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重ねる逢瀬で絡む舌

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〈花畑〉に入るたび、ザシャとゲルデはキスをした。年頃の男女が、決して邪魔の入らぬ場所で唇を触れ合わせる。邪魔が入らないということが二人にどれほどの安心感をもたらすか。そしてどれほどの興奮を呼び起こすか、想像に難くないだろう。触れ合わせるだけの挨拶のようだったキスは、次第に思いの通じ合った男女が交わし合う、熱の籠もったそれに変わっていった。
 絨毯に座った二人は、どちらからともなく近づき、そっと唇を触れ合わせた。ザシャは無意識に、ゲルデが離れてしまわないよう、小柄な体躯を抱きしめた。小さく柔らかで、決して自分を拒まない体温を腕に閉じ込め、何度触れても初めてのように感じる唇を心ゆくまで味わった。
 柔らかな唇は触れ合うだけでも十二分に楽しいものだったが、優しく歯を立てたり、唇で食んでみたり、軽く吸ってみたりと趣向を凝らしてみると、また別の楽しみがあった。
 歯を立てても、食んでも、吸っても、ゲルデは嫌がらない。ザシャの腕の中でふるりと震え、ザシャのシャツを掴み、わずかに吐息を漏らす。シャツを掴む手は「やめないで」と訴えているようだ。ゲルデの些細な仕草にもザシャは興奮し、ますます強くゲルデを抱きしめた。
 楽しいのは感触ばかりではない。ゲルデの唇は時に蜂蜜の味がして、時に葡萄の味がして、時に林檎の味がして、時にゲルデ自身の味がする。ザシャはキスをするたびに、己の中の〈狼〉がゲルデに噛みつきたがるのを必死で抑え込まなければならなかった。
 ザシャがキスに慣れて楽しみ始める一方で、ゲルデはなかなか慣れる様子がなく、いつも息を止めてしまっていた。ゲルデが酸欠で真っ赤になるたびにザシャはキスを中断し、ゲルデに呼吸を許した。はぁ、と息をつくゲルデの瞳は潤み、頬は赤く、艶めいていた。息を整えるゲルデを見るたび、ザシャは己の中のオスを落ち着かせる必要ができた。
 落ち着かせる努力も、それが毎回となれば理性を働かせられなくなっていく。ある日ザシャは、顔を真っ赤にして息継ぎをするゲルデを強く抱きしめ、上を向かせた。

「きみをもっと味わいたいんだ」

 ザシャの言いたいことを察したゲルデは、目を泳がせた。赤い頬がさらに赤みを増す。ザシャがじっと見つめていると、ゲルデはゆっくり、目を閉じた。
 震える桃色の唇が、ぽそりとザシャに懇願した。

「は……初めて、だから……ゆっくり、してね」

 ゲルデが言い終える前に、ザシャはゲルデの舌をすくい上げていた。
 突如侵入してきたザシャの舌に、ゲルデは戸惑いうろたえる。興奮したザシャはゲルデの様子にも気づかず、ゲルデの口内を、舌を、己が舌で蹂躙した。
 初めて舌を絡ませるようなキスをしたザシャの感想は、『柔らかい』だった。ザシャは舌とはざらついているものだと思っていた。そして薄い――たとえば猫の舌のような――ものだと思っていた。これはザシャが、野良猫に手を舐められたときの感想に起因する思い込みだ。それも今、ゲルデとのキスで覆された。
 人間であるゲルデの舌はざらついておらず、潤った舌はぬるりと滑らかで、舐め応えのある厚みだ。ザシャはゲルデの舌を吸い、吸うのをやめては何度も舐めた。品のない音が、静かな〈花畑〉を満たす。合間に漏れ出るゲルデの甘えた声が、ザシャをますます興奮させる。

