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音のないプロポーズ 31

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 色々考えを巡らせた末、氷影は雪を呼んだ。
「ユキから見て、ホッシーはハルのこと好きだと思う?」

 雪はカップから顔を上げた。
 氷影は、いつも友人二人に思いを馳せている。二人の幸せを願い、二人に危険が迫れば助けようと思っている。そして、雪のことも同じように、いや、それ以上に強く、いつでも想ってくれていることを知っている。
 雪はそんな氷影が誰より大切で、大好きだ。
 だからわかる。斗南も春直を同じように想っている。愛している。
「大好きで、とても大切に想ってると思うよ」
 雪も、氷影にプロポーズされるまで、結婚について考えていたわけではなかった。ただ氷影の傍にいたくて追って来た。一目会いたくて、無理して実家を出た。氷影に恋愛感情を持ってもらえるわけがないと思っていたのもある。自分にそんな価値はないという自覚もしていた。
 でも、氷影から一緒に暮らそうと言われた時、大袈裟でなく人生で一番うれしかった。それから今日までの毎日は、雪にとって天国以外の何物でもない。
 思いのほか、雪がはっきり言ってくれたので、氷影は少し嬉しかった。でも、と同時に思う。それならやっぱり、斗南と春直には一緒になってほしい。

 夜、雪が靴を磨いてくれている間に、氷影は自室の引き出しをそっと開けた。毎晩眺めているが、決心がつかずにいる。図らずも春直の指輪と同じことをしていたとは知らずにいたが、ただその決意の方向は、春直とは少し違った。
 真っ白な封筒に、極力綺麗な字を心がけてしたためたのは、一週間前になる。
 退職願――。まだ、誰にも言えていない。
 雪が靴箱を閉めた音に気付き、すっと引き出しを閉じた。

  ◇

 直永は個人で洗濯屋を営んでいる。
 佳之と二人で手が回る程度にしか常連もいないが、父の照直てるなおから継いだこの仕事が好きで、苦に思ったことはない。
 息子の春直には就職を勧めた。気になる会社があったようだし、社会経験が洗濯屋一筋では、息子が老いた頃に困るだろうと思った。そういう自分も最初はサラリーマンだ。そこで極力金を貯めたお陰で、今は切り崩しながら、どうにか生活を支えているような状態である。いくら直永とて、洗濯屋業界を楽観視するほど抜けてはいない。
 だが、いつかは継いでほしい気持ちもあった。春直は、照直が店を営んでいた頃によく顔を出していて、その目は洗濯屋の仕事を愛しているように見えた。自分ががんばれるうちはいい。もしもの時に、春直が継いでくれさえすれば、店の看板は守られる。
 そのために直永が気にしていたのは、マジメな息子の技術面より、むしろ配偶者パートナーのことだった。

「ところで春直。お前、好きな人はいないのか」
 リハビリに疲れた平日の昼日中、あまりに出し抜けな問いに、春直は手元のボトルを落としそうになった。なに、急に。少し怒りに似た目で睨むが、直永はきょとんとしている。
「恋人だよ。誰か、いい人いないのか」
 ほれ、とわざわざスケッチブックを手渡して来た。直永と佳之がいる時は、あまりスマホでは話をしない。二人は若干目が悪いから、小さな画面を読んでもらうより、大きい紙に書いて見せる方がスムーズだ。何より、家族の会話が画面の文字になることを佳之は嫌った。
――いない。
 ページいっぱいにでかでかと書いてやった。いきなり何を言い出すのか、まったく父親というものは。だが、予想通り残念そうに眉を下げた直永とは別に、佳之が睨むように見つめている。
 春直はページをめくって、今度は佳之だけに示した。
――なに?
 それを見て、直永も振り返って妻を見る。佳之は片付けていた着替えを置き、春直に近付いた。改まった雰囲気がある。春直の背筋が自然に伸びた。
「春直。あんたに訊きたいことがあるの」
 佳之は厳しい声で言った。この声に、覚えがある。
 春直が今の会社に入りたくて一人暮らしを言い出せずにいた時、先に勘付いた佳之に問われた時と同じだ。叱られたわけではない。ただ、一人暮らしの危険性と覚悟を、強く確かめられた。

 きちんと聞くべき話なのだろう。
 もう一度、居住まいを正し直して、軽く呼吸をする。
 それから、うん、と頷いた。



 (つづく)
 
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