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再会の狼と赤ずきん

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 怪我を負った翌日、ザシャはすっかり快復していた。傷は塞がり、疲労は影すら見えない。ベッドから下りて軽く跳ねてみたが、どこにも痛みはない。
 起きてきたザシャを見て、父は渋い顔をした。

「顔色はいいが、しばらくは家で養生しろ」
「大丈夫だよ。仕事を終えたら少し出掛けてくる」
「だめだ」

 もう十七だというのに、末子であるせいか、父だけでなく兄弟からも「大人しくしていろ」「家に居ろ」と押さえつけられ、ザシャは数日間を家で過ごす羽目になった。
 その数日間をのんびりしていたかというと、そうでもない。舞い込む仕事を次々押しつけられ、寝る暇も惜しんで子供向けの人形や、金持ちが自慢するための家具を作り続けていたのだ。
 一生分工具を握ったのではないかと思う頃、ザシャにようやく外出の許可が下りた。そのときには、ザシャの顔は〈狩人〉に怪我を負わされた日よりもげっそりしていた。
 久方ぶりの空は快晴で、気持ちのいい風が吹いていた。ザシャは胸いっぱいに空気を吸い、肺に溜まっていた木屑の匂いを吐き出した。
〈森〉を歩きながら、ザシャはゲルデを探した。会う約束なんてしていない上に、見つけたところで話しかけられないかもしれない。だがザシャは、ゲルデが元気でいる姿を確認したかった。
〈狼〉の家は森の中だが、〈赤ずきん〉の家は〈森〉を東へ出てすぐそば――ちなみに〈狩人〉の家は〈森〉を西へ出てすぐ――の場所だ。物語の悪役である〈狼〉のザシャが家に近づけば袋叩きに遭うかもしれない。だがザシャは、〈森〉でゲルデを見つけられなければそこまで行くつもりだった。
 運のいいことに、ゲルデの後ろ姿は〈森〉で見つかった。〈赤ずきん〉の特徴であるフード付きの赤いケープを羽織って、手には甘い香りを漂わせる篭を持っている。〈赤ずきん〉といえど、フードを被るのは役が回ってきた〈赤ずきん〉だけだ。ゲルデはいつも通り、フードを被らずに茶褐色の髪を風に揺らして歩いていた。見た限りでは、怪我をしている様子もない。
 彼女を守れたんだな、とホッとするザシャが後ろにいるとも知らず、ゲルデは何かを探しキョロキョロしている。
 また〈狩人〉が襲ってこないとも限らないというのに、ゲルデのそばには誰も居ない。心配になったザシャは、驚かせないようにと気を配りながら、ゲルデに声をかけた。

「一人で歩くのは危ないよ」
「きゃあ!」

 背後から声をかけられれば、いくら驚かせないようにと配慮されていても驚いてしまうもの。驚くゲルデの声にザシャも驚き、ザシャの耳と尻尾がぶわりと逆立った。
 振り向いたゲルデは、耳も尻尾も逆立て固まるザシャを見て「ごめんなさい」としょんぼりした。

「あの、私、あなたを探してたの。探すのに夢中になって、後ろに誰かがいるなんて、思わなくって」
「いや、その……僕こそ、ごめん。驚かせて」

 ザシャの狼の耳がへにゃりと垂れるのを目で追いながら、ゲルデは「お礼を言いそびれたから」とザシャを探していた理由を打ち明けた。

「ちゃんとお礼が言いたくて、ずっと探してたの。あのときはすぐ消えちゃったから」
「ああ、うん。兄さんも、急いでたみたいで」
「私のせいでひどい怪我だったもんね。あの……もう、平気?」
「きみが手当てしてくれたからね」
「そっか。よかった。本当に……よかった」

 ザシャの返事に胸を撫で下ろしたゲルデは、ザシャが昔出会った〈狼〉の少年だと気づいていないようだ。にこっと微笑んだゲルデは、ザシャに自己紹介をした。

「私、〈赤ずきん〉の子ゲルデ! この前は助けてくれて、本当にありがとう」
「僕は……〈狼〉の子ザシャ。わざわざお礼を言うために、一人で探してくれたのかい?」

 問いかけられ、ゲルデはザシャからゆっくり目を逸らした。篭を右手から左手に持ち替え、また右手に持ち替え、何か言いたげにもじもじしている。どうしたんだろうとザシャが訝しんでいると、ゲルデは両手でそっと篭を持ちあげ、ザシャに差し出した。

「お礼を言うだけじゃなくて……サンドイッチとジュースも、持ってきたの」

 あなたに食べてほしくて、とゲルデは消えそうな声で呟いた。驚くザシャへ視線を戻すと、ゲルデは不安そうな声で「サンドイッチは好き?」と肩の上で髪を揺らし尋ねた。

「ごめんね、私〈狼〉の友達がいないから、私たちと同じ食べ物でいいかもわからなくて。サンドイッチ、食べても平気? 苦手なものとか、食べちゃいけないものはある?」

 ゲルデの可愛らしい疑問に、ザシャは篭を受け取りながら「平気だよ」と首を横に振った。

「食べるものは、きみたちと変わらないんだ。僕は好き嫌いもないし」
「そうなんだ! そっか……」

 ホッとした様子のゲルデは、ふふっと笑みをこぼした。何を笑われたのかわからないザシャが「な、なに?」とおどおどしていると、ゲルデは眩しいくらいの笑顔をザシャへ向けた。

「ザシャのことが一つわかって、嬉しい!」

 ゲルデの一言で、ザシャは自分の顔が林檎より赤くなったことがわかった。どう返せばいいかわからないザシャは、受け取った篭を軽く掲げ、自分の〈花畑〉への道を開いた。

「下心はないんだ。だけどこの前の〈狩人〉にきみと僕が一緒にいるところを見られたら、怪我どころじゃ済まないかもしれない」

 開いた〈花畑〉への道に一歩踏み込みながら、ザシャはエスコートするポーズをとって見せた。

「僕の〈花畑〉で嫌じゃなかったら……い、行かない、かい?」

 ゲルデは「〈花畑〉?」と目を輝かせた。

「私、〈花畑〉って話で聞いたことしかないの。たくさんの花が咲いてるんでしょう? まだ〈赤ずきん〉じゃないのに、私が招いてもらっていいの?」
「きみ……いや、ゲルデさえ、嫌じゃなければ」

〈狼〉の〈花畑〉は、ゲルデが言う通りたくさんの花が咲いている。そして入ったが最後、〈狼〉にその意思がなければ出ることはできない。
 怖がられるか、嫌がられるか、はたしてどちらだろうかとびくびくするザシャを、ゲルデは輝く瞳で見つめた。

「連れてって、ザシャ!」
「……うん。行こう、ゲルデ」

 目映く感じるほどの期待に安堵と喜びを感じつつ、ザシャは「こっちだよ」と〈花畑〉への道にゲルデを案内した。
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