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人類の希望(フラグ)を折って、ならば折り返す!毒には毒を中二毒

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 ■死闘! 賽の河原

 我の屍を越えていけ。ドラマやゲームの中ではさぞかっこよく聞こえるだろう。現実の人間はそう言えるほど強くない。
 尊い仲間を犠牲にするサラミ戦術は最初の二手、三手まではよかった。奪衣婆の勇気ある陽動はまんまと敵機を欺き、山彦を流れ弾の餌食にした。
 だが、交戦規定には友軍誤射撃フレンドリーファイアという概念がある。任務遂行上、ゼロにすることは出来ないが、許容限度を上回れば戦術転換せざるをえない。

 サジタリア軍は冷徹な手段に出た。

 あろうことか、対人誘導弾を使用した。二キロメートル先の標的にも命中させることのできるレーザー誘導型の小口径弾が潰走する山彦を巧妙に避け、奪衣婆の後頭部を破裂させた。

 銃弾の光学センサーは遮蔽物と友軍兵士を的確に見分け、女の四肢を、心臓を、脳髄を、次々と血しぶきに変えていく。

 戦争に卑怯も糞もない。あるのは生きるか死ぬか二者択一しかない。これは娯楽ではない。
 大勢の仲間が斃れた。
 ハッシェがシアと合流する頃には奪衣婆の数はわずか数名に減っていた。
 ガロンが遣わした天魔は撤退条件を満足したらしく、いつの間にか姿を消していた。

「ここまでして生きのびなきゃいけなかったんですか?!!!」
 ハッシェはまだ燻っている死体を振り返って、叫んだ。
 シアは胸が張り裂けそうな思いを押さえつけ、進むべき方向を見据えた。

「ここからすぐ。賽の河原の手前に往生特急保線区武装司令部の支所があるわ。車両基地に強行突破装甲軌陸車があるの」
「ウニモグ405/UGNじゃ心細くありませんか?」
「女子保線区員の着替えくらい積んであるでしょ。お洋服を着ればわたし戦闘純文学が存分につかえるのよ」

 シアはその前に熱いシャワーを浴びたいと思った。スキンヘッドには乾いた泥がこびりついて、翼もドロドロに汚れている。織布はとうに剥がれ落ち、入り込んだ砂が歩く度に擦れて痛い。
 せめて顔についた土を洗おうと水たまりに近づいたとき、うっすらと赤い光が二つ映り込んでいた。

「――あれは?」

 先に気づいたハッシェが天の一角を指さす。シアが見上げると、見覚えのある球体が小さな光点を先導している。
「……タッシーマ星間帝国軍の殲滅機械バーサーカーよ。チドレミアYBSK-6919AA シャムブリング=ビヘッダー。先行量産試作型プリプロダクタイプ ……って!?」

 教えられずとも、そのスペックまで暗誦できる。なぜならば、その機体は古き良きパートナーの近況報告にあったからだ。三途派遣部隊に試験配備され、それを視察する予定だという。

「チキちゃん! どうしてプリリム・モビーレに? チキちゃ~~ん!!」
 届くはずがないのはわかりきっている。シアはそれでも手を振って後を追わずにはいられなかった。

 呼びかけもむなしく、空飛ぶ要塞は虚実直行座標機関ワープドライブを稼働して高次空間に沈み込んでしまった。カーテンのような力場がたなびいて薄れていく。
 赤い二連星は殲滅機械が消えた後、ひらひらと蝶の舞いを踊っていたがやがて見えなくなった。

「タッシーマが動き出しているなら、鬼に金棒だわ! ウニモグで賽の河原を一気に踏破よ」

『おい。そこの小娘こむすめ いま、何と言った?』

 岩陰から赤銅色の大男たちが飛び出してきた。




 ■ 賽の河原上空

 バーサーカーのワープフィールドは機体を含めた周辺の浮遊物に作用し、高次区間へ引き連れていく。機内に入りきれないコンテナや船を曳航するための余裕だ。その影響力は距離の二乗に反比例する。
 オーランティアカの姉妹は力場が希薄化するぎりぎりの境界上に漂っていた。
「未来の超技術を過去に持ち込むとか、それ何て内政チート?」
 二十一世紀の古典娯楽文芸ライトノベルに通暁している玲奈ですら開いた口が塞がらない。その様な歴史改変は飢えた蛸が自分の脚を喰うようなもので荒廃した砂漠しか残さない。技術革新が急激すぎて授かった側の理解が追いつかない。いきおい、魔法やまじない程度の運用しかなされず、その後の発展はとうてい望めない。

「ガロンは俺たちの未来を売り渡そうとしてい――ザザッ! ザー……」
 バレル大佐の激白が唐突に途絶えた。
「力場の外に出たみたいよ」
 真帆は二人のやり取りに目もくれず霊魂の回収に従事していた。時空のはざまに放り出されるギリギリまで粘って女子の死亡者を落穂ひろいした。
 サンダーソニア号の超生産能力はオーバーヒート寸前で、やむなく超生産能力じたいを超生産する装置コルヌコピアマシンを超生産した。こうしたアイテムは空想科学小説えすえふの世界では定番アイテムでギリシャ神話にちなんで豊穣の角機械と呼ばれる。
 略して角機械はだだっぴろい格納庫内にクローン培養プラントを建設し、続々とメイドサーバントを生み出した。
「なぁにこれ?」
「いやだ! あたし、ツルッパゲじゃない!」
「どうしてくれるのよ。恥ずかしくって表を歩けないわ」
「ひっどーい」
「はぃ。ぱんつ、ここに置いときますね」
 真帆は阿鼻叫喚が飛び交う中、特設されたシャワールームを駆け巡った。居住区には銭湯が立ち並び入り口の左右に女と書いた暖簾が下がっている。四車線に衣類を満載した軽トラが渋滞し、交差点の角を曲がればまた温泉街が連なっている。
「結局、何人救えたの?」

