6 / 61
音のないプロポーズ 06
しおりを挟む責めるような氷影の気迫に気圧され、医師がこほんと咳をする。
三人の安堵がさっと引いた。
「どうなんですか、先生…?」
佳之が声を震わせた。医師はちらりと手術室を見やった後、冷静を促すような仕草で話し出した。
「ええ、まずですね、右足に、障害が残ります」
「足…?」
佳之が愕然とした声で返した。
「車と壁に挟まれた状態で、強いダメージを受けておりました。これは、うちへ着いた時にはもう手遅れでして」
「歩けるようには、ならんのですか」
医師の弁解など無視して、直永が詰め寄る。
「幸い、左足は損傷が少なく、リハビリをすれば松葉杖での歩行はできるようになると思われます。ですが、右足自体は、残念ながら」
「そんな……」
斗南が床にへたり込んだ。佳之がまた嗚咽を漏らす。
「それで?」
だが氷影だけは、なおも気色ばんだ顔つきで医師を睨み続けていた。
「まず、ってなんだよ。ハルはどうなってるの。本当のことをちゃんと言ってください…」
「そうですよ、先生。まだ何かあるのでしたら、早くおっしゃってください。私らの心がもちません」
直永も不安をぶつける。
医師はまた室内に目をやると、ようやく観念したように告げた。
「いえ、現段階でこれ以上何かがあるわけではありませんよ。ただ、春直さんの意識はまだ戻っておりません。検査では脳などに障害は見受けられませんが、頭も打たれているので。目を覚まされた後…いえ、これから、どうなるかまでは」
その微妙な言い直しに、氷影の怒りが沸点に達した。
「なんだよ、それは!」
気付けば医師の襟首を掴んでいた。斗南が目を丸くする。
「結局、目を覚ますかどうかもわからないってことじゃないか! ふざけんなよ! あんた、それで命は大丈夫って本気で言ってるのか!?」
「お、落ち着いてください。えっと…お兄さんですか」
医師は関係を測り兼ねたか、とんちんかんなことを言った。
「友達だよ! 親友だ! そんなことはいい、ちゃんとハルが目を覚ますように、何とかしろよ! あんた医者だろう!」
「影ちゃん…!」
斗南が引き止めるように手を添えた。その泣き腫らした瞳を見て、氷影は言葉を呑み込む。
わかってる。この医者が悪いわけじゃない。
だけど。だけど……。
「…先生、お願いします、どうかハルを助けてください」
氷影は手を離すと、項垂れるように頭を下げた。斗南も飛びつくようにそれに倣って、深く強く願う。
直永もそれに続こうとした。
その時、不揃いな車輪の音と共に、処置室の奥からストレッチャーが姿を現す。
「春直…!」
佳之がハンカチを投げ捨て、即座に駆け寄った。
「春直、春直…!」
斗南と直永も走り寄る。
「春ちゃん…っ」
春直は呼吸器を繋がれ、あちこちに包帯とガーゼを付けた、痛々しい状態で目を閉じていた。ひどい事故だったのだとそれだけでよくわかる。
斗南は震える指で、春直の肩に触れた。
「春ちゃん……」
ぽろぽろ泣きながら、斗南は呟き続ける。氷影はそれを遠巻きに、茫然と眺めていた。
「お部屋へ移動しますので」
看護師が促すと、三人が少し離れて、またストレッチャーが動き出す。目の前を通り過ぎる時、氷影もようやく春直の顔を見た。物も言わぬまま、あっという間に連れて行かれる春直からは、生気を感じることができなかった。
「そういうことですので、またご容体に変化がありましたら、対応いたします」
医師はストレッチャーが去ると同時にそういうと、逃げるように身を退いて行った。固まったように瞬きも忘れた氷影の肩を、今度は斗南がそっと撫でた。
ベッドに移されても眠ったままの春直を囲み、四人はひたすら沈黙していた。
いったい、春直の身に何があったのか。本当に目を覚ましてくれるのか。彼の中で、いま何が起きているのか。
訊きたいことは山ほどあったが、それに答えられるのは春直だけで、誰も口には出さなかった。
相変わらず、雨だけが盛んに降り注いで、昼になっても室内は電灯で照らされている。変わらない明るさも、四人に時の経過を運ばなかった。時折、看護師が様子を見に来て、何やら簡単な検査をしていく。それだけが辛うじて室内に起きる変化だったが、彼女らがどのくらいの間隔で部屋を訪れているのかはわからなかった。
時間が経ったのだ、ということだけをぼんやりと感じ、いなくなると忘れた。
春直に何があったのか。
その答えは、夕方に訪れた警察官の報告で知ることができた。
二人組で訪れた警官によると、最初に聞いた通り、春直はやはり交通事故に巻き込まれたとのことだった。
帰宅中。車両との事故。街灯の少ない住宅街。警官の説明はおおむね四人が想像していた通りで、知ってもさほど気持ちは晴れなかった。ただ、唯一新たに知ったのが、加害者の状況だった。
春直がこの状態なので、運転手側の容体を気にした者はいなかったが、そちらは春直の重傷 を越えて、重体になっているらしい。今も命の淵をさまよい、このまま助からない可能性もあるという。
「そもそも、どうして春直は巻き込まれたんですか」
直永は、加害者の容体など聞きたくないとばかりに言った。
(つづく)
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる