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正義って何ですか?

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 ■ 第三衛星 キッシングミー・ソフトリー上空
 コヨーテは航空戦艦マナサスギャップで悲劇の現場に赴いた。
 なまなましいライブシップの「肉片」が真空乾燥フリーズドライされ、漂っている。
 顔をそむけたくなるような惨状だ。
 その一つ一つをつぶさに調査して、ある核心に至った。
 コヨーテは敵の正体を確信していた。
 まちがいない。
 無人攻撃機ヒュプノス。
 ひとたび命令を受けるや、目標を殲滅するまで執拗に追い回す無人攻撃機。それぞれが簡易な知能をもち、群体として振る舞う。
 その容赦ない破壊っぷりは、確率変動簒奪者エナジードレイナー事件において主要惑星を荒廃に追い込んだ。捨て鉢ヒュプノスの名にふさわしい。
 もともとは、ある学術研究のために開発され、惑星ブロードの狂信者によって盗み出された。彼は不法に得た利得の正当性を、あまねく主張するために、「手段を選ぶな」とヒュプノスに命じたあと、行方不明だ。
 無人攻撃機が各惑星の政府を恫喝した事件は、惑星破壊プロトンミサイル三発による強制処理という形で決着した。
 しかし、拡散したヒュプノスは今もなお、はびこっている。補給物資の確保から修復、増殖、改良まで自律してやってのける兵器を停める手段はなかった。
「あれを飼い馴らせる者はこの世に二人しかいない」
 コヨーテが肩を震わせると、マナが不思議そうな顔をした。
「ウッキー・アポカリプスに心当たりがあるんなら、さっさと捕まえればいいじゃん」
「それが出来れば苦労しないわ」
「じゃ、あとの一人って誰?」
「決まってるじゃない。生みの親に接触するわ」
「でも、あの人はギルド上層部が厳重監視下に置いてるじゃない。公式には彼女は居ないことになってる。
 居場所を探り当て接近するのは、砂上の楼閣を築くより難しいだろう。
 だが……。
 押収済み大量破壊兵器庫あかずのとびらを開かせる理由にはなる、とコヨーテは息巻いた。
「目には目を……よ。マナ、進路変更。地球へ!」


 ■ 復讐の連鎖と正義の公理
 暴力は人を傷つける。のみならず、死や文化遺産の焼失など不可逆な損害をもたらし、取り返しのつかない禍根を残す。歳月人を待たずで、たとえいくら当事者間で歴史的な清算がされようとも、事後策に過ぎない。「被害者」という立場は決して購う事はできない。
 いわれなき責苦を受けた。その史実は帳消しにできない。真の意味での救済はあり得ない。存在しない癒しを追い求めて、被害者は加害者に変化する。
 暴力の連鎖が行きつく果てに対立者双方の屍が転がる。
 それでもかまわない。愚公山を結果になろうと致し方ない。
 男はやらねばならぬ。殺られたら殺り返せ。
 三日間戦争において魂のレベルで女性化されたコヨーテであるが、もともと男たる誇りまでは捨ててなかった。
 彼女/彼は――軍神である。名誉職に退いたとはいえ、中央作戦局長が不在の時は戦略創造軍ギルドの全責任を負う。

 ハンターギルド本部壊滅後、間もなくして国連安保理が緊急招集された。諮問機関たる国連大量破壊兵器撲滅委員会モビック白夜大陸条約査察機構ハンターギルドの即時復興を決定。人類圏に属するあまたの植民星から強大な軍事力を結集した。

 テロリストには断固たる懲罰を下さねばならない。
「犯人を法の白日下に引きずり出して相応の責任を追及せねばなりません。

『――しかしだね、軍神、いくら非常事態とはいえ』
『貴様は神にでもなったつもりか?』
『押収武器庫の解放など断じて許可できん』
『多くの犠牲を払って没収した禁断兵器が万が一、散逸すれば』
『今度こそ人類は自滅するぞ』
『君は最終戦争の覇者になろうと企てているのかね?』

