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音のないプロポーズ 30
しおりを挟むくすっと雪は笑った。
「だって、いいコンビだよ。息もぴったりだし、友達で終わるにはもったいないじゃん」
「うん。私も、ハルさんとホッシーさんが結婚してくれたら嬉しいよ」
二人のことを、雪もよく知っている。
会ったのは式の時だけだが、氷影の話にはいつも二人が登場する。二人が氷影にとっていかに大切な友人であるか、それも含めて、雪にとっても大きな存在だ。
「でも、ホッシーさんが言うにしても、やっぱりすぐには言いづらいんじゃないかな」
雪は少し考えた後、やっと一口、コーヒーをすすって言った。氷影が意外な顔をする。
「え、どうして?」
「だって、ハルさんは入院してて、怪我のこともまだ落ち着いてないでしょ。そんな時に、余計なことみたいで言えないよ」
「そうかなあ。ハルは弱ってるし、チャンスじゃない?」
氷影は納得しない顔で言った。すると、雪が人差し指をぴんと立てる。
「それだよ。だからだよ。そんな、いかにも弱り目を狙いましたみたいな時に、ふつうはなかなか言えないよ」
「でも、ハルはホッシーが好きなんだよ」
「それはホッシーさんにはわからないもん。ホッシーさんに気持ちがあったって、ハルさんの容体に一区切りつくまでは、絶対言えない」
そうかあ…と乗り出していた身を引き、缶に入ったクッキーを引き寄せる。これも佳之から普段のお礼にともらった物だ。
「結局ハルが退院するまでは、お預けかなあ」
「退院して、復職してから、くらいじゃない? どっちから言うにしても、きっとそれくらいじゃなきゃ覚悟決められないよ」
「復職かあ。いつできるかなあ。年内にいけるかなあ…」
これから本格的な夏に入ろうというのに、まだまだ当分先になりそうだ。氷影は一気に疲れが出る思いだった。それでも、楽しみを先に取っておくということなら、考えようによっては悪くない。ただ、気になることも色々ある。
佳之には何が気にかかっているのか。春直の自信もこれ以上失われることがあれば、本当に告白を断念しかねない。その状態で斗南に好きだと言われた場合、春直に受け止める勇気は持てるだろうか。斗南はどうなんだろう。春直と結婚したいと思うのか、あるいは結婚自体に後ろ向きなのか。そして何より心配なのは…。
「それまでもつかなあ…」
扇雅の存在だ。相手は手段を選ばず、外堀から埋めてくる。それに斗南がいつまで持ち堪えられるだろうか。母親とのことだって、結果的に別居してはいるものの、扇雅の件でがっかりさせてしまったことを気に病んでいるはずだ。例えば扇雅の両親が斗南の母親に挨拶に出向いたら、二度目の落胆を与えたくないと、結婚を呑んでしまわないだろうか。あるいは、扇雅から逃れるために、母親が見つけた婚活の相手と会ってしまったりとか…。
それでも斗南が幸せならば、氷影に文句は言えない。春直以外の良い相手が存在したとすれば、それは仕方のないことだ。でも、本人の希望でない結婚ならさせたくないと思ってしまう。親友として、斗南にも春直にも、幸せであってほしいのだ。
「それにしても、その、扇雅さん?」
同じことを考えたのか、雪が扇雅の名を出した。
「どうしてまた、ホッシーさんを口説き始めたのかな」
カップに映るうっすらとした自分を見つめながら、雪は見知らぬ扇雅という人物を想像する。
「最初に求婚されたのは、二年半も前なんでしょ。それから昨日までは、ほとんど何もなかったって氷影さん言ってたよね」
「そうだね…。ちょっと絡んでくるとかはたまにあったみたいだけど、帰りに誘われるとかは聞いてない」
「何で今なんだろう?」
言われてみると、氷影にも不思議に思えた。斗南は私情について、何でも事細かに報告する性格ではないが、それでも昨日は扇雅について連絡が来ていた。つまり、何がしか危機を感じれば、助けを求めてくれるということだ。
「ホッシーのお母さんが婚活してることまでは知らないはずだし…」
「ハルさんが入院したからとか?」
「ハルが入院すると…何かある? むしろ、毎日病院に通うようになって、仕事帰りに誘ったりし辛くなったと思うけど」
「うーん…。毎日お見舞いに行ってるから、嫉妬しちゃったとか」
「するかなあ。あいつ、ハルのこと目の敵にしてたけど、ライバル視っていうよりは軽視って感じだったけどなあ」
そういえば、斗南のメールは扇雅が病院についてきてしまったということだった。結果的に斗南が家へ誘われているところに出くわしたから、てっきりそういうヘルプだと思っていたが、もしかして春直に何かするかもしれないからという意味だったのだろうか。とすると、扇雅に誘われていない証明にはならない? いや、それでも何かあれば、事後報告にせよ教えてはくれるはずだ。
「…ねえ、ユキ」
色々考えを巡らせた末、氷影は雪を呼んだ。
(つづく)
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