 玲奈が艦隊共同交戦網バーチャルリアリティーから呼びかける。真帆のアバターもログインする。

「え~っと、ざっと五万人がた。十万トン級航空戦艦の収容能力ぎっちぎち」
「こっちと併せて十万かぁ。野外フェスの集客より少ないね」
「事実上滅亡した地球の生存者としちゃ、上々よ」
「玲奈の箱舟ってわけかぁ。……いいじゃん、おねえちゃん♪ カッコイイ↑」
「それより、真帆。これから、この子たちどうすんの? つか、ここはどこ?」

 オーランティアカ姉妹の前方には真っ白な月が浮かんでいた。というか、異常なほど明るく輝いている。それもそのはず、月のすぐ真横に地球が浮かんでいる。あまりに接近しすぎて逆に落ちてこないか心配だ。
「月の高度が近すぎるのよ。地球の照り返しがきつすぎる。サブシステム、解明してちょうだい」
 サンダーソニアの専門家休眠カプセルに問い合わせるが返事が戻ってこない。
「どうしたの? みなさん」
 真帆が再び尋ねる。
「そんな質問、マニアックすぎて誰も答えられませんよ」
 うんざりした声が返ってきた。
「潮汐摩擦だよ! 月の潮汐力が地球の自転を減速させた結果だよ。諸君。ちょっと地球の自転速度を測ってみたまい」
 中二病者の玲奈が立て板に水をながすようにのたまう。

「現在の一日の長さは約二十九時間。二十七世紀当時の自転速度から比較衡量して、現時点での地質年代は紀元後三憶五千万年」
 サブシステムも負けじと即答する。女同士のつまらない意地の張り合いだと真帆は感じた。


「ていうか、月に分厚い大気が存在するってどういうことなの? 酸素分圧はアポロ月着陸船の内部と同程度。完璧な環境改造テラフォーミングがなされてる」
 真帆は、サンダーソニアの分光器がとらえた月のスペクトル分布に驚愕した。
「人が住んでいるってことは――そうかッ! 犯人はこいつらかッ!」
 玲奈は勢い込んで思いついた事をバラバラに話し始めた。彼女の興奮を真帆がどうにかなだめ、順序を整理させた。

「見てしまったんだよアテクシは。サーチャーセイルを立てた時に……」
 玲奈は怪談を語るようにもったいぶって語った。
 黎明市沖海戦のさなかに玲奈はプリリム・モビーレ軌道上の偵察衛星から情報収集した。その中にジュデッカへ向かう往生特急の列を見たという。
「間違いない。ここはバレルが言ってたウルトラファイトが支配する……」
「別時間軸というわけ?」
「そう。人類が進むべき枝葉の一つに侵略国家を丸ごと建設して、歴史の綻びに乗じて一気になだれ込む。タイムパラドクスの整合性維持に労力を注ぐより安全で簡単だ」

 玲奈はそういいながら、バーチャル空間に樹のホログラムを描いた。枝葉の一つが毒々しく実る。それをへし折って隣の枝に接ぎ木する。
「えっ! どういうこと?」
 あまりに乱暴で唐突すぎて真帆は玲奈が何をしているのか理解できない。

最終剪定ファイナルキル計画よ。人類の希望フラグを折って、挿げ替えるという。これぞ外道。植物生命体らしい発想だわ」

 人間の命を何だと思っているのだろう。玲奈はまるでそこで神が聞いているかのように虚空へ語りかけた。

「で、どーすんの? いちお、あたしたちは恒星間超光速航行文明を七つも瞬殺できる航空戦艦だけど……」
 真帆は暴れたくてしかたがないという風に指を鳴らしている。

「ぶっ壊すのは簡単だよ。でも、完全には滅ぼせない。生き延びる勢力がある」
「じゃあ……」
「目には目を歯には歯を、毒を以て毒を攻めるのよ」

 玲奈は含み笑いを抑えきれずにケラケラとけたたましい声をあげる。彼女の脳内にはどんな素敵な中二病計画が渦巻いているのだろう。
「どの手がいい?」
 二人の間にタロットカードに見立てたアイコンがずらりと浮かぶ。

「なんだか楽しそうね」
 真帆が裏側をのぞき込む。
【病害】【虫害】【鳥害】【塩害】【干害】【水害】【風害】……ろくでもない手札が並んでいる。

「これ、おもしろそう♪」

 真帆が引いた札にはこう書いてある。

【天害】

「おっと、お嬢さん。さすがお目が高い。ずらりオプションが取り揃えてごさいましてね」

 玲奈はすかさす追加カードを取り出した。

【隕石】【太陽嵐】【ガンマ線バースト】【土星破裂】

 札の絵柄をタップするとそれぞれの災厄に応じた発生装置の模型が浮かび上がる。どれも航空戦艦の超生産能力で製造可能だ。

「あなたねぇ。よくもまぁ、こんな凶悪なアイデア、おもいつくわねぇ」

 真帆が失笑している頃、二十七世紀のマリオン島からスライスシャトルが飛び立った。

「ガロン、ゆるせねぇぇぇ!」

 遼平が怒りに任せて操縦桿を力いっぱい引く。機首が屹立し、雲海を貫く龍のように噴煙が立ち上る。

「待ってください。三時の方向に大規模な重力波、探知でおじゃる」

 ホワイトダーブ号の通信モニターに亡霊の顔が映った。

「お、お前はッ……」
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