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音のないプロポーズ 15
しおりを挟むスマホで連絡を取り合えば、多少の気は紛れる。
でも、だからと言って夜通しは付き合わせられない。
氷影はふいにパタッと連絡が切れてしまうので心の準備ができないし、逆に斗南は春直が言い出さないといつまでも付き合い続けてくれる。だからこそどこかで自分から切り上げるしかないのが辛かった。それでも彼女が気に病まないよう、いつも眠くなったとか気が済んだと嘘をついて終わりを持ちかけた。どうしていても、眠気はまったく寄って来なかった。
薬の効果か、眠りはむしろ昼に訪れた。始めは両親がいる時に申し訳ない気がしてがんばって起きていたが、眠っていた方が佳之らも気が抜けるとわかると、夕方まで起きられなくなった。
副作用の眠気は来ても、痛みは鎮まらなかった。少し身体を動かしたくなっていたが、右足だけは一ミリたりとも移動させたくなかった。そうした瞬間に目が眩むほどの激痛が襲うようになったのは、目覚めて三日後くらいからだった。
◇
約束通り、桃ノ木は見舞いに来てくれた。あまりに豪華な見舞い品を持ち込んだものだから、佳之は会社からだと思ったらしいが、桃ノ木が個人的に出しているものだと春直にはわかった。
「おお。思ったより元気そうで安心したよ」
桃ノ木は屈託のない笑顔で春直の顔色を確かめていた。さすがにスマホというわけにはいかないので、手書きでお礼を言うと、逆にスマホのアドレスを教えられた。
「若い人はこっちのが楽だろ。それに、困ったら連絡してもらえるしな」
桃ノ木は気楽に言ったが、いつでも頼っていいから、という親近感がにじみ出ていて、春直は嬉しくなった。
「何でも送っていいぞ。泣き言も八つ当たりも大歓迎だ。まあ、返事がぶっきらぼうだとよく娘に叱られるから、そのへんは覚悟しておいてほしいがな…。おっと、恋愛相談でも受け付けるぞ」
来年、中学生になる娘に、桃ノ木は長く頭が上がらないらしい。返事がつまらないと言ってくれるうちはまだいいが、それもそろそろ終わりかなあと、去年の忘年会で嘆いていたことを思い出した。娘はもう一人、二つ下の子がいるのだが、そちらは姉を飛び越して反抗期らしき態度になっていて、既に雑談もしてもらえないのだそうだ。
「仕事は俺と扇雅くんでカバーしてるからな、気にするなよ。と言いたいが、俺は掛け持ち課長だろ、正直経理にはまだ疎くてな…。年末の決算までには戻ってもらえると、個人的には助かる」
当然、実崎の席は確保しているからな、と桃ノ木は念を押した。それは斗南からも聞いていた。扇雅は一人で追いつかないからと増員を要請したらしいが、桃ノ木にきっぱり断られたらしい。
――ありがとうございます。早く治して、復帰します。
春直は頭を下げながらメッセージを送った。上司に電子で送るというのはどうにも軽々しく感じてしまうが、桃ノ木自身は気にもせず目を通すと、苦笑して見せた。
「お前、スマホに頭下げながら送らなくても。ま、そういう生真面目さが実崎のいいところか」
言いながら、可愛く敬礼するイラストを送ってくる。およそ桃ノ木らしくないカラフルな生き物に少し驚いたが、どうやら娘を繋ぎ止めるためにわざわざネット購入したもののようだ。「了解」を若者らしく言うキャラクターは、春直にも見覚えがあるような気がした。
「退屈だろ」
出し抜けに言われ、春直の顔が上がる。
「俺も実は、前に入院したことがあるんだがな。ああ、大したことじゃない、ちょっと食中毒やっちまったんだ。釣りにハマってた頃にな。駆け出しのくせに欲出して、見事によ。とにかくその時に、まあ退屈した。ひたすら退屈しかなかったな」
それは初耳だった。昔釣りのマイブームがあったというのはどこかで聞いた覚えがあるから、春直の入社より前かもしれない。
「当時は携帯はあっても、スマホはなかった。暇つぶしに付き合ってくれる友達もいないし、見舞いにくるのも冷やかしばっかだ。とにかく暇でなあ。毒に当たったことより、その窮屈な暮らしに懲りて、そこから釣りはやめちまったんだなあ」
桃ノ木らしい、と思わず吹き出してしまった。桃ノ木が満足そうに頷く。
「うん。俺の持ちネタに笑えるなら、大丈夫そうだな! よし、比野と如月には、来週有給を取らせよう」
え。文字にはしなかったが、口がその形になった。
「あいつら、心配しまくってるからな。同じ日は難しいかもしれないが、別日の方が実崎は時間が潰せるだろう」
――いや、でも、さすがに。
慌てて書き始めたが、桃ノ木はそれを遮った。
「何言ってんだ、顔が喜んでるぞ。どうだ、二人が来てくれたら、嬉しくないか」
春直は少し躊躇い、それから素直に嬉しいです、と書いた。それでも、気は引ける。
「ここに来いとは強要しないさ。疲れてるだろうし、休みを促すだけだ。実際、あいつらもちょっと無理してるからな」
桃ノ木はそれを隠さなかった。春直が少し俯く。
「でも、一緒にいりゃあ元気になる。それが友達ってもんだろ。実崎もあいつらも元気になれば、上司の俺は万々歳だ」
外回りから直接見舞いに来ていた桃ノ木が窓の外を見ると、ちょうど病室には夕焼けが差し込み始めたところだった。斗南と氷影はまだ仕事に追われているだろう。連日無理矢理キリを付けるのも、そろそろ限界のはずだ。まだ社員に残業なしを強制するには、桃ノ木たちの会社には人手が足りない。
「本当に疲れきってたら、家で休むだろうさ。如月は家族サービスもしないといけないしな。逆に、ここに来たなら実崎と過ごす方が息抜きになるってことだ。そのくらいに構えておけ」
桃ノ木は春直の胸をどんと突いた。軽く声が漏れそうになり、だが音にはならなかった。
――ありがとうございます。手ぐすね引いて待ちます。
「って、めっちゃ待ち構えてるじゃねえか!」
春直が少し調子付いて見せると、桃ノ木は合わせて乗ってくれた。氷影が上司だったら、こんな感覚に近いかもしれない。不意にそんなことを思った。
その時、ふっとある感覚が蘇った。
(つづく)
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