 太平洋上、旧ウェーク島地下のハンターギルド仮設本部。
 物を言う黒檀の巨石モノリスが王城のようにひしめいてコヨーテを睥睨している。
 ブリュッセル 欧州圏代表――SOUND ONLY、という蛍光フォントがモノリスに灯った。
『いま一度、問う。君にとって正義とは何か? 武器庫の解放は正義を全うしうる唯一無二の手段か?』
 委員会のお歴々にコヨーテは胸を張って答えた。
「正義とは秩序です!」
 モノリスは矢継ぎ早に質問する。
『大量破壊兵器が再び世に出回れば混乱を招くが?』
 打てば響くようにコヨーテが答える。
「人間は怠惰な生き物です。堕落するように設計された存在です。その様な動物は怖ろしい手段で調教せねばなりません。比類ない……そう、神に並ぶ力で懲罰を下さねば、怠慢という悪鬼はつけいる隙を虎視眈々と狙い、僅かな綻びを破滅へと押し広げます」
 彼女は反論が染み入るように間を置いた。
『――で? 続けたまえ』
「渦中の恐怖と秩序ある畏怖。震え上がるならどちらがマシですか」
 どちらにしても嫌な選択だ。
「君は我々を脅しているつもりかね?」
「怖がっているのはあなたたちの方じゃないですか?!」
 コヨーテは食って掛かった。
「我々に恐れるものなど何もないよ。特権者にすら勝利できる」
 うそぶくモノリス。コヨーテは見透かしたように言った。
「天使の化石も、ですか??」
「な……?!」
 蛍光表示が消えた。
「あなた方が月の裏に封印している『天使の化石』、それと、グルームレイク湖の『ブラックメイルボックス』 強がりはよしましょうや。それとあと一つ、アムンゼン基地の『発狂神漬け』 幸い、もう、ありませんがね。どうなんですか?」
 名誉軍神は慇懃無礼な口調で面白そうにたずねた。
「なぜ、それを知っ……」
「水槽脳の基幹システムに使われていましたよ。四万年後も実用に耐えるなんて大しため具だ。特にブラックメイルボックス。人類を凌駕する高度文明の乗り物が墜落した挙句、下等な地球人に鹵獲されるなんて、矛盾もいいとこだ。こういうワケの判らない存在、この世の理で説明できないもの、招かれざる土産物こそ、恐怖支配の道具でしょうに」
「あれらは、この世に決してあってはならぬものだ。許されざる物が在る。だからこそ厳格な管理が求められている」
「さっさと爆破すれば済むものを。なぜ温存するんです? 祟りが怖いからだ。そして、『そういう事』にしておかないと神を恐れぬ輩が増長するからでしょう?」
 コヨーテのペースから逃れようと御偉方は声を荒げた。
「われわれ自ら神を討った結果、何も変わらなかった。だからこそ、なおさら神格が必要なのだよ」
「『三醜の靱奇さんしゅのじんき』の強奪を防ぐための大量破壊兵器摘発かたながりで世界は平和になりましたか? いまや、それらを無効化する御崎らみあが、人類共通の恐怖として押し寄せています」
「彼女を倒した後、どうするね? 君が僭主となって人民に神罰を下すというのかね?」
「秩序ですよ。秩序形成を維持できない社会は崩れる。そういう、めいめいの強い意志が、あなたがたのふざけた崇拝に――虚構に打ち勝つんです」
「わかった。しばらく時間をくれ」
『――審議中――』
 墓石の寄せ集めにネオンサインが輝いた。
 コヨーテは思った。まるで、人類の臨終を予言しているようだ。
 ■ 惑星バーゼル軌道上
 どこまでも吸い込まれるように青い大気の下で、きつね色の穂がゆれている。小高い丘から見下せば、エメラルドグリーンの海が広がっている。
 太陽は西に傾いており、間もなく辺り一面を鮮やか紫色に染めるだろう。直射日光を避けて岩屋に潜んでいた農婦たちが、ぞろぞろと起きだしてきた。
 南極大陸消滅のニュースなど異世界の出来事で、もっぱらの話題は収穫祭の目玉企画である。ベニテングダケ投げの技法はマンネリ化の一途をたどっており、ここ十年間は蟻が這う程度にしか記録が伸びていない。
「もう潮時かねぇ」
 ブルマ姿のエルフ耳少女――実年齢はロリババア――がやる気なさげに傘を投げている。ぼふっ、と気の抜けた音を立ててテングダケが落ちる。
 ジト目の計測員がのろのろと飛距離を測る。
「……72.56……、と、あれは何?」
 もの凄い勢いで頭の上を何かが飛び去った。
「誰だろうねぇ、すごい人もいるもんさね」
 エルフ少女も目を丸くして飛行物体のあとを追う。
 直後、競技場が業火に包まれた。


「ベロォゾフ・ジャンボチンスキー反応。撹拌パターン赤」
「ありゃ~~! テロ攻撃だと?!」
「こんただ、田舎さ、潰して何になるっていうだ?」
「んだ。産地の百や二百、潰した所でギラ麦の相場はびくともしねぇっぺ」
「ほい、おまいら! つべこべいってねぇで、戦闘ズン文学のセンセイに連絡するだよ」

 通報をうけて、植民惑星警察軍の量子コルベットがのんびりと離床した。戦闘純文学者は願ってもない出番に純粋な職業意識を燃やした。着任以来破いた事のないくたびれたセーラー服がビリビリと避け、純白の翼が広がる。この日が来るのを信じてシャンプーとトリートメントを毎晩つづけた。
「さぁ、いくわよ。戦闘純文学【ペンメルの烏】……てへっ、別嬪に撮ってくださいよぉ」
 若い術者は群がる取材陣に向かって豊満な胸を揺らす。
 報道ヘリから一斉にフラッシュが炊かれ、その隙を縫ってヒュプノスが真下から襲いかかる。
 舳先にアッパーカットをくらい、量子コルベットはバトントワラーの手から離れるようにクルクルともんどりうって爆散した。
 緋色に燃える空の下。
 きつね色の穂先が、くすぶり、みるみる炭化していく。




『封印はいかなる理由があろうと解いてはならん。君の請願こそが君のいう悪鬼によるそそのかしである。委員会は全会一致でそういう結論に達した。以上』
「あんたらがチンタラやってる間に、バーゼルが……」
 声高に抗議するコヨーテに量子機関砲がピタリと向けられた。
「――!」
 コヨーテは梯子を外された。古今東西語りつくされた官僚機構の無能ぶりを、まさか、この自分が目の当たりにするとは。絶望を通り越して高揚した彼女は、珍獣でも見たかのような倒錯した満足感をおぼえた。
 彼女に落胆するそぶりはない。
「禁断兵器は押収武器庫の中だけじゃなくてよ」
 そう言い捨てると、次善の策を開始した。


 男同士の友情は不可解で厄介だ。不俱戴天の仇敵同士がちょっとしたきっかけで意気投合することすらある。そこが、女には理解できない。

「シア。ごめんね」
 コヨーテは形見の水晶球を初めて覗き見た。
『あたらしい伝呪が【1】件あります。件名;だいじょうぶか! を開封しますか?』


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