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黎明市のユズハ
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■ 冥府 黎明市
高次元宇宙。
プリリム・モビーレは永劫回帰惑星ともいい、あらゆる流転を支配する宇宙の中心部である。
もちろん、輪廻転生もつかさどっている。ゆえに死者の魂は自然にそこへ流れ着く。
三隻の航空戦艦は虚実直交座標ドライブを轟かせて、惑星の北半球をめざした。
そこは夜と昼の境目と呼ばれる。薄暗くて荒涼とした風景が大地の果てまで続いている。日は厚い雲に覆われて、味噌汁に浮かんだ麩のようにおぼつかない。
「もうすぐ黎明市よ。転生を拒む人はそこで福祉の行き届いた生活をしているの」
強襲揚陸艦シア・フレイアスターは視界を阻む黒雲を避けて超低空飛行を強いられている。あまりに高度を下げると、今度は救いを求める亡者たちの手に絡めとられる恐れがある。
「そこにユズハがいることは間違いないのね?」
玲奈は半信半疑でアストラル・グレイス号を操る。
「露の都は『肉体喪失者の再生に関する権利条約』を批准していないの。人間は死んだらおしまい、というのが国是なのね」
真帆はさきほどから、往生特急の乗車履歴をずっと追っている。ユズハの個人名は無いが、死亡時刻に露の都から病死者が一名、搭乗している。
「黎明市の国連軍本部が見えてきたわ」
シアが着陸燈をともし、ギアを下げる。モヤモヤした闇を煌々と照らして後続機が静かに着陸する。
寒色系に浸食された街に不健康そうな亡者が浮遊している。両脚はちゃんと揃ってはいるが、生気を欠いた人々は見る者を凍らせる。
「寒ッ」
玲奈はエアロックを慌てて閉めた。アンダースコートのポケットから追加の着替えカプセルを取りだし、一振りする。濃紺の一部丈スパッツとぴったりとした膝上のレギンス、ぶかぶかのランニングショーツ、ハーフパンツとドロワースを重ね着して、セーラー服の上にメイド服を着こんで、ようやく腰の冷えがマシになった。
「なんというか独特の透明感? キンキンに冷えた晩秋と言うか。ススキと満月が欲しいわね」
シアはカツカツとヒールを鳴らしてコンクリート歩道を急ぐ。航空戦艦生体端末と
はいえ、生者が踏み入ったのだ。精力に飢えた亡霊どもめがけて餌を投げ与えるに等しい。
「よ~う~こ~そ~」
間延びした声で担当官が迎えた。現地採用人は動きが緩慢だ。シアとしては手短に要件を済ませたかっ
た。そのお役所仕事ぶりは、まるで、納豆の糸が切れるようだ。艦で待つこと半日、一行は谷底の療養施設へ招かれた。
ユズハは相変わらず車椅子の生活を続けていた。死して障害を引きずるなどナンセンスと思われるが、心身のハンデは霊体にも根深く影響している。要は「気持ちの問題」なのだが、なかなか、切り替えの出来ない者もいる。
「そうですか……兄は戦いの中で……」
やせ細ったユズハは、弱弱しくすすり泣いた。加島遼平の死は確定したわけではない、とシアは励ました。首に縄を付けてでもユズハを捜索に参加させねばならない。が、説得に使える時間は少ない。
膠着状態をロビーの霊界ラジオが打ち破った。
「ガロン提督がワイドショーに生出演してる!」
ドロワースを盛大に見せびらかしながら真帆が病室に駆けこんできた。
「……と、このように我が国は潔白を証明すべく各方面からの査察を大歓迎するものであります」
ガロンは大量破壊兵器査察制度の非人道面を徹底的に糾弾した。
「何を言っているの。何人たりとも身上の調査および嫌疑を晴らし抗弁する権利を有し、いかなる理由によってもその機会を妨げられたり、はく奪されてはならない、と国連人権憲章にも謳われているのよ」
シアは受信機に向かって怒鳴った。
大量破壊兵器査察制度はこの条文を根拠に、誰でも無差別に査察される「権利」があるものとみなし、強制捜査を行っている。要するに怪しいと思った場所にいつでも乗り込める。人権を逆手に取った強権発動だ。