「う、んんっ。ざひゃ……ぇう、ん、はふ、んっ」

 ゲルデの舌は、キスをしていたときに感じたような、ゲルデ自身の味がした。
 舌を舐めるのをやめたザシャは、ゲルデの口内あちこちへ舌を伸ばした。

「ふぇあっ!? ざひゃ、ぁ、ぅ、うー……」

 頬の裏側は、舌よりもさらに滑らかだった。凹凸がなくつるりとしていて、舌よりもゲルデの味が強い。気を抜けば内なる〈狼〉が歯を立てたがる感触に、ザシャは慌ててほかの部分へ舌を伸ばした。
 舌が触れたのは、ゲルデの歯だった。ゲルデの歯はザシャの口内にある歯と違い、どれも可愛らしいサイズで、一番尖っている歯ですらザシャの牙に比べれば可愛らしい丸みを持っている。歯そのものを舐めても快感は得られないし与えられないが、恥ずかしがったゲルデが腕の中で身悶えるのが楽しくて、ザシャはゲルデの口内すべての歯を丁寧に舐めた。

「んっ!? ん、んーっ!」

 ゲルデが声を上げたのは、ザシャの舌が上顎を舐めたときだった。体がびくりと跳ね、腕から抜け出そうと身を捩る。しかし手だけはしっかりとザシャのシャツを握っている。

「んんん、ん、んーっ。はふ、ん、らひゃ、あっ」

 ぬちゃくちゃと品のない音と、ゲルデの甘えた声の差がザシャの頭からあらゆるものを抜け落ちさせる。ザシャは今、ゲルデの口内を犯すことしか考えられなかった。
 片腕でゲルデの腰をしっかりと抱き、片手でゲルデの後頭部を押さえる。ゲルデはまだ抵抗し、そのくせとろけた声を上げザシャに縋りつく。
 夢中で舌を動かしていたザシャは、ゲルデの手が背中に回り、思い切りシャツを引っ張り上げてようやく我に返った。シャツを引く力の強さから、ゲルデが怒っているとわかる。
 慌てたザシャがキスをやめると、ゲルデは大きく息を吐いてまた大きく吸った。ゲルデは息継ぎが苦手なようだ。ザシャが謝りながら背中をさすると、ゲルデの潤んだアーモンド型の目が、責めるようにザシャを映した。

「何でザシャ、苦しくないの?」

 怒られるかと思いきや、ゲルデはザシャが平気な顔をしている理由を問うた。怒られなくてよかった、嫌われなくてよかったと安堵しながら、ザシャは「鼻で呼吸するんだよ」と教えた。そんなことはわかってると言いたげな目で、ゲルデは「してるよ」と唇を尖らせた。そしてザシャからすいと目を逸らし「してるけど……」と両手で頬を押さえた。

「ザシャのキス、す、すごいから……うまく、息ができなくて……」

 ゲルデの台詞にザシャが照れ固まったことに気づかず、ゲルデはもごもごと続ける。

「いつかはするのよって、教えられてて……こういうキスがあるっていうのは知ってたし、想像もしてたよ。して、たけど……」

 頬を押さえるのをやめたゲルデは、酸欠以外の理由で顔を赤くしながら、ケープの裾をもてあそんだ。

「想像より、すごくって……びっくりした……」

 ザシャは腕を伸ばし、一度は解放したゲルデの体をまた抱き寄せた。今度はただ抱き寄せるだけでなく、そのまま膝をまたぐように座らせると、ぴったり密着させる。ぐっと近づいた距離に照れと困惑を滲ませるゲルデの顔を覗き込み、ザシャはゲルデが想像していたというキスについて根掘り葉掘り問い詰めた。

「想像って、相手は僕だった? それとも、〈狩人〉の誰かかな」

 答えようとするゲルデの唇に、ザシャは自分の唇を押しつけた。ゲルデの唇が動こうとするたび触れ合わせ、こすり合わせ、唇で軽く食む。答えるのを邪魔され、雨のように降らされるキスに翻弄されながら、ゲルデは質問に答えようと必死で唇を動かした。

「ん、んん……。ザシャ……と、するキスを……想像して、たの」
「想像の僕と、現実の僕は、どう違った?」

 自分が問いかけるため、ザシャはキスをやめた。その隙にゲルデは息を吸いしっかりと答えようとしたが、ザシャは遮るように、再びキスを始めた。
 唇を食まれ、吸われ、時に舐められもしながら、ゲルデは懸命にザシャの問いに答える。

「んっ、ん……。想像してた、ザシャは……あむ、ん……口の中に、舌、入れるだけ……で」
「それで?」
「ほんとの、ザシャは……い、いっぱい、舐め、て、くれるの」

 どこを、とザシャが目で問う。ゲルデは目に涙を溜め、はふはふと苦しそうに息継ぎをしながら、うまく動かせない舌でその問いにも答える。

「んんっ……。くひの、にゃか……」
「口の中も、いろいろあるだろ?」
「し、舌……私の舌、舐めたり……ほっぺの内側とか、歯とか、のどの近く、とか、ぁっ……」
「想像と、どっちが良かった?」

