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音のないプロポーズ 11
しおりを挟む「重要な仕事があってね。頼まれてくれるかな」
そんな風に改まって言われることは少ない。斗南は小首を傾げつつ、できることなら、と答えようとした。
「君と、それから営業課の如月くんに」
「え――」
思わず息を呑んだ。別の課の者と仕事を組むことは、総務の斗南にはあまりない。しかも、取り合わせが氷影となんて、これまで一度もなかった。
予感がした。それも、良い方の。
「まさか」
桃ノ木がゆとりのあるウインクをした。
「うん。実崎くんのご両親から連絡があってね。ついさっき意識が戻ったって」
斗南は、一瞬硬直した。意識が戻った――。その言葉をどれほど聞きたかったか。今度は意図的に大きく息を吸う。そうしていないと、泣き出してしまいそうだった。
「二人で様子を見てきてくれ。今日はそのまま、直帰で構わないから」
「いいんですか…?」
斗南の声は震えていた。どのみちここにいてももう仕事にならないかもしれないが、ただでさえ人手不足で、桃ノ木とて休日出勤の身なのに。あまりの配慮に、斗南は胸がいっぱいになる。
「すぐに如月くんへ連絡しなさい。業務命令だから、内線を使っていいから。彼の上司には僕から伝えておくからね」
「ありがとうございます…ありがとうございます!」
「うん。実崎くんも不安だろうけど、サポートしてあげて。落ち着いたら、僕にも連絡をちょうだい」
はい、と斗南は深く頭を下げた。
内線を受けて、氷影もすぐに席を立った。午後の仕事はあっという間に後輩に押し付け、ロビーで斗南と合流するなり外に出る。今日の雨は小降りで、傘も差さずに駅へと走った。地下鉄で病院へと飛んでいく。道すがらに会話はなかった。だが不安からではない。気分が高揚しすぎて、会話の必要すらなかったのだ。
入口をくぐった時からいよいよ興奮が激しくなり、院内を走らないよう急ぐのに苦戦した。やっと会える。やっと話せる。間隔の短いノックを三度して、直永の返事とともに、二人は病室へなだれ込んだ。
「ハル!」
「春ちゃん…!」
春直はベッドで上半身を起こしていた。まずそれだけで二人は喜んだ。ゆっくりと顔がこちらを向く。目も少し疲れてはいたが、しっかり開いていた。
――カゲ。ホッシー。
微かに口元が動く。二人で春直に近付くと、騒ぎ過ぎぬよう必死に声を殺しながら歓声をあげた。よかった、よかったあ…! 斗南が何度も言った。
「わかる? 氷影だよ。って、わかってるか、その顔なら」
氷影も興奮のままに告げていく。春直はこくりと頷いた。良かった、本当に良かった。ちゃんとわかっている。自分のことも斗南のことも、春直の中で消えてはいなかった。
ちゃんと、帰ってきた。
「春ちゃん、痛かったよね…。ごめんね。ごめんね……」
斗南はついに泣いていた。何がごめんなのかわからなかったが、春直は指先で斗南に触れた。その生きた反応に、斗南が嬉しそうに握手を返す。互いの体温が狂おしいほど愛しかった。
「ホッシーがどれだけ心配したか。ハル、この借りは大きいよ」
茶化すように言いながら、氷影は軽く春直を突いた。春直がまた頷く。素直で、春直らしい反応だ。
春直は笑っていた。少し頬がやつれ、額にもガーゼを貼り付け、腕には包帯が巻き付いたまま、口の端をやわらかく上げている。シーツに覆われた足のことは、もう両親から聞いたのだろうか。でも、笑みを見せている。繋いだ手を見つめながら、微笑んでいる、斗南に向けて。
――だが…。
ふと、小さな違和感があった。それはほんの微かなのに、氷影の心で瞬く間に存在を放ち始める。
確かに春直は笑みを見せている。でも、これって笑ってる? 愛おしそうに繋ぐ手を眺める斗南を見守っているような、なんていうか、遠い目。春直が嬉しいというより、斗南が喜んでいるから笑ってるみたいな、そうだ、そういう目。…あれ。ハルがこういう顔をする時って……。する時って、さ…。
氷影は、高揚の隙間を擦り抜ける冷たい風に気付いた。
「…ねえ、ハル」
(つづく)
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