ガロンはこの「権利」付与がおかしいと取り上げているのだ。
「まぁ、男のくせに、よくもベラベラとしゃべるわね」
饒舌な玲奈も顔負けだ。
提督は続けた。ヤポネはそもそも、二度の敗戦、大東亜戦争と特権者戦争を経て国土を失った。日本列島が消滅し、苦難と流浪を重ねて、ようやく露の都に新天地を得た。国を失う痛みを知り尽くした民族が、どうして侵略兵器を持てようか。
「査察しろって言ったの、自分じゃん」
真帆は憤慨するあまり、拳で宙を打つ。
「兄のせいで色々とおかしなことになって申し訳ございません」
ユズハがクルクルと車椅子をシアの所へ進めた。居ても立っても居られない様子だ。セカンドバッグの底から充電式のバリカンを取りだした。手鏡を広げ、名残を惜しむように自分の黒髪を一瞥すると、意を決してこういった。
「わたし、メイドサーバントになる決心がつきました。移植手術を受けます。これで今すぐ丸坊主にしてください」
突然の翻意にシアは目をパチクリさせる。
「いいの? 確かにメイドサーバントになればヤポネ国籍から解放されるわ。でも、二度と人間の姿に戻れないのよ。転生を拒むこともできない」
「未来永劫、ヲタ男もドンびく貧乳ハゲブス天使に転生し続けるんだけど、ほんっとうにいいの?」
シアにつづいて、玲奈が自嘲気味に釘をさす。ナチュラルロングヘアの鬘を脱いで、宇宙人グレイがエルフ耳を剥きだしたような姿になる。
見かねた真帆が反駁する。「わたしは三千世界最強の航空戦艦よ。誇りにおもってる。お姉ちゃんもせっかく乗り気になってる子の足を引っ張るのやめようよ」
「わたしの兄が大量破壊兵器に関与している疑惑があるのだとしたら、白黒つけねばなりません。兄を信じたいのです。そのためなら髪や姿など、どうということはありません」
ユズハは背中で切りそろえた髪をくるりと振って、真顔で答えた。そして、真帆の方に向き直ると笑みを作った。
「真帆さんは可愛くお洒落なさってるじゃないですか。正体はどうあれ、女子は着飾ってこそ、ですよ」
「そうだね、ごめんね」
玲奈はバツが悪そうに笑った。
高次元宇宙。
プリリム・モビーレは永劫回帰惑星ともいい、あらゆる流転を支配する宇宙の中心部である。
もちろん、輪廻転生もつかさどっている。ゆえに死者の魂は自然にそこへ流れ着く。
三隻の航空戦艦は虚実直交座標ドライブを轟かせて、惑星の北半球をめざした。
そこは夜と昼の境目と呼ばれる。薄暗くて荒涼とした風景が大地の果てまで続いている。日は厚い雲に覆われて、味噌汁に浮かんだ麩のようにおぼつかない。
「もうすぐ黎明市よ。転生を拒む人はそこで福祉の行き届いた生活をしているの」
強襲揚陸艦シア・フレイアスターは視界を阻む黒雲を避けて超低空飛行を強いられている。あまりに高度を下げると、今度は救いを求める亡者たちの手に絡めとられる恐れがある。
「そこにユズハがいることは間違いないのね?」
玲奈は半信半疑でアストラル・グレイス号を操る。
「露の都は『肉体喪失者の再生に関する権利条約』を批准していないの。人間は死んだらおしまい、というのが国是なのね」
真帆はさきほどから、往生特急の乗車履歴をずっと追っている。ユズハの個人名は無いが、死亡時刻に露の都から病死者が一名、搭乗している。
「黎明市の国連軍本部が見えてきたわ」
シアが着陸燈をともし、ギアを下げる。モヤモヤした闇を煌々と照らして後続機が静かに着陸する。
寒色系に浸食された街に不健康そうな亡者が浮遊している。両脚はちゃんと揃ってはいるが、生気を欠いた人々は見る者を凍らせる。
「寒ッ」
玲奈はエアロックを慌てて閉めた。アンダースコートのポケットから追加の着替えカプセルを取りだし、一振りする。濃紺の一部丈スパッツとぴったりとした膝上のレギンス、ぶかぶかのランニングショーツ、ハーフパンツとドロワースを重ね着して、セーラー服の上にメイド服を着こんで、ようやく腰の冷えがマシになった。
「なんというか独特の透明感? キンキンに冷えた晩秋と言うか。ススキと満月が欲しいわね」