 唇に歯を立てられ、ゲルデは甘い声を上げた。涙のこぼれそうな瞳がザシャを見つめる。

「ザシャと……ほんとにするキスが、すき」

 ゲルデの答えに、ザシャはキスをやめて、何度も嬲られたせいで赤みを増し熱を孕んだ唇を指でなぞった。あのゲルデの唇をこうしたのが自分なのだと思うと、ザシャは誇らしい気分になった。

「それなら……もう一回、しようか」

 熱を持った唇を、すりすりと指でなぞる。覗き込んだ瞳は、涙と期待できらめいている。ゲルデはうっとりと目を閉じ、小さくうなずいた。

「……したい。して、ザシャ」

 返事と同時に、ザシャはかぶりつくようにゲルデの唇を奪っていた。
 柔らかな舌を、唇を、存分にもてあそぶ。ゲルデはザシャの興奮に応えようと、つたなく舌を動かし始める。つたない舌の動きがザシャをさらに興奮させる。ザシャが無意識に腰を抱き寄せると、ゲルデもねだるように体を密着させた。
 隙間なく密着する体と、立ち上る甘い香りがザシャから思考を奪う。舌と唇だけではない。押しつけられた二つの柔らかい塊。布越しでも感じる柔らかさと質量に、ザシャは自分の肉棒がぐぐっと立ち上がるのを感じた。
 密着するゲルデも、押しつけられるように立ち上がった感触とその意味をわかっているはずだ。だがゲルデは嫌がらず、拒むこともせず、むしろ自らの体をザシャへ押しつけた。ザシャの胸板には乳房が、立ち上がった肉棒には柔らかな尻が、むにむにと刺激するように当てられる。
 舌が絡み合う音と、荒い呼吸、そして甘い匂いがザシャの脳を興奮させ、絡む舌と押しつけられた体の柔らかさがザシャの体を興奮させる。

 ――膝に乗せている〈赤ずきんメス〉を今すぐ組み伏せ犯したい。

 目眩を覚えるような興奮に、ザシャの思考は埋め尽くされそうだった。その興奮通りに行動しなかったのは、ザシャの理性のお陰でもゲルデへの気遣いでもない。
 ザシャは、臆病だったのだ。

「き……今日は、ここまで」

 そんな台詞を吐いて、ゲルデを膝から下ろしてしまった。
 あれほどザシャを突き動かしていた興奮は呆気ないほど冷め、代わりに「がっついてしまった」「嫌われたかもしれない」「気持ち悪がられたかもしれない」「脳みそまで獣だと思われた」「勃ったモノを押し当てるなんて最低だ」「嫁入り前の女の子を傷物にしようなんて〈狩人〉と同じじゃないか」「最低だ」「これだから〈狼〉は暴漢ケダモノの代名詞にされるんだ」とやたら後ろ向きな思考が脳を埋め尽くす。
 落ち込むザシャとは反対に、ゲルデは残念そうな顔をするだけで、嫌がった様子はない。絨毯の上にぺたんと座り、乱れた息を整えながら素直にうなずいた。赤らんだ頬にかかる髪を耳にかけながら、ゲルデはどんよりしているザシャを見上げた。

「今日……今日、だもんね」


 ――でも、次は?

 きらめく黒曜石の瞳は、そう尋ねていた。ザシャは落ち込んでいたことも忘れ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 次は、我慢する必要がない。次を、ゲルデは望んでいる。ザシャとの次を、ザシャとするを――そう確信し、ザシャはどん底に落ちた気分が上向くのを感じた。機嫌が直ったことを表すように、尻尾がふぁさふぁさと音を立てて絨毯を撫でる。
 抱き寄せた際にザシャが強く掴んだせいで、ゲルデの服には皺ができていた。その皺を伸ばしてやりながら、ザシャは「今日はね」とうなずき返した。
 次は。次こそは。
 そう思いながら、ザシャは身なりを整えたゲルデを〈森〉へ送るため、〈花畑〉から道を繋げた。
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