気になるあの子は半分悪魔

柚鳥柚

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本間さんと付き合い始めて、本間さんのいろんな面を知った

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 本間さんと付き合い始めて、本間さんのいろんな面を知った。

 よく笑う本間さんには涙もろい一面もあった。
 僕が貸した本を読んだ本間さんが、翌日、泣き腫らした目で登校してきたことがあった。涙を滲ませながら語られる熱い感想に相づちを打ちながら、思いがけない一面に新鮮味を感じた。

 本間さんの家は僕と反対方向で、僕が本間さんを送っていけるのはほんの少しの距離だった。
 本間さんは人目があっても気にせず手を繋ぐ人だけど、人目がなければ手だけでなく腕まで絡ませ密着して歩く人でもあった。
 制服越しでも伝わる体温にドキドキしている僕に、本間さんが「彼氏にくっつくとこんなにドキドキするんだね」とはにかみ笑う。緊張と興奮で口がカラカラに渇いてしまった僕は返事ができなくて、繋いだ手をさらに強く握るしかできなかった。

 本をたくさん読む本間さんだけれど、興味のないことを覚えているのがどうも苦手なようで、苦手科目と得意科目の点数の差が激しいところも新たに知った面の一つだ。
 対する僕は勉強だけは得意で、返却された中間テストの結果を見て青くなった本間さんに勉強会を提案した。

「良かったら、一緒に勉強しますか」

 緊張のあまりまた敬語になってしまった僕の提案に、本間さんは「いいのっ?」と目を輝かせ食いついた。目をキラキラ輝かせ僕を見上げる本間さんに「もちろん」とうなずく。

 勉強会は本間さんの部活がない日曜日、僕の家ですることになった。

 女の子を家に招くのは生まれて初めてで、日曜日、僕は本間さんを迎えに行く前から緊張していた。本間さんも異性の家に招かれるのは初めてのようで、教えてもらった住所に迎えに行くと、噛み噛みの挨拶で出迎えられた。

「きょっ、今日はっ、よろしくおにゃがいしまひゅっ」
「こ、こちら、こそ……」

 玄関を開けてくれた本間さんは、可愛らしいワンピースに身を包んでいた。初めて見る私服が可愛くて新鮮で、惚けて見とれていた。
 黙って見つめる僕を、本間さんは照れたような困ったような顔で僕を見上げる。本間さんのこんな姿を見ることができる立場になったんだなぁと、改めて実感できた。

 困り顔の本間さんと見つめ合っていると、玄関に立ったままでは見えない奥から物音が聞こえた。
 ハッと我に返った本間さんが「早く行こ!」と慌てた様子で僕の背を押し家を出ようとする。と、奥から「待て」と声をかけられた。
 制止されたにもかかわらず、本間さんは僕の背をぐいぐい押して外へ出そうとする。けれど僕は立ち止まったままだった。
 奥の部屋から現れた大柄な青年――恐らく本間さんのお兄さん――があまりにも本間さんのイメージとかけ離れていて、驚いてしまったからだ。
 一言で表すならば大木。
 いかめしく顰められた顔は妹の恋人である僕が気に入らないからか、それとも妹である本間さんが制止の言葉を聞こうとしないからか、もしくは常々あの顔なのか。いやそれよりも、僕が驚いたのはその出で立ちだ。
 季節は秋、もう冬に近いといえる時期だ。なのに本間さんのお兄さんはトランクス一枚。体から湯気を立ち上らせているのはシャワー上がりだからだろうか。そうだと思いたい。
 のしのし玄関まで出てきたお兄さんに、本間さんは悲鳴に近い声で「何でそんな格好してるの!」「服くらい着て!」「せめてシャツくらい着て!」と年頃の女の子らしい反応で怒る。それを無視して、お兄さんは僕に突き刺す勢いで指を突きつけた。

