんじゃないかって不安なの。例の男爵令嬢は高位貴族と貴族家の顔のいい相手を狙っているみたい。同じクラスにはもう居ないから、他のクラスにも手を出すかもしれないわ。もし魔法なら簡単に誘惑出来ちゃいそうだし、そのうちうちのクラスにも来るかもしれない。そんなの怖いじゃない」
クライスは呆れたように頭を掻いた。
「そう言われてもな。魔法を使える人間なんてそういないし、かもしれないって話だろ。考えすぎじゃないか」
エミリアはアリーナに目配せした。
アリーナは小さく頷き、両手を胸の前であわせて、頭一つ背が高いクライスを上目遣いで見上げた。
「ごめんなさい、クライス様。同じクラスの方が魔法に抗えず誘惑されてしまうような事があったらと思うと恐ろしくて。エミリアからクライス様なら魔法にお詳しいと聞いて、つい頼ろうとしてしまいました。愚かな私を許してください。これ以上クライス様にご迷惑をおかけするなど出来ませんわ。私たちだけでなんとかしてみます」
なんとかって、と。アリーナを惚けたように見つめていたクライスは、慌ててアリーナを引き止めた。
「ダメだ。もし魔法が関わっていたとしたら、危険だ。アリーナ様はもう殿下とは関係ないんだろ」
「はい」
「だったら、」
アリーナは首を振った。
「もし、クライス様のように綺麗な方が例の男爵令嬢に誘惑されてしまったら。大切なクラスメイトが例の男爵令嬢の毒牙にかかるところを、ただ見ているだけなんて出来ません」
「俺を、心配してくれるのか」
呆然とするクライスに、アリーナは笑いかけた。
「クラスメイトですもの」
クライスの頬が赤身を帯びる。すぐに真面目な顔になって、アリーナを説得した。
「アリーナ様が危ない目に会うのはダメだ。心配なら、俺があの女を調べてみる」
「そんなの危険ですわ。人を誘惑するような魔法について教えていただけるだけで充分です」
「精神に影響するような魔法を使う奴は本当に危険なんだ。素人が下手に手を出すと、どんな目に会うか分からない。俺も、近づくつもりはない。遠くから観察して、魔法の影響があるか調べるだけだから、アリーナ様は大人しくしていてくれないか」
アリーナはエミリアと顔を見合わせた。クライスを巻き込むつもりはあったが、彼だけを危険な目に合わせるつもりはない。
本当に魔法なら、調べようとしたクライスが誘惑されてしまうかもしれない。
「クライス。例の男爵令嬢を調べるんじゃなくて、誘惑された相手を調べても魔法がかかわってるか分かるかな」
「多分な。魔法なら痕跡ぐらいは分かると思うぞ」
「なら、友達の婚約者を見てくれない? 定期的にお互いの家でお茶会を開く約束があるみたいなの。お茶会の席なら、例の男爵令嬢は近くにいないから」
「婚約者同士のお茶会なら同席出来ないだろ」
「大丈夫。次のお茶会は友達の家で行われるの。いくらでも隠れて覗けるわ」
「めんどくせえな」
「その日は私も友達にお呼ばれしています。一緒に行ってはくれませんか?」
アリーナが目をうるうるさせると、クライスは慌てた頷いた。
細かい打ち合わせをするために、クライスを放課後のサロンに誘い、その場はわかれることにした。
「さすがアリーナ様です」
「あれで本当に良かったのかしら。騙したみたいで申し訳ないわ」
アリーナが見つめるだけでクライスが言うことを聞いてくれるので、エミリアの応援のために言葉を尽くしたが、ああまで態度が変わると申し訳なくなってしまう。
「大丈夫です。本当に嫌だったらクライスは頷きませんから」
「分かったわ」
励ましてくれる友達の気持ちが嬉しくて、アリーナは花のように笑った。
エミリアでも息を止めてしまうような可憐な笑顔だった。
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