シアはカツカツとヒールを鳴らしてコンクリート歩道を急ぐ。航空戦艦生体端末と
はいえ、生者が踏み入ったのだ。精力に飢えた亡霊どもめがけて餌を投げ与えるに等しい。
「よ~う~こ~そ~」
間延びした声で担当官が迎えた。現地採用人は動きが緩慢だ。シアとしては手短に要件を済ませたかっ
た。そのお役所仕事ぶりは、まるで、納豆の糸が切れるようだ。艦で待つこと半日、一行は谷底の療養施設へ招かれた。
ユズハは相変わらず車椅子の生活を続けていた。死して障害を引きずるなどナンセンスと思われるが、心身のハンデは霊体にも根深く影響している。要は「気持ちの問題」なのだが、なかなか、切り替えの出来ない者もいる。
「そうですか……兄は戦いの中で……」
やせ細ったユズハは、弱弱しくすすり泣いた。加島遼平の死は確定したわけではない、とシアは励ました。首に縄を付けてでもユズハを捜索に参加させねばならない。が、説得に使える時間は少ない。
膠着状態をロビーの霊界ラジオが打ち破った。
「ガロン提督がワイドショーに生出演してる!」
ドロワースを盛大に見せびらかしながら真帆が病室に駆けこんできた。
「……と、このように我が国は潔白を証明すべく各方面からの査察を大歓迎するものであります」
ガロンは大量破壊兵器査察制度の非人道面を徹底的に糾弾した。
「何を言っているの。何人たりとも身上の調査および嫌疑を晴らし抗弁する権利を有し、いかなる理由によってもその機会を妨げられたり、はく奪されてはならない、と国連人権憲章にも謳われているのよ」
シアは受信機に向かって怒鳴った。
大量破壊兵器査察制度はこの条文を根拠に、誰でも無差別に査察される「権利」があるものとみなし、強制捜査を行っている。要するに怪しいと思った場所にいつでも乗り込める。人権を逆手に取った強権発動だ。
ガロンはこの「権利」付与がおかしいと取り上げているのだ。
「まぁ、男のくせに、よくもベラベラとしゃべるわね」
饒舌な玲奈も顔負けだ。
提督は続けた。ヤポネはそもそも、二度の敗戦、大東亜戦争と特権者戦争を経て国土を失った。日本列島が消滅し、苦難と流浪を重ねて、ようやく露の都に新天地を得た。国を失う痛みを知り尽くした民族が、どうして侵略兵器を持てようか。
「査察しろって言ったの、自分じゃん」
真帆は憤慨するあまり、拳で宙を打つ。
「兄のせいで色々とおかしなことになって申し訳ございません」
ユズハがクルクルと車椅子をシアの所へ進めた。居ても立っても居られない様子だ。セカンドバッグの底から充電式のバリカンを取りだした。手鏡を広げ、名残を惜しむように自分の黒髪を一瞥すると、意を決してこういった。
「わたし、メイドサーバントになる決心がつきました。移植手術を受けます。これで今すぐ丸坊主にしてください」
突然の翻意にシアは目をパチクリさせる。
「いいの? 確かにメイドサーバントになればヤポネ国籍から解放されるわ。でも、二度と人間の姿に戻れないのよ。転生を拒むこともできない」
「未来永劫、ヲタ男もドンびく貧乳ハゲブス天使に転生し続けるんだけど、ほんっとうにいいの?」
シアにつづいて、玲奈が自嘲気味に釘をさす。ナチュラルロングヘアの鬘を脱いで、宇宙人グレイがエルフ耳を剥きだしたような姿になる。
見かねた真帆が反駁する。「わたしは三千世界最強の航空戦艦よ。誇りにおもってる。お姉ちゃんもせっかく乗り気になってる子の足を引っ張るのやめようよ」
「わたしの兄が大量破壊兵器に関与している疑惑があるのだとしたら、白黒つけねばなりません。兄を信じたいのです。そのためなら髪や姿など、どうということはありません」
ユズハは背中で切りそろえた髪をくるりと振って、真顔で答えた。そして、真帆の方に向き直ると笑みを作った。
「真帆さんは可愛くお洒落なさってるじゃないですか。正体はどうあれ、女子は着飾ってこそ、ですよ」
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