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音のないプロポーズ 25
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氷影から一報が入った。斗南に目配せする。もう大丈夫と言ったがわかっただろうか。斗南は片づけを終わらせて、立ち上がった。
「じゃあ、またね。春ちゃん――」
名残惜しそうな目で改めて言うと、小さく手を振った。春直もそれに返す。するとバタバタと廊下を走る足音が聞こえてきた。
「ああ、ハル! 間に合ったあー」
「如月…?」
扇雅が眉をぴくりと動かした。氷影は二人を無視して、部屋に押し入る。
「あーもう、ギリギリ。どう、ハル。今日は元気だった」
言いつつ、ひそかに斗南にウインクを見せた。合わせて、の合図だ。
「ギ…ギリギリって、もう、面会終わりだよ。アウトだよ」
さすがにぎこちなくなったが、上司の手前という意味ではこんなものだろうか。扇雅に引っ掛かった様子はない。
「えっ、もうダメ? あ。僕の時計、時間遅れてるじゃん! なんだよ、せっかく来たってのになあ」
「だ、ダメダメ。時間過ぎたら、迷惑になるでしょう。さ、さあ…影ちゃんも、帰るよ!」
「なあんだあ。ちぇ。ハル、また明日来るよ」
氷影はわざわざいじった腕時計を、扇雅にも見えるように斗南に示した。それから春直に手を振り、扇雅と三人で廊下に出る。扇雅は氷影を見もしなかった。
「ホッシーは地下鉄で帰るよね。送るよ。扇雅さんはどうします?」
「ふん。…僕はここで失礼する」
「そうですかあ。お疲れ様でしたあ。あ、ホッシーの鞄、受け取ります」
「…比野くん。後悔しても知らないからな」
「お、お疲れさまです」
フン、と鼻を鳴らし、扇雅は横柄な足取りで去って行った。二人で目を合わせる。それからそっと病室に顔を出すと、春直にピースサインを送った。
――扇雅さんにプロポーズされたことがある!?
翌土曜日、午前から見舞いに訪れた氷影と斗南は、春直に寝耳に水の情報を運んだ。文字で書くのにおうむ返しをする必要もないが、あまりの驚きに確かめるようにそうつづった。
「そう。もうだいぶ前だけどね」
話しているのは氷影だ。斗南は居心地が悪そうに、洗ったコップを拭いたりしている。前々から斗南が扇雅に苦手意識を抱いているのは、何となく感じていたが、そんな事実は聞いたことがなかった。
――断った…んだよね?
斗南が頷く。春直はほっとした。それから、氷影に視線を送ると、彼だけに向けてメッセージを送る。
――何でカゲだけ知ってるの。
わざと嫉妬を込めた。そんな大事なことを独占されていたのはいささか悔しい。だが氷影は口頭で答えた。
「ハルがインフルエンザで休んでた時だったから。ホッシーにも口止めされたし、それ以降は特に何もなかったからねえ」
大したことではないとばかりに、氷影は見舞いに持ってきたチョコ菓子をぺろりとほおばる。春直が記憶をたどった。インフルエンザ?
――それって一年目の時じゃなかった?
春直が送ると、そう、と簡単な返事があった。ということは、二年半も前の冬か。入社一年目の女子社員にいきなり手を出したと、そういう意味か。
――ホッシー、何があったの?
大まかに聞くだけではわからず、春直は問うてみた。言いたくなければ深追いまでするつもりはない。
斗南は少しためらっていたが、やがてゆっくり口を開いた。
その日は扇雅が研修で、手の空いた斗南にも同行するよう命令が出た。毎日お茶汲みとデータ入力ばかりだった斗南としては、新しいことを学ぶチャンスだと張り切って応じる。提携会社の研修はわかりやすく、終わるまで何事もなく勉強に徹していた。
その後、外に出ると、食事に行こうかという誘いがやはり出た。その時は何も知らず、遠慮の意味でお断りをした。ならば送るよ、と扇雅は言う。だがそこは、会社からこそバスを乗り継いで一時間ほどの場所だったが、斗南の実家からはすぐ近くだった。素直にそう言って、歩いて帰る。斗南はそういうつもりだった。
しかし、実家と聞いて、扇雅の目の色が変わった。危ないから送ると強く言われ、食事を断った手前、無下にもできない。申し訳ないとは思ったが、お言葉に甘えることにした。それが大失敗だった。
「さてハル、その先に何があったでしょうか」
氷影が二個目の味違いの菓子を食べながら軽く訊いた。重くなりつつある空気を和まそうとしていたのかもしれない。
――何って…実家だよね。家にはお母さんがいたんでしょう。
書いてから、春直は先日の氷影の話を思い出した。結婚に積極的な母の存在と、それに耐えかねて独り暮らしを始めたという斗南。
つまりその発端に扇雅が?
(つづく)
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