「貴様が日向子の彼氏だな。迎えに来たその心意気は買ってやろう。だがもしも未成年の分際で日向子に手を出したりしたら――」
「渡部君に変なこと言わないでって言ったでしょ!! 信じらんないお兄ちゃんのばか!」
「お前は黙っていろ。おい、渡部と言ったか。いいか、日向子の門限は十七時――」
「ちゃんと帰ってくるから! お兄ちゃんは部屋で筋トレしてて!」

 僕の手を引き外へ飛び出すと、本間さんはまだ何か言いたげなお兄さんの目の前でバタン! とドアを閉めてしまった。ドアの向こうでお兄さんが何か言っている。それを無視して、本間さんは僕の手を引いたまま歩き出した。

 珍しく、本間さんが怒っている。
 僕の手をぎゅうと掴んだまま「もう!」と憤慨している。めったに見られない表情に目を奪われていた僕は「あ」と思い出した。

「あの、本間さん」

「なーに」と本間さんが僕を見る。お兄さんに怒っているからか、いつもより声が低い。言うべきタイミングが今じゃないのはわかる。けれど今言わなければ、僕はこのまま一生本間さんに『可愛い』と言えないような気がした。
 照れくさくて本間さんと繋いでいない手で頬を掻く。本間さんが怪訝そうに僕を見上げた。意を決し、僕はぼそぼそ本間さんの今日の格好を褒めた。

「その……今日のワンピース、よく似合ってて……可愛い、です」
「かわっ!? ……わ、渡部君てば、何でそういうことさらっと言っちゃうの……?」

 赤くなった頬を隠したいのか、本間さんは僕の手を離そうとした。けれど熱いくらいの本間さんの手が離れるのが名残惜しくて、僕は本間さんの手をぎゅっと握った。
 本間さんはますます顔を赤くすると、ぽそぽそと何か呟いた。よく聞こえなくて聞き返すと、本間さんはうつむきながらちゃんと言い直してくれた。

「渡部君て……時々、今みたいに、すごくドキドキすること言ったりしたりするよね」

 嫌がられたと思い、その場に立ち止まって反射的に「すみません!」と謝り手を離そうとした。しかし僕らの手は離れなかった。繋いだ手は、指を絡められ外れなくなっていた。
 顔を赤く染めたまま、本間さんは「嫌じゃないよ」と僕を見上げた。

「渡部君と手を繋ぐの、好きだよ。渡部君のこと好きだもん。渡部君は、こうやって手を繋ぐのは嫌い?」

 気づけば「好きです」と返していた。本間さんの小さな手を両手で包んで、本間さんと目を合わせ「嫌いなわけない」と首を振る。

「嫌いなわけ、ないじゃないか。本間さんと手を繋いでる間、僕がどれだけ幸せか。言葉じゃ伝えきれない。繋いだ手から僕の心が伝わればいいのにって思ってるくらいだよ」
「良かった」

 本間さんは照れくさそうに笑って、繋いだ僕の手を持ち上げた。

「これからいっぱい、こうやって言葉にして気持ちを伝え合っていこうね」

 それは、僕とこれからも過ごしてくれるという意味だろうか。だとしたら、嬉しい。
 はにかむ本間さんにうなずき返そうとしたら「ひゅーひゅー」と囃し立てる声が聞こえた。
 振り向くと、自転車に跨がった小学生の集団が僕らを見ている。僕も本間さんもただでさえ赤い顔をさらに赤くすると、走ってその場を逃げ出した。
 走っている間、僕の家に着くまで、僕らは決して手を解いたりしなかった。

 僕の家を前にして、本間さんは緊張を思い出したようで、片手を胸に当て深呼吸を繰り返している。
 緊張を解すには何をすればいいんだっけ、と記憶の引き出しをひっくり返してる僕の袖を、本間さんがくいと引っ張った。

「き、緊張して倒れちゃいそうだから、手、離さないで……」

 是非もなし、と僕は本間さんと繋いだ手をそのままに玄関ドアを開けた。
 ドアの向こうでは、僕らを今か今かとそわそわして待ち受けていた母の姿があった。僕の母に対し、本間さんは異様に緊張しながら挨拶をした。
 カチコチに緊張した本間さんを見て、母は気が抜けたように笑っていた。
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