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音のないプロポーズ 34

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  ◇

 昼休みにメールが来て、何気なく開いたのがまずかった。

 母からのそれには動画が添付されていて、メールを開くと同時に自動で再生が始まってしまった。会社なのでマナーモードにしたスマホからは音こそ出なかったが、女子社員の嗅覚というべきか、一緒にお昼を食べていたうちの一人にすぐに嗅ぎつけられた。
 動画には、母の見つけた結婚相手の候補者が写っていた。
「何これ! カッコイイ! 彼氏!?」
 一つ年下の女性が言うと、他の三人が一気に注目した。今更隠すわけにもいかず、斗南はスマホを差し出す。中では見知らぬ男が手を振っていた。
「きゃーイケメン! すごいじゃん、斗南ぁ」
「や、彼氏じゃないよ、知らない人だよ」
「えー? 知らない人って、誰なの?」
 五人でひしめき合うように、画面の男を見つめる。斗南は致し方なく、親が婚活していることを告げた。
「旦那様探してくれてんの? お母さん優しいー!」
「ええー。私だったらそこまでされんのやだな。結婚相手くらい自分で探したいよ。ねえ?」
「いんや、私なら高物件探してくれんなら親でもいい」
「出た、現実主義者!」
 会社近くの行きつけのカフェには、同じようにどこかから集まった女子社員ばかりがグループを成していて、盛大に笑いが起きてもさほど目立つことはない。互いの恋愛観を語ったりツッコミを入れたりは、ほぼ毎日行われている恒例の会話だ。
 みんなにせがまれて、音も出して動画を再生した。簡単な自己紹介と、母が教えたのであろう、斗南の名前も呼んでいる。
「きゃー。恋愛ゲームみたい! いいなあ、斗南」
「でもさあ、斗南ちゃんには実崎がいるじゃん」
「あ、やっぱり二人って付き合ってんの?」
「そうなの? えー私は如月さんの方がタイプだなあ」
「何言ってんの、如月さんは既婚者だよ」
「マジで? あんな若いのに!?」
「薬指に指輪してるじゃん。子供はいないみたいだけどね」
 かしましいの言葉通りに場は盛り上がった。元々年の近い五人だが、休憩中は無礼講で、口調が友達同士と同じになっていることも、会話に拍車を掛けている。
 いくらか盛り上がった後、改まって一人が言った。
「でも、ほんとにカッコイイじゃん。斗南、会ってみたら?」
「ええ? いやあ…私にはまだ」
「早いって? そんなん言ってると、あっという間に三十くるよォ」
 次の誕生日でその通りになる最年長が意地悪な目をする。自他ともに認める厳しい選り好みで、相手が見つからないのだ。
「そうじゃないけど、でも」
「私は実崎がいいのー」
「違う違う、春ちゃんっ、だよ。ねーえ斗南」
「ちょ…やめてよ、ただの同期だってば」
 語尾にハートマークの付いたような呼び方をされて、斗南が赤面した。
「会うだけいいじゃんかあ。目の保養だよ。で、いらなかったら紹介して。私が狙ってみる」
「何それ、漁夫の利!」
「拾う神と言って。私この人結構タイプなの」
「きゃーこわい。斗南、油断すると盗られるよう」
「いやいや、私のじゃないから」
 みんなの評価は上々だった。よく見れば、確かにルックスも悪くないし、気品もありそうだ。母の紹介によると、大手企業の将来有望な社員らしく、歳は斗南の三つ上。これが「物件」であるなら、逃すには惜しい、狙い目なのかもしれない。
 だが、斗南は何となく思っていた。この人と結婚することはないだろうな。扇雅に最初に求婚された時もそう思った。いや、誰に対しても、結婚というレンズを通すとそんな風にしか見えない。

 不満などない。
 自分には勿体ないほど好条件なのもわかっている。
 それでも何かが「違う」感覚がした。彼らは素敵な男性なのだろう。しかしその先に見えるのは優秀な彼らだけで、隣にいる自分はまるで想像できない。

「マジな話、実崎に告白されたらどうすんの。付き合うの?」
 ぼんやりとアイスティーを見つめていたら、不意に訊かれた。
「春ちゃんに? うーん…イメージわかないなあ」
 告白。付き合う。恋人になる。それは、今と何が違うのだろうか。それもやっぱり浮かばない。ただ、そうなったら氷影は一緒にいないのだろうか。斗南に考え付く違いはそこだけだった。
「それに、春ちゃん今それどころじゃないし…」
「あー、毎日お見舞い行って、リハビリまで手伝ってあげてんでしょ。ほんといい嫁さんだよねえ斗南は」
「うんうん。むしろ、あたしが嫁に欲しいわ」
「何だかんだ、男は献身的な女に弱いからねー」
「献身的?」
「あ、そういえばさあ」
 斗南が微かに違和感を抱いた時、受付をしている子が声をあげた。
「如月さん、会社辞めるってほんとなの?」
「――えっ?」
 斗南の動きが止まった。
「なんか今日、退職願い出したって、営業課の先輩が言ってたけど。あれ、斗南、知らない?」
 目の前が真っ白になる。

 氷影がいなくなる――?
 心を冷たい風が通り抜けた。

 春直の事故を知った時、真っ先に感じた虚無を、斗南は思い出していた。



 (つづく